第7話 王子としての立場(トーマ視点。
僕はトーマ・キートレイ。
この国の第一王子だ。
この国はとても豊かで、国民も飢えることなく穏やかで、そして平凡だ。
生まれた頃から母方の親族と血縁を結ぶ決まりとなっていて、僕には幼い頃から婚約者が決まっている。
生まれる前から僕の人生は国によって定められていると言っても過言ではないのかもしれない。
婚約者のロゼリアはとても王妃に向いている。
キツい性格も派手な容姿も、王妃向きだ。
そして何処となく母に似ているところが、僕は好きにはなれなかった。
出会った頃は、まだマシだったのにな。
学校へ入学しても相変わらず退屈で平凡な毎日だった。
決められた『友達』に、毎日僕に王子としての立ち回りについて注意する『婚約者』。
いっそ何のために生きているかもわからない日々。
僕には同い年の弟がいる。
彼は父の側室の子供で、名はシトロン・キートレイ。
第二王子という立場だからか、自由奔放に育ち、とても社交的な性格をしている。
弟だからといって同じ城に住んでいるにも関わらず、なんだか他人の様な立ち位置で育ったため、正直学校で会っても微妙な空気が否めない。
「……殿下、どうしましたか?」
授業中にも関わらず手が止まっている僕に、宰相の息子のユウリが心配そうに小声で語りかけてきた。
「……いや?なんでもないよ。」
ユウリに微笑んで見せるが、返ってくる反応が微妙そうなのがわかる。
どうやら僕はあまり感情が表に出ない様だ。
だから彼はきっと僕の表情を読めなかったのだろう。
だからといってこういう時どう返していいかわからない。
思わず頬杖をつきながら視線を逸らし、窓の外を眺める。
何処かのクラスで体操をしているのが目に入る。
一人の茶色の髪色の少女が奇怪な動きをしながらウロウロとしていた。
他のクラスメイトもまるで怯える様に、彼女が一歩近付くと一歩下がるのである。
『……何をやっているのだ?』
思わず状況がわからず、目が離せなくなった。
自分から離れていくクラスメイトを見て寂しそうにしていたかと思えば、今度は誰かに声をかけられ、飛び上がって喜んだ末に、絶望し項垂れていた。
まるで感情の塊の様な。
ちょっとした事に一喜一憂しているように見える。
「……羨ましいな。」
ボソリと言葉が口から滑る。
横にいたユウリが逃さず僕に聞き返したが、僕はまた『なんでもないよ』と答えた。
どうやら少女のペアが男子だった事にひどく落ち込んでいる様子。
諦めたように体操を始めるが、身長差はそれほどないにしても、男女ペアというのは力加減が難しいのだろう。
非力な彼女は灰色の髪の毛の男子生徒に振り回されるように体操を終えた。
……かなり体操だけで疲れている。
肩が上下に揺れ、恨みがましい顔で男子生徒を睨んでいた。
あ、男子生徒が視線に気が付いた様子。
……が、男子生徒はなぜ睨まれているか分かってない顔だな。
何か彼女に言っている。
そして、背中をバンバンと叩いている。
……すごく痛そうだ。
痛そうに背中に手をやっているが……届かない、のか?
体が硬いのだろうか……。
背中に伸ばされた手がプルプルしている……。
そして背中に手が届かないのが悔しいのか、無理やり手を伸ばそうとしている。
……男子生徒が意味がわからず、彼女を手伝い出したな……。
ああ、無理やり引っ張ったら……!!
「あっ!!」
僕は思わず立ち上がった。
授業中だった為、先生そして生徒すべての視線が僕に集まった。
ユウリに関しては、僕にない行動だったのでかなりひどく驚いている。
「……失礼。消しゴムを落としてしまった。」
そう言いながら、床から消しゴムを拾う振りをする。
拾いながらふと、外の様子が気になり目をやる。
男子生徒が少女の腕を強く引いたせいで、二人もろとも倒れ込んでいた。
運良く彼女は男子生徒の上に倒れ込んでいたのだが、とても親密な様子に胸がチリッと焦げた気がした。
思わず胸に手をやり、ジッと見た。
「……王子?」
いつまでも席につかない僕にまた視線が集まっていた。
「……ああ、中々見つからなくて探していた。」
僕はそういうと席に座った。
そしてまた外を眺める。
彼らはもうすでに起き上がっていて、男女に分かれて短距離の練習をし始めていた。
さっき痛んだ胸が熱くなる。
再び胸を押さえたが、まるでわからない感情に戸惑っていた。
『彼女は一体誰なんだろうか?』
気がつくと僕は、行動全てが妙で奇怪な彼女をずっと目で追っていた。
「殿下、それは珍獣だからですよ。」
「……珍獣。」
お昼休みに、僕の行動がおかしい事をユウリに問い詰められていた。
さっき見た言葉や、芽生えたわからない感情について、ユウリの見解がそれだった。
ユウリの言葉に、横でカレルが笑っていた。
「珍獣って!女の子に言う言葉じゃないよね!」
カレルの笑い声に、ユウリがため息をつく。
「そんな事言ったって、事実だろ。
目が離せないほどの奇抜な行動なんて、そうに決まってる。」
ユウリはそう言いながら僕に注がれたお茶を差し出した。
「そうだよねー!だって俺、トーマ様が本当に笑っているとこ初めて見たもん。」
「……本当に、笑う?」
思わず聞き返す。
……僕が、笑っていた?
「んー、心の底から?楽しそうに微笑む?」
カレルはユウリが睨んでいる事に気がつき、慌てて言葉を選ぶ。
「いや、いいんだ言い方を変えなくても。
……そうか、僕は笑っていたのか。」
思わず自分の口元に手をやる。
『なんだ、僕も笑えるんじゃないか。』
なんだかそれだけでも嬉しくなる。
「王子が笑うほどとは、よほど変な生徒だったのですね。」
ユウリはそう言って僕に微笑んだ。
「ああ、そうだな。」
ユウリに入れてもらったお茶を口につけようと、カップを持ち上げるとふと、影が差す。
「トーマ様、今日はどうされたのですか?」
ゆっくりと差した影に視線をあげると、キチンと揃えられた手を組んだロゼリアが立っていた。
「……どうされたとは?」
彼女を見つめたまま、聞き返す。
「……まぁ、わかりませんの?
先程突然授業中に、立ち上がって声を出されていたではありませんか。」
「……ああ、その事か。」
僕の気の入ってない返事に、ロゼリアは僕を見つめ、眉を上げた。
「トーマ様。
失礼ながら申し上げますけど、あなたはこの国の第一王子としてのご自覚が足らないのではありませんか?」
僕も眉を寄せ、ロゼリアから視線を逸らす。
「……どう言う事だ?」
そして聞き返すと、ロゼリアは苛立ちを抑えられない声で続けた。
「まだわかりませんの?
将来あなたはこの国の王になられるのです。
それなのに大事な授業中に、突然立ち上がるなどと言う行動は……!」
ロゼリアが声を荒げた瞬間、ユウリが僕を庇うように立ち上がった。
「まぁまぁ、マーロウ嬢。
その辺でお静まりを……。
それ以上は流石に立場的にも不敬になってしまいますし……。」
ロゼリアの怒りを鎮めようと、ユウリは肩を竦める。
だがそれに余計に火がついてしまったようで。
「……まぁ!立場上とはどう言う事ですの!?」
ロゼリアが声を響かせ、ユウリに扇子を向けた。
他の生徒の視線が集まり、ザワザワと教室が慌ただしくなってきた。
ユウリは笑顔を崩さす、扇子を手でゆっくりと下げる。
「……立場上と、申しました。
まだあなたの『立場』は、王子の『婚約者』という立場です。
王族の血縁とはいえ、直系の王子に執拗に『行動を注意する』は流石に、ね?」
『そんな事もわかりませんかね?』と言わんばかりにユウリはロゼリアに微笑んだ。
その笑みにカレルも吹き出してゲラゲラと笑う。
その態度にロゼリアは『バカにされた』と思ったのか、ワナワナとハンカチを握りしめ震えていた。
そしてユウリとカレルを睨みつけ、『フン』と大きくそっぽを向いて教室から出ていった。
「……毎度、すまないなユウリ。」
「……いえ、流石に『友人』として見過ごせませんでしたから。」
そういうと、ユウリは中指で眼鏡を上げた。
『友人、か。』
僕はそう思いながら、再びユウリにお礼を言う。
そして頬杖をつき、先ほどの少女のことをボンヤリ思い出していた。