第6話 私は友達が欲しいのだ。
お家に帰って昨日書いたノートの続きを書く事にした。
今日私が出会った(見かけた)対象者。
ユウリ・レイバン/青/クールメガネ/頭の固いクソ真面目/宰相の息子
ユウリに関しては真面目さゆえに、王子に近づく私を不審がり、私を調べるという名目で仲を進展させる感じだったっけな。
やっぱり君はどの女性とも違う。なーんて言われちゃうやつです。
カレル・コンラッド/赤/純粋ワンコ系/脳筋バカ/騎士団長の息子で剣の達人
馬鹿な子ほど可愛い。まさにこの言葉がぴったりの彼。
同級生なのに幼さ残る童顔に似合わず、剣の腕は将来、国の保障付き。
町外れで襲われそうになったところを助けて貰うシーンなんかも、めっちゃ人気だったなー。
私もお気に入りのシーンベスト3位に入るぐらい。
思わずペンを持つ手が止まる。
昨日懲りたにも関わらず、気がつくとまた椅子をキシキシとさせ出すのだった。
頭の後ろで手を組みながら考える。
何で飛んできたんだパンよ……。
何度考えてもイベントにはない、イベントだった。
廊下で勢い良く開けたパンが、窓を乗り越え私の机に飛んでくると言う奇跡。
あんな奇跡の偶然、普通あるわけがない。
やっぱり何だか入学式に王子と出会わなかったせいで、変な引力が働いている様な……。
もしかして、必然的に絶対出会わないといけないのかこれ……?
でも絶対に嫌だ。
嫌・オブ・イヤ。
もしそのゲーム強制力か補正引力だか知らないけど、それがあるとしたとしても。
私は絶対さけなければならないのだ……!
……そのせいで死にかけても……うーん、死にかけるのもイヤだな……。
そこは死にたくないので何とかしたい。
しかしライリー。
2度も助けてもらっておきながら、私はうっかり自分の名乗っていないのだ。
相手の名前を聞いといて、自分は名乗らないという失礼さ。
そういや名字を聞いてなかった。
でも聞いたとき言わなかったということは、何か名字を言うのはまずかったのかな?
向こうも私の名前を聞かなかったし。
……何で聞かなかったんだろう?
あまりにおかしい行動しすぎたから名前なんて知らなくていいや的なやつ……?
もしかして、これは。
全く気にしなくていい案件か!?
取り敢えず今は、対象者だ。
ともかく当初の予定通り、隠密行動で。
願わくば、味方というか、友達が欲しい。
事情は言えないけど、私を理解してくれて、王子が来たら知らせてくれる友達。
……友達っていうかなこれ……?
ごめん、未来の友達。
考え事をしながら椅子のギシギシが酷くなる頃、ポンポンと肩を叩かれ振り向くと。
『おい!聞こえねーのか?飯だってよ!』
そう言いながら、ウーがドアに向かって親指をクイクイっと向けた。
……何でいちいちイケメン風なんだこの犬は。
+++
ステルス3日目、学校にて。
何とか出遅れた感があるが、友達を作ろうと辺りを見渡していた。
前の席の男子なんて昨日の奇行のせいなのか、かなりビビられている。
私が教科書のページをめくるだけで、背中がビクッと強張るのである。
確かに『こいつもしかしてヤバいやつじゃ……?』なんて人物が後ろの席にいたら、気が気じゃないかもしれない。
そんな期待されたら、意地悪したくなるのが人間である。
授業中バレない程度に、背中に文字を書いてあげた。
勿論、文字は『ス・テ・ル・ス』である。
ギッリギリ触れるか触れないかの空間で書くので、本人は『背中に何か触れてる……?触れてるのこれ!?』ぐらいの感覚。
流石に最後の『ス』ぐらいには、背中に全神経が集中していたのだろうか。
何度も背中を後ろ手で触って確かめていた。
はーっ、楽しかった。
今日は彼のお陰で楽しかった。
明日もよろしく!!
だがそれに集中していたせいで、友達を作るというチャンスは全くなかった。
流石に3日も経てば、女子はグループが出来ている。
まだ15歳なので社交界なんかは出ていないのは当たり前だけど、デビュタントまでにはそれなりに横のつながりなんかを確保するのが普通。
何のための貴族の学校。
男爵などの下位の爵位を持つものは、なんとしても上位貴族のつながりも欲しいとこ。
卒業して職につくしても、家名を継ぐにしても。
繋がりや強い権力の後ろ盾がなければ中々住みにくい世界である。
だが、出来上がったグループに飛び込む勇気も根性も、私にはなかったのだった。
+++
ステルス10日目。
あれから1週間も過ぎた。
最近はゲーム補正も働いてないのか1組の軍団を見かける事もなく、しばらく平和な日々が続いる。
それでも毎日気が抜けず教室から出て歩くときは、壁に張り付いて歩く癖がついている。
今日も今日とて前の席の男子生徒への悪戯で、友達が出来ないことの憂さ晴らしをする私。
多分いい加減気付いてそう……というか、あんまりビクビクしなくなって来たので、暫く悪戯お休みしようと思います。
ビビらなくなったら、つまらんからな。
そろそろ体育の様な外授業も始まって、ジッと教室に隠れているという事も不可能になってきた。
だが逆に、美術とか体育の授業で『はーい横の人とペアになってー』なんてやつが、私の最大のチャンスだと思っていた。
ペアになってしまった人ともしかすると、うっかり仲良くなれるかもしれない。
そんな期待込めて、ウキウキと校庭に出るのだった。
「では、準備体操をする。各自速やかにペアになる様に。」
先生の言葉に私は期待を込めてキョロキョロと辺りを見渡した。
うちのクラスは偶数。
偶数とは2で割り切れる整数のことだぞ知っていたかい。
割り切れるということは!!
ぐふふふ。
続々と嬉しはずかしペアが出来てくる。
私はワクワクしながら周りを見ていた。
……が。
おかしい。
誰も私に近寄ってこない。
それどころかヒソヒソとこちらを遠巻きに注意している雰囲気。
私が一歩近寄れば、また一歩乙女達は下がるのです。
……え?
なにこれもしかして私、乙女達に嫌われてる?
だ、だが偶数。
偶数が私を味方してくれるはず!!
足がガクガクしながら涙目で先生を見つめると、先生は困った様に一人の生徒に顎で合図した。
「……おい。俺と組むぞ。」
「……へ?」
振り向くと少し小柄の平凡な男子生徒が、腕組みをして困った様な表情で私を見ていた。
「……でも女子は女子じゃないの?」
私の問いに、男子生徒は深いため息をつく。
「うちのクラスは女子15名、男子15名。
どの道1組は男女になるだろ。」
「……ええええ!?」
偶数。
クラスで偶数。
女子と男子が奇数じゃ意味がない。
意味がないではないか!!
「……そそそ、そうなんですね……」
あまりのショックに放心状態の私を見て彼はまた溜息をつくと、私の腕を取った。
動揺を隠せない私が目を白黒しているうちに、ペアの準備体操は滞りなく彼のおかげで終わったのだった。
結局うちの学校はクラス替えがないため、3年間私のペアは彼になったということが決まったも同然。
そして彼の正体は。
「……前の席のやつぐらい覚えろよ……。」
我がクラスの委員長、私が1週間悪戯しまくっていた人でした。
……すまん!!!
えへえへうすら笑みを浮かべる私にまた溜息をつく。
「どうせ覚えてないと思うからもう一度自己紹介させてもらう。
ノーマン・エアーだ。」
ノーマン・エアー……勿論知らない名前。
しかも、なんだ。
苗字のエアーって。
意図じゃないかもしれないが、エアー……空気=モブ感が。
ゲーム補正!?
……違うかな?
ぼけっとした顔でノーマンの差し出された手と彼の顔を見比べる。
そしたらノーマンが反対の手で私の右手を取り、自分の右手にくっつけた。
ボーッとしている間に強制握手を済ませ、下手くそな愛想笑いをする。
顔の作りはとても親近感が湧きそうな、平凡……いえ、しょうゆ顔で。
髪の毛は黒よりの灰色で、瞳はうっすらグリーンのやや三白眼。
肌は白いが、うっすらとソバカスが鼻の上にあった。
マジマジと顔を見つめていると、ノーマンが自分の顔を手で覆った。
「……あえ?」
情けない声を口から発すると、ノーマンは顔を覆ったままクルリと座り直した。
「……人の顔を見つめすぎるな。見つめられると人は恥ずかしいんだ!」
と、すごく当たり前なことを教えてくださった。
「ああ、ごめん。えっと、ボーッとしてました。
えっと、私の名前は、セイ……」
「……知ってる。有名だしな。」
「……え“……!?有名!?」
私の奇声に、ノーマンは再びこっちを向いた。
「セイラ・ブラウン。入学してから誰も関わろうともせず、人を避け、何かに怯えた様に壁に張り付いたり、一人で悪目立ちしてるってな。」
『……なんだってー!?』
思わず立ち上がる。
だが悪目立ちという言葉が気になり、声を出さずにパクパクと叫んだ。
ステルスしてるつもりが、悪目立ちしていたとは。
動揺が隠せず、ダラダラと額に冷や汗が滲む。
「め、目立っているって、まさかその、他のクラスにも噂になってたり……?」
あまりの焦り様に、ノーマンの瞳に同情が見えだす。
「……まぁ、まだクラスで噂されてるだけだから。
他のクラスまではわからないけど……。」
そう言いながら目が泳ぐ。
……人の口に戸は立てられぬ。
おーまいごっとー!
なんと言うことだ!!
立ち上がったまま頭を抱え苦悩する私。
ノーマンの瞳は、どんどんと私をかわいそうな子として同情の色が濃くなる。
「とりあえず、まぁ大人しくしてたらすぐ誤解が解けるんじゃないかな。」
……人の噂も75日。
75日耐える間に噂を聞きつけて、好奇心旺盛な対象者が見にくるとかあったら困るじゃん……!
ストンと椅子に座る。
「……悪目立ち……。」
ぶつぶつと取り憑かれた様に自分の不甲斐なさを反省する。
口から魂が出ていたかもしれない。
その様子をジッと眺めていたノーマンが、私の肩を叩いた。
「なんか困ってることとかあるのか?
その、行動の理由とか……」
同情100%のノーマンの言葉に、私は待ってましたと言わんばかりにノーマンの手を両手で取った。
「……よくぞ聞いてくれました!!」
私のキラッキラの目を見て、ノーマンの瞳から同情が消え、後悔が見え出した。