第4話 結局犬は犬でしかない。
『いやー悪かったって。話があまりに重くて眠くなってさー』
ウーはそう言いながら、美味しそうにご飯をガツガツ食べている。
私はそれを無視して食卓で家族と食事中。
結局犬の誘惑に負け、一緒に昼寝をしてしまったのだ。
なぜか大事なものを失った気分だ。
いや、今までも一緒に寝てたけど!!
全てはモフモフが悪いんだ……!
「セイラ、学校で何かあったのかい?」
「そうね、貴方なぜか今日は帰ってきてからおかしいわ。」
パパとお母様が心配そうに私を見た。
食事から目を逸らさず、私はいつも通りの声を出す。
「……何もありません、ただ緊張して疲れちゃったみたい。」
そう言って顔を上げ、微笑んだ。
「……ただ、ちょっと上下関係というか……上級生とか私より爵位が上の方々なども多いので、そういう方々に失礼なことをして目をつけられたくなくて……リボンは明日からやめてもいい?」
恐る恐るお母様のご機嫌を窺いながら、言葉を紡いでいく。
お母様は『まぁ……』と少し悲しそうな顔をしたが、すぐ微笑んでくれた。
「……そうよね!セイラ可愛いから目立っちゃうのね?
わかりました。お母様、リボンを付けたいの我慢するわ。」
いや、お母様。
可愛いからとかじゃなくてですね……。
反論しようと口をパクパクしていると、今度はパパがニッコリと微笑んだ。
「そうだな!変な貴族に目をつけられて嫁にと言われても、お父様じゃ逆らえないしな!」
……いや、そこは逆らってくれよ。
てか大事な一人娘だからとかじゃないのかー!!
若干引き気味にパパを見ると、パパが私に『ジョークだよ☆』と言わんばかりに手を広げて戯けた。
……ジョークじゃねーだろ結構本気だったろ!
流石のお母様も引いてるじゃないか!
そんな家族の冷たい視線に、誤魔化す様にパパは咳払いをした。
「……まぁ、一人娘だからなぁ。
セイラはうちの跡取りになるのだから、婿を取らないとだしな。
そういえば、ワイナードの所のアンディも同じ学校に通っていたね?」
私はその名前を聞いて肝がヒュンと冷える。
『アンディ・ワイナード……!』
自分の中でワースト1はコイツだと言える大物の名前……。
「ええ、アンディはセイラより一つ上で、とても優しく優秀と兄が言っていたわ。」
「アンディは次男だし、何ならセイラのお婿さんにでも……」
「……イヤだ。」
「「……え?」」
私の力強い即答に、パパもお母様も聞き返す。
「アンディ・ワイナードは絶対イヤ!!」
思わず机を叩き、思い切り立ち上がった。
ナイフとフォークがガチャガチャと音を立ててテーブルから滑り落ちる。
「……どうしたんだ?セイラ。」
心配そうに見つめるパパとお母様。
「……セイラはアンディに会ったことあったかしら?
アンディは私の兄の子供で、貴方の従兄にあたるのよ」
青い顔で左右に首を振りながら怯える私に、お母様もパパも驚いて私を宥める様に優しい声を出した。
「……お願い、お母様、そしてパパ。
お婿さんは自分で見つけるか、パパが探すならアンディ様以外でお願いします……。」
「……そうなのか?」
「……まぁ。セイラ……アンディに何かされたの?」
二人の心配そうな顔に思わず目を逸らし考える。
なんとかこの場を切り抜けなければ。
「いえ、今日お見かけしてちょっと、私は怖い印象を持ってしまいまして……その何かあったわけではなかったのですけど、あの……。」
思わず『嘘』をついた。
私の嘘に、ウーだけが片耳を上げて反応した。
「そうなのね!それはやめましょう、あなた。」
「そうだね、セイラがイヤなら別の人で……っていうかまだ早いよ!学校入ったばっかりだし。
お婿さんは学校卒業するぐらいでいいよ。
パパ泣いちゃうよ、こんな早くお嫁に行くなんて。」
「あら、あなたったら!」
パパとお母様は二人で和やかに笑い合った。
私も愛想笑いをして、席につく。
取り替えてもらった食器のお礼を言って、残りをさっさと口に詰めた。
そして宿題があるとか理由をつけて、サッサと部屋に引っ込んだ。
……ウーを引っ張りながら。
『役に立たない犬になんか用かよ。』
「……話だけでも聞いてください。」
ウーはまた『ふーん』というと、ソファーに犬らしくない格好で横になった。
『んでその、アンデーとかいうのは何なんだ?』
「アンディは、私の従兄で……表向きは優しい優等生な兄系なんだけど、実はヤンデレ束縛系のヤベー奴なんだよ……。
アンディルートは王子のイベントを済ませると、夏休みにうちに遊びに来るのよ。
お母様が初夏のお茶会を開くので、その時に来るんだけど……。
私に一目惚れし、婚約者候補として現れるイージーモードな人。
でもイベント進めると犬にまで嫉妬に狂い、捕らえられ何処にも出られなくなるルートになる。」
『……犬の立場としていうが、そいつはやめとけよ。』
「絶対にイヤよ……。ゲームなら嫉妬とかキュンとしちゃうけど、あれは絵師の腕が良かったからだ。
アンディの嫉妬スチルは本当に良かった。
まともじゃないセリフもあの絵のおかげで、帳消しになっていたもん。」
私はブツブツと早口で呟くと、肩を抱きしめ身震いをした。
『……犬に嫉妬されたら、ちょっと犬としては困っちゃうわ。』
「犬じゃなくても困るわ!!
だって異性とすれ違っただけでも嫉妬するのよ!
仲よかったら同性でも愛憎で狂うし。」
ともかく、こんな早くに話題が出るなんておかしい。
出会わなかったせいで何かが狂っている?
……そんなことはないと思いたいけど……。
「ともかく本気で誰にも気づかれない様に過ごさなきゃ……。」
『なんなら犬としての空気の読み方でもおしえてやろうか?』
指を突っ込み耳の中をグリグリしながらいう犬を思わず見つめた。
「……犬の空気の読み方なんて、犬にしか役に立たないだろ!」
と突っ込むと。
ウーは『そうでしたー!』なんて言いながらさぞかし可笑しそうにワッフワフと笑った。
何がそんなにウケてんだよ……。
所詮、犬は犬……。
だが、今の私は話を聞いてくれるだけでもありがたい。
犬でも役に立つことに気がついた。
……納得いかないけどね!
とりあえず忘れないように今日の事や、各自対象者を事細かく書いてみることにする。
トーマ・キートレイ/黄色/爽やか天然系王子/裏を返せば世間知らずで騙されやすい/ロゼリア・マーロウ公爵令嬢の婚約者。
アンディ・ワイナード/緑/優しい兄系/束縛ヤンデレ/お母様の方の従兄
そして。
ライリー/ピンク/オネエ系/今わかっているのはこれだけ。
でもあの学園にいるってことは、貴族なのは間違いない。
あの時間にトイレにいたということは、もしかすると伯爵より下なのかも?
……しかし、わからんなー。
机に足をかけて、椅子をギシギシと揺らしながら背伸びをした。
リボンは回避した。
あのリボンにも意味があり、信頼度が一番高い色に変わっていくのだ。
王子と信頼度が一番高ければ、私はいつも黄色のリボンを左右につけて登校する。
誰とも結ばれる気がない今、リボンは恐ろしいバロメーター表示でしかない。
しかもそのパラメーターは、いつもつけてくれるお母様が知る筈もないのに。
私の好感度を透視するエスパーなんだろうか。
思わず身震いをすると、思いっきりバランスを崩し、後ろにひっくり返る。
「……いたた……!」
背中が痛い。
ヨロヨロと起き上がり、気を取り直す様に寝る支度をする。
気が付くとベッドは先に犬に占拠されていたので、グイグイと端っこに寄せ、私も眠りにつくことにした。
ああ、明日が怖い。