第3話 美少女もどきは一体誰?
王子たちが去った後、やっと腕から抜け出た私は『彼』に深々とお礼を言った。
「大変ご迷惑をおかけしました。
この御恩は形にしてお屋敷へお送りいたしたいのですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
丁寧にお辞儀する私を、微笑みながら答える。
「ライリーよ。
ワタシ、おウチとあんまり仲が良くないから御礼は今の言葉でいただいた事にするね。」
「……ワタシ。」
思わず引っかかってしまい、復唱してしまう。
私の復唱にライリーはニッコリと微笑んで私の髪に触れた。
「ワタシこんな顔だから、小さい時女の子として育てられたのよね。
母親もなんか女の子として育てたかったみたいだし。
でもあっという間に大きくなっちゃったから、男の子に戻ったけど……ってあなたこの髪どうしたの!?」
そう言いながら私の頭をガシガシと指でとかす。
「……あ、お気になさらず。」
無造作に編み込みを指で解いたからか、耳の上あたりだけチリチリの癖がついていた。
おかしいのは知ってる。
思わず苦笑い。
「可愛い女の子なのに、勿体無いわね。」
可愛い……。
あらやだ、可愛いだなんて。
美少女もどきに可愛いと言われて、悪い気はしない。
まぁ、ヒロインなんだから可愛いは当たり前なのだけど。
可愛いと言われても、自分であって自分じゃない感覚なので『でしょうね』としか言えない。
なので不気味なうっすら笑みを浮かべる。
なんとなく前世で言われ慣れてない言葉を、咄嗟に鼻の穴膨らませて得意げにしていたらしく。
壮大に美少女もどきにめっちゃ笑われる結果となった。
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馬車に乗り込み、ホッと一息をつく。
重大な日でミスする所だった。
ステルスが足らない。
もっと修行をしなければ。
思わず揺れる馬車の中で反省会。
今日のイベントは確かに何事もなくクリアーしたのだが。
人の手を借りてから、クリアーするのでは意味がない。
明日からもっと空気を殺し、周りに溶け込まなければダメだ。
無事卒業するまでが、遠足です。
卒業して、婿をもらい、平凡な老後を送る。
ノット☆ヒロイン。
これが私の、平穏な将来設計。
今日が過ぎた所で、イベント発生の要となる『いけない遅刻遅刻☆』はもしかするとどこかで必ず起こるかもしれない。
そしたらそこから怒涛のスピードで対象者がやってくる可能性も捨てきれない。
とりあえず隣国の王子がくる夏休みの終わりまでが鍵だと思っている……。
気をもっともっと引き締めないと。
……というかライリー。
おかしいな、あんなキャラいなかったと思うんだけど。
何度思い出そうとしても、思い出せるわけもなく。
あれだけ隅々までやったゲームだったのになぁ。
もしかしてボツキャラなんかあったんだろうか?
設定資料は結構高かったから、買ってないんだよね……。
しかし、恋してレインボーなのだ。
対象者は7人。
あんなピンクの髪の毛、絶対主要人物のはずだし……。
しかもレインボーにピンクはない。
しかも……妖艶なオネエ系って。
考えれば考えるほど、訳がわからなくなる。
そうこうしてると家の前に馬車がつき、降りると同時にウーが突進してきたので、髪の毛がグシャグシャな事はバレずに済んだ。
そういえばゲームでもウーってこんなだっけ……?
ウーはいわゆるゲームのマスコットキャラだった。
チュートリアルなどの説明を……喋れないので、する訳なかったけど。
ローディング画面などで、子犬のウーが走る姿がとても可愛かったのだが……。
いや可愛いけどもさ。
……デカすぎない?
フサフサの白い長い毛に、ほとんど見えないつぶらな瞳。
長い耳の毛が長い鼻筋を引き立てている。
体長は大型犬をゆうに超えていた。
ずんぐりむっくりの体型は、まるで人が着ぐるみを着ている様な姿なのだ。
『着ぐるみじゃないけどな。』
「まぁそうだよね、着ぐるみな訳……」
『ん?』今誰が喋った?
玄関入った先で立ち止まり、首を傾げる。
辺りを見渡すと、私の他にウーと馬車から荷物を下ろし、部屋まで運ぶ従者の姿。
従者に至っては私を通過して、さっさといなくなってしまった。
『俺しか喋るやついないんだよなぁ。』
振り向くと。
犬が二足歩行で立ち上がり、壁に手をかけていた。
「……」
一回見ないフリをする。
良く目を擦り、もう一度見る。
スッと白い犬が、壁にかけていた手をおろし腕を組む。
「……」
もう一度見ないフリをする。
そして目を……
『何回やるんだよ!!』
「喋ったあああ!!!」
発狂する私の言葉が屋敷中に響き渡る。
驚いたお母様やパパ、メイドたちも集まってくる。
「どうしたんだ!セイラ!!」
慌てたパパが私を抱きしめる。
私はホラー映画さながらの震える指で、ウーを指差した。
そこにいる全員が指をさした方を見つめ、叫んだ。
「コラ、ウー!そこで用を足すんじゃない!!」
……は?
「まぁまぁ、ウーったらどうしちゃったの。
今までこんなことした事ないのに。
セイラもびっくりしちゃったわよね。
もう大丈夫よー、ちゃんと掃除させますからね。」
お母様がそう言うと、私の頭を撫でたのだった。
そしらぬ顔した大きな犬は、嬉しそうにそのまま私とお母様に突進してきたのだった。
引きずる様にウーを部屋まで連れてくる。
部屋に押し込められたウーは、知らんふりして後ろ足で頭を掻いていた。
「喋ったわよね?」
『喋ったけど?』
「ほ、ほらーやっぱりー!!」
指をさしながら慌てる私を全く気にせず、ウーはゆっくりと起き上がり後ろ足でかいてた頭を前足で掻き出した。
「……そんな設定なかったよね!?
いつからなの!?いつから喋れるの??」
『なんかわかんねーけど、さっき気がついたら喋れてたんだよね。
そして俺の言葉はセイラにしか聞こえないと言う事だ。』
「と、と言う事はもしかしてウーって何かの聖獣とかな設定だっけ!?
そんな設定知らなかったな、ウーの存在自体、物語に関係してこなかったしなぁ……」
『……いや、普通の犬だが?』
「いや犬って、二足歩行できないでしょ!?」
『いやそれ言ったら聖獣だってできないだろうが……』
た、確かにー!!
ごめんなんか聖獣を誤解してた。
もうなんか何でもできそうな気がしてた。
聖獣だし。
「じゃあ何で!?」
『知るか!!』
ウーはソファーにどっかりと座ると、短い脚を組んだ。
途中ちょっと組めなくて、一回落ちた後ろ足を前足でのっけていた。
「どうなってんの!?
何かゲームと全然違ってきたんだけどどーなってんの!?
ここはもしかして、ゲームの世界じゃないって事……?」
狼狽え、頭を抱えたまま部屋の中を動き回る私を、ウーはジッと見つめながら口を開いた。
『とりま、俺も状況わかんねーから説明してみろよ。』
犬に説明したってわかりっこないけど、今はとにかく頭の中を整理したかった。
ともかくわかりっこないけど、喋る犬を頼るしかなかった。
乙女ゲームのことや、イベントの事など、事細かに話してみた。
ウーは真剣に私の話を聞いていた。
そして。
『ふーん』
犬からの反応第一声は『ふーん』でした!!
ありがとうございますウー先生の次回作にご期待下さい!!
うわあああ、犬なんかに期待して喋らなきゃよかった。
思わずベッドに俯す私。
ウーはそんな私を放置でじっと考え込んでた。
何かいいこと言ってくれるのかと、それでも期待する。
ジト目でウーを眺めていると、ウーは突然立ち上がり私を見た。
『そんな事より寝るなら俺も寝るから、足拭いてくれよ!』
そう言って短い前足を私の頬にくっつけた。
クッサ!!
肉球クッサ!!
犬に期待するんじゃなかった!!
渋々足を拭く私を『ニカッ☆』と微笑んで。
『一緒に寝ようぜ。』
ベッドに横向きに寝そべって、ポンポンと自分の横を叩く。
「何ちょっとイケメン風な雰囲気出してんのよ!!」
私はそう言ってウーに、明らかに小さくなった犬用のベッドを投げるのでした。
なんなんだ、この犬!!
なんなんだよこの犬!!!