第16話 そしてストーリーは私を置いて、進んでいく。
恐怖と不安を感じながらも学校の門をくぐると、ノーマンが不安そうに私を待っていたくれた。
ノーマンの顔を見ると、なんだか少しホッとする。
何故かノーマンも私の顔を見て、安堵の表情を浮かべていて、柔らかに微笑んでいた。
うう、心配かけてごめんよ。
ノーマンも私が来なくてきっと不安だったよね……。
思わず飛びついてハグをしたい気持ちになったのだが、流石に人目もあるし、それはやめといた。
教室で通常通りの通りの時間に慣れてきた午後。
大きくかじったばかりのサンドイッチを、またつまらせる様な出来事に遭遇する。
「……あなた、ちょっとよろしいかしら?」
なんと、目の前にロゼリア様が現れた!
私はドンドンとむせた席を落ち着かせようと叩く。
ああああ、このシーン知ってる。
トーマ殿下の好感度3に上がったときにあるイベント……。
ン?
あれ……?
……さん!?
待って、何でサン!?
ちょっとよろしいかと言われている人物に、何故か指で三を作って見せている状態。
ロゼリア様は私の指を怪訝そうに見つけると、『……で?』と言わんばかりに首を傾げ、私を睨む。
「……よろしいです……。」
私は手を後ろに隠し、有無を言わさずロゼリア様と愉快な仲間たちに連行されて行くのだった。
ノーマンが私を庇おうと間に入ろうとしてくれたが、流石に女同士のなんとかに巻き込むわけにはいかないので、『待て』をしてもらった。
これは終わったなって顔で私を見送っていた。
……骨は拾ってくれ。
ズルズルと中庭を抜け、捕まった宇宙人のように両脇にホールドされ引きずられる私。
そして食堂の前を通過し、人気のない場所へ連れ込まれる。
「……あなた、ワタクシは忠告したはずよ?」
「なんのことでしょうかぁ……」
忠告されてから、一度も学校に来ていないというのに。
その後の進展なんて、あるはずもない。
それをどうやって説明しよう。
身の程は知っております、勿論。
忠告は真摯に受け止めているのにーー!
何度もやり場のない手を上げたり下げたりと、落ち着かない。
説明したいけど、言いたい事が何も出てこないのだ。
私の様子にロゼリア様は邪魔そうに長い髪を手で後ろに流す。
「私があなたを虐めたと、トーマ様に泣きついたのでしょ!?」
「……はぁ?」
思わず声が口から漏れる。
「なんで私が王太子殿下に言うんですか?」
漏れたついでに、1番の疑問をぶつけてみる。
正直ゲームの中のヒロインはこんなことを言わなかった。
彼らの台詞はまごうことなくそのままだったのだが。
ロゼリア様のセリフの後、ヒロインはこう告げる。
『私はただ、泣いていただけです!
ロゼリア様に忠告された事を、ただ、思い返して泣いていたのです。』
ヒロインがそう告げた。
でも私は、ヒロインじゃない。
ただのセイラなのだ。
なので何で私が、と聞いてみたのだった。
「白々しい!トーマさまの気をひく為でしょ!」
これもゲームのまんま。
こっちの答えが変わっても、台詞は今のとこ変わらない。
だが、『悪役令嬢』も、私と同じ生きている人間なはず。
どこかでセリフと違う言葉がきっとあると信じて……。
「……なんで私が、ましてや何のために王太子殿下に言うのでしょう……」
次の疑問をぶつける。
私の問いにロゼリア様は怯んだ。
『何で私が……?』
思わず後ろでフン反り返る愉快な仲間たちの顔を見比べる。
愉快な仲間たちもザワザワとお互いを見比べていた。
これは、チャンスなのではないか?
『何故、私が言うのか』の疑問が生まれ、それがよくわかってないままの彼女たち。
私がトーマ殿下に微塵も興味がないことを、ここで宣言できるチャンスなのでは!?
思わず芽生えたゲームの隙を、私はチャンスだと気持ちが湧いた。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
私はニッコリと微笑み、右手を上げた。
+++
「……と言うことで、私は王太子殿下やその周りにいらっしゃる方々には、一切の興味がありません。
ええ、マーロウ公爵令嬢がおっしゃる通り、私には身の丈があった方がお似合いだと思いますし、そーーんな雲の上の方にいらっしゃる様な方々と、言葉を交わす事さえ恐れ多く思っておりますし。」
意気揚々、大きく身振り手振りまでつけ、動揺する彼女たちの前で熱弁する。
『今後も関わりたくない』ことを強調する。
ペラペラ出てくる言葉を、ロゼリア様たちは困惑しながら聞いていた。
「……そ、そうなのね。」
少し弾き気味にロゼリア様が口を開く。
「ロゼリア様、この方はわかってらっしゃる様ですわね。」
私の異様な熱弁に気味が悪かったのか、愉快な仲間たちの一人がロゼリア様の肩を持った。
きっと早く私から離れたいのかもしれない。
『関わりたくないです』と油性ペンで顔に描いてある状態で私をみていた。
ニコニコと笑う私。
「ロゼリア様はドン引きしたって美しい。
トーマ殿下にふさわしい人です!」
最後の方はもう、ただただ心の声がだだ漏れ状態だったけど。
これは説得成功なのでは?
私の熱弁に、続きの言葉は何も出てこなかった。
『私はただ、思いが届かなくとも……トーマ様を遠くからでもみていたかったんです!』
『よくもまぁ、婚約者のワタクシの前でそんなことを……!!』
ロゼリア様の手が振りかざされ、私の頬に向かって落ちてくる。
それを止める人影……。
これがゲームの続きだった。
「……わかっているならいいのですっ!
あなたがトーマ様に何か言ったのではないことは、わかったわ。
今後は身分の高いものに気軽に接触するのも、気をつける様にして頂けたらワタクシは……」
ふと、ロゼリア様の手が私の頬に触れる。
「……こないだは手を上げてしまい、申し訳ないと思っているわ……」
と、小さな声でいった。
え?か、カワ……!?
ロゼリア様はツンデレなのか!?
思わず美人のデレを見れて、私は歓喜する。
「私なら大丈夫で……」
そう言おうとして、口を開くと。
私の頬にあったロゼリア様の手が、勢いよく引き離される。
先ほどまでのドン引きした顔ではなく、目を大きく見開きひどく驚いた顔で私の上の方を見上げていた。
周りの視線も私の背後に集まっていく。
愉快な仲間のご令嬢たちの表情も、お化けでも見たかの様に怯えて真っ青だった。
ゆっくりと嫌な予感がして振り向くと。
振り向くと同時に息切れした息とともに、視界が覆われた。
「!?」
驚いて声を失う。
私は誰かの腕の中にいた様子。
何とか見上げると、私に覆う様に、黄色い髪が私の頬に触れる。
「え!?何!?」
情けない声でパニックに陥る私にお構いなく、ゆっくりと私の肩に置かれていた頭が離れて行った。
「セイラ嬢、無事か!?」
さて、状況を整理しよう。
……冷静に冷静に。
全てはうまく行ってる流れだった。
だが今は。
ロゼリア様の手を掴んでいるのは堅物眼鏡のユウリ。
私を抱きしめてるのは、マサカの……トーマ殿下……。
そしてその後ろに付き添っているだけの様子のカレルに、こっちを見てアワアワ顔色を変えているキアンがいた。
待ってよ、登場人物が勢揃いじゃないか!!
慌てて腕の中から這い出ようとするが、トーマ殿下のホールド力が強すぎて、抜け出せない。
首を何とか動かして、ロゼリア様の方を見る。
ロゼリア様は手を掴んでいるユウリを睨みつけていたが、視線はゆっくりとトーマ殿下の腕に抱かれている私に向いてきた。
先ほど仲良くなれそうだったデレの顔から、ツンの上位……と言うより『おい貴様言うてることちゃうやんけ』と言う憎しみこもった目でこちらを睨んでいる。
般若も真っ青。
私は真っ白……。
これは私のせいではなあああい!!
私は言葉にならない悲痛な叫びを上げたのだった。