第15話 逃げる事にした☆ヒロイン。
いざ、方針が決まったのだが。
学校に行こうと思うと何故かお腹が痛くなるという仮の病に侵され、1週間も登校拒否となっていた。
その間、毎日ノーマンが授業のノートをまとめて届けてくれている。
……なんていいやつ!
そう呟きながら、ベッドの中で丸くなる。
ノーマンには感謝しかない。
だがイベントが起きてしまった恐怖に、心が精神的に負けてしまっていた。
『おいおい、そろそろパパさんやママさんもの心配がピークなんじゃないのか?』
肉球に挟んだ骨ガムを『ぷはぁ』とタバコの様に口に加えるウーを睨む。
「わかってるよ!」
そう言いながら頭まで布団を被り、ますます丸くなった。
このままじゃいけない。明日こそは!と思う。
毎日思う。
でも、無理なんだもん。
足がどうしても動かない。
なんならこのまま引きこもりニートヒロインになってもいいかも?なんて、甘い考えがよぎるが。
パパとお母様の悲しい顔が浮かぶと、そんなこともできる訳がないと泣きそうになるのだった。
だがもう1週間。
流石に明日は学校に行こう……そう決心してみる。
簀巻きの様にゴロゴロ布団に巻かれて、ベッドに転がっている。
ただ何もせず、ゴロゴロと。
そんな私をウーが横目で見て、ため息まじりに骨ガムをぬちゃぬちゃ言わせて噛んでいた。
「……わかってるよ!!」
私の叫び声と重なる様に、扉がノックされた。
「……セイラちゃん、具合どうかしら?」
「お母様……」
今の叫び声は聞かれてなかった様で、ホッと胸を撫で下ろす。
ノックの後ゆっくりと扉が開いて、お母様が部屋に入ってきた。
「セイラちゃん、少し調子がいいなら、……あの、お客様が来ているのだけど……顔を出す事ができるかしら?」
ノーマンが毎日来るときの態度とどこか違うお母様。
何故か目が泳ぎ、モジモジしている。
「……お客様って?」
「……私もね、突然で驚いてて……断れなかったの……」
「……お母様?」
断れなかったとは。
頭の上にたくさんのクエスチョンマーク。
とりあえず、モタモタしている間に、有無を云わさずやってきたメイドに、寝着から軽装に着替えさせられると、困り顔のお母様と一緒にサロンへと降りた。
何とそこには。
「ギョギョギョーーー!?」
奇声を上げる私に、サロンで待っていた人物は、口に含んだ水分を勢いよくマーライオンするところだった様で、口をすぼめたまま目を見開いてこちらを見ていた。
「お、王子様……」
一番開いたくない人物が、私の家のサロンでお茶を飲んでいて、どこにも逃げられない恐怖で失神しそうになる。
「な、なんの御用でショウカ……。」
なんとか言葉を奮い出す。
私のカタコトの言葉に、口元をハンカチで押さえ、咳払いをする。
「改めて、謝罪に来た。」
「……いやいや、第一王子となる方が、平民にちょっと毛が生えた様な私に謝罪とか……」
と、ここまで言ったが、ちらりとお母様の顔色を気にしてゴニョゴニョと黙る。
慌てる私にトーマ殿下は再び咳払いをし、ゆっくりと声を発した。
「……あれから学校を休んでいると聞いて、大きな怪我でもしているんじゃないかと……。
私のせいで怪我をさせたのならば、王族とか関係ない。
謝罪をしなくてはと思ったのだ……。」
「そ、そうですか……。」
とても、気まずい。
だって、あなたたちに会いたくなくて仮の病なのだから。
「私は、もう大丈夫ですので、どうか……頭をあげてください。」
オロオロと困る私とお母様の様子を見て、トーマ殿下は少し困った様に微笑むと、頭を上げ姿勢を正した
「……そうか、ならば明日から学校には来れそうなのか?」
「……そう、ですね。」
ゴニョっと、視線を泳がせると、お母様と目があってしまった。
『セイラちゃん明日はいけそうなのね!良かった本当に元気になって良かった。』
と、目で物言うお母様の安堵の表情に、もう逃げられないことを感じた。
「はい、明日からまた。」
覚悟を決め、視線をあげる。
まっすぐこちらを見ていたトーマ殿下と視線がぶつかった。
あーあ、やっぱかっこいいよな。
綺麗な黄色の髪に、くっきりとした二重。
長めの前髪が、スジの通った鼻をくすぐっている。
あまりにじっと見ていたのか、私の視線に今度はトーマ殿下の視線が逸らされた。
気を取り成す様に、んッと喉を整え、言葉を続ける。
「……もう一つ、ロゼリアが君に手を上げたという噂を聞いたが……」
下駄箱の事件は誰かに見られていた様だった。
私がロゼリア様から突然頬を打たれ、それで休んでいるという噂が流れていることもノーマンから聞いていた。
だからこそ、ますます私の心が折れていた原因の一つのだった。
メンドクサイ。
もうこの言葉だけだった。
私が誰に殴られようが、関係ない奴は黙ってろってんだ!!
その話を思い出し、少しイラッとした気持ちが態度に出てしまう。
「……はて、そんなことありましたっけ?
すいません、熱のせいで忘れてしまいました。」
少し早口で、目を伏せがちで頭をガシガシとかきむしる。
私の早口にトーマ殿下は一瞬目を見開いたが、小さく『そうか』と呟いた。
「わざわざきていただいて有難うございます。
お気持ちだけで十分ですので……」
『もう帰ってください』
この言葉がポロリと洩れそうなのを我慢する。
『オットォ〜?』
後ろで私の漏れそうな言葉を感じ取ったのか、ウーがからかう様に両前足の人差し指と親指をたて、こっちに向けている。
チャラ男かおい!!
お母様は突然の王太子の訪問に胃が痛むのか、お腹を抑えたまま青い顔で佇んでる。
『お母様も限界なので、早く、帰って欲しい……!』
切実に目の前にいる王子を笑顔で見つめると、空気を感じ取ったのか、いそいそと帰る支度を始めてくれた。
お母様と二人で門まで見送り、最後までこちらを見て手を振るトーマ殿下を、目を細めて見つめていた。
とてもすごい疲労感に、明日も学校休みたくなってきたが……ふと気がつく。
「……あれ?私名乗ってないんだけど。」
何故王子はうちが分かったのか。
茶色の髪の毛の一年生なんてゴロゴロいる。
それなのに、何故王子は、私がわかったのか……。
マサカ。
ふと嫌な予感がしたが、これ以上自分のモチベが下がる様なことを考えたくないので、そっと遠いところに押し込めて蓋をした。
……マサカ、ね?