第13話 乙女ゲームの現実。
私の日記兼攻略?ノートを片手に、ゆっくりと丁寧にノーマンに話す。
『私には前世の記憶があること。
そしてこの世界にいくつか決められたストーリーがある世界だと言うこと。
そこで私は主人公であること。
主人公だが、現在の自分の状況をよく分かっており、そのストーリー通りには進みたくないこと』
いきなり私がこの世界の主人公なの!なんてかなり痛すぎる私ですが、必死に真面目に丁寧に話す私に、ノーマンは何も言わず、時折考え込みながら頷いていた。
「んで、今回の事でフラグが立ってしまったので、私はこの7人をより避けて生きていきたい所存であります。
大まかなストーリーはこのノートを見て貰えばわかる。
いわゆる未来の出来事だから、予言みたいな感じだけど……。」
私がこの世界に来て、思い起こしながら書き記したゲームのストーリーを、攻略者順にノーマンは読んでいった。
私たちが部屋に篭り、結構の時間が過ぎていた。
突然に男子生徒を連れて帰った娘が、二人きりに部屋に篭りっぱなしなので、何度も両親から部屋の扉を叩かれているが……。
その度に扉を開け、勉強を教えてもらっているアピールをする。
ノートを読み終え、しばらく考え込んでいたノーマンがふと顔をあげた。
「……大体、理解は、した。」
そう言って私の顔を見つめる。
ふと、ノーマンが何かを言おうと口を開いた時、お腹を空かせたウーが二足歩行で私の後ろを横切った。
ウーがノーマンの視界に入った……その時。
ノーマンが目を見開く。
まるで目の前に宇宙人でも現れたかの様に、目を見開き固まった。
「……ノーマン?」
「……し、白い犬が」
息ができない魚の様に口を震わせ、震える指をウーに向けた。
「立っている!!!」
「え!?」
さっきまで普通だったじゃないの!?
なんで!?
私も振り向きウーをみた。
お腹が空いたとアピールする様に、ぽっこりのお腹を撫でながら歩いているウーを見つめる。
「……え?」
再びノーマンを見ると、脂汗をかきながらガクガクと震えていたのだった。
脳の処理がしきれなかったのか、ノーマンが白目むいてぐらりと後ろによろめく。
「……ノーマン!!」
慌てて駆け寄ろうとするが、白い毛皮のほうが早かった。
倒れそうなノーマンを優しく抱き抱える、ウー。
『おっと、危ねえな。ボウズ、大丈夫か?』
キラリと犬歯が光った。
……なんでこの犬、いちいち無駄にイケメンなんだ……。
多分この世界で一番イケメンなんじゃないのか……。
でも、まぁ、犬なんですけどね……。
犬にお姫様抱っこされたノーマンは、ソファーにそっと寝かされる。
そっと額に触れる。
汗はかいているが、とりあえず熱はなさそう。
ジジに言って固く絞った冷たいタオルも持ってきてもらう。
それでそっと伝ってきた頬の汗を拭うと、クワッと三白眼が開かれた。
「……大丈夫?」
私の問いかけにも答えず、しばらくジッと一点を見つめていたが。
徐ろにがばっと起きると、私の方を向いた。
「……理解し難いが、全部、理解した。」
「え?」
「セイラが言っていた言葉を理解し、……俺は信じる。」
「……え」
今度は私がノーマンを見つめたまま、固まる。
正直信じてもらうことに関しては半々だと思っていた。
ストーリーの触りだけでも信じてもらえたらと。
あとはもうなる様にしかならないだろうと。
そして頭がおかしいと思われても、彼は私の友達でいてくれるだろうかという不安を必死に抑えていた。
またポロポロと涙が溢れてくる。
それを見て、ノーマンがふっと笑った。
キリッとした目尻が、私に向けて緩む。
緩んだ目元に赤みがさす。
そして、まだズキンと痛む左頬にノーマンの手が伸びてきた。
「まだ、痛むか?」
「……少し。」
大事そうに触れる手の熱が、頬の痛みとともに緊張感がやってきた。
頬の痛みで、ふと気がつく。
「……あれ?」
私の発した言葉に、ノーマンも首を傾げた。
そんなノーマンにスッと人差し指を出す。
まるで推理小説に出てくる探偵の様に。
「……待てよ。
入学イベントでは、ロゼリア様がヒロインに手をあげることは無かったはず。
ただ、なんというか……『私の男に手を出すんじゃねーぞコラ』って忠告されただけだった。」
掲げた人差し指を自分の唇に当てる。
「……それは入学式に起こらなかったから、ちょっと遅れてきた分何かが上乗せされたとか……
例えば、『イベント』とかいうやつがまとめてきた、とか?」
人差し指をトントンと唇をなぞりながら考える。
「ほっぺを打たれるイベントは……夏休み明けたあたりにあるトーマ様の誕生日パーティーであったかな。
でもそれは信頼度が4以上で対象から『特別な贈り物』を貰ってから発生するやつなんだよね。
確か、トーマ様だと黄色いドレスというアイテムで、誕生日パーティーにそのドレスを着て、ロゼリア様を差し置いてエスコートされちゃうからってやつ。」
「……そんなの常識で考えられるか?
婚約者がいて、増してはこの国の第一王子という立場で。
隠した貴族の娘にドレスを送り、エスコート……?」
「だから、めちゃくちゃなんだって!
だってゲーム……架空のストーリーの中の出来事なんだもん!!
実際はそんなのあるはずないだろうけど、私がそんな気がなくても『強制力』とやらが働いたら……」
顔色が青くなり頭を掻き毟る私。
ノーマンはまた考え込んだ。
そんなノーマンを知り目にして、私は続ける。
「と、いうか、もしそうなってさ。
王族にエスコートするって言われて、断れますかね?
私の立場的に、断った時点で不敬罪となり、パパもろとも爵位取り上げとか……!?
それで婚約者にワインかけられて頬を打たれるとか踏んだり蹴ったりじゃないか!」
「……ワインもかけられるのかよ。
てか王族のパーティーで、未成年の飲酒は流石にありえん……」
「そこはテーブルに置いてあったやつだと思うけどね……」
こうやって口に出して思うけど、キュンと現実は別腹なのですね……。
ゲームやってる方はこういうドラマ性に一喜一憂したもんだ。
……私も青かったのだ……。
「……ともかく、話をまとめると……セイラはどうしたい?」
私を見つめるノーマンの瞳が揺れる。
その目を見つめながら、私は立ち上がった。
「……これがフラグの開始なら、きっと今後このイベントが押し寄せてくるはず。
対象者の接触も今以上に避けられないものになるのかも。」
その言葉をかみしめる様に、ギュッと親指を噛む。
強く噛まれた親指に痛みが走る。
「……全て、避けたい。」
『できれば。』
この言葉を付け加えた。
できれば今後も避けたいのだ。
正直イベントなんてクソ食らえだ。
ロゼリアに言われた通り、身の程を知っている。
だが身の程を知ろうが自分の意思とは関係なく、何かの力が作用されていくのだから。
「……わかった。
じゃあ俺は今以上に、セイラを守る。」
ノーマンはそういうと私に手を差し伸べた。
「時期や起こることはある程度把握したし、あとは『イレギュラー』な出来事に注意をしよう。
そしてそれが起こってしまったら。」
差し伸べた手を見つめていた視線をノーマンに向ける。
「……全力で逃げよう。」
その言葉に思わず私は吹き出す。
そして差し伸べた手に、自分の手を重ね、ギュッと力を込めた。
「……全力で、逃げる!」
今後の方針が、『隠れる』から『逃げる』に決まったのだった。