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第11話 掃除機より強い吸引力。

ノーマンの言う通り、次の日から私はライリーも警戒対象とした。

昨日の様子で『危機感』が増したのか、ノーマンはいま以上に私に協力的になった。


体育の着替えや男女別で移動する時も、わざわざ自分の用事を急いで終わらせ、迎えに来てくれるまでに。

おかげで私はそれに甘え、ノーマンに頼りきりとなる。


本気を出したノーマンはとても優秀で、私がそれから対象者に接触する事がめっきりなくなったのだった。


「……はぁ、普通ってこんななんだね。」


「……ん?」


モソモソと今日もサンドイッチを食べながら、私は平和を噛み締めていた。


私の発言に眉を寄せたが、ふと口元を緩ませ読んでたた本に視線を戻す。

その様子を目で追いながら、『ノーマン笑ったら可愛いのになぁ』なんてぼけっと眺めるのだった。



「ウーたん!ただいまぁ!!」


帰宅するなり私の部屋で短い足を組みながら、コーヒーカップで優雅に水を頂いている犬に、背後から抱きついた。


『……なんだなんだ?突然抱き付くと溢れちまうだろうが!』


ウーは慌ててカップを両手で抑える。

私はそんなのお構いなく、ウーの首すじあたりに顔を突っ込んだ。


「……犬臭い。」


『だったら俺を嗅がなければいいだろうが!』


「……ごもっとも。」


でも嗅いじゃうんですよねー!なんでか分からないけど。

妙なテンションでウーにウザ絡みして、今日あった事を日記に書き足そうと、ノートに手を伸ばした。


今まで書いたものをパラパラと復習がてら読み始めた。


入学してそろそろ2ヶ月が経とうとしている。

来週のテストが終わると、夏休みに向けての準備が始まるのだ。


ノーマンには感謝してもし足りないほど、お世話になっている。

私がステルスしていると言うより、ノーマンレーダーのおかげで私が生き残れている様な。


クラスで成績はトップ。

学年でもそこそこの成績だし、クラス委員長も務め、先生の信頼も大きい。

運動は私と一緒でちょっと苦手そうだけど、与えられた仕事をそつなくこなすし、あんなに優秀なのだから、将来は領地経営なんかもうまく回していけそうな。


しかもノーマンは子爵の次男だと言っていたし、うちに婿養子に入ってもらえたら、パパが泣いて喜びそうだな……。


顔は本人が認めるほどの平凡だけど、あの三白眼が緩んで微笑む顔は嫌いじゃない。

むしろなんかギャップ萌えな気がしてならない。


そこまで書いたとこで手が止まる。


……ノーマン、アリなんじゃ無いかな?

ペンを鼻と上唇の上に挟む。

うーんと腕組みをして考え込んだ。


ありかなしかと言うと、ありよりのあり。

だけど恋愛対象かと言ったら、ちょっと今はわからないと言う感じ。

自分の気持ちに関しては、今は友達としてのノーマンが強い気がする。


その前にノーマンが私を恋愛対象では無いだろうし。

私に対する態度がそう告げている。

そう思う。


いいお友達。


きっと彼も同じ気持ちなんだろうなと、私は口を窄めた。

口を動かした事でペンが落ち、ノートの上を転がった。


丁度転がり終わったところに『ライリー』の名前が書いてあった。


ペンを拾い上げ、じっと文字を見つめる。


二度も助けられた上、教卓の下での出来事が蘇る。


女の子のような綺麗な顔に、すらりと伸びた手足。

細く見える体付きの割に、胸や腕にはそれなりに筋肉がついていた。

あんなに男子と密着したことは、前世でも経験がなかったから……。


「……いい匂いだったな。」


どこかで嗅いだ事のある懐かしい匂いがした。

ライリーとは初対面だし、そんな匂いは嗅いだことあるはずもなかったのに。


思わずノートを抱きしめ、息を吸い込んだ。

そんな変態的な行動をしたバツなのか勢いよく椅子がしなると、また私は後ろに勢いよくひっくり返ってしまったのだった。


一連の行動を見ていたウーが、なんとも言えない顔で私を見る。


……学習能力!!仕事して!!

うー……いたた……っ!


+++


授業が終わって放課後となり、ゾロゾロと生徒が迎えの馬車を待つのに校庭へと向かう。

私はノーマンと一緒に西門に向かって歩いていたが、ふと教室に忘れ物をしたことに気がついた。

明日から連休なので、体操服は持って帰りたい。


チラチラッと、ノーマンに訴えかける様に視線を送りながら悩む私を見て、ため息を溢す。


「……わかった、俺が取ってくるから下駄箱の陰で待ってて。」


めんどくさそうに息を吐くとステルス要員の私に変わり、ほとんど誰もいなくなった廊下をノーマンが足早に戻って行った。


ノーマンが戻るまで下駄箱の影で隠れて待つ。


校庭にいた生徒達も、ほとんどいなくなっていた。

うちと同じ様な末端貴族の令嬢や御子息が、校門にポツポツと消えて行く姿をボケーっと見送る。


「……待ってる馬車もだいぶ少なくなったなぁ」


キョロキョロと自分の家紋の馬車がどこにいるかを探そうと覗き込む。

今いる位置から外が見え辛く、思わず立ち上がり背伸びをした。


……その時。


後ろから足音がして、ノーマンだと疑わなかった私は勢いよく振り向いた。


『ボスンっ』


何かにぶつかる音と共に、私は勢いよく尻餅をついた。


「……もぉーノーマン痛いじゃん!」


自分の鼻とお尻を心配しながら見上げると。


その姿をはっきりと視界が捉える。

その瞬間身体中の体温が氷の様に冷える感覚に陥った。


ヒュッっと口から空気が漏れる。


尻餅ついたまま固まった私に、その人は手を差し出したのだった。


「……すまない、大丈夫か?」


差し伸べられた手をつかむことも出来ず、目を見開いたままパクパクと震える私。

私の反応がないことに彼は首を傾げると、差し伸べた手を一旦引く。

そして私に向かって今度は両手が伸びて来た。


ゆっくりとその手は私の両腕を掴むと、自分の方へ引く。


座り込んだままの私が引かれて立ち上がるが、そのままバランスを崩し、彼の腕の中へと倒れ込んだ。


うっすらとレモンの様な香りがする。

ゆっくりと見上げると、そこには一番会いたくなかった顔が心配そうに覗き込んでいた。


「……ち」


「……ち?」


やっと発した言葉を、彼は繰り返した。


「ち、近い近い!!」


抱き寄せられた胸を青い顔で思いっきり突っぱねる私。


それがあまりに勢いよくて、後ろ倒れそうになる。


再び伸びた手が私を支えようとしたのだが、私が倒れる前に何かが背中にぶつかった。


「……王太子殿下、友人が何か失礼を?」


私を支えてくれたのはノーマンだった。

急いで来てくれたのか、首筋に汗が滲んでいた。


行き場をなくした差し伸べた手をぎゅっと握ると、彼は静かに手を下ろした。


「……いや、私がぶつかってしまったのだ。」


ゆっくりとノーマンと彼の視線がぶつかる。

私を支えるノーマンの腕に力が籠った。


「ほら、ボーッとしてないで、貴方もちゃんとお詫びしなきゃ。」


ノーマンはそう言うと私から手を離す。

いつもの様に私を呼ばない声。


あえて私の名前を口にしなかったのか。


ノーマンの言葉にハッとして、私は慌てて頭を下げた。


「あの、他に気を取られてしまって、申し訳ありませんでした!!」


「……いや、私は大丈夫だが、あなたは怪我はないか?」


「私は、大丈夫です。」


頭を下げたまま、ぎゅっとスカートを握りしめる。


……怖い。

怖いよ。今直ぐ死んじゃいそうなぐらい、怖い。


カタカタと震える私を彼は静かに見つめ、小さく息を吐く。


「……名前を聞いてもいいかな?」


「……え?」


「……俺はノーマン・エアーと申します。」


思わず名乗るノーマンの『お前じゃない感』に彼は口籠ったが、また小さく息を吐くと静かに私の握っていた手をとった。


「……あなたの名前を知りたいのだが。」


「ヒィッ……わ、ワタクシメハ……!」


上ずる声にパクパクと口だけが動く。


ノーマンの努力虚しく名を聞かれてしまった。


今私はどんな顔をしているのだろう。

恐怖で死にかけていないだろうか。


聞かれたのに声が出ない。

多分答えたくないからだ。


「せ、セイラ……」


消え入る様にふるい出した私の声は、背後からかけられた声にかき消された。


「トーマ様、何をやってらっしゃるの?」


ぎゃーーーー!!出たーーーーーー!!!!


もう一思いに殺すなら今殺してくれ。

涙目でノーマンを見上げたが、ノーマンは既に頭を抱えていた。



これは、そう。


あれだけ避けていたイベントが始まった合図。

フラグは折られていなかったのだった……。

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