第10話 ピンクの生態。
昨日のお礼に行けと、お母様に散々言われて……。
朝玄関出るまで、ホントにしつこくね。
朝焼いたクッキーを持って私はノーマンを引きずり、上級生の教室の……近くの角の壁に張り付いている。
「……張り付く意味あるか?」
ノーマンが賄賂用に渡したクッキーをモリモリ食いながら背後で呟く。
うるせえ!意味があるかないかじゃなくて、隠れたいんだよ!!
そんなノーマンは無視して、ピンクを探す。
多分教室は知らないけど、ピンクは目立つからわかるはず。
『ピンクピンク』とぶつぶつ言いながら待っていると、黄色い声と女性の塊が教室から出てくるところを発見する。
目を凝らすと、中央に僅かなピンク色を確認した。
「……アレの中に飛び込むのかよ……」
まるで『すげえ勇気だな』とでも言いたいのか、ノーマンが若干引き気味でこっちを見ていた。
「行かねーよ!!
行くわけないだろ!!
ステルスヒロインなめんなよ!!」
涙目で睨みつけため息をつくと、そのままコッソリと教室に戻っていった。
あんなアイドルみたいにキャアキャアされている人物に、近寄れるはずがない。
ていうかあの女子の塊の人数。
オネエ入ってても、さすがイケメン。
塊のデカさに、小物の私には近寄れない鉄壁ブロックだった。
そりゃたまには逃げたくなるよなー。
こんな四六時中、カタマリ出来てたら。
という事で、お礼は心の中だけでひっそり唱えることにする。
『ありやとやんしたー!!南無ぅ。』
深々と拝み、ズコズコと教室へと戻っていった。
お昼休みにサンドイッチと一緒にあげるはずだったクッキーも広げる。
お母様に後ろめたさを感じながら、モソモソと食べていった。
ノーマンにも勧めたが、流石に2袋目はノーサンキューだったらしい。
こないだ喉に詰まった事を頭によぎりつつ、ちゃんと噛んで食べます。
死にたくないから。
食べながらふと、考える。
ライリーの事。
正直昨日の今日で顔を合わせ辛い。
どんな顔したらいいのか。
つい顎をシャクレさせてしまいそうで怖い。
そしたらきっと彼は笑うのだろうか。
クッキーを口に運ぶ手が止まり、ギュッと下を向く。
様子の変化にノーマン気が付いて、私の顔を覗き込んだ。
「セイラ、大丈夫か?」
ふと呼び捨てされた事に、ドキリとする。
「……ん?」
よく考えたら、私も呼び捨てにしてるんだから、どっこいどっこいなんだろうけど。
昨日のライリーのせいで、いかに自分が異性に対しての免疫がないことに気が付いてしまった……。
ノーマンの手がゆっくりと私の口元に伸びて来る。
それがスローモーションのように、ノーマンの人差し指と親指が私の唇の端に触れる。
それをつまむと、そのままノーマンは自分の顔の方にもっていく。
……まさか、食べちゃう!?
という期待は一瞬で崩れ、私の食べこぼしを目で確認すると、そのまま床に捨てた。
まぁそれが普通なんだが、乙女心というか……恋愛フラグをまるで分かっていない。
「ノーマンは、結局いいお友達で終わるタイプだよなぁ。」
「は!?」
突然にぶっこむ私に、ノーマンが怪訝そうに引いていた。
たぶん、ドン引き!
ノーマンの素の引き顔がちょっと可愛くて、思わず笑ってしまう私。
私が笑ったので、ノーマンはますます不機嫌そうな顔で頬杖をついた。
「……それ食べ切れるのかよ。」
「うーん、私も実はお腹いっぱいなんだよね……」
実は自分の分のクッキーを持ってきていて、それをお昼にノーマンと食べたのである。
いわゆる追いクッキーな状態。
なのでモソモソと手が進まないでいた。
「でもお母様に渡せなかったなんて言えないじゃん。」
「まぁ、うーん。そっか……」
ノーマンは頬杖をついたまま、ジッと考えるような仕草をして。
「俺も食ってやるよ。」
そう言って私の持っていたクッキーに手を伸ばした。
それと同時にもう一つ、綺麗な手が伸びてきた。
私とノーマンがびっくりして、伸びた腕のヌシを見上げると。
「「ピンク!!」」
ノーマンと私の声が揃う。
それにピンクと呼ばれたライリーがキョトンとして顔でクッキーを口に放り込んだ。
「これ、美味しいね。誰が作ったの?」
「うちの、お母様とジジ……」
「ジジ?」
「うちのお手伝いさん……。」
クッキーを摘んだままビックリした顔で喋る私に、ライリーは『クスッ』っと笑う。
「昨日はごめんね。勝手にお母さんに引き渡しちゃったけど、あの後怒られなかった?」
クッキーをもう一つ口に入れて、『美味しい』と言わんばかりに頬に手をのせ、微笑む。
「……いえ、特には……。」
思わぬところで『ライリーにクッキーを食べさせる』的な部分ではミッション達成したのにな。それでも喜べない複雑な思いを隠すように、薄ら笑みを浮かべた。
なんだか複雑な心境……。
そんな思いとは裏腹に、笑顔のライリーが私の方を見た。
「んでさっき上級生の教室にいたけど、誰かに用事だったの?」
『あんたにな……!』
何と言っていいか分からず、パクパクと声にならない空気を吐いていると、ノーマンがそっとライリーに手のひらを向ける。
『?』とライリーは自分に指を向け、首を傾げる。
それをノーマンがコクコクと頷いた。
「ワタシに用だった?」
「あー……」
言えない私の代返してくれたノーマンをチラリと見たが、ノーマンは頷くだけ。
自分で言えという事なんだろうけど、心の準備ができていない。
だって、あげるはずのお礼も半分食べちゃったし……。
観念したようにため息をついた。
「うちのお母様が昨日のお礼に持ってけって、クッキーを……。」
ゴニョゴニョ呟く私に、ライリーはニッコリと微笑む。
「ワタシに?嬉しい!
お母さんによろしく言っといてね?」
「あー、はい。半分食べちゃってすいません……。」
そう言って、開いたままのクッキーをそのまま手のひらに乗せ、差し出した。
「あー、気にしないで。
ワタシの方こそ、折角きてくれたのにごめんね。」
ライリーはクッキーの包みごとつまんで自分の手に広げた。
残った数枚の可愛い形のクッキーをひとつづつ持ち上げて、ニコニコしていた。
「それは、全然大丈夫ですので、お気になさらず。」
ふと廊下の開けた窓から暖かい風が入ってくると。
ライリーの髪を揺らし、昨日間近で嗅いだ香りと一緒に教室に入り込んできた。
昨日のことを思い出し、ドキリとする。
思わずライリーが見れずに、視線を逸らした。
「あ、そろそろ行かなきゃ。
また何かあったら匿ってね?」
私の気持ちを見透かすように、そういうと唇に人差し指をあて、ウインクした。
クッソー!
なんだあの仕草!
まるで『2人だけの秘密』と言われたような、そんな感じに一瞬舞い上がる。
だが、すぐに思い直す。
浮かれてはいけない。
あれはただのイケメン。
あんな目立つ人と接点を持ってはいけない。
私は学園生活を平穏で過ごすのだ。
しかも彼は王子たちの知り合い。
彼に関わると自分の首を苦しめることになるかもしれない。
一人でグルグルと考えていると、ノーマンがため息とともに呟いた。
「セイラはあのピンクとなんかあったのか?」
ノーマンのこの言葉に、私は唇を尖らせノーマンを見る。
「……何もない。
前に一人でサンドイッチ食べてたら、ナッツが喉に詰まっちゃって……。
そん時に助けてもらっただけ。」
膨らんだ私の頬を、ノーマンが片手で挟み込み、頬の空気を搾り取る。
思わず口から漏れる空気と表情のブスさに、ノーマンが吹き出した。
何がしたいんだよ!
手をはたき落とし、自分の頬を撫でながら睨みつける。
「そうか。
そうだよな、目立ちたくないって言ってたし、あんな目立つ人に目をつけられたら、ステルス?失敗だもんな。」
笑うノーマンに私は指をさした。
「だよね!?
今私もそう思ってた!!」
思わず立ち上がる私。
そうだよその通りだ。
流石ノーマン、分かってる。
「なら、アイツもステルス対象?」
「それがいいかなぁ?」
「俺は、それがいいと思うけど。」
今日のノーマン何故かよく微笑むな?
機嫌がいいのか、悪いのか?
ノーマンの微笑みに、『ノーマンがそういうなら』と、私はライリーにも警戒する事となった。