2
一人称むっず
それは、突然起きた。
ゴボゴボと、音を立てて水槽内が泡立つ。
足元から立ち上るその気泡と共に、緑の液体は少しずつ排出された。
「ぐぇ……ぐぶっ」
水位が下がり、頭部が空気中に現れると、ゴポリ、と音を立てて液体が口や鼻といった、穴という穴から吐き出される。
嘔吐感にも似た感覚とともに、肺からその緑の液体が吐き出されたころには、水槽内の液体は殆ど全て排出されていた。
体がずっしりと重く、重力に逆らって自分の二の足で立つことができない。
水槽内にもたれ掛かると、緑の液体がべしゃり、と水気のある音を立てた。
「■■、■■■■──」
「■■■■」
「■■■■!」
何やら外が騒がしい。何だろうか。
ゴポッ、と口から緑の液体がまだ出てきた。まだ肺に残っていたらしい。
すると水槽のガラスが地面に飲み込まれ、消えた。
体のバランスを保てず、倒れ込みそうになる。
体が地面へ吸い込まれる直前、ガシッと掴まれる感覚。
誰。
顔を見ようと首をノロノロと動かす、とそこには白衣を着た人と、清掃員のような格好をした人たちがいた。
清掃用のような格好をした人は、俺の体を両脇から抱き抱えて、そしてストレッチャーのようなものに乗せた。
そのままガラガラと何処かに運ばれて行く。
──おい、ここは何処なんだ。
尋ねようとするも、口から出る音はしっかりと言葉にならない。あー、とかうー、という音だ。
まるで体が自分の物じゃないみたいだ。
「■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■」
周囲の人の声も、何を言っているかよく分からない。何語だろうか。
暫くすると、ガラガラとした車輪の音が止まった。
周囲では何か作業をしているが、様子を伺うことができない。目の動きすら緩慢で、まるで蝸牛になった気分だった。
ストレッチャーの上に放置されること、しばし。
「■■■■■■」
「■■」
今度は声が近い。
話し声が聞こえたかと思うと、急に視界が暗くなった。
頭に何かを被せられたらしい。
ガチャガチャと作業する音と、話す声が聞こえる。
おい、何だ。何をするつもりだお前ら。
くそっ、体の自由が利かないから何もかも言うことができない。
俺に説明「■■、■■」──っ!?
突如、頭部に熱いナニカを感じた。
ドライヤーの熱風を過度に当て続けたようなそれは、最初はフワフワと感じる熱さだったが、それは頭の中心まで浸透──そして。
「───────ツ!?」
「■■■■%■(」
「■■■^╱』■」
頭の中に、何かが流れ込んできた。
初めは視覚的なイメージ。
フィルム映画の一コマのようは画像が、瞼の上、脳味噌の中に直接投影され、バラバラと流れだす。
さまざまな映像、画像、文字、数字、記憶、記録、■■、□□──
それらが一体となり、連続となり、河のように星空のように頭の中を埋め尽くし、流れて、光り、焼き付けられていく。
「あ╱《、■■、ゃあ■□■■ぶ、□■ぐえ──【【」
「■ざあ、い──%■□」
「■□──■のま【■れ)い“ぞ」
まるで銀河の誕生を一瞬に見せられたかのようなそれは。
一瞬のようで、永遠のようで、そして直ぐに終わった。
「──あ、がひゅ、え─■う」
「■い、聞こえる》■。おい」
「──あ、う」
「おい、聞こえるか。言葉を認識できたら、指を三本立ててみろ」
頭の中に、まだ星が瞬いているような奇妙な錯覚を覚えながら、ワタシ、私?、俺、ワタシ、俺は技官の指示に従った。
先程までの倦怠感──まるで透明なふわふわとした幕に覆われたような、微睡にも似た感覚──は消え失せ、ノロノロとした、だがはっきりとした動きで指を三本立て、提示した。
「よし、無事に刷り込みは成功したようだな」
「はい、少尉殿」
「覚えていると思うが、訓練は明日からだ。今日は食事を採った後、しっかりと休め」
「了解であります」
目の前に立っていた技官の首元。階級章から少尉だと認識し、応対する。
命令されると、身体は自然とストレッチャーから起き上がり、記憶にある食堂へと向かった。
悲報、プロローグの内容が早くも破綻。
あんな軽口を叩く未来はやってくるのか?