《幸運》を分け与えることで《不運》になる少女と辺境村の駐在騎士
一人の青年が、教会へとやってきていた。
青年の名はリグル・ファリア。王都から離れた小さな村へと派遣された《騎士》である。
王都の騎士学校を卒業した多くの者は、王都で騎士として働くことになる。
リグルもそうなると思っていたが、結果は違った。
小さな村にいる一人の駐在騎士として、仕事をする羽目になってから一月が過ぎた。
だが、リグルはそれで不貞腐れるようなことはない。
彼は純粋に、騎士として働くことに誇りを持っているからである。
そんなリグルがいつも教会へとやってくるのは、ある人物のことが気がかりだったからだ。
「シスター、いらっしゃいますか?」
ギィ、と古びた木造の扉を開いて、リグルは問いかける。
教会自体もかなり古びており、老朽化が進んでいるところが目立つ。
その教会を管理するのは一人のシスター――
「はい、御まじない終わりです。貴女にも幸運が訪れますように」
「わぁ、ありがとーっ!」
教会の奥の部屋から、そんな声が聞こえてくる。
小さな女の子が一人、飛び出してきた。
「あ、騎士様! おはよーっ!」
「ああ、おはよう。シスターは奥かな?」
「うん、おまじないしてもらったの」
「そうかい。それは良かったね」
にこり、と笑いながらリグルは答え、女の子を見送る。
次に教会の奥を見つめる表情は、真面目なものだった。
ギィ、と歩くたびに足音が響く教会の中を歩いていき、部屋の前までたどり着く。
コンコン、と部屋の扉をノックした。
「シスター、いらっしゃいますか?」
「――」
だが、帰ってくるのは静寂のみ。
もう一度、リグルはノックをする。
「シスター、いらっしゃいますね?」
「……いませーん」
「……はあ、失礼します」
ガチャリ、とリグルは部屋の扉を開ける。
そこにはしゃがみ込んだ状態で、青い礼服に身を包む少女がいた。
ブロンドの長い髪に、白い肌。ちらりと覗かせる顔はまだ幼さが残る。
気まずそうにリグルのことを見る少女の名はエルゥ。この教会のシスターを名乗り、居座っている少女だ。
居座っている、という表現は間違いのようで正しい。何せ、彼女は正式なシスターではない。
この小さな村の教会は、数年前から使われていなかったのだから。
「い、いないって言ったではないですかっ」
「いないって答える人がいたらいるでしょうよ。それに、さっき御まじないをした子からもいることは聞いていますし」
「な、何ということでしょう。今度から口止めをしないといけませんね」
「口止めをするかどうかはともかく――また《幸運》を分けたのですか?」
リグルの問いかけに、ビクリと身体を震わせて反応するエルゥ。
もはや聞くまでもないことだったが、
「そ、そんなことしませんよー……?」
「顔にしている、と書いてありますが」
「……!? そ、そんな能力が私に!?」
「冗談です。これでもさっき聞きました」
「……やはり口止めが必要なようですね。お菓子の準備をしなければ」
こくこくと一人頷きながら、そんなことを言うメルゥ。
ふぅ、と小さくため息をつきながらリグルはメルゥの傍に近寄る。
「この前も村の人達に幸運を分け与えていたでしょう。分け与えすぎはいけません、と注意したはずですが」
「別に良いではありませんか。減るものではないのですし」
「……あなたの場合、がっつり減っているから言っているんです」
そう――リグルの言うことは正しい。
メルゥは幸運を分け与える能力を持っている。
それは比喩でもなんでもなく、自身の運を他人に分け与えるのだ。
幸運を分け与えられた者は、他の者に比べて良い出来事が起こりやすくなる。
そんな能力のある彼女だからこそ、シスターを名乗ってこの教会に居座ることができているのだが。
「私の運が減ったところで実害があるわけではないですし――あっ」
そう言って立ち上がろうとするメルゥのスカートに、机の角が引っかかって少し破れてしまう。
ちらりと破れたスカートとリグルを見比べてから、サッと胸に手を当てて、
「……リグルのえっち」
「破れたスカートを押さえなさい。それと、やっぱり不運なことが起こるじゃないですか」
「この程度は不運とは言いません。よく起こる出来事ですから。いいですか、不運というのはたとえば転んで骨折するような――あっ」
メルゥが歩きながら話そうとして、バランスを崩す。
今度はすぐにリグルは反応した。
倒れそうになるメルゥの身体を支える。
ばつが悪そうな顔で、メルゥが言う。
「す、すみません」
「……ですから、無闇やたらに分け与えるようなことはしないようにと」
「その、あの子はこれから幼馴染の子に告白すると言っていたので……やっぱり、そういう時って勇気が必要じゃないですか? だから――」
「シスター」
「うっ……そんな目で見ないでください。ペットのポチを思い出してしまいます……」
「何ですか、ペットのポチって」
「犬です」
「いや、分かりますけれど。僕をペットと一緒にしないでください」
「ペットのポチのこと、私は溺愛していたんですよ? だから――」
そこまで言ったところで、何かに気付いたような表情でメルゥは言葉を詰まらせる。
「……? どうかしました?」
「……い、いえ。別に、リグルのことを溺愛しているとかそういうわけではないので」
「それは分かっています。とにかく話をそらさずに、自分のことも大切にしてください」
リグルの言いたいことはそこにあった。
そっとメルゥを椅子に座らせると、リグルもその隣に座り込む。
そのまま、リグルは言葉を続けた。
「今日のシスターは中々に不運なようなので、一緒にいることにしました」
「! お仕事をサボるおつもりですか?」
「周辺の見回りならもう済ませてありますよ。わざわざ早起きしてやってきたんですから」
「私のために、ですか?」
「そうですが」
「……! リグルはそういうこと、隠そうとしませんね……」
「何がです?」
「何でもないですっ。とにかく、今日は一緒にいると言うのなら薬草を取りに行こうと思います。森までエスコートをお願いします」
「不運な時に森に行こうとしないでください。僕が疲れます」
「……その言い方は酷くないですか?」
ジト目でそう言うメルゥだが、今日の不運度を見る限りだと『森で迷子になった挙句、魔物に襲われて怪我をする』くらいのビジョンまではリグルには見えてしまっている。
だから、出かけさせないのが正解だ。
「薬草なら後で僕が取ってきますから、シスターはここで大人しくしていてください。夕方頃にはある程度幸運も回復するでしょう?」
「では、夕方になったら一緒に採りに行きましょう」
「……? わざわざ夕方になって採りに行く必要はないでしょう。明日になればお一人でも採りにいけるではないですか」
リグルがそう答えると、不満そうな表情でメルゥが頬を膨らませる。
「むー、そういうところは鈍感なんですから」
「何の話です?」
「いいです。リグルには教えてあげません――でも、今の時間は、しっかり守ってくださいね?」
微笑みを浮かべて言うメルゥ。
リグルのここ最近の仕事は、不運になったメルゥの傍で守ることが日課になっていた。
(……わざとやっているんじゃないだろうな)
そんな風にリグルも考えることはあるが、メルゥが村人のことを考えていることは事実。
その行動自体をあまり咎めることはできない。
――その上で、リグルとこうして一緒にいられる口実を作っているメルゥのことにまでは、未熟な青年であるリグルには気付くことはできなかった。
こんな感じのファンタジー日常恋愛物を時たま書いてみたくなることもあるのです(あるのです)。
これなら現代物でもよいのでは?と思うことはありますね!