絶望
「さてと、これからどうするか、だ。」
皆の動悸が治まり、緊張が解れてきたのを感じた大輝が言った。選択肢は二つ、逃げたゴブリンを追って森に入るか、このまま周囲の探索を続けるかだ。
「ネルソンさん、どう思います?」
こんな時は年長者に聞くのが一番だ。言葉を受けたネルソンは少し考えると、
「うん、今の戦闘を見る限り、森に入っても問題無いと思うぞ。この辺りにはゴブリンより強いモンスターは居ないし、いざとなれば俺も戦おう。その為に来ているのだからね。」
一同は逃げたゴブリンを追う事に決めた。
ゴブリンの血痕をたどり、森の中を分け入りながら、遥が先の戦闘を振り返る。
「やっぱ大やん強いねー、全国出場は伊達じゃ無いね。」
その言葉に、大輝は気を良くした顔で答える。
「どーよ、中々のもんだろ?もしかして惚れたか?」
山岡大輝、中学空手全国出場経験者、彼女募集中。
それに対し、遥はお決まりのセリフを言う。
「まさか、私はケルベライガー様一筋よ。」
それを聞いた祐司が何気無しに尋ねる。
「山崎っていつもそれ言うけど、そのケルベライガーって何なんだ?」
二人の特オタが闇に染まる。
「何…知りたい…?」
「迂闊にオタクの推しに触れると…大変な事になるよ…?」
和人と遥の仄暗い瞳に狂気の光が宿り、薄ら笑いを浮かべた。
「……探索を続けよう、周囲の警戒を怠るな。」
大輝達はその瞳の奥に危険な物を感じ、話を反らした。
程無くして、木の根元に座り休んでいる、傷付いたゴブリンを発見した。しかし、藪を掻き分ける音で気付かれたのか、すぐに逃げ出してしまった。
「逃すか、追うぞ!
」
前衛組が走り出した。後衛組がそれに続く。ゴブリンは、付かず離れずの距離を保つかのように逃げ惑う。
和人は違和感を覚えた、どうにも森の奥へ誘導されている気がしてならない。
「ネルソンさん、これ大丈夫かな?どうにも森の奥へ誘われてる気がするよ…」
和人はネルソンに問い掛けるが、
「大丈夫、ゴブリンにそんな知能はないよ。俺だって何度も、ああやって逃げるゴブリンを見ているしね。」
と、気にしていない様だ。
しかし、和人にはそれがフラグにしか聞こえなかった。
ゴブリンを追い駆ける事数分、少し開けた場所に出た。
するとゴブリンは和人達に向き直り、馬鹿にする様な醜悪な笑みを浮かべた。それを合図にするように、周囲から一斉に和人達に向かって矢が放たれた!
とっさにも関わらず、祐司とネルソンは盾をかざし、和人と遥は風魔法で防御した。しかし、一本の矢が和人の足かすめ。大輝の左肩にまともに被弾した。
「――いツッ!」
「和人!?大やん!?」
遥が気付き声をかけるが、和人と大輝はそれを制する。
「気にすんな!こんなの屁でもねぇよ!」
「僕も大丈夫!それよりも!」
そう、今はこの窮地を切り抜けないといけない。しかし、状況は自分達が思っているよりも、格段に悪い事がその場に響く声で知らされた。
「テメェラ、下手二射ッタラ死ンジマウダロウ。生ケ捕リニシテ奴隷ニスルツッタロウガ。」
明らかに異質な存在、その体躯は2mを超え、筋骨隆々な体を、何かの皮や骨で装飾している。その手には体躯に負けない程の大剣を携え、肩に担いでいた。
「エサヤクゴクロウ、アトハスッコンデロ。」
そう言われると、負傷したゴブリンは森の奥へ逃げて行った。
その様子を見て、ネルソンの顔が急激に青冷める。
「言葉を理解し、統率を取るなんて…まさか、ゴブリン・ロード!?あり得ない!!こんな王都の近くに出現した話なんて、前列が無いぞ!!」
そのネルソンの言葉に、ゴブリン・ロードは見下し目に、余裕たっぷりの表情を浮かべ答える。
「テメエノ都合ナンカ知ッタコッチャネエヨ、俺ハココニイルンダカラナ。オ?オンナガイルジャネェカ、久シブリニ楽シメソウダ。」
ゴブリン・ロードは下卑た笑みを遥に向けた。
全員でその視線から遥を庇う。この間に、ネルソンは全員に指示を出していた。
「私が何とか時間を稼ぐ、ダイキが突破口を開き、ユウジが殿を務めろ。後衛組で支援しつつこの場から全員逃げるんだ!!」
「でも、それじゃネルソンさんが…!」
大輝が食い下がろうとするがネルソンはそれを制する。
「奴隷にすると言ってんだ、殺されはしない。それよりも、あいつが残る方が問題だ。必ず王都に帰り、討伐隊を組まないと、今後も被害が出る!」
「でも…!」
「愚痴なら後でいくらでも聞く!いくぞ、3、2、1、走れ!!」
全員で一斉に走り出した!立ちはだかるゴブリン達をはね除け、振り向かずに走る!
「畜生ッ!後で絶対ぶん殴ってやるからな!だから絶対死ぬんじゃねえぞ!!」
大輝は涙をこらえ、大声で叫んだ。
しかし、ゴブリン・ロードは、逃げるとしたら元来た方向に逃げると読んでおり、そちらに多くのゴブリンを配置していた。
無情にも、和人達は自らゴブリンの群れに突入した形になってしまったのだ。
大輝は倒せないまでも、ゴブリンを退けていたが、目に見えて動きが悪くなっていた。
「くそ…俺はここで後ろを何とかするから、お前ら先に行け…」
「何諦めてんだ!走れ!」
祐司が大輝に怒鳴りつける。
「多分麻痺毒だ…足手まといになるくらいなら、ここで壁になる。せめて山崎だけでも逃がすんだ!」
そう、皆ゴブリンに捕まった女性がどうなるか、マンガやラノベで知っている…。
「―ッ!絶対助けに来る!死ぬなよ!」
残る四人は、遥を中心に囲む形で駆け出した!
しかし、ゴブリンの群れは、途切れる事無く立ち塞がる。近接が苦手ながらも、何とか凌いでいた康太だが、ついにゴブリンの波に飲み込まれた。
「こーちゃん!」
遥が叫ぶが、その声はきっと届いていない。
「振り返るな!走れ!!」
しかし、この頃には和人も限界に近付いていた。体力もそうだが、大輝と同じく、麻痺毒が全身に回り始めていたのだ。
「祐司君…お願い…遥を守ってね…」
和人の覚悟のこもった言葉に、遥は堪えていた涙を流し始めた。
「嫌…止めてよ和人…!?走ってよ!!」
遥の言葉を振り切り、和人は全ての魔力を振り絞った。
「うあぁぁぁぁぁぁァァァァッ!燃えろおぉぉぉォォォォッッッ!!!!!」
和人は遥達の道を拓くため、その行く手を阻むゴブリン達に、全身全霊の火球を放つと、和人はその意識を手放した………