思ってたのと違う
最近では例外もありますけどライダーって大体は自由度の高い職業で設定されてるんですよね。
ニートでは無いんですよ?はっきりとニート設定されているのは一人だけです!
「災難でしたね。」
「納得できない……二人だって共犯なのに……」
「そう思っていてもハンナさんに俺たちのことをバラさなかったお前が大好きだよ。」
あの後和人はクラリスと並んで正座をさせられ、たっぷりこってり一時間程説教を受けたのだ。
当のクラリスはというと、
「では和人さん、また後程お願いしますね?」
と言って笑顔で衣装合わせに行ってしまった。どうやら座らされることに大分慣れているらしい。
残された和人は足を伸ばそうにも力が入らず、そのままごろんと横になり痛む足をゆっくりと伸ばしていた。
そんなまるで勢い余って水槽から飛び出てしまった金魚のように、プルプル震えているところを和人を呼びに来た慎太郎とロレインに見られて大笑いされたのだ。不満の一つも出るものである。
そんな訳で生まれたての小鹿の様な足取りの和人は、笑顔の慎太郎とロレインに手を引かれなんとか衣装部屋にたどり着いた。
「わぁ……!!」
扉を開けた和人は先に着替えを終えていたバンド組を見て感嘆を漏らした。
男達は一様にタキシードに似た服にループタイといった装いで、平均十六歳の年齢を感じさせない程落ち着いた感じにまとまっている。
女子達はレースをふんだんに使ったドレスを身に纏い、様々なアクセサリーと相まって実に華やかだ。
ダンサーであるゆかりだけは露出の多いアラブチックな衣装を着ているが、まるで嫌らしさは感じられず、彼女の健康的な魅力が全面に押し出されている。
ただ男達が白黒のモノトーンなのに対し、女子のドレスが遥は赤、美空は青、歌鈴は黄色、エイミはピンクでゆかりが緑という配色に作為めいたモノを感じたが、和人はあえてスルーした。
「ぶはっ!?おいみんな!おじいちゃんだ!おじいちゃんが来たぞ!!」
和人に気付いた頼雅が盛大に吹き出した。
それを合図に部屋の注目が和人に集まり爆笑が巻き起こった。
慎太郎とロレインに手を引かれ、へっぴり腰で膝を笑わせている和人はぐうの音もでない。客観的に見て今の自分は老人介護そのものだ。
和人が乾いた笑いを振り撒いていると、頼雅が首に手を回して小声で語りかけてきた。
「悪りぃ、みんな緊張してたみたいだからよ。お前のことダシにさせて貰ったわ。」
「大丈夫、三田君はふざけて人を笑う様な人じゃ無いって解ってるから。」
そう言いながら和人は幾分軽くなる場の空気を感じていたが、頼雅は柄にもなく照れていた。
「ホンと真顔でそう言うこと言えるお前ってスゲーと思うよ。ホレ、お前もさっさと着替えてこい。七五三みたいになったらまた笑ってやるからよ。」
「うう……ちゃんとした服着るのなんて久し振りだから不安しかないよ……」
そう言いながら和人はメイドに手を引かれ奥の部屋へ消えた。
オタクは自分の趣味以外に金をかけたがらない。擬態型オタでない限り、学生であるうちの普段着はお母さんコーディネートが基本である。
和人もそれに違わず部屋着に至っては中学時代のジャージだ。せいぜい自分の小遣いで買った服と言えば、十年前に買った光るライダーパジャマに始まり、デカデカと特撮のプリントがされてるものばかりだ。
ちなみに擬態型オタとは普段は非オタ、何なら陽キャ達に混じり、世間の流行りに合わせて生きているゆかりやエイミの様な隠れオタの事である。こちらを見た目でオタ判別する事はかなり難しい。
慎太郎と頼雅は、和人が制服の下に着ていた何年物かもわからないヨレヨレのTシャツを思い出しながら、和人の消えた扉を眺めていたのだが、数分後再び扉が開いた時、二人は我が目を疑った。
「「うぇ!?」」
「ど……どうかな?」
おずおずと出てきた和人はかなり中性的で可愛らしく仕上がっていた。
切るのが面倒で適当に束ねていた髪は、むらなく香油を馴染ませた上で丁寧に櫛を通されしっとりツヤツヤ。
もともと童顔で女顔だったのだが、薄く化粧を引かれもはや男の娘。
質の良いブラウスに深紅のベスト、淡い光沢のある深い青のアウターに金のモール、純白のタイトパンツに革のロングブーツ。
日本の一般家庭のオタク少年が、見た目だけなら立派な貴族になっていた。
「Year!! This is irresistible!!(こいつはたまんねぇや!!)」
「助かります!捗ります!ありがとうございます!!」
凍りつく男達を余所にエイミとゆかりが嬌声を上げた。
「いや、とても似合ってますよ和人君。」
「馬子にも衣装て言ったらカリラさんに悪いわね……正直びっくりだわ。」
「似合ってるけどその顔ズルくない?私より可愛い気がする……」
「ははは、ありがとう。でも可愛いって言われるのは嬉しくないかな……」
遥達が和人に素直な感想を述べていると、鼻息を荒くした腐女子ーズは凍りついた男達が和人の背後になる位置に移動し妄想を爆発させた。
「イイッ!!実にイイデスよ和人君!!」
「そんな君の健康状態はっ!?」
ペロリ……(舌なめずり)
「「健康だあァァァァァァァァァァッ!!!」」
「なんでそこでソレなの!?なんで息ピッタリなの!?二人とも普通に怖いよ!!」
腐女の奇妙なポーズ、和人は15の精神的ダメージを受けた。
その時丁度部屋が扉がノックされハンナが顔を出した。
「和人様、準備の程はいかがでしょうか?姫様がお待ちに……これは如何なる状況でしょうか?」
腐女の奇妙なポーズ、ハンナに5の精神的ダメージを与えた。
「気にしないで下さい、ただのウォームアップです!」
「ハイ、気合十分煮込んで五分!今の私達はロードローラーデモ止められまセン!!」
そう言いながら背中合わせに立つ腐女子ーズは、心なしか和人にはミドラーとマライアに見えた。
「左様ですか、ならば妓楽の方を期待させて頂きます。和人様、参りましょう。」
「あ、はい。じゃあみんなまた後でね。」
何のことかさっぱりなハンナに促され、和人は腐女子ーズの威圧から逃げるように部屋を後にした。
「とてもよくお似合いですよ。着心地はいかがですか?」
「ありがとうございます。こういった服を着るのは初めてでしたけど思ったよりも動きやすいんですね。」
和人の言葉を聞いたハンナは、改めて和人の姿をまじまじと見直した。
「さすがカリラ様ですね、仕立ても一流です。普通そのような服は動きにくいのが当然なのですよ。」
「え?だったらなんでわざわざそんなの着るんですか?」
「衣服の仕立てや素材でも力を見せるのが貴族であり、動きにくさを見せず優雅に振る舞うのも貴族です。まあ見栄ですね。」
「そんな身も蓋もない……」
和人が貴族というものを少し理解したところで目的の部屋へたどり着いたようだ。
ハンナは静かに部屋の扉を叩く。
「姫様、和人様をお連れ致しました。」
「どうぞ、お入りなさい。」
扉を開けそのまま制止したハンナに促され、和人は部屋に入る。
「失礼しま……」
そして言葉を失った。
ある意味見覚えのあるクラリスの姿。
あのアニメの中でシトロエンをかっ飛ばしていたのとほぼ変わらない、純白のドレスに身を包んだお姫様が目の前にいる。
しかし実物を目の前にするとここまで綺麗なのかと、和人の中のお転婆なクラリスのイメージが一気に覆されたのだ。
そんな和人の心中を知ってか知らずか、クラリスはこれまでと変わらない笑顔を和人に向ける。
「まぁ和人さん!とても素敵です!!」
「あ、いえ、その……クラリス殿下こそ、凄く綺麗です……」
ぼうっとしたまま漏れ出た和人の本心に、クラリスは頬を染め嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐにぷうっと頬を膨らませ、和人を睨み付けた。
「その呼び方はまだ早いですよ和人さん?今はまだクララです。では、王女として公の場に参ると致しましょう。」
そう言って動かなくなったクラリスを和人が不思議そうに眺めていると、ハンナの軽い咳払いが響いた。
「和人様、姫様のエスコートを……」
「へ?」
和人の頭に浮かんだのは男性の付き出された肘に女性が手を添える貴族のアレ。
想像しただけでこっ恥ずかしい。
「今更ですけど本当に僕なんかが並んでせいいんでしょうか?」
「本当に今更ですね。もう代役など立てられないのですから覚悟を決めなさい!!」
業を煮やしたハンナ平手打ちが和人の尻をピシリと撃ち抜いた。
「フォッ!?」
突然の痛みに和人が尻を抑えて伸び上がると、すかさずハンナはその肩と腰に手を添える。
「そう、背筋は伸ばし腰はもう少し引いて肩の力を抜いて下さい。そう、この姿勢です。これを保って下さい。姫様、準備が調いました。」
「ありがとうハンナ。では参りましょう。」
訳も解らないまま姿勢を矯正された和人は、クラリスに促されギクシャクと歩き出した。
「動きが固い!新兵の行進でももっと柔らかですよ!?」
「はい!!」
「歩調が早い!女性を置いてきぼりにするエスコートなどありますか!!」
「ふぁい!!」
「歩幅が大き過ぎる!もっと優雅に!美しく!!」
「ひゃい!!」
「返事ははっきりと!!」
「はいぃぃぃぃぃっ!!!」
お転婆王女と違い素直で聞き分けの良い和人は、会場に着くまでの十数メートルで優雅に女性をエスコートできるまでに矯正された。
ちなみにこの作業は本館から渡り廊下を渡りきるまでに行われており、別館正面入口から入場する招待客の貴族達には目撃されていない。
ハンナが侍女として文武共に優秀である事は勿論なのだが、何より礼儀作法の師範としてクラリスに付いているのだ。
私を連れて逃げてくれと言ったクラリスが午前中どんな指導を受けていたのか、考えるだけで和人は気持ちが重くなる。
「王女って大変なんですね……」
「ご理解頂けて嬉しいです♪」
会場は既に多くの貴族達で一杯だった。右も左も上辺だけの笑顔で本心の見えない会話が飛び交っている。
およそ半年前に修道院を出たばかりであまり顔が知られていないクラリスだが、それでも一部の貴族が気付きどよめきと共に道が割れてゆく。
和人は内心悲鳴を上げながら、それでも微笑みを絶やさず優雅にクラリスをエスコートした。そしてたどり着いた先は、豪華貨客船のホールにあるようなステージくらいに踊り場が広い階段の前のテーブル。間違いなくVIP席だ。
―胃が痛てェーーーーッ!!!―
【社交界】それはインドア派のオタク少年にはあまりにも辛く厳し過ぎる試練であった。
学年集会並みの人口密度、しかもその全てが会ったことも無い知らない人々。1kill。
王女と並んでいるため嫌でも集まる、今だかつて体験したことの無いおびただしい視線の波。2kill。
もう後が無い。後1killで再起不能だ。
「?──どうかなさいましたか?和人さん?」
「あい──じゆ──……」
様子がおかしい和人が気になりクラリスは声をかけてみたが、和人はぼそぼそと何かを呟くだけで応えてくれない。
クラリスは周囲に気付かれない程度に距離を積め、その言葉に耳を傾ける。
「レファン……タイガー……ほんのー……かくせーーーい……さいきょーのおーじゃ……」
和人の心は自身を守るためにサバンナへに翔んでいた。縛る物物などなにも無い自由な空と大地へと………
「やあやあ各々方!遠路遥々よう来てくれた!!」
響き渡ったメアリーの声に和人の意識はサバンナから舞い戻る。
ワインレッドの絹の生地と黒とレースを幾重にも重ね、胸元やスカートの裾がバラの花びらのようにも見えるド派手なドレスに身を包み、メアリーが階段をゆっくりと下りてきた。
アップにした髪をかんざしのような髪飾りと黒いヴェールでまとめ、顔の半分が覆われているのだがそれが一より層妖艶な美しさを高めていた。
その後ろをカリラが照れくさそうに下りてくる。
こちらは仄かに黄色見掛かったふんわりとしたドレスだ。まるで彼女の暖かく包み込むような優しさを表したかのような、ふんわりと柔らかで仄かな黄色。それは彼女の悲しい少女時代を表す銀糸の髪を、新たな希望へ向かい舞い散る綿毛に生まれ変わらせているかに思えた。
「まずはこの化物のつがいを祝うために集まってくれた暇な貴族達に感謝の礼を述べさせて頂こう。」
言葉を句切り軽く息を吸い込んだメアリー。和人は緊張の面持ちで次の言葉を待つ。
「みんなぁーーーっ、今日は私達のために集まってくれてぇっ、本当にあっりがとぉーーーぅっ!!」
「まさかのアイドル調っ!?」
今にもめっちゃホリデーしそうなメアリーの軽いノリに和人は思わず突っ込む。
しかもそこそこ失礼な物言いだったにも関わらず、周囲の貴族達からは笑いが溢れていた。
体面を気にする貴族が何故?と困惑する和人に、クラリスがそっと耳打ちする。
「六百回目と仰ってますけど宴は毎年行われているのです。お父様に伺っていたのですがこの語りは毎年の事だそうですよ?」
「うそーーーん………」
呆気に取られる和人を置き去りに、メアリーのトークライブは盛り上がってゆく。
「しかしこう毎年やっているとメンツの移り変わりも気になってくるのう?特にローデンブルグよ、五十年前の輩はとうとうおんしだけになってしまったぞ?」
「はっはっはっ!そう易々とくたばってたまるか!百まで生きたら抱かせてくれると約束したじゃろう!!後八年、死神に食らい付いても生き延びてみせるわい!先に逝ったあいつらに冥土で自慢してやるんじゃ!!」
会場が爆笑に包まれメアリーはさらに揚々と言葉を紡ぐ。
「ほれ聞いたか新参の小童共よ、人間長寿の秘訣は性欲じゃ!!そこの助平男爵はな、五十年前仲間と五人共に私を口説こうとしたのじゃ。結婚記念日の宴の主宰をじゃぞ!?トチ狂うにも程があるじゃろ!!その並々ならぬ性欲が御歳九十二のジジイを生かしておるのじゃ!さあ、長く生きたい、私を抱きたい、自分の性欲を舐めるんじゃあないという者は名乗り出て私を口説くがよい!この化物、約束だけはしてやろうぞ?まあおんしらの齢が百を数えた時、愚息がいうことを聞いてくれるかどうかは別じゃがの?」
より一層の爆笑に包まれる会場の中、和人だけが呆然と口を開け、クラリスは真っ赤になった顔を伏せている。
「貴族って下ネタで爆笑するイメージがありませんでした……」
「知りませんっ!!」
「と、まあ通年通りならこのまま最後までバカな話を続けるのじゃが、今回ばかりは集まってもらった理由が他にもある。」
メアリーの表情が不意に引き締まった。
「皆も知っての通り、新たな魔王が生まれたのは記憶に古く無いであろう。その魔王はありうことか女神を封じ勇者の選定を不可能とした。それに当たり我が国は異世界から勇者の召喚を試みたのじゃ。」
かつて見たことの無い表情でメアリーは言葉を紡ぐ。
「その心優しき勇者達は言うてくれたのじゃ、我等の世界のために戦ってくれると。私はその優しさに報いたい。」
メアリーは真剣に耳を傾ける貴族達を見渡した。
「皆この若者達に力を貸してあげて欲しい。資金でも食事でも、一夜宿を貸すだけでも良い。この化物からのお願いじゃ。」
メアリーが深々と頭を下げると、会場が揺れるかと思う程の拍手が巻き起こった。
下ネタよりも真面目な顔を見せる方が恥ずかしいのか、頭を上げたメアリーの頬は心なしか赤かった。実はそれを隠すためのヴェールなのかもしれない。
「皆の心に感謝しよう。さて、ついては件の勇者の仲間に吟遊詩人がいてな。中々面白い歌を歌うので私の頼みで今宵の宴に華を添えて貰うことにした。皆、遠く異世界の歌を楽しんで欲しい。」
そう言ってメアリーはスタンバっていた遥か達に手を差し向けたが、既に人だかりができていて和人からは見えなかった。
代わりにゴンッと音が響きクスクスと貴族達が笑う声が聞こえる。
おそらく一斉に注目を浴びた遥が、あわてて頭を下げてマイクスタンド(Maid by 美空)に頭をぶつけたのだろう。見えてなくても和人にはその様子がよく解った。
「そしてもう1つ!その者達からもたらされたバルチャスなるゲームを用意した!!」
明らかに声に込められた力が違う。
「およそ千年もの間、あらゆる暇潰しを試みてきたこの私が保証しよう!間違いなくこのゲームは面白いぞ!!宅は十台用意した!ルールは宅に1人つけているメイドが教えてくれる!!話の種でもいいから是非一度試して欲しい!!特に普段カードゲームばかりやっているレンデルにヴォイド!魔術の研究で引きこもっているエヴァンス!最近我が子との疎通に悩んでいるスタークよ!おんしら絶対気に入るぞ!!」
メアリーの力説を和人とクラリスは冷めた目で見ていた。
「なんか必死ですね……」
「それ程あのバルチャスをお気に召されたのでしょう……」
とにかく対戦相手がいなくては始まらない。いても弱くちゃつまらない。メアリーとしてはこのパーティーでバルチャスを貴族に広めたかった。
「座興はここまでじゃ!皆今宵は日頃のしがらみを忘れ、大いに呑んで食うて遊んでくれるが良い!!さあ!我が宴の始まりじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
≪次回予告≫
~♪(略)
歌声が響き空気が色めく、にわかに賑わう宴の中、一人の男がメアリーに歩み寄る。
「確かに形式上おんしにも招待状を送ったがまさか来てくれるとは思わなんだわ。」
見た事あるような貴族の諍い、メアリーの慈悲深き心と永き命が生み出してしまったこの国の歪な貴族の形を和人が知った時、思いを込めた遥の歌声が会場を包み込んだ。
「まったく……たった三曲で報酬を上回ってしまったの……これは労ってやらねばなるまいて。」
【次回】思い、歌に込めて
「「「「何アレぇぇぇぇぇっ!?!?」」」」
「やっと気が付いてくれたかい?私のとっておきにさ……」