エイレーン
数分後、カリラの作ったマヨネーズが塗られたステーキバーガーをメアリーは美味しそうにぱくついていた。
ロレインに続き、いとも簡単に自分の味を追い越された美空が、カリラのマヨネーズの前で灰になっている。
「なんで……なんでこんな事が出来るんですか……お肉の焼き加減といい、私達のタイミングに合わせて焼き上げる勘といい、この料理全体の一体感といい、特別なスキルを持っている訳でも無いのに何故……?」
「一言で言えば年期です。私は14の頃から主様の下でこの仕事をさせて頂いてますので。」
カリラは新しい肉を美空に差し出しながら優しく微笑んだ。美空はそれでも納得出来ないといった表情で肉を切り始める。
「ありがとうございます。でも10年そこそこでこんな腕前になるなんて、やっぱり特別なスキルでも無いと……」
「特別なスキルと言えばそうですね、私のキャリアは632年ですから。」
『え?』
和人達の手が止まり、一斉にカリラを見た。目の前に立つ優しげな女性はどう見ても二十代そこそこである。
「で、でもカリラさん人間ですよね?」
「鑑定なされたのですね。勿論です、私は人間ですよ。」
そう言いながらカリラがパンパンと手を叩いた。すると厨房からメイドがワゴンを押して現れ、五キロはありそうな肉の塊を歌鈴の前に置いた。
おそらく食事が始まった時から焼かれていたであろうそれは、やはりベストな焼き加減の様で歌鈴がナイフをいれると、溢れ出す肉汁と共に程よいピンク色の断面が顔を出す。
「ま、まさかユニークスキルが不老不死とか……?」
「ならば良かったのですけどね、何があろうと主様といつまでも共に在れますから。残念ながら不老だけなんです。怪我もしますし病気もします。外的要因で死ぬこともあると思います。ただ老衰で死ぬことは無いだけです。あ、でもこれ秘密ですからね?」
「それでも百二十分に反則級じゃ無いですかぁぁぁぁぁぁっ!!!」
さらりと言ったカリラに対し、美空は涙を浮かべステーキバーガーを貪り食いながら叫んでいた。マヨネーズはカリラのものである。
「まーまー美空。さすがに632年のキャリアは埋まらないだろうけどさ、技術で埋まるところは埋まるって。」
歌鈴が頬をパンパンにしてもちゃもちゃしながら器用に言った。
「料理の一体感はステーキもサラダも、ピクルスを漬けてた漬け汁を使ってるからだよ。お肉のソースとサラダのドレッシングは勿論、お肉自体も漬け汁でマリネしてから焼いてるんだろーね。それと、このお肉の下に敷かれたブイヨンだけで伸ばしたポテトピュレにあえて個性を持たせない事で、全体をまとめ上げてるわけさ。」
その相変わらずもちゃもちゃしている口から漏れだした言葉を聞いて、メアリーとカリラが驚き目を見開いた。
「お、おんし確かによう食ろうていたが、それをこの短時間で理解したというのか!?クラリスなど何十回食うても美味しいとしか言わなかったと言うのに!?」
「メアリー様!!止めて下さいませ!!」
真っ赤になった顔を両手で覆うクラリスの横で、真顔のハンナが真っ赤になって肩を揺らしている。ある日の不破さんの様に。
「え?言っちゃダメなやつでした?」
「いや、そんなことは無い。ではその肉が何の肉かは解るかえ?」
歌鈴はパンパンに詰まった頬袋の中身をごきゅんと飲み干すと、肉だけをひと切れ切り取り、丁寧に咀嚼し始め考え込む様に目を瞑る。
「それが解らないんですよねぇ……お肉自体は豚野郎……ポオークリーダーっぽいんですけどビッグスケイルリザードみたいな旨味もあるし……脂の感じはスリープシープみたいなクリーミーさがあるし食べたこと無い牛みたいな風味も感じるし……」
それを聞いたメアリーは額に手を当てながら天を仰いだ。
「よもやこれが解るとは、おんしとんでもない味覚をしておるの……全て正解じゃ。」
『え?』
その場の全員が訳が分からないといった表情で目をぱちくりとさせている。
「この肉はな、私がこの辺りの魔獣を素材に味を追及して創った合成獣じゃ。」
『えええええっ!?』
合成獣とは本来、戦闘力や実用性を追及して創られる言わば駒なのだ。食用目的で合成するなどという発想がないが、言われてみれば理に叶っている気がする。
「ちなみにその牛の様な風味はハイオークじゃよ。奴等は見た目が醜悪じゃからイマイチ食指は進まぬじゃろうが、あれで中々美味いのだぞ?」
『うえええええええぇぇぇぇぇっ!?!?!?』
和人達は合成獣の事よりも、あのゴツいおっさんオークが美味いと言われた事の方が衝撃だった。
「では歌鈴が食い終えたら私の工房に案内しよう、その大きさの肉が出たということはさすがにもう入らんじゃろ?」
「いえ主様、あと一つございます。」
メアリーの言葉をカリラが申し訳無さそうに否定すると、切り分けずに焼かれたスペアリブが半身のまま運ばれてきた。
「おんし……ほんに腹の中に何か飼っておるのではないのか………?」
手掴みで肉を引きちぎり、美味しそうに食べる歌鈴を見て、メアリーは表情を引き吊らせていた。
──────────
数分の食休みをとった後、和人達はメアリーの後を付いて歩いていた。
「今いるこの建物は本館じゃ、私やここで働く使用人達は皆ここで暮らしておる。」
「へぇ、使用人サン達と家を分けテ無いんデスね?」
忘れ勝ちではあるが、一応お嬢のエイミが意外そうな顔をした。
「皆私の大切な家族じゃからな。家族が家を分かつのはおかしいじゃろ?」
「そうデスね、素敵デス。」
全員が笑顔で頷いた時、先を行くカリラが大きな扉を開いた。そこは屋外で美しい庭園の中をトの字型の渡り廊下が延びている。
「真っ直ぐ行けば別館、客室や大広間がある言わば宴会場じゃ。」
そう言いながらメアリーは別館には行かず右に曲がった。
「そしてここが私の遊び場、暇潰しに合成獣や魔術なんかの研究をしている工房じゃ。裏手にはさっきの食用合成獣の飼育場がある。」
メアリーがそう言った建物は、別館にも負けない大きく立派な建物だった。
カリラの手で開かれた扉をくぐると、和人にはよく分からない様々な道具が整然と並び、様々な薬品の入り混じった不思議な香りが立ち込めていた。美空と理亜の目が宝の山でも見るように輝いている。何故ならメアリーの工房は、普段二人が押し入っている王城の工房よりも、数段素晴らしい設備が整っていたからだ。
メアリーは振り返り理亜に不適な笑みを向けた。
「理亜よ、滞在中ここを好きに使うがよい。」
「い、い、いいんですか!?」
理亜の顔が歓喜に満ち溢れる。
「無論じゃ。今後ここに立ち寄った時も好きにしてよいぞ。興味があるなら合成獣作成の手解きもやぶさかでは無いし、他の魔術についても手解きしてやろう。」
「ありがとうございますっ!!!くふふふ……ジャージーデビル……モスマン……チュパカブラ……夢が広がるわ!!」
その顔はマッドサイエンティストそのもの、理亜はよだれを拭いながら目をギラギラさせている。
「理亜!タトバ!鷹と虎とバッタ合成しようよ!!」
「和人!それも良いけど狼とサイとワニがいいわ!」
「サメとタコです!シ◯ーク◯パス創りますよ!!」
何やらオタク達が物騒な話で盛り上がっている中、作成中らしき培養管に浮かぶ合成獣を見て回っていた頼雅が一際デカい空の水槽を見つけた。
「何だこのデカい水槽……姉さん、ここ何か飼ってたんスか?」
「ああ、それか。」
何故か顔色を悪くしたクラリスを不思議に思いながら、メアリー水槽を撫で懐かしそうな顔をする。
「二年ほど前な、美味い海鮮が食べたくて研究していたのじゃが、三日ほど私用で家を空けた内に逃げ出してしまっての。それ以来やる気が出なくて放置してしまっておるのじゃ。」
「へぇ……」
「姫様、いかがなされたのですか?」
だらだらと流れ落ちるクラリスの汗を、ハンナが心配そうに拭き取っている。
ぼんやりと水槽を見上げていた頼雅だったが、今のメアリーの言葉に矛盾があることに気がついた。
「あれ?姉さん食いたかったの海鮮スよね?何でそれが逃げ出したんスか?一体何の合成獣創ったんス?」
メアリーは得意気に胸を張った。
「大ダコの魔獣と鰻の魔獣、それと大海蛇じゃ!!どれもとても美味なのだぞ!!」
「あああぁぁぁっ!!やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
クラリスが頭を抱えて崩れ落ちた。
青冷めた和人達の視線がメアリーに集まる。
「タコもウナギも陸上での活動が可能だということを失念しておっての、それに加え戦闘力も高い素材じゃったから警備の者達も誰も止められなかったそうじゃ。もうすぐ食べ頃であったと言うのにほんに残念……て、なんじゃ?まさかおんしらエイレーンの行方を知っておるのか!?」
『あんたが元凶かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
あの見た目醜悪な、しかも食べるつもりだった合成獣にエイレーンなどという美しい名前を付ける吸血鬼さんのセンスもだいぶ気にはなったが、和人達は全力で叫んでいた。
「な、なんじゃいきなり……」
狼狽えるメアリーに頼雅は額を押さえながら説明する。
「姉さん……悪気は無かったんだろうけどさ、そいつサークの町の沖に住み着いて、船襲って人食ってたんスよ。」
「へ?」
メアリーの顔が青冷めだらだらと汗が流れ始める。
「ほ……ほんに?」
「マジッス。倒したの俺達ッスから。」
メアリーの目に涙が滲み体が小刻みに震えだす。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!すまなんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!カリラっ!!カリラぁぁぁぁぁぁっ!?どうしよう!?どうすればよい!?どうすれば私はこの罪を償えるのじゃぁぁぁぁぁぁっ!!??」
「死した命は戻りませんし、過ぎてしまった事はどうしようも御座いません。主様に出来ることは二度とこのような事が起こらぬよう、厳重な管理をすることしか無いかと存じます。お気が済まぬ様であれば、匿名でサークの町にご支援をなさって下さいませ。」
カリラの腰にすがり付き、子供の様にびーびー泣きながら優しく髪を撫でられているメアリーを見ると、和人達はそれ以上責める気にはなれなかった。
──────────
「取り乱してすまぬ、見苦しいところを見せてしまったの。」
数分後、落ち着きを取り戻したメアリーは軽く咳払いをしながら和人達の前に立った。
「プッ……千年幼女……」
「姫様……!!」
今までの仕返しとばかりに吹き出しながら呟いたクラリスを、ハンナが小声で叱り付けるがそのハンナの口元も少し歪んでいた
「クッ……!!」
今は文句を言える立場ではないので、メアリーは頬を染めながら屈辱を奥歯で噛み潰し、無理矢理表情を作り直した。
「ときにおんしら、今後世界を渡り歩くからには当然冒険者登録もしておるのじゃろ?遥よ、おんしに依頼したい事がある。」
「私にですか?」
まさか自分にお鉢が回って来るとは思っていなかった遥は、自らを指差しきょとんとする。
「うむ、実は明日宴席があるのじゃが、おんしそこで歌ってはくれまいか?異世界の歌に興味が湧いての。」
「そんな事でしたら別に依頼でなくても、美味しい食事を頂いたお礼……」
「ならぬ。」
無償で受けようとした遥の言葉をメアリーは厳しい顔で征した。
「指名依頼の依頼料というのはその相手に対する期待と信頼じゃ。それを断り無償で受けるというのは、自信も責任も持てぬがとりあえずやるのというのと差して変わらぬ。遥よ、おんしはそんな半端な心構えの歌を私の宴席で歌うつもりか?」
遥の目の色が変わった。メアリーの言葉通りどこか気楽に歌おうとしていた自分を恥じると共に、これはメアリーから叩きつけられた挑戦状なのだと理解した。
そして特オタ少女はこんな時こそ燃え上がる。
「申し訳ありませんでした。その依頼、慎んでお受け致します。それで、依頼料は如何程になりますか?私はいくらでも構いません!!」
それはお金が欲しいからでは無く、どれ程の額でもその価値を上回ってやるという決意の表れだった。
その心を汲み取ったメアリーは嬉々とした笑みを浮かべる。
「ふふふふ……その意気や良し。では依頼料は金貨20枚としよう。明日は多くの貴族を招待しておるでな、期待しておるぞ?」
「はい!必ず期待に応えてみせます!」
なにかと金貨を手にする事の多い和人達だが、一般的に吟遊詩人が酒場等で歌う場合の相場は銀貨50枚くらいが妥当なのだ。メアリーの提示した額は超破格である。
静かに闘志を燃やしている遥だったが、和人は逆にそれが気になった。その闘志があらぬ方向へ向かっているのではないかと心配になったのだ。
「ねえ遥、一応聞きたいんだけどいったい何歌うつもり?」
「そうね、ダイ◯マン、ライ◯マン、ゴー◯ーフ◯イブはいこうと思ってるわ!あとはこれから決める!!」
和人の不安は的中していた。和人は頭を押さえ深く溜め息を吐く。
「何でよりによってそんなアツいところばっかり攻めちゃったのさ。世界観の違う人達にアツい特ソン歌っても多分伝わらないよ。」
「え?そうかな?心さえ込もっていれば伝わると思うんだけど。」
「無くは無いけど《青春爆発ファイヤー》はさすがに異世界の貴族様には難易度高すぎるって、ジブリ辺りで落ち着こうよ?」
「うーーーん………」
和人と遥がそんな話をしていた時、凪晴は別の考えで動き始めていた。
「美空、ベース作れるか?」
「はい、問題ありませんよ。」
「頼雅、お前サックス吹けたよな?祐司もギター弾けたろ?」
「まあ出来るけど、なんだ明日バンド組んでみんなでやろうってのか?」
「ああ、できる限り最高のステージにして喜んで貰いたいんだ。」
凪晴もいつになく燃えていた。全てはおっぱいに捧げる忠誠心。
その忠誠心は置いといて、考えは悪くない。
「なら私はピアノ弾きマスよ。」
「じゃあ楽器はできないけど私は踊るかぁ。」
「ふむ、これは私も参加しないといけませんね。」
そう言いながら美空はすっかりご無沙汰の音◯管を取り出した。
みんな今日あったばかりのメアリーを大好きになっていたので、その考えに乗ることにしたのだ。
しかし───
「こうなるとドラム欲しいよな……慎太郎できねえの?」
「そんな都合よくいくわけ無いだろ?俺はリコーダーもまともにできないよ。」
「和人は……できるわけないか……」
「確かにそうだけど返事くらいさせてよ……」
頼雅が残念そうにメンバーを見回していると、なぜか歌鈴が自信有り気な顔をしていた。
「え?まさか植野ドラムできんの?」
「いやできないよ、でも替わりくらいはつとまるかなー。」
そう言って歌鈴は何やら美空に耳打ちをすると、美空は驚き目を丸くした。
「え!?そんなものでいいんですか!?」
「おい、いったい何ができるんだ?」
「それがタ…んべごっ!?」
楽器の名を言おうとした美空の口を歌鈴は無理矢理塞ぎ、ニマニマと笑う。
「見てのお楽しみさ、私の取って置きを見せたげるよ。」
「ふふふ、賑やかになりそうじゃの。ピアノなら大広間にあるでな、練習が必要ならそこを使うがよい。」
『ありがとうございますっ!!!』
やる気を溢れさせているバンドメンバーを見て、慎太郎とロレインは申し訳なさそうにしていた。
「俺達も何かした方がいいかな……」
「そうですよね……」
「いや、おんしらはよい。遥は私の依頼じゃし、他の者達は自主的な行動じゃからの。どうしてもと言うなら宴席の間、散歩がてら外の警備でもしておくれ。」
「でも……イテッ!?」
何か言いかけた慎太郎の鼻をメアリーはしなやかな指で弾いた。
「気持ちだけで良いと言ってるじゃろ、それにロレインをあまり人目につかせたく無いのじゃろ?大人しく言うことを聞いておけ、この野暮天が。」
それはロレインの素性を見抜いてのメアリーの優しさだった。その心に感激した二人は深々と頭を下げる。
「ところでメアリーさん、宴席って何かを祝うんですか?」
遥の歌の方向性を決めるためにも、和人は宴席の主旨を尋ねた。メアリーは少し照れ臭そうに赤くなった頬をかく。
「実はの、私の丁度600回目の結婚記念日なんじゃ。」
『結婚してたんですか!?』
驚きの声をあげた和人達だったが、勘の良い慎太郎だけは今までの話からその伴侶にいち早く気付いてしまった。またあいつらが騒ぎそうだと頭を痛くする。
「結婚しときながら僕にあんなこと言ったんですか……?」
和人の軽蔑を含んだ視線がメアリーに向かうが、メアリーはそれをさらりと流す。
「別にこの国では多重婚も同性婚も認められておるぞ?おんしらの常識を当て付けるでない。」
法が相手では和人は何も反論ができない。和人は素直にメアリーを祝う方向へ考えを向けるが、そこで和人も600回目という数字に気が付いた。
「あれ?600回目って、さっき同族はお兄さんしか知らないって言ってましたよね?じゃあ結婚相手って……まさか!?」
和人達の視線がこの場にいるもう一人の600歳超えに集まる。視線を受けたカリラはやはり照れ臭そうになりながら頷いた。
「どうせ聞いておらんじゃろうから教えてやろう、この町の名はカリラ、私の最愛の伴侶の名じゃ。」
≪次回予告≫
~♪(略)
吸血鬼、領主、過去の英傑、学者、同性愛者、色々と設定が盛り過ぎなメアリーに驚かされっぱなしの和人達。
「そもそも種族が違うのじゃ、その上で性別など些末な問題じゃと思わぬか?」
腐食が進む二人の乙女の言葉に、涙を浮かべるロレイン。
突き付けられる剣を前に、それでもめげない腐女子ーズ。
「それでそれでメアリーさん、カリラさん!!」
「お二人の馴初メなんか聞かセテ貰えマスか!?」
カリラの口から語られる悲しい過去に涙を抑える事ができない和人達。
「その時でした、涙に滲む月を背にして、この世の者とは思えない美しい女性が降りてきたのです。」
波乱に満ちた二人の過去、その物語の衝撃の結末とは?
【次回】白銀の少女と古の紅
『何でそんな風になっちゃったんですか?』