最終兵器彼女
「とても素敵な歌ですね!私感激しました!!」
「いえ、気に入って貰えたなら幸いです。」
歌を終えた遥にクラリスとハンナから拍手を贈られ、遥は上機嫌で頭を下げる。今だ口の回りがじんじん痛むし、ガールズトークの間放って置かれた和人は少しだけへそを曲げていた。
「まあ遥が呼べるのは人魚だけじゃないんだけどね……」
「え?どういう事ですか?」
クラリスはそんな和人の呟きを耳聡く聞き付けて食い付いてきた。
「遥は賞金首モンスターを呼べるんですよ。」
「なっ!?ちょっと和人!!」
先程の仕返しとばかりに遥が否定し続ける事を話す和人を遥はギッと睨み付けた。
「遥さん、本当なのですか?」
「ぐ……偶然が二回続いただけです……」
遥は和人を睨み続けるが、和人は知らん顔で窓の外を見ている。
「もしそれが本当なら発見困難な賞金首モンスターを呼び出して討伐することもできますね。民の安全が確保されるというものです。」
「「おお、そうゆう使い方もできるか。」」
国を護る王族の発想はさすがに違う。
自分達では思いもよらぬ発想に、それを否定していた遥までか感嘆の声をあげた。
「ちょっと呼んでみて下さいますか?」
「「「は!?」」」
王女様がとんでもない事を言い出した。
「何言ってんですか?!賞金首モンスターって強敵なんですよ!?」
「そうです!私が呼んだみたいになったのは偶然ですけど、偶然も三回続く事だってあるかもしれないんですよ!?」
「姫様!もっと御身を大切にして下さいませ!!」
この期に及んでまだ認めない遥にクラリスは楽観的な笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ、この辺りにも賞金首モンスターはいますけどこの時期には冬眠してますから。それでも呼び出したら遥さんの能力は確定ですし、その時は皆さんが守ってくれるんですよね?」
遥がちらりとハンナの顔を窺うと、ハンナは困り顔で頷いた。
「……分かりました……どうなっても知りませんよ?」
期待のこもったクラリスの眼差しを受けて、遥はしぶしぶとあの曲を弾き始めた。
「ちょっと遥!?なに物騒な曲弾いてるのよ!!」
「バカな事は止めて下サイ!!」
馬車の外でゆかりとエイミが慌てた声をあげた。遥は構わず弾き続ける。
「おい山崎!ふざけんのも大概にしろ!!」
「そうだ!今すぐその曲を止めるんだ!!」
「ごめん!クララさんのリクエストなんだ!!」
怒声をあげる祐司と凪晴に和人が困り顔で説明する。
「おい!なんかデカいのが二匹こっち来るぞ!!」
「それになんかめちゃめちゃ怒ってるっぽいよ!?」
「ギガースだ!きっと冬眠し損ねたんだ!!気を付けろ!!冬眠し損ねたヤツらは通常よりも危険だ!!」
前衛三人の声が届く。
「あれは賞金首ギガースブラザーズ!!ギガントカブキとギガントムタ!!それぞれ金貨400枚ですがセットで討伐すると1000枚になるちょっぴりお得な賞金首です!ですが今の私達のレベルでは少し手厳しい相手かもしれません!!」
「何なのよそのプロレスラーみたいな名前!?おい!あんたらも出てきて手伝いなさい!!」
確☆定!!
「ははは……来てしまいましたね……」
まさか本当に来るとは思っていなかったクラリスが盛大に顔を引き吊らせる。
和人はうつむき目に涙をいっぱいに溜めてほっぺをパンパンに膨らませている遥を可愛いなぁなんて思いながらその肩に手を乗せた。
「認めよう遥、呼んでるよこれ。クララさん僕達も出ます!!」
「絶対偶然だもんっ!!」
「御武運をお祈りします!!」
二人が馬車を飛び出すと、不気味なメイクを顔に施した5m程の二体の巨人が頼雅達と戦っていた。
「二人とも、ロレインを頼む!!」
「みんな気を付けて下さい!その二体は毒攻撃があります!!」
美空の忠告を受け、和人達にロレインを託し駆け出した慎太郎に続き、祐司、凪晴、ゆかりもギガースに立ち向かって行った。
「グオォォォォォォッ!!」
カブキが振り下ろした棍棒を歌鈴は寸でのところでかわした。叩き付けられた棍棒は大地を抉り小さなクレーターを作り出す。
「くっ、見た目通りのパワー!」
ムタが丸太の様な足で回し蹴りを薙ぎ払う。
「ガアァァァァァァッ!!」
頼雅はそれを掻い潜り背中に斬りつけるが分厚い筋肉の壁に阻まれる。
「そして見た目によらねえ早さに加えこの硬さ、確かに厄介だなこりゃ……」
そう言いながらも、頼雅はどこか楽しそうに笑った。
「下がれ!陣形を組み直すぞ!!」
盾持ちの慎太郎と祐司を前に、カブキ、ムタそれぞれに三人ずつ、ネルソンが補助に入る形になる。兵士四名は王女護衛が最優先任務なので歯噛みしながらも動かない。いざとなれば一人ずつ命を捨てながらでも王女を逃がす覚悟だ。
「遥!敏捷と防御頼む!!」
「分かった!!誰ッだ!光溢れるせぇぇぇぇぇかいにぃ!!!」
慎太郎と祐司が相手からの攻撃をさばき、身軽な歌鈴とゆかりが相手を翻弄し、攻撃力の高い頼雅と凪晴が確実にダメージを蓄積してゆく。
順調に戦い進めていた慎太郎達だったが、ギガースブラザーズが同時に息を大きく吸い込んだ。
「危ない下がれ!!」
予備動作に気付いたネルソンが叫んだが、慎太郎と凪晴はカブキの吐いた毒霧を浴びてしまった。
「ぐあっ?!ゲホッ!ゲホッ!!」
「畜生っ!目がよく見えないッ!?」
そこにカブキの棍棒が薙ぎ払われ、二人はまとめて吹き飛ばされる。
「うがぁぁぁぁぁぁっ!?」
「いでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
腕があらぬ方向に曲がってしまっている凪晴と、苦しそうに脇腹を押さえ剣を杖に立ち上がろうとする慎太郎。
二人共骨が折れたようだ。
そしてムタが吐いたのは毒霧を濃縮させた毒液の弾丸、慎太郎達にバフをかけているのは誰なのかを理解しているのか、それは真っ直ぐ遥を狙う。
「危ないっ!!」
「あっ……!?」
とっさに和人は遥を突き飛ばすが、右手に毒液の直撃をうけた。見る間に腕は毒々しく染まってゆき、目も当てられない程にただれてゆく。
「いぎゃぁぁぁぁぁぉぁっ!?!?」
あまりの痛みに右手を押さえようとした和人の腕にエイミがしがみついた。
「駄目デス!!左手まで伝染してしまいマス!!」
そのままエイミは和人を膝枕に乗せ、治癒魔法をかけ始めた。
「はあッ……はあッ!うっ…うげぼっ!!」
かなりの猛毒らしく苦し気に和人が吐き出した物がエイミの太腿を汚してゆくが、エイミは構わず額に汗を滲ませながら治癒魔法をかけ続ける。
「和人!しっかりしてぇッ!!」
涙を浮かべ必死に和人に呼び掛ける遥を見て、美空の顔がたちまちの内に怒りに染まった。
「野郎ッ!!理亜、手を貸せッ!!試作段階だけどあいつらにぶっぱなしてやるッ!!!」
そう言いながらまいるーむに手を突っ込んだ美空の肩がグイッと引き戻された。
「ゆるさない………」
「え……?ロレインさん……?」
振り返ったすぐそこには、瞳孔の開ききったロレインの瞳があった。その奈落の穴のような底の見えない闇色に、ホラー系も得意な美空がおもわずぶるりと背筋を震わせる。そんな美空を押し退けてロレインはゆらりと数歩前に出た。
「ゆるさないゆるさないゆるさない……!!」
物心ついた時には既に母はおらず、父からも愛情を注がれず、ただその膨大な魔力を抑え込む訓練を続けて15年、故郷から遠く離れた地に捨て去られるように住まわされて2年、寂しい生活を続けやっと出来た大切な恋人と友達を傷つけられたロレインの怒りが天を衝いた。
無詠唱で放たれた石の礫がギガースブラザーズを直撃する。ロレインにしてみれば注意を引くための軽いものであったが、そこそこダメージがあったらしくギガースブラザーズは怒りを露にしロレインを睨み付けた。
「明けの空は紅蓮に染まりて、天は稲妻に引き裂かる……」
ギガースブラザーズに向かい手を翳し、ロレインが詠唱を始めると同時にその体から膨大な魔力が溢れ出し、瞬時に分厚い魔力障壁を作り出す。
「理亜!遂に始まりましたよ!!」
「待ってましたっ!これが見たかったのよ!!」
「え!?何!?」
困惑する遥を置き去りにし、数秒前の怒りはどこへやら、美空と理亜がテンションを上げ始めた。
「瞳に憤怒を宿しては、我は空へと手をかざす……!」
詠唱を続けるロレインの更に魔力が膨れ上がり、彼女を中心に風が巻き起こりその髪とマントをはためかせる。
「グオォォォォォォッ!!」
「ガアァァァァァァッ!!」
ただならぬ気配を察したギガースブラザーズはロレインに牽制の毒霧と毒液を放つ。しかし毒霧は巻き起こる風に押し返され、毒液は分厚い魔力障壁に阻まれた。
「背にした光が心を燃やし、堕ちた大地へ駆け戻り、甦り足る星の彼方に放たれよ!!」
「すげえ!詠唱長えっ!!」
「これはとてつもない物が来る予感です!」
そう言いながら二人は遮光ゴーグルを取り出し装着した。
詠唱が長いということはそこに込められた魔力も膨大であることであり、それは魔法の威力に比例するということである。
「現し世を超え羽ばたかせよ!運命から解き放たれし夢幻の翼を!!」
詠唱に熱が篭り出したロレインの体から、光輝く様々な紋章が弾けるように飛び出し、彼女の周りを高速で回り始めた。
「「キターーーーーーッ!!!!」」
美空と理亜は拳を高々と振り上げた、テンションは爆上がりだ!!
その様子を馬車の窓からクラリスは食い入るように見つめていた。
「ハ……ハンナ!!あれってまさか!?」
「間違いありません!!紋章術です!!」
ロレインが紋章の発現を合図に印を結び始めると、回転していた紋章の中からいくつかが浮かび上がり、組合わさっては虚空に散ってゆく。
それはまるで幾重にも施されたセーフティーコードを解除してゆくかのようだ。
「絶望の時を迎え彼は己を見失う!心に埋もれし惨禍の日々よ!!」
「「グオォォォォォォッ!?」」
次第に恐ろしさを感じ始めたギガースブラザーズは、手にしていた棍棒をロレインに投げつけた。
ガキィィィィィィンッ!!!!
突如何もない空間から巨大な盾が二枚表れ棍棒を完全に防ぐ。
「おい!空間魔法まで持ってるよwww!!」
「ヤバイです!私のアイデンティティーが崩されますwww!!」
テンションがMaxを突破した二人はロレインを指差しながら大爆笑していた。
その間にもロレインの詠唱は続く。
光輝く様々な紋章に彩られ、歌うように詠唱を紡ぎがら、踊るように印を結ぶロレインの姿はさながらアイドルの単独ステージだ。
しかしその表情は恐ろしい程に虚ろである。
「「ウ、ウ、ウガァァァァァァァァァッ!?!?!?!?」」
ロレインを完全に脅威と判断したギガースブラザーズは、半ばやけくそになりながらロレインに向かって突進した。
「あ…危ない!ロレイン……!!」
慎太郎が折れたあばらを押さえながら必死に走ろうとする。
「彼方の地にて我等は待とう、儚く散りし命の為に!千を数えし時の中、激しく燃ゆる業火の中を彼の地目指して駆け抜けよ!!」
そして新たに四枚の大盾現れた。
「へ……?」
唖然とする慎太郎をよそに二枚の大盾はロレインを守り、四枚の大盾がギガースブラザーズを強襲する。
「ウゲ!?フゴ!?ブブゥ!?」
「アガ!?フギャアァァァ!?」
ロレインの操る四枚の盾は叩き落とそうとするギガースブラザーズの攻撃を掻い潜り、腹に突き刺さり、頭部を強打し、関節をへし折ってゆく。
「念動力です!鑑定で知ってましたけどあんなにスムーズに操れるんですね!!」
「アハッ!アハハハハハッ!!詠唱しながらあの数を!?あの娘ニュータイプなんじゃねえの!?」
一同が呆然と見守る中、満身創痍となったギガースブラザーズが戦意を失い、立っているのがやっとという状態になった頃、ロレインの魔法が完成した。
「血まみれの手を突き立ち上がれ!戦の果てには何も無い!その呪いから解き放て!全ての命の自由の為に!!」
ロレインが両手を打ち鳴らし空に掲げると、彼女を取り巻いていた紋章が空高く登り大きな輪となって輝き始める。
『え?』
全員が空を見上げて固まった。その光輝く巨大な輪が魔法の効果範囲だとするならば、どう考えてもデカ過ぎる。
「死ね……」
冷酷な顔でロレインは呟いた。
一同が唖然として輪を見上げていると、その輪から放たれたコロニーレーザーの如き極太の光の柱がギガースブラザーズはおろか、慎太郎やクラリスの乗る馬車、そしてロレイン本人までを巻き込み降り注いだ。
『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?』
光と静寂が辺りを支配する。
やがて光が収まると、唖然としたまま空を見上げた状態で灰になったギガースブラザーズと、涙目で腰を抜かした慎太郎達が表れた。豪胆な頼雅でさえ完全に腰を抜かしている。
「なあナギ……俺生きてる?」
「ああ、確かに生きてるよ……」
「はは……少しチビっちまった……」
「あれ?二人共毒と怪我は大丈夫なの?」
「そういえばなんともないな……」
「むしろ体の調子が良くなってる気がしない?」
涙目で互いの無事を確認し合う慎太郎達の声が耳に届き、和人は先程までの激痛が嘘のように消えている事に気が付いた。右手を見ると元の健康的な色を取り戻し、目も当てられなかったただれなど痕も見えない。
「ありがとうエイミ、もう何ともないよ。」
身を起こしながらエイミにお礼を言った和人だが、エイミは全力でパタパタ手を振った。
「私じゃありまセン!たぶんコレロレインさんデス!!」
「え?」
そう言ったエイミが指差したロレインは、悠々と慎太郎達の元へ歩み寄った。
「皆さん、お気遣いは嬉しいですけど、見ての通り私はただ守られるだけの女ではありませんので、次からは私も戦闘に参加させて頂きますね?」
『ア、ハイ、オネガイシマス。』
ウインクしながら愛らしい笑顔のロレインに対し、なぜか慎太郎達は棒読みの敬語で返してしまった。
ゴーグルを上げながら満足げな顔で美空と理亜がロレインに並ぶ。
「いや~、さすがはこの世に十人もいない紋章術士、想像以上だったわ~~。」
「5万を超える魔力は伊達ではありませんね。正に桁違いです。」
『5万ッ!?!?!?』
美空の口から飛び出た驚愕の事実に皆が声を張り上げる。
「何それ……?聞いて無いぞ……?」
「言ってませんでしたからね。それに……」
美空はふらふらと立ち上がる慎太郎の耳元に顔を近付け、ロレインに聞こえないようそっと囁いた。
「ロレインさんの出生の話を忘れたんですか?エルフの巫女なんていかにも魔力高そうな人が体を悪くするほどの魔力の持ち主なんですよ?」
「あ……」
慎太郎はすっかり忘れていたその話を思い出し情けなく顔を引き吊らせた。
「それを忘れていたにしても、彼女の強さのヒントは与えていた筈です。」
美空は小憎らしい笑顔を浮かべながら将棋のような動きを見せる。そう、バルチャスの事だ。
魔力操作は魔法威力に直結するとロレインは言っていた。そして4人掛かりでも倒せなかったロレインは、相当な実力の魔法使いであることは少し考えれば分かる事なのだ。
「……そんで、紋章術士って?」
渇いた声を絞り出した慎太郎に、理亜が嬉々として答える。
「紋章術ってのは神や精霊なんかを表す紋章を体に刻みこんで、それを介して深いレベルで交信する事でより強い魔法効果を得たり、本来反発し合う属性を掛け合わせたり出来る魔術師系の最上級スキルよ。でも紋章を刻むだけでもとんでもない潜在魔力量が必要だから世界に十人もいないらしいわ。それでも紋章刻むのは5、6個が限度らしいけど、彼女20や30では効かない数刻んでるわね。」
「ははは……凄いんだなロレインは……」
慎太郎の笑いがますます渇いてゆく。
「そりゃあ……」
理亜が何か言いかけた時、馬車の扉が勢いよく開け放たれ、クラリスとハンナが一気にロレインに駆け寄った。
「ロレインさん!我が国の宮廷魔導師になって頂けませんか!?」
「何卒お願いします!必要な物は家でもお金でも何でもご用意いたしますから!!」
「い……いえ、申し訳ありませんが……」
「そんなことおっしゃらずに!!俸祿は言い値で結構ですので!!」
「なんなら魔導師長官のポストも差し上げましょう!あんなポンコツ要りませんから!!」
「すみません!私は静かに暮らしたいので!!」
そんな三人のやり取りを皆は呆然と見ていた。
「一国の王女様が直々に、言い値の給料と国の最高幹部の一席付けてスカウトするくらいには凄いわよ?」
「早くロレインさんを守れるくらいに強くなれるといいですねぇ?」
美空は意地の悪い笑顔を浮かべながら慎太郎の顔を覗き込んだ。
「ははは……はは……は……」
渇いた笑いは遂に枯れ、慎太郎はまた少し勇者としての自信を失った。
ちなみに現魔導師長官は、和人達が召喚された初日に真琴のアイアンクローで滅ぼされたあの男である。
≪次回予告≫
~♪(略)
気の抜けた旅路。
あくびの出る道中。
護衛という名のただの随伴者となった和人達は思ったより早くアルトルージュ中心都市へ辿り着く。
「凄いな……ここがとても地方都市とはおもえないや……」
王都に並ぶ繁栄を見せる町を歩く中、スルトは何かの気配を感じ取る。
―なるべく話しかけるな…我の存在が気付かれるやも知れぬ……―
そして和人達の前に現れた領主、メアリーに対し美空がとった驚きの行動とは───
【次回】領主
「メアリー・ルロワ・アルトルージュじゃ。歓迎するぞ?異世界の勇者達よ。」