ガールズトークに混ざれない
ゆったりと歩く馬車馬の前を歩きながら、慎太郎は浮かれに浮かれていた。
隣を歩く最愛の恋人は、初めて家を離れ遠出する高揚感と流れ行く辺りの景色に顔を輝かせている。
この顔が見れただけでも慎太郎にとって既にこの旅は大成功だった。
「慎太郎、前衛は俺と植野でやるからお前は彼女といてやれよ。」
「なら後衛は俺達に任せてくれ、一緒にいたいから呼んだんだろ?気にすんな。」
そう言ってくれた頼雅と凪晴に甘えた形で、前衛を頼雅と歌鈴とネルソン、後衛を凪晴と祐司、左翼をエイミとゆかり、右翼を美空と理亜、そして馬車の四方をそれぞれ護衛の兵士が固めている。そう容易く破られる布陣では無いだろう。
ただひとつ、後衛に向かう凪晴が呟いた一言、
「84のD、お椀型だ。中々に素晴らしいぞ、お前の彼女は。」
が頭から離れない。慎太郎だって思春期男子だ、そんなことを言われたら健全な付き合いを考えていたってどうしても意識してしまう。
「なんでローブとマントの上から判るんだよ……」
そうぼやきながら慎太郎が邪な念と戦っていると、ロレインが静かに話し始めた。
「本当は少し怖かったんです……魔王が現れ魔族と人間が対立しているこの時代に、私みたいな魔族との混血のエルフが受け入れてもらえるのかなって……でも慎太郎のお友達も兵士の皆さんもとてもいい人達で今はとても安心してます。誘ってくれてありがとうございます、慎太郎。」
その輝くような笑顔に、慎太郎の邪な念はあっという間に浄化されていった。
「お礼なんてまだ早いさ、旅は始まったばかりだぜ?みんなでいっぱい楽しいことして沢山思い出を作ろう!!」
「はい!!」
そんな二人を左翼から虚ろな目で見つめる者達。
「浮気者め………」
「慎太郎君のネコは和人君デス………」
しかしエイミとゆかりの放つ腐のオーラは、慎太郎とロレインを取り巻く幸せオーラに阻まれ届くことは無かった。
その時、前衛の頼雅が遠目に魔物の群れを発見する。
「慎太郎済まねぇ!数が多いから手伝ってくれ!!」
「ああ、任せてくれ!ちょっと行ってくる、すぐ戻るから待ってて。」
そう言って慎太郎は意気揚々と駆け出していった。
「おうおう、張り切ってるねぇ~~。」
どこかぎこちない笑顔で慎太郎の背中を見送っていたロレインの隣に理亜が歩み寄り、それほど社交的ではない彼女には珍しく、笑顔でロレインに握手を求めた。
「改めまして私は理亜、見ての通り魔術師よ。あなたの事は美空から詳しく聞いてるわ。バルチャス楽しんでくれたみたいね」
「あなたがあのゲームの設定をした方ですか!?臨場感に溢れていてとても興奮しました!!本当に、本当に面白かったです!!」
「あ、ありがと……楽しんでくれたなら幸いだわ……」
食い気味の反応に多少引きながらも理亜はその手を握る。日々刺激の少ない生活を送っていたロレインにはそれほどに衝撃的なゲームだったのだ。
理亜は前線で大立ち回りを繰り広げる慎太郎達に目を向ける。
「しかしあなたも大変ね、あれだけ張り切られたらあの程度楽勝だなんて言いにくいでしょ?」
ニヤリとしながら放たれた理亜の言葉に、びくりとロレインの背筋が延びその笑顔を大きく引き吊らせる。
「そ……そんなことまで聞いてるんですか?」
「とーぜん♪私がこの依頼に参加したのはあなたの術が見たかったからだもの。」
ロレインは観念したといった感じで眉尻を下げた。
「ははは……でも本当に危なくなるまでは伏せておくつもりです。せっかく私のために頑張ってくれてるんですから。」
「オーケー、なら私も黙っておくわ。でも時間が空いたときにちょこっとだけ見せてくれない?簡単なヤツでいいからさ。」
「いいですよ、お約束します。」
「本当?ふひひひ……楽しみだわ~~。そんじゃ私も少し手伝いますかぁ。」
話がまとまったところで、ようやく理亜は慎太郎達の援護射撃を始めた。
──────────
「ところでクララさん、アルトルージュ領ってどんなところですか?」
「私達自分の事で精一杯で少しだけ世間に疎いんです。」
自分達の(興味が持てる)事で精一杯だった二人、嘘は言っていない、全て言っていないだけだ。そんな二人を疑いもせず、クラリスは笑顔でそれに答える。
「とても治安が良く、広大で豊かな農耕地の広がる素晴らしいところです。真琴さん達が向かった鉱山や、私が暮らしていた修道院もアルトルージュ領にあるんですよ。もしかすると王都よりも治安が良いかもせれません。我が国シーロブルトに最も古くから使えてくれているのがアルトルージュ伯爵家です。領主、メアリー様はとても美しく気さくで魅力的で、高名な学者でもあるんですよ。」
「え?伯爵様って女性の方なんですか?」
「爵位って男性しか受けられない物だと思ってました。」
驚く二人を見てクラリスは少し含んだような笑みを浮かべる。
「ふふ、普通はそうですね。でもメアリー様はそれ程に誰にも有無を言わせない実力を持った方なのですよ。」
「「ほへー……」」
同じような表情で同じようなため息を漏らす二人を見て、クラリスは思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……お二人はとてもそっくりですね。もしかして血縁があるのですか?」
これは特オタ夫婦と同じくらい言われる事なのだ。
「血縁は無いですけど。」
「まあ兄妹みたいなものですから。」
二人は家が隣同士な事、誕生日が近い事、幼稚園から別の組になった事が無い事等を伝えると、クラリスは少し悲しそうに目を伏せた。
「羨ましいです……私には兄弟姉妹も、同世代のお友達もおりませんから……」
二人は顔を見合わせると大きく頷き、目一杯の笑顔をクラリスに向けた。
「そんなことはありませんよ、友達なら今日沢山出来たじゃないですか!」
「それに私達だって城に住んでるんです、私達が城に居るときは何時だって遊びに来てください!」
クラリスは驚きの表情を浮かべながら侍女の顔を伺うと、侍女は微笑みながら静かに頷いた。クラリス目に涙が滲み出す。
「ありがとうございます……私、今日ほど嬉しかった事はありません……これからもよろしくお願いしますね!」
クラリスはハンカチで涙を拭いながら満面の笑みを綻ばせた。そのハンカチは以前和人が貸した物であり、あの日以来クラリスは大事に使い続けていたのだが、パッと見ただけでは和人はそれに気付かなかった。
「あ、そうだ。これを受け取って下さい。」
遥は首飾りを外すと、そこに下がっていた物をひとつ外してクラリスに差し出した。
受け取ったクラリスは、その夜光貝の様な輝きを放つ小さな欠片の様な物を不思議そうに掲げる。
「これは?」
「人魚の鱗です。」
「「え!?」」
クラリスと侍女がすっとんきょうな声をあげて鱗に顔を寄せた。
「遥さん聖獣様の加護を授かったのですか!?そんな貴重な物お受け取りできません!!」
「いいんですよ、まだありますし友達の証として受け取って下さい。もしかしたら何かあったとき人魚があなたを護ってくれるかもしれませんから。」
遥は返そうとするクラリスの手をやんわり押し戻し、鱗をもう一枚外して和人に差し出した。
「はい、和人にもあげる。」
「え?いいの?」
遥は首を傾げる和人から気まずそうに視線を反らしている。
「ほら、あの時和人が川に落ちちゃったのって私のせいじゃん……人魚の加護があればとりあえず水に関しては安心できるかな~って……」
「ありがとう、そうゆう事なら貰っておくよ。」
それを見たクラリスもお揃いだなんて思いながら鱗を胸に抱き締める。
「あれ?遥あの時貰った鱗って五枚だったよね?一枚どうしたの?」
首飾りをつけ直した遥の胸元に下がっていた鱗は二枚だった。
「ああ、それならここだよ。」
「「「んえ!?」」」
そう言われ立て掛けられたギターを見て、想像もつかない事に和人達は間抜けな声をあげた。残り一枚の鱗がギターの弦に挟まれていたからだ。
「大きさもしなりも丁度良いし、何より良い音出るんだよね。」
遥は権力者でさえ欲しがる聖獣の加護の証をギターピックに使っていた。確かに貰った物をどう使っても自由だろうがあんまりな使い方である。
クラリスは王族の胆力で引き吊った顔を無理矢理笑顔に戻した。
「それで遥さん、一体どのようにして聖獣の加護を得たのですか?とても興味があります。」
「ああ、ちょっと色々あってサークの港で歌ってたらなんかいっぱい集まって来て、そしたらなんかくれたんです。」
遥は少し顔を赤くさせながら頬を掻いた。まさかこの町に居るかもしれない初恋の相手に向けて歌っていたなんて、恥ずかしすぎて言えるわけがない。
そんな遥の心情を知らずか、和人はその時の事を興奮気味に話し始める。
「本当に凄かったんですよ!!港一面を人魚が覆い尽くしてまさに一糸乱れぬって感じに歌って踊ったんです!!サークの町長さんも百年以上生きてるけどこんなのは初めてだ、奇跡だって!!終いには遥の事を聖──」
「やめて。」
「もがぁ!?」
熱を込めて語る和人の口を遥は張り手同然の勢いで塞ぐ。
そんな二人のやり取りを見ながらクラリスはまた小さく吹き出した。
「ふふっ……お二人は本当に仲がよろしいのですね。そういえばサークの港に住み着いた魔物を倒したのは皆様だと伺いました。何でもシーサーペントの群れだったとか。」
「ああ、それシーサーペントじゃなかったんです。」
「え?確か目撃報告も上がっていた筈ですが?」
「タコだったんですよ、足が全部シーサーペントの。」
「え………」
遥の口から出た事実に、なぜかクラリスは再び大きく顔を引き吊らせた。
「あれは本当に大変だったよね~~。」
「僕にはその後の方が色々大変だったけどね………」
「お尻狙われたりとかね?」
「今でもたまに僕のお尻じっと見てるんだよ……本当勘弁してよ……」
二人の会話はクラリスの耳には届いておらず、ひたすら黙って窓の外を見ていた。和人達から見えない顔半分のみ汗をかき、気付かれないようにハンカチで拭いている。生理現象さえ覆す王族の胆力、しかしクラリスはまだまだだ。これがシーロブルト王なら汗すらかかないだろう。
「姫様、いかがなさいましたか?」
「いえ、山の色がとても綺麗だったのでつい見入ってしまいました。」
侍女が心配して声をかけた時にはクラリスは持ち直していた。
「ところでサークの近辺には海賊が居を構えていた筈ですが、そちらも皆様が?」
和人達の会話をぶった斬るように放たれた言葉であったが、その結果クラリスの思いもよらぬ答えが返ってくる。
「すみません、そっちは僕らじゃないんです。」
「たまたま町に居合わせた黒騎士様が賞金も受け取らずに退治してくれたらしくて……」
遥は意識した訳ではないが、いつも心の中でイオを黒騎士様と呼んでいたので、騎士ではなく黒騎士と呼んでいた。
クラリスは思いもよらぬ所で飛び出した黒騎士というワードに驚く。
「え!?それはもしやイオの事ですか!?」
「え!?イオさんを知っているんですか!?」
遥とクラリスは腰を浮かせ手を取り合った。
「「聞かせて下さい!!あなたの知ってるイオの話を!!」」
──────────
「そう言ってあの人はこのマントを私にかけてくれたんです……でもその時は名前聞く前に気を失ってしまったんですけどね。」
「ああっ!素敵です!羨ましいです!その時の事を我が身と思えば絶望が希望に変わる瞬間が手に取るように分かりますっ!!私も貞操の危機を救われましたから!!」
「ですよね!?ですよねっ!?」
ガールズトークが盛り上がりまくっている。
話に加わってボロが出てしまっては困る和人が侍女と暇そうに窓の外を眺めていると、目があった美空が和人に笑顔で手を振ってきた。
そこで和人は暇潰しの方法を思い付き、馬車の窓を開けた。
「美空、バルチャス貸してくれる?」
──────────
「そう言って街へ跳び去って行った姿はまるで騎士物語の英雄その物でした……」
「あああっ!見てみたかったです!特にそのステンドグラスを蹴り破って登場する所なんて目に浮かぶ様です!!」
その時の事を思い出しながらうっとりするクラリスと興奮気味に話を聞く遥の隣では、和人と侍女の戦いが静かな盛り上がりを見せていた。
「くっ!中々やりますね……侍女さん……」
勝負を仕掛けた和人の法師が侍女の悪魔に弾かれる。
「当然です、侍女たる者いざというときは姫様の護衛でもありますから。それと私の事はハンナで結構です!!」
侍女ハンナの騎士が和人の騎馬に叩き付けられた。
「「勝負!!」」
馬車の中は友達の部屋でそれぞれが勝手に盛り上るあの感じになっていた。
──────────
「そしてイオさんは、自分には必要ないと金貨120枚のザイラスの討伐証明になる手首をポンと寄越し、きっとまた会えるよと言って馬に乗って走り去って行きました……」
「はあぁぁぁぁ……」
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」」
うっとりするクラリスのため息と和人達の気合いが重なった。そこでやっとクラリスと遥はバルチャスに気付く。
「ハンナ、それは何ですか?」
「ひ、姫様……これは……」
歯を食い縛りクラリスに答えようとしたハンナであったが、さすがに集中が乱れた。
「隙ありッ!!」
和人の騎馬がハンナの暗黒騎士を斬り裂き、駒札が盤外に弾かれる。
「ああぁぁぁ~~……」
「よっし!これで2勝1敗!!」
悲しそうに盤面を見るハンナとガッツポーズをとる和人の替わりに、遥がバルチャスの説明をするとクラリスも興味を持ったようだ。
「面白そうですね、私にも遊ばせてもらえませんか?」
「もちろん良いですけど、少し休ませて下さい……」
「姫様……この遊戯はとても面白いのですが、繊細な魔力操作が要求されるため、中々に疲れるのです……」
そう言う和人とハンナの額には確かに汗が滲んでいた。なのでやはり遥が替わりに名乗り出る。
「クララさん、良ければ私がお相手しましょうか?」
「いえ、それよりも遥さん、もしよろしければ聖獣様に愛された歌を歌っていただけませんか?とても聞いてみたいです。」
「はい!喜んでッ!!」
遥はノリノリでギターを構えた。
≪次回予告≫
~♪(君の好きな特撮の次回予告テーマを脳内再生しよう)
穏やかな旅路が続く中、和人の放った余計な一言と、王女のお茶目な無茶振りが慎太郎達に脅威を呼び込む事になる。
「絶望偶然だもんっ!!」
突如表れた強敵に果敢に挑む慎太郎達、しかし一瞬の反応が遅れた慎太郎と、遥を狙う凶弾から身を呈して守った和人が重傷を負ってしまう。
「野郎ッ!!理亜、手を貸せッ!!試作段階だけどあいつらにぶっぱなしてやるッ!!!」
怒りに燃える美空を押し退け、それを更に上回る怒りを纏った彼女が遂にその実力を見せつける!!
「「キターーーーーーッ!!!!」」
空に輝く魔法の光が全てを包み込む。
次回【最終兵器彼女】
「すみません!私は静かに暮らしたいので!!」