再会の姫君
王女護衛任務当日の朝。
日の出からそれなりの時間が経ったにも関わらず、微かに残る霜と吐く息の白さが冬が目前まで迫っている事を告げている。
まだ静かな朝の街門前、少しずつ人の声が増えてゆく中、鳥の鳴き声と気を抜けば眠りに落ちる美空を理亜がひっぱたく音が響き渡る。
相手はこの国の王女だ、万が一にも粗相があってはならないし、何より重い自分の腰を持ち上げておきながらグースカ寝るなど、例え閻魔大王が笑顔で許しても理亜は絶対許しはしない。
「ふが…ふご……ぐぴぃ~~……」
三十分の間に八回目のイビキをかきはじめ、膝から崩れ落ちた美空の顔面に、手が痺れてきた理亜は最盛期の蝶野正洋に劣らぬ程のヤクザキックをめり込ませる。
「ちょ!?さすがにやり過ぎ……」
「大丈夫よ、私の前蹴りなんて先生のデコピン程の威力も無いわ。」
慌てて止める遥に理亜は気だるげに答えると、その言葉の通り美空はゆらゆらと立ち上がる。
「すみません……また寝てましたか……」
「おうよ。」
「あんた一体どうなってんのよ……」
足跡は残ったものの、美空には一切のダメージがなかった。その足跡すらもパタパタとホコリを払うかのようなしぐさで一瞬で消えてしまう。
「マンガかよ……」
遥がそう呟いた時、遠くから馬を走らせる音が聞こえてきた。慎太郎とロレインだ。
慎太郎はみんなの前に来るとひらりとファングステイヤーの背中から降り、馬上のロレインに手を差し伸べながら一同を見渡す。
「おはようみんな、てか何でみんな揃ってるんだ?」
そう、みんなだ。
そこには今到着した慎太郎を含め、1年3組47人が全員揃っていた。
そしてロレインを初めて見る者達は、慎太郎の手を取りふわりと大地に降り立ったその姿を見て、あまりの美しさに言葉を失っている。
今日のロレインはいつもの町娘の服ではなく、うす緑色のローブの上から深緑のマントを羽織り、言い方は悪いが大福のような大きな白くて丸い帽子を尖った耳を隠すようにすっぽりと被っている。
その大勢の視線を浴びて居心地悪そうにするロレインに、以前遠目に見たことのある歌鈴が近寄り、屈託の無い顔で手を差し出した。
「ほえ~~、近くで見ると本当に綺麗だね~~。私歌鈴、よろしくね!」
「あ、初めまして。私ロレインです。こちらこそよろしくお願いしますね。」
その笑顔と小学生のような見た目に少し心がほぐれたロレインは、差し出された手を柔らかく握り返した。
そんな二人を微笑ましく見ていた慎太郎の隣に和人が並ぶ。
「どこで聞いたのか知らないけど、みんなロレインさんと王女様を見に来たんだよ。見送りはそのついでだって。」
「本当にどこで聞いたんだよ……」
歌鈴を皮切りに一斉に女子に囲まれ質問攻めにあうロレインを見ながら呆れ顔を浮かべる慎太郎は、自分を取り囲む殺気に気付かなかった。
「あの、美空?慎太郎は勇者でみんなのリーダー的な人だと思っていたんですけど違うんですか?」
「いえ?それでだいたい合ってますよ?」
困り顔を浮かべながらも丁寧に女子達の相手をしていたロレインは、不思議そうに隣の美空に顔を向けた。
「じゃあ何で慎太郎は殿方達に囲まれて殴られているんでしょう?」
慎太郎は本気で彼女欲しい野郎共に囲まれてもみくちゃにされていた。
「ただの嫉妬です。ロレインさんみたいな美人を恋人にしてるのが羨ましくてじゃれてるだけですよ。」
「何名か本気に見えますけど……」
大輝を含む一部の野郎はわりと本気で悔し涙を浮かべ、そこそこの力で腹パンを入れていた。
「大丈夫だよ、勇者って頑丈だから。」
遥によってロレインの視線が慎太郎から強制的に外された時、遂に慎太郎がキレる。
「太陽けぇぇぇぇぇぇんっ!!!」
慎太郎の体が美空謹製の閃光玉以上の光を放ち、取り囲んでいた野郎達の目を焼いた。
『ギャァァァァッ!?目がっ!?目がぁぁぁぁぁっ!!!!』
何故だろうか?目を潰された人間は皆同じ反応をする。
「いい加減にしろよお前ら………」
「みんな~、先生と王女様来たみたいだよ~。早く並んで~。」
のたうち回る野郎共を怒りを灯した目で見下す慎太郎を気にもせず、一人王城の方を見続けていた和人が間延びした声を上げた。
その声を合図に皆一斉に規律の取れた動きで整列し、のたうち回る野郎共に理亜が蹴りを入れて回る。
よろよろと野郎共が立ち上がり整列に加わったところで真琴と五人の冒険者、そして派手ではないが造りのしっかりとした箱馬車が一同の前に停まる。
「おはよう、みんな。」
『おはようございます。』
真琴が一同を見回し軽く頷くと、和人達は一斉に跪いて頭を下げた。
その間に冒険者の一人が踏み台を箱馬車の扉の前に設置し、和人達を確認したあとで甲斐甲斐しく扉を開くと、一人の少女がしずしずと馬車から降りて来た。
「皆様、お顔をお上げ下さい。」
本来相手が王族であればもう一度言葉を待つのだが、今のところは未だ王族ではない貴族令嬢の依頼である。一同は一斉に顔を上げた。
『クラリスだ!めっちゃクラリスだ!!』
目の前の薄水色のコートを着た栗毛の美少女を見て、全員が声に出さず軽い感動を覚えていた。
「お久しぶりです和人さん。皆様、もっと楽にして下さって結構ですよ?」
「そうは参りません、王女殿下。」
わざと王女を誇張した和人の答にクラリスは苦笑いを浮かべる。
「やはり気付かれていましたか………」
「はい、どうにも王女殿下は嘘が苦手のようですね。」
「はい、修道院での生活が長かった事もありましてそういった事は苦手なのです。王族たるもの、腹芸の一つも上手く出来なければとは思うのですが……」
「いえ、嘘が上手い人間は信用もされにくいと思います。差し出がましいかもしれませんが、腹芸は上手い人に任せて、殿下はそのままでいて下されば私は嬉しく思います。」
「ふふ、そうかもしれませんね。あなたの言葉、心に留めて置きましょう。」
流暢に、そしてほぼ完璧に失礼の無い和人の対応をその場にいた殆どの者が感心して見ていた。
特撮の世界には王公貴族といった設定のキャラも少なくない。和人はそれらに対する周囲の者達の対応を真似ていただけである。
「ところでぜひお友達もとお伝えしましたが、皆様同行なされるのですか?」
そう言ってクラリスは和人と共に並ぶ47人をぐるりと見渡した。
「いえ、護衛に当たりますのは私を含む前列の12名です。他の者達は王女殿下の御尊顔を拝謁したいついでに、私共を見送りに来てくれた同郷の者達です。」
ほぼ事実なのだが和人はわざと冗談めかして答えると、クラリスはそれを好意的に捉え、茶目っ気たっぷりの笑顔で手を振った。
その愛らしい笑顔と仕草に男女問わず多くの者達がクリティカルダメージを受けた。
「ところで皆様にお願いなのですが、旅の間私の事は王女ではなくクララと呼んでいただけませんか?一応身分を忍んでの事ですし、手紙にも書きましたが同世代のお友達がいないので、そのように接していただけると嬉しいのです。」
和人は一度返事を置いて真琴の顔を見ると、真琴は微笑みながら軽く頷いた。
「分かりましたクララさん、最低限の礼はわきまえますが、できる限り僕達も友人として接しさせていただきます。」
「ありがとうございます!改めてよろしくお願いいたしますね。」
クラリスは笑顔を輝かせながら和人と両手で握手をすると、自ら同行する慎太郎達を回って握手し、一人一人自己紹介を聞いて廻り始めた。
その間に和人は冒険者に扮装したネルソンに話しかける。
「ネルソンさん達も同行するんですね。」
「当然だ、王族に護衛を付けないなんて有り得ないだろ。とは言えお前達の力は真琴が保証しているからな、新兵の研修に近いよ。」
「期待を裏切らない様に頑張りますよ、僕達もネルソンさん達を頼りますからよろしくお願いします。」
「ああ、任せとけ。でん……クララ様、そろそろ出発しましょう!」
殿下と言いかけたネルソンは慌てて修正する。
あくまで貴族の娘とその護衛に雇われた冒険者、王族のお忍びの旅では無いのだ。
その声を合図に和人が配置に付こうとした時、その袖をクラリスに強く引かれた。
「和人さん、よろしければ今までのお話を聞かせていただけませんか?是非馬車に乗って下さい。」
「ふぇ!?」
不意を突かれた和人は慌ててクラリスと真琴を交互に見るが、真琴は面白がってニヤニヤしているだけだ。それは答えとしてはイエスなのだろうが、和人がよく話をする同世代の女子なんて遥と美空、それに理亜といった普通とはかけ離れたアクの強い女子ばかりだ。はっきりいって話を持たせる自信が無い。
「あ…あの、僕には護衛の任務が……」
「あら?私は確かにお話相手も兼ねてと書いた筈です。これも依頼の一環ですよ?」
腹芸は苦手ではあるが正面突破は得意らしい。
あらかじめ提示していたカードを見せつけながら、クラリスの瞳には決して折れることの無い意志が感じられる。
逃げられないと感じた和人は、観念しながらも新たなカードを切る事にした。
「分かりました、ですが僕はそれほど話が得意ではないので、もう一人同席させても良いですか?」
「もちろんです。その方が色々な話を伺うことが出来ますものね。」
了承を得た和人はぐるりと仲間を見回す。
慎太郎は却下だ。戦闘の要だし何よりロレインと一緒に居たいだろう。なのでロレインも候補から降りる。美空は誰が相手でも自分の好きに振る舞う自由人だ、理亜も美空程では無いが自分の楽しみを優先させる、二人とも何をしでかすか分からないので却下。頼雅と歌鈴は悪くはないが、この二人は最低限の礼儀に不安が残る。ゆかりとエイミ、王女様が腐ってしまったら大変だ。祐司と凪晴は論外だ、面と向かって王女様のおっぱいをガン見するかもしれない。
「遥、一緒に馬車に乗ってくれる?」
「あいよー。」
最初から選択肢など無かったのだ。和人と同レベルの特オタの遥であれば同レベルの対応もできるだろうし、同性で話しやすいだろうしある程度の常識もある。
しかし和人が選んだのが女子だったからかクラリスは一瞬ムッとした表情を出したが、それに二人は気付く事は無かった。和人の隣に並んだ遥は改めてクラリスに頭を下げた。
「それではクララさん、僭越ながら和人と一緒に私が道中の話し相手を務めさせていただきます。」
「はい、よろしくお願いしますね。それともっと楽な言葉で構いません。私達は友達なのですから。」
「はい、よろしくね。クララさん。」
「うふふ、よろしくね?」
気兼ねの無い話ができるのがよっぽど嬉しいのか、クラリスは肩をすくめて笑うと、侍女に手を引かれ馬車に乗り込み、それに次いで遥も乗り込んだ。
「和人。」
和人が馬車に乗ろうとした時、神妙な面持ちをした凪晴が和人の首に腕をまわしその耳元に顔を寄せた。
「79のB離れ気味、将来性Aだ。期待していいぞ。」
「要らないよそんな情報!!なんで厚手のコートの上からそんなの判るのさ!?バストスカウターでも内蔵されてるのその目!?」
「修練の賜物だ。それより、あの王女様絶対お前に気があるぞ?狙えば逆玉も夢じゃない。」
「そんなつもり全然無いから真面目にやって!!」
「俺は何時でも真面目だ。ちなみに侍女の人は83のD釣り鐘型、やや垂れ気味だ。」
「真面目ってマジな目じゃ無いからね!?それとその情報要らないって!!」
凪晴を押し返した和人はやっと馬車に乗り込んだ。
馬車の中は外から見た印象よりもゆったりとしていて、実際はあと二人くらい乗れそうである。柔らかすぎないクッションが張られた椅子に二人がクラリスと向かい合って座ると、侍女が小窓を開けて御者に出発を促した。
「出発!!」
ネルソンの声と共に馬車がゆっくりと動き出した。
「決して油断するな!しっかりと務め上げて無事に戻ってくるんだぞ!!」
クラスメイト達がざわざわど騒ぐ中、真琴の、よく通る声が届いた。
「真琴さんて本当に素敵な方ですよね。」
「はい、私達の自慢の先生です!」
「あ、うん?ソウデスネ……」
これからの旅が楽しみで仕方ないのか、どこか浮わついた感じのクラリスに元気に答える遥。和人だけはそわそわと視点が定まらず、おぼつかない感じだった。
「和人さん、どうかなさいましたか?」
「い、いえ!?こんな馬車乗るの初めてだから落ち着かなくて!」
少し身をのり出して声をかけてきたクラリスから和人が慌てて目を逸らすと、そこにあった遥のジト目とガッチリ視線が交わった。
「ナギ君にまた変なこと吹き込まれたのね……?」
「僕は悪くないから……」
そんな二人を見て、クラリスは不思議そうに首を傾げていた。
≪次回予告≫
~♪(略)
のんびりとした旅路の中、時折表れる魔物の群れに立ち向かう慎太郎。ロレインにいいところを見せたいが為に。
「おうおう、張り切ってるねぇ~~。」
慎太郎の戦いを見守るロレインに近付く理亜の目的とは──
当然の如く行き先の情報など知らない和人と遥、クラリスとの会話はそこから始まる。
「え?伯爵様って女性の方なんですか?」
次第にエキサイトしてゆく遥とクラリス、話に混ざれない和人の視線の先に天恵が降りる。
次回【ガールズトークに混ざれない】
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」」