神々の砦
タイトル詐欺乙
シーロブルト王城料理長レーベンはいつも以上に気合いが入っていた。
今日は遠征から帰ってきた美空が新作の料理を御披露目する日だからだ。今までにも美空が祖国の料理を披露したことがあったが、その度に王城の内外から怒涛の如く客が押し寄せ、深夜まで録に休憩も取れずに働く羽目になった。
おそらく今日もそうなるだろう、レーベンは覚悟と共に調理着に腕を通した。
調理場に入る前に手を洗う。汚い手で料理をするなど有り得ないし、何より心が落ち着くのだ。指先から肘まで念入りに洗っていると、高ぶった気持ちが抑えられ、頭も心も冷静になってゆく。
全身に気合が漲り、頭と心は沈着冷静、万全に調ったレーベンは調理場の扉に手をかけた。
いざ、己の戦場へ───
「臭あぁぁぁっ!?」
開いた扉から爆発するように溢れ出した噎せ返るような重厚な獣臭、それに拍車をかける強烈な脂とニンニクの匂い。
大量に料理の味見をするため軽めにしか朝食を摂っていないレーベンは、それだけで胃もたれしそうになる。
鼻と腹を押さえながらレーベンが調理場に入ると、弱火にかけられた馬鹿デカい寸胴鍋の前で美空が妙ちくりんな道具をいじっていた。
「あ、おはようございます。レーベンさん。」
「おはよう美空。とりあえずこの匂いの説明をしてくれ。それとその妙な道具もだ。」
「あ、これは私の趣味なので気にしないで下さい。でもみんなが集まったらこの機械の説明をします。」
美空はいじっていた道具をまいるーむに仕舞い込み、替わりに別の仰々しい機械を取り出した。
「これは製麺機、設定を変え材料をぶち込むことで、生地の練りから裁断まで様々なパスタ的な物を作る機械です。今日御披露目するのはラーメン!!私の故郷でもまず嫌いな人間などいない、人によってはそれしか食べなくなってしまう中毒性を秘めた料理です!!」
「なんだよ中毒性って!?それちゃんと食っていい物なんだろうな!?」
顔に出やすいレーベンがあからさまな嫌悪を見せるが、美空はまいるーむから試食用の味噌汁サイズのミニラーメンを取り出した。
「私の故郷には百聞は一見にしかずという言葉があります。まずは食べて下さい。」
「あ、ああ………」
レーベンも料理長を任されている人間だ。未知の食べ物を目の前に出されて食べないという手は持っていない。
幾分躊躇しながらもお椀を手に取ると、その立ち上る圧倒的臭気に顔をしかめながらスープをすすった。
「ぬうっ!!?」
爆発的に広がり口内を一気に支配する旨味の奔流。しかし、その激しい流れを多すぎると思われた背油が穏やかに受け止めてくれる。
そして、強めにつけられた醤油の味が、流れに飲み込まれそうなレーベンの進む道をはっきりと導いていた。
「な……何だこれは……」
その圧倒的旨味にたじろぎながらも、レーベンは二又フォークに麺を巻き付けた。
「あ………」
何か言いかけた美空の声を無視してレーベンは麺をスープに浸し直し頬張る。
「ふぐぅっ!!??」
―この麺……強い!!―
パスタの様に潔い歯切れではない歯を押し戻そうとする強靭なコシ、咀嚼を続けるとスープの奥から表れる小麦の味と香り。この麺はスープが無くても十分に美味いだろう。しかしこの圧倒的な旨味に溢れるスープに太刀打ちするには、麺自体もこれだけ美味くなくてはいけないのだ。
「あの、やっぱりこの世界の人達も麺をすすることは出来ないんですか?」
「麺をすする?」
首を傾げるレーベンに美空はジェスチャーをつけて説明する。
「私の世界でも祖国の人達くらいしか上手く出来ないんですけど、持ち上げた麺をすすり上げるんです。」
「随分と無作法だな、そんなことで何か変わるのか?」
「変わりますよ。」
無作法と言われたのが気に入らないのか、美空は不機嫌そうに口を尖らせた。
「すすり上げることで麺の触感を唇で感じ、麺と一緒に持ち上がったスープが口内に広がります、それと同時に香りが鼻まで一気に抜けるんです。私はこれが出来てこそ汁麺料理は完成すると思ってます。」
そう豪語する美空の言葉を受けレーベンは麺をすすろうとするが、いかんせん勝手が解らない。
見かねた美空がアドバイスをする。
「スープをすする要領でお椀の縁に口をつけて下さい、そこに麺を寄せてスープと同じようにすするだけです。」
それに従ったレーベンは勢い良く麺をすすることに成功した。
ずぞぞぞぞぞっ
「んぐうっ!?」
食味に関する様々な感覚が一気に押し寄せる。
レーベンは一振りの武骨な剣を携えた、筋骨隆々とした艶と張のある体躯の剣闘士と向き合ったいた。
圧倒的な旨味の暴力。これは食事では無い、戦いだ。
「ちなみにこのラーメンの完成形がこれです。」
美空はまいるーむからもやしがうず高く盛られたどんぶりを取り出した。
試食をあっという間に食い尽くしたレーベンはそのどんぶりを奪い取ると、取りつかれたかの様に麺をすすり上げる。
幾度となく振り下ろされる剣戟、レーベンは真っ向からそれと打ち合う。
打ち疲れてきたその時、レーベンはもやしのタレがかかっていない部分にフォークを伸ばした。
思惑通りと言わんばかりにニヤニヤする美空の顔を忌まわしく思いながら、レーベンはもやしのシャキシャキした食感とさっぱりした味わいに癒されていた。
「そこでニンニクを絡めて下さい。」
レーベンはい言われるがままにニンニクを絡め麺をすすり上げる。更に過激さを増す味の暴力。
しかしもやしに癒されたレーベンも、ニンニクの辛味と香りによって食欲が呼び覚まされていた。
嵐の様な剣戟を掻い潜り、レーベンは添えられたチャーシューの塊を食い千切る。
塊の肉を喰らうという行為、それは人間が忘れていた野性を呼び覚ます。
煮卵をフォークで割ると、中から黄金色の半熟の卵黄が流れ出で、もやしや麺と絡まりより濃厚な旨味をもたらした。
しかし、これまでスープの味をまろやかにしていた背脂がここで反旗を翻し胃に重くのしかかる。
―重い……苦しい……―
それでもレーベンは食べることを止めなかった。料理人として、不味いわけではない料理を残すわけにはいかなかった。
気が付くと目の前の剣闘士の姿は消え、フェニックスが生まれ出るとの伝説が伝わる霊峰、ダバダが聳え立っていた。
―そうか……本当の敵は俺自身だったのか……―
レーベンは意を決し再び麺をすすり始めた。
何度も諦めそうになりながら、何度も重い胃袋に鞭を打ちながら必死に山頂を目指した。
そして遂にその時が訪れる。
レーベンはどんぶりの底を浚うフォークに何も引っ掛からないことを確認すると、残ったスープを一気に飲み干した。
レーベンは山頂に立った。遂に登頂に成功したのだ。目の前に広がる雄大な景色と、頬を撫でる優しい風が自分を祝福してくれているかの様な幻影の中、レーベンは空のどんぶりをテーブルに置き、はち切れそうな腹を擦った。
「おめでとうございます。登頂成功ですね♪」
「全く……またこんな罪深い物作りやがって……」
謎の達成感に包まれながらレーベンと美空が微笑み会っていると、他の調理員達が調理場へ入ってきた。
「おはようございま臭あぁぁぁっ!?」
「料理長なんスかこの匂い!?」
「またお前か美空!?窓開けやがれ!!」
美空の新作御披露目の日は全員出勤。
レーベンは全員出揃った部下達の顔を見渡すと、不適な笑みを浮かべながら活力漲る体を奮い立たせた。
「お前ら、まずは美空に試食を貰え。今日も忙しくなるぞ!!覚悟しやがれ!!」
──────────
昼時、朝食の時から漂っていた匂いでラーメンだと気付いていた召喚者達が殺到する。一番は意外にも葵だった。
「美空!この匂いあのラーメンなんだよね!?並野菜増し脂ニンニク少なめで早くちょうだい!!」
「見事に中毒をおこしましたね。チャーシューと煮卵は要らないんですか?」
「当然要るわ!!」
注文を終えた葵は調理場から一番近い席に座り、待ちきれないのかずっとそわそわしていた。
その後も召喚者達が立て続けに注文してゆく。
「俺大豚ダブル脂ニンニク辛めで頼むわ。」
「僕は並野菜少なめ脂抜きニンニク増し卵ね。」
「私小豚野菜増し脂ニンニク抜きお願~い。」
そのおかしな言葉を聞いた調理員達が呆然としているので、レーベンが代表して美空に尋ねた。
「おい、さっきからみんななんの呪文をとなえてるんだ?」
「あれは注文をしてるんです。並を基準の300gとして大で100増し、小で100減らし。野菜が基準300で増しで500、少なめで150です。豚でチャーシュー私は極厚切りなので2枚、ダブルで4枚で、辛めで味濃いめです。実際は食券なのでここまで面倒では無いのですけどね。」
その説明の直後の悟の注文。
「特大豚トリプル全マシマシ頼むな!」
「な?なんだいまのは!?」
「麺500チャーシュー6野菜1k脂ニンニク3倍です。まあこんな注文をするのは私達だけですから、一般客は見本と同じ物出せばいいですよ。」
調理場が慌ただしくなってゆく中、遂に真打ちが登場した。
「お?団体一名のお嬢ちゃんじゃないか。さて、あの娘はどんな注文をするのかね?」
レーベンの期待に満ちた視線をよそに、歌鈴は一度美空と目を合わすとそのまま注文をせずに席に着いた。
そして美空は、歌鈴が調理場で団体一名と呼ばれていることはスルーして動き出す。
「おい、あのお嬢ちゃん注文してないぞ?」
「歌鈴さんの注文は以前これを作った時に聞いてるんです。友達のささやかな夢くらい叶えてあげたいじゃないですか。」
そう言って美空は300gの麺を10玉茹で始めた。次にまいるーむからすぺしゃると書かれたタライの様なデカいどんぶりを取り出しお湯を張って温める。呆然と見ていたレーベンは完成したそれを見て、自分が登った山は何だったのだろうと落胆した。
「歌鈴すぺしゃる、魁!!男盛!!全超マシマシのマシマシ、総重量18kgです。」
「どこがささやかなんだよ!?ヴァルハラでも目指す気か!?」
茹でた麺4.5kg野菜4kgチャーシュー塊のまま4kgスープ4kg煮卵20個背脂ごってり。
若い男2人の手で運ばれる神々の砦の如き物体を見送りながら呟く美空に盛大に突っ込むレーベン。
「まああれを食べきれるのは歌鈴さんだけでしょうけどね。」
「おお!今日は次郎か!!久し振りだなぁ!!」
神々の砦とすれ違いながら真琴が嬉しそうな声を響かせた。
「うわぁーーい♪ありがとう美空!!いっただっきまぁーーーす!!!」
はしゃいだ声で礼を言う歌鈴を背後に、真琴はそのままカウンターに肘を置くと、いつも真琴にケンカ売る様な真似をしている美空が見たことが無いような晴れやかな笑顔を美空に向ける。
「渡辺、植野と同じ物を頼む。」
『え゛!?』
その場の全員が驚き歌鈴でさえも動きを止めた。
「え?駄目なのか……?」
いつも隙の無い真琴が子供のような表情で悲しみを露にする。
―か……可愛いいぃぃぃぃぃっ!!!―
普段隙の無い人間が本当に下らない理由で感情を出した時、そのギャップはビクトリープロミネンスの威力を遥かに凌駕する。
「いえ、問題ありませんよ。でも18kgありますけど大丈夫ですか?残したら隊長といえどGUILTYですよ?」
「ああ、大丈夫だ。それとお前の意見が通ったぞ。近いうちに予算と人員が回されるだろう。」
真琴は可決の印が捺された美空の企画書を見せた。クレイグキャニオンを切り広げ、運河にしてしまおうという企画書だ。
大陸の西と東で海に高低差があるため、地球の運河をいくつか参考として図面を添えてあったのが効果的だったらしい。
麺を茹でながら美空は企画書を見直し、感慨深く頷く。
「これが完成すればサークとの流通は益々盛んになりますね。」
「ああ、とても良い案を出してくれたな、渡辺。お手柄だ。」
普段真琴に誉められ慣れて無い美空は、少し照れながら麺の湯切りを始めた。
次第に姿を表してゆく神々の砦を嬉しそうに見つめながら、真琴は何気無く呟く。
「しかし醤油も味噌もまだまだ貴重だというのに豪気な物だな。」
「え……?サークを解放したのにですか?」
盛り付けを終えた美空は錆び付いた様な動きで振り返り、額に汗をだらだらと流しながら真琴に問いかけた。
「この世界に港が幾つあると思ってる?サーク1つでどうにかなるわけ無いだろう?それに醤油と味噌の生産拠点は魔王軍に抑えられているんだ、まだまだ先は長いぞ?」
「ぬ……ぬかったわあぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!!!」
醤油と味噌の流通も再開すると思い込み、サークで集めたそれを殆んど吐き出してしまった美空は頭を抱え崩れ落ちた。
真琴はそんな美空を気にも止めず、若い衆2人から軽々と神々の砦を受け取ると、のんびり味わいながら食べている和人の元へ向かった。
「駿河、隣構わないか?」
振り替えった和人達の目に飛び込んできた下から見上げる|神々の砦、瞬間的に和人達は思った。
―ラピ◯タだ……―
「はい、どうぞ座ってください。」
和人は両手が塞がっている真琴のために椅子を引いてあげた。
「ありがとう、本当にお前は細かい所に気が付くな。」
真琴は腰を下ろしながらテーブルに神々の砦を置いた。
圧倒的存在感
思わず目を奪われる和人に、真琴はどこか含んだ表情で封蝋に印の押されていない手紙を差し出した。
「お前に指名依頼だ。受けるも断るも自由だが、もし受けるなら一班に声をかけてもいいぞ?」
手を合わせて麺をすすり始めた真琴を見た和人は、受け取った手紙をしげしげと見詰めた。
封蝋に印が押されていないということは、真琴が差出人から直接受け取ったということである。
「誰だろ?僕のこと知ってる人なんてそんなにいたかな?」
そう一人ごちながら、和人はめんどくさいから断ろうと思いながら手紙を開いた。
──────────
お元気でしょうか?先日は録にお礼も出来ないまま別れることになってしまい、誠に申し訳なく思っています。
つきましてはあの時のお礼も兼ねて、貴方にお話相手も兼ねた護衛以来をお願いしたいのです。
出発は3日後、行く先はアルトルージュ伯爵領、所要日数は滞在期間も含め10日ほどを予定しております。
恥ずかしながら私には同世代のお友達がおりませんので、是非貴方のお友達もお誘い下さると嬉しいです。
報酬は1人1日金貨1枚を考えておりますが、不服とあらば相談に応じさせて頂きます。
何とぞ、良いお返事を期待しております。
クララ・エリステル
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―断れないヤツだったぁーッ!!―
がっくりとテーブルに突っ伏した和人を、差出人を知っていた真琴はニヤニヤと面白そうに見ていた。
≪次回予告≫
~♪(自分の好きな特撮の~略)
王女からの依頼書という名の召集状を前に迷惑そうな顔をする和人達。
口には出さないが素直で可愛らしいので、実は大のお気に入りにしている和人が困る様を見てにやける真琴。
そして、崩壊を続ける天空の城。
「「「バルス……」」」
お姫様が望むのであれば空を飛び、湖の水を飲み干すのが泥棒ならば、王女からの依頼があればとりあえず依頼を受けるのが勇者達。
慎太郎は共に旅をした1班に参加を募る。
「俺の第六感が告げてるんだ、この旅の先にとても素晴らしい出会いが待っていると!!」
「なら俺はナギを信じる!俺も行くぞ!!」
そして慎太郎達はもう一人、何がなんでも同行してもらおうと思っていた者の元へ───
「で、でも私冒険者資格ありませんよ?」
「頼むよ?何より俺たちが君と一緒にいたいんだ。」
少し困り顔で了承するその人を前にはしゃぐ慎太郎達。
さあ、出掛けよう!ナイフ、ランプ鞄に詰め込んで!!
次回【君も一緒に】
和・遥「「でりゃああぁぁぁぁぁっ!!!!」」