2人の魔道具工房(おもちゃ箱)
二日後、理亜は朝食後からずっと王城の工房に籠っていた。構想中のゴーレムに組み込む魔法陣と、そこに書き込む術式の考察のためだ。
試案に思案を重ね、いくらか考えがまとまると、試してみてはまた思案を重ねてゆく。
以前にも書いた通り、触媒を用いない魔術の発動には少なからず銀がいる。魔術の研究にはとにかく金がかかるのだ。それを少しでも抑えるために、魔術研究者は度重なる思案を巡らせる。
【実に面白い】などとスカした事は言わず、理亜は鬼気迫る表情で膨大な術式と魔法陣を組み上げ、たまに試してみてこれではないと矢継ぎ早に書きなぐってゆく。
その様子は、王城の魔道具師を震え上がらせるには十分過ぎる程であった。
ちなみに魔道具は魔石をエネルギーとして便利な物を作るだけであり、美空と理亜が提唱した魔術工学はそこに科学を融合させた物なので、原理的には随分と違うものである。
言うなれば、水車の力で石臼を回し粉を引くのが魔道具であり、水車の力でタービンを回しそれを電気に変換した上で、望む結果に繋げるのが魔術工学なのだ。
目を血走らせた理亜が、黒砂糖をガリガリと噛み砕きながら頭から湯気を出し始めた頃、眉間にシワを寄せた美空が工房に入って来た。
「あらおはよう。あんたにしては随分と早いわね。どうしたの?そんなに困り顔して。」
時刻10時52分、この部屋には時計がある。実験には時間も大事なので、太陽や月の動き、直径5ミリの穴を開けた5Lの器から純水が流れ切る時間等から算出して二人で作ったのだ。
「おはようございます。合体魔法道具の事です。昨日1日、遥と和人君の期待の込められた視線を浴び続けた訳ですが、一つ面倒な事に気付きまして。」
昨日美空はいつもの四人でロレインの家へ遊びに行っていた。
勢いよく慎太郎に駆け寄り抱きついたロレインを力強く受け止めた慎太郎が、その勢いのまま3、4回くるくる回って微笑み会うという、信じられない物を目にした以外は得に面白いことも無かったので省略する。
理亜は脳を休める良い機会なので、手を止め美空に向き合った。
「何か問題あったの?」
「こだわりの話です。実のところ理亜のスキルは和人君やエイミの様に、集中するだけでも発動しますよね?」
「まあ出来るんじゃない?試したこと無いけど。」
理亜はそれがどうした?という表情で美空を見つめる。
「でも理亜は詠唱してますよね?何でですか?」
「オカ研の私がそこに手を抜くと思ってんの?」
今度は何バカ言ってんだという顔だ。ぶっきらぼうに見られがちな彼女だが、親しい者には割りと愛想が良いのだ。
「それと同じなんです。合体武器には作法があります。それをちゃんと行わないと、あの二人は納得しません。」
「あぁ~~……」
そう、合体武器には作法がある。
レッドの号令、武器を構え五人が立ち並ぶ、合体、レッドの呼び掛け、女性隊員、もしくは全員の応答、レッドの号令、全員による発射の声、レッドの体、または武器を他四人が支え射出。これが一連の流れだ。
「現実でこんなことしてたら相手は体制を立て直してしまいます。」
「ま、当然よね。」
美空は理亜に差し出された黒砂糖を口の中で転がしながらため息を付く。
「何かその一連の流れをすっ飛ばしても、あの二人を納得させる良い案は無いですかね?」
「あんたって天才なんてスキル持ってるくせに、頭固いわよね。」
理亜は机に肘を置き、頬杖をつきながら呆れたように美空を見据える。
「合体させなきゃ良いじゃない。ついでに言えば一連の流れを無視してぶっ放ってもそれを埋める付加価値なんかが欲しいわね。40作品以上もあるならそんなヤツの一つや二つあるんじゃないの?」
その言葉に美空の目から鱗が落ちる。
「ありました……!さすが理亜です!これならバッチリですよ!!」
「あぁあぁあ~~、そりゃよござんしたねえぇえぇ~~、そんで、私のゴーレムはやってもらえるのかしらぁあぁ~~……」
理亜は美空に両肩を捕まれガクガク揺らされながら、為すがままに自分の希望を伝える。
「ああ、すみません。素材は手持ちでは銀でしょうね。では希望の意匠はありますか?」
「うん、それはもう図面に書いてあるわ。」
理亜が昨日書いておいた図面を差し出すと、それを見た美空の目が大きく見開かれる。
「まさか理亜これって……」
「私はゴーレム作るとしか言ってないからね、いきなり出してびっくりさせてやるわ。」
にんまりとしたふてぶてしい笑みを浮かべる理亜に、美空もふてぶてしい笑みを返す。
「でもあんたの方がよっぽど厄介よ?5つの属性を反発させずに融合させるあてなんてあるの?」
「作るものも決まったので問題ありません。そしてそれに一役かってくれる道具も手に入ってますしね。」
そう言って美空はポケットから2つの指輪を取り出した。
「ザイラス達が着けていた指輪です。これには収集と増幅の魔術が付与されています。理亜、解析を頼めますか?」
それを聞いた理亜は口元を吊り上げた。
「良いわね、私の方にも役に立ちそうだわ。」
「それではお互いに作業に入りましょうか。」
美空は理亜に指輪を渡すと、工房の研究用の銀から不純物を抜き始めた。
「あら?自前の銀は使わないの?」
美空ならまいるーむの中に精製済みの銀を持っている筈なので理亜は首をかしげた。
「今まいるーむの中では2000食分のスープを煮込んでいるところなので余計な物は入れてないんですよ。匂い付いちゃいますから。」
「本当に一体どうなってんのよその魔法……」
「今は100L入りの寸胴鍋と魔石コンロが10基並んでるだけですよ。」
美空のまいるーむについては本人以外誰も詳しいことを知らない。
美空の魔力が増えるとキャパシティが増える事と、時間経過のオン・オフが可能という事と、生き物は入らないが自分は入れるという事だけである。
そう、この空間魔法にアイテムボックスとか四次元◯ケットと名付けなかったのは、自分も入れるからなのだ。
なので実のところ、パーティーが全滅しかけても自分だけはそこに逃げ込む事が出来るのだが、友達を見捨てるという選択肢は彼女には存在しない。
「なんなら覗いて見ますか?」
「え!?見れんの!?」
「入らなきゃ覗くくらい出来ると思うんですよね。」
周りの魔道具師からは好奇心の目が集まるが、理亜は1つ懸念があったのでやめることにした。
「別の機会にするわ。なんか一気にこの部屋がトンコツ臭くなりそうだし。」
「それもそうですね。」
完全密室の中、ガンガン強火で煮込まれるおよそ2000食分のトンコツ臭。それが一気に溢れだした時の事を考えると、それだけで胃の弱い者なら吐いてしまうかも知れない。
周りの魔道具師が目に見えて落胆する。
「話変わるけどさ、魔導通信機どうしたのよ?実用試験済んだって聞いてからだいぶ経つわよ?」
「あ、すっかり忘れてました。」
「まったく……それも完成させるわよ。やっぱり通信機器は必要だわ。」
以前和人との暇潰しに使ったあの道具の事だ。美空は和人とラ◯ボーごっこが出来た時点で満足してしまい、その他の荷物の中に埋もれてしまっていたのである。
銀の精製が終わった美空は、理亜が解析中のザイラスの指輪を見た。
「そうですね、ついでだから通信機にもその術式組み込んじゃいましょうか。あれの有効範囲って精々半径5km程度なんですよね。」
「良いわね。|中継機でも作って旅の途中で設置しながら展開できれば世界まで広げられるかしら。」
要はトランシーバーを携帯電話にするだけの話なのだが、2人には当たり前の話でも、周りの魔道具師達にはさっぱり解らなかった。
「この機会に色々便利アイテム作っとこうか?大変だったんでしょ?ペンギン。」
「あれは本当に生きた心地がしませんでした………」
幸いシーロブルト周辺は、ロープレの始まりの町のように弱い魔物ばかりだが、ゲームでは無いこの世界では、いつまたあのペンギンのような存在に出くわすか判らないのだ。
「非常用アイテムは作っとこうよ、こんな面白い世界来たのに私まだまだ死にたくねーわ。」
「そうですね、こんな時は自分で考えるよりもモンハン様に頼りましょう♪」
「OK。簡単に出来そうなのは閃光玉、音爆弾、煙玉、こやし玉……的な何かね。術式は任せといて、構造は頼むわ。」
「その4つはすぐにでも実用品が出来そうですね。忙しくなりますよ~。」
そう言って素材を取りに行こうとした美空の手首を理亜が掴んだ。
「銀の精製済んだなら先に雛形作ってよね。色々細かい調整必要なんだから。」
「ああ、すみません。それじゃちゃちゃっと作っちゃいますか。」
「いや、丁寧に作れよ。」
実際ゴーレムは後回しでもよかったのだが、美空が必要以上にやる気を出している時は、必ず同時にろくでもない事を考えている。
理亜は保険のために複数頼んだゴーレムの雛形の内一体を完成させておくことにしたのだった。
─────────
「とりあえずこんなものですかね。」
数時間後、2人は4つの非常用アイテムの試作品を完成させた。こやし玉だけは2人ともウ◯コなんて持ってなかったし触りたくなかったので、窒素と水素の反応による強烈なアンモニア臭とカプサイシンの粉末を撒き散らす仕様になっている。
「で、どこで試すよ?」
「それはもう決めてます♪」
そう言って振り返った美空の顔は、女でも見惚れる程に素敵な笑顔だった。そしてその顔を見た理亜は確信する。
―ああ、思った通りだ。コイツ絶対ろくでもない事考えてやがる。―
付き合いの深い者だからこそ判る美空の表情、できたてのアイテムを抱え、今にもスキップしそうな軽い足取りの美空の後をしぶしぶと重い足取りで付き従う理亜。
自分達が作ったアイテムの効果をその目で見て確かめたいと歩いていた理亜だが、次第に美空がどこに向かっているのかを察してその肩を乱暴に掴んだ。
「考え直せ、死ぬ気か?」
そう言った理亜は引き吊った笑いを浮かべており、既に背中には冷や汗が流れていた。
間違いなく美空が目指しているのは練兵場だ。そしてこの時間は真琴が兵士達に訓練をつけている頃である。
「だってせっかくのアイテムも強い相手に効果が無かったら意味無いじゃないですかぁ?だからこの辺で一番強い相手にぶん投げに行くんですよぉ♪」
美空の顔は既にガンギマリしていた。どうやら妄想だけでドーパミンやらエンドルフィンやら垂れ流しまくっているらしい。
「頼むからやめて!?勘でしかないけど多分あれには効かないから!!」
「理亜らしくも無いですね?やってみなくちゃわかりませんよぉ。」
「そんなこと言ってあんた面白がってるだけでしょ!?」
「あれ?判っちゃいます?」
「当然よ!!あんたがやろうとしてるのは行きずりの男と一発キメるのと同じだ!!一瞬気持ち良くても絶対後悔するぞ!!」
「え!?理亜そんな経験あるんですか!?」
「いや!無えけどさ!?」
理亜は嬉々として滅びに向かい全力行軍する友人を頑張って説得していたが、その思い空しく不毛なやり取りをしている間に練兵場に到着してしまった。
予想通り人1人担ぎフルプレートアーマーを身に付けた真琴が、兵士を引き連れて整理運動代わりの持久走をしていた。
それを見た美空の表情が一瞬だけ素に戻る。
―マジで効かないかも……―
しかし迸る脳内麻薬がその一抹の不安を吹き飛ばす。
―構わん!撃てえぇぇぇェェェェェェッ!!!―
「おりゃあああぁぁぁァァァァァっ!!!」
心の中の宇宙戦艦艦長の砲撃命令を信じ、美空は惑星を巻き込む覚悟で真琴に向かい全力で音爆弾を投擲した。
「ん?」
バァァァーーーーン!!!!!
真琴がその飛来物に気付いた瞬間、高密度に圧縮された火魔法と水魔法が混じり合い水蒸気爆発を起こした。
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
『ギャアァァァァァァァァァッ!!!!!!』
突如響いた爆音に耳を押さえて悲鳴を上げる真琴と衛兵達。美空は鼓膜を破るレベルにしたかったのだが、それでは味方にも被害が出るので理亜はその手前で調整した。
多分、おそらく、絶対とは言い切れないが鼓膜が破れる事はないだろう、と思いたい。
「次ィ!!!」
美空再びの全力投擲、耳を押さえ悶える真琴の前に今度は閃光玉が躍り出た。
美空によって精製された大量のマグネシウムが3秒もの時間をかけて発光する。
カッ!!!!!
「があぁぁぁ!?目が!?目があぁぁぁっ!?!?!?」
ム◯カ様の様に顔を覆い悶える真琴を見て美空はほくそ笑む。
「ああ、これが見たかったんですよ!!見てください理亜、ヒトがゴミの様だ!!」
「それ言うのあっちじゃない?まあ先生に効くなら成功かしら。でも目と耳潰したらこやし玉と煙玉は使えないわね。」
やってしまった以上、理亜は冷静に分析していた。しかしその時、理亜の不安が現実となる。
「渡辺えぇぇぇっ!!また貴様かあぁぁぁっ!!!」
目も耳も利かない筈の真琴が真っ直ぐ2人に向かって走ってきた。
「そんな!?なんでこっちが解るんですか!?」
「やっぱりこうなったか……頼むから動いてよ?ファルコンブレイド!!」
理亜は仮調整していたゴーレムの雛形に魔力を込めて投げた。雛形は周囲の魔素や砂を取り込んで翼長4m程のハヤブサの姿を形成する。
それに乗って逃げようとする理亜の腰に美空がしがみついた。
「理亜ッ!?裏切るんですかッ!?」
「人聞きの悪いこと言うな!!私は何度も止めただろっ!!」
理亜はすがり付く美空の顔面にこやし玉を叩き付けた。
「ギャアァァァァァァァァァッ!?目が!?目があぁぁぁっ!?!?!?」
顔を覆い転げ回る美空を尻目にファルコンブレイドは空へ飛び立った。置き土産とばかりにばら蒔いた煙玉が練兵場全体を被う中、美空の断末魔が響き渡る。
「危なかった……でもこやし玉と煙玉もOKかしらね。さすがにこの子はまだ調整が必要か……」
まだまだ安定性の悪いファルコンブレイドの背中で理亜がほっと息をついた時だった。
「神戸、応答しろ……」
不意に聞こえる真琴の声、先程まで腰に感じなかった違和感、理亜は恐る恐るポケットに手を伸ばす。出てきた物は美空が腰にしがみついた時に執念でねじ込んだ魔道通信機。
「神戸です、オーバー……」
「渡辺は暫くは話すことが出来ない。お前には説明の義務がある、至急練兵場に戻れ。」
「ラジャー……」
理亜は通信の切れた魔道通信機を見詰める。
実のところ美空を魔法で眠らせるて止める事も出来た、それをしなかったのは理亜も少し面白そうと思っていたからだ。
真琴はきっとその隠していた事実を見抜くだろう、理亜は空を見上げ呟いた。
「ベイカーチームは全滅です……」
≪次回予告≫
~♪(好きな特撮の以下略)
「おはよう美空。とりあえずこの匂いの説明をしてくれるか?」
美空の新作料理御披露目の日は全員出勤。
弟子達よりもいち早く出勤したレーベンは、調理場の扉を開けると共に猛烈な臭気に包まれた。
試食と差し出された料理を食べたレーベンは、その器の中に人生を垣間見る。
「覚悟しやがれ!!今日も忙しくなるぞ!!」
レーベンが部下達を叱咤する声が響いた食堂に、匂いを嗅ぎ付けた召喚者達が殺到する。
「美空!!この匂いあのラーメンなんだよね!?」
次々に謎の呪文が飛び交う中、訪れた真琴にもたらされた良い話と悪い話にくるくると顔色を変える美空。
「ぬ、ぬかったわあぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!!!」
そして真琴は和人に一通の手紙を差し出す。
封蝋に印の捺されていないその手紙は、どこかゆるい異世界生活を送っていた和人達を、ゆっくりと辛く悲しい道へと誘う切欠だったのかもしれない。
次回【神々の砦】
―断れないヤツだったぁーッ!!―