VS 死霊術師ザイラス!!
急流に身を揉まれる中、和人は必死に思考を巡らせた。そしてクレイグキャニオンで釣りをしていた時、理亜がやっていた水の流れの操作を思い出す。
和人は大きく一度水面から顔を出し呼吸を溜めると、心を静めてイメージに集中した。
和人の周りだけ水の流れが穏やかになり、和人の体がゆっくりと岸に近付き岩に手をかける事に成功する。
岩にしがみついた和人は落ち着いて息を整えると、岸壁に土魔法で階段を作り、やっとの事で川から這い上がった。
「はあ…はあ…だいぶ流されちゃったな……」
一刻も早く追いかけたいが、和人は少しだけ座り込んで体を休ませた。
「ねえスルト、みんなのいる方向は解る?」
幾分体力が戻ったところで和人は立ち上がる。
―左30度の方角にある岩山の麓だ…少し急いだ方がいい…交戦中だ……―
「え!?何で言ってくれなかったのさ!?」
和人はすぐにその方向へ走り出した。
―今…体を休めたお前の判断は…正しかった…あのまますぐに走っても…一時もせずにお前は倒れただろう……―
「本当に正論ばかり言う魔王だよね!?」
―性分だ…慣れよ……―
そんなスルトの言葉通り、和人は途中でバテて何度か歩きを挟みつつ懸命に走った。
情けないとか思わないでやってほしい。結構な距離があったんだから。
そして岩山が近くなった時、和人はおかしいことに気が付いた。
スルトが交戦中と言ったにも関わらず、戦闘音が少なすぎたからだ。
和人は逸る気持ちを抑え、岩影から場を覗き込む。
―あれはガイラス?ならば隣にいるのが美空の言ってたザイラスか。慎太郎達がなんか固められてる!?あれ?遥は!?―
―落ち着け…丁度この岩山の裏だ…しかし…かなり追い詰められているぞ……―
―焦ったぁ……慎太郎達はまだ生きてるよね?―
―ああ…かなり弱ってはいるがな……―
―良かった、それじゃ助けようか!!―
和人は懐から魔笛を取り出し唇に当て、北欧をイメージして作った曲を奏で始めた。
炎に包まれた和人が岩山の頂に飛び乗ったところで炎が消え、漆黒の鎧が姿を表す。
―小僧…なぜ登った?…―
―ヒーローは登場も大事!!―
―仲間が窮地にあると云うのに…随分と余裕だな……―
―実際余裕でしょ?スルトの力なら。―
―当然だ…あの程度の者に遅れをとるなら…それはお前の問題だ……―
──────────
荒野に美しい笛の音が響き渡った……
神秘的ながらも、どこか寂しげなその音色は、その場にいる全ての者達の心を強烈に惹き付けた。
「なんですか?この笛の音は?」
「ザイラス、あそこだ!!」
ガイラスが指差したその先、遥達の背後の岩山の頂、太陽を背に立つ一人の人影。
漆黒の鎧と逆光によってその全体を認識することは難しいが、風にたなびく紅蓮のマントが、まるで太陽から零れ落ちた炎のように見えた。
「ハッ!」
飛び上がったその人物は、身伸で宙返りをし頼雅の前に降り立つと、一瞬で交戦中だったゴーレムとスケルトンを打ち砕いた。
「黒騎士様……本当に…本当に来てくれた!!」
その頼もしい背中を見た遥は、嬉しさと安堵によって腰が抜け、涙でくしゃくしゃな笑顔でへたり込んだ。
「よく頑張ったね、ここからは私が引き受けよう。君は休んでいるといい。」
肩越しにそう言われた頼雅は、その言葉に従うと言うよりも、突如現れた黒騎士に呆気にとられ動けずにいた。
「なんだ貴様、何者だ!?」
「不愉快ですね……邪魔をしないで貰えますか?それともあなたもサンプルにして貰いたいのですか?」
黒騎士は一歩踏み出しガイラスとザイラスを指差した。
「貴様らに名乗る名など無い!そして邪魔をしているのは貴様達の方だろう。遠く異世界より召喚され、縁もゆかりも無いこの世界の為に戦おうと云う、心優しき若者達の進む道を!!」
黒騎士の放った言葉にザイラスは眉を寄せる。
「それがどうしたと言うのです?私の不死の研究が完成すれば、世界が滅びようとも生きてゆけるのです。その方々には高尚な研究のサンプルになって頂くのですからとても名誉な事なのですよ?」
狂ったようなザイラスの言葉に、黒騎士は首を横に振りながら答えた。
「下らないな……死と言う終わりがあるからこそ、人々は明日を信じて懸命に毎日を生き、その命を輝かせる事が出来るのだ。終わり無き生など、永遠に終わり無き拷問と何も変わりはしない!!」
黒騎士の言葉に、今まで人を食った顔をしていたザイラスが怒りを見せた。
「下らないですか……これだから私の崇高な研究を理解できない馬鹿共は嫌なんです……いいでしょう!そんなに死がお好きなら、この僕からあなたにプレゼントしてあげますよ!!」
ザイラスの言葉と共に、辺り一面から一斉に百を超えるアンデッドとゴーレムが這い出して来た!!
─────
―小僧…今日は相手が生物でも…屋内や森でもない…全力でやってみよ…お前もその力の全力を知りたいだろう?……―
―そうだね、やってみるよ。―
─────
黒騎士は一瞬でゴーレムとの距離を詰めると凪ぎ払うような蹴りを放った。
そしてその蹴りに巻き込まれたゴーレムとアンデッド五体が跡形もなく消滅し、その余波によって更に七体のゴーレム達が崩れ落ちた。
「なっ!?」
目を見開き驚愕するザイラスを余所に、黒騎士は一体のスケルトンに向かって拳を振り抜く。
直撃を受けたスケルトンは消滅し、その余波によって近くにいたスケルトンとゴーレムが崩れ落ちた。
「ハッ!ハッ!セイヤァッ!!」
回し蹴り、後ろ回し蹴り、回し蹴り!!
黒騎士は瞬く間に30体の魔物を消滅させた。
呆然と見ていた頼雅は、自分達の周りの魔物が一掃され、既に安全圏にいることに気が付いた。
「なんだあの人……強すぎるだろ……」
「まるで本物のヒーローみたいデス……」
「もしかして遥、あの人なの?」
驚きの声で尋ねる理亜に、遥は安心しきった声で答えた。
「そうだよ……あの人が私をゴブリンロードから助けてくれた人……」
すっかり恋する乙女の目になった遥の視線の先、黒騎士は大地を蹴り矢のような飛び蹴りを放つ!
「ハアァァァァアッ!!」
軌道上の魔物10体が消滅し、その余波で更に8体の魔物が崩れる!!
動けないまでもその戦いを見ていた慎太郎達は少しずつ希望を取り戻し始めていた。
「凄い……強い!」
「なにあの人、カッコいい!!」
女子達は心を奪われた。
たった一人、大群に立ち向かう黒騎士の勇姿に。
男子達は心を奮わせた。
たった一人、この劣勢を覆してゆく黒騎士の強さに。
そして皆が思い出した!!
幼い頃テレビの前で手に汗を握り締め、ワクワクドキドキしながらヒーローの活躍を応援していたあの頃の気持ちを!!
「黒騎士様ぁぁぁっ!!頑張ってぇぇぇっ!!!」
「頑張れっ!!頑張れぇぇぇっ!!!」
「よっしゃあぁぁぁっ!!やっちまえぇぇぇっ!!!」
「そこだぁぁぁぁっ!!いけぇぇぇぇっ!!!」
「お願イッ!!負けナイデェェェェッ!!!」
気が付けば慎太郎達は、喉も裂けんばかりの大声で黒騎士を応援していた。
─────
和人は感激にうち震えていた。
インドア派のオタク少年は大勢の人間から応援されるなど、当然の事ながら初めてだったからだ。
慎太郎達の応援一つ一つが和人の胸の奥深くまで染み渡り、その心を熱くさせてゆく……
―ありがとう、みんな……僕は頑張るよ。みんなの応援があれば、僕はどこまでも戦えるっ!!―
和人の視界の中で魂のボルテージが急上昇を始める!!
そして一気にMAXを振り切ると、激しい輝きと共に砕け散った!!
魂のボルテージ限界突破!!
仲間達からの熱い声援が、戦士の内に秘められた新たな力を呼び覚ますッ!!
特殊技:魔狼の咆哮解放!!
魔狼の咆哮 味方にかけられた全ての状態異常を打ち消し、強大な敵にも立ち向かう勇気を与える。敵対する者には状態異常、恐怖を与える。
─────
黒騎士の金色の双眸が熱を帯びたかのように光が宿り、固く拳を握り締めた腕を顔の前で交差させる。
「ヌゥゥゥゥゥォォォォォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
そしてこじ開けるかのように力強く、大きく腕を開き、天に向かって激しく吼えた!!
それは神殺しの魔狼の雄叫び!!
雷鳴の如きその声は大地を揺るがし大気を震わせ、雲を散らし天を貫いた!!
「クッ……!?」
「ヒィッ……!?」
ザイラスとガイラスの顔が恐怖に染まる。
心なき筈の偽りの命達が一斉に恐れおののき始める!!
それと同時に慎太郎達を蝕んでいたゴーレムが音をたてて砕け散った!
「やった!動けるぞ!!」
「一事はどうなるかと思ったぜ……」
「アペェ……?」
体の動きを確かめる慎太郎達と共に、おかしな声をあげながら覚醒した美空がよだれを垂らしながら周りを見回している。
「今よエイミ!みんなに回復を!!」
「まかセテ下サイ!妖精の祝福!!」
この時を待っていた遥の指示で、エイミが慎太郎達に範囲回復魔法をかけ、ゴーレムに奪われた体力を回復させる。
「よくもやってくれやがったなテメェら……」
「なんか物凄い勇気が湧いてくる……今なら負ける気がしないわ!!」
「受けた仇は10倍返しです!!」
「反撃だ!!俺達も戦うぞ!!」
『オオオオォォォォォッ!!!』
自由を取り戻した慎太郎達が戦いに加わり、形勢は完全に逆転した。
「くそっ!兄上!!」
「解ってる!!」
ザイラスとガイラスが呪文の詠唱を始め、再び大地からアンデッドとゴーレムが這い出し始めた。
─────
―小僧…奴等の手を見よ……―
スルトに言われ和人がザイラス達の手を注視すると、怪しい輝きを放つ指輪が嵌められている事に気が付いた。
―あの指輪…収集と増幅の術が付与されている…ゴーレムやアンデッドが食らった魔力を…あの指輪で集め増幅しているのだ…あれを破壊すれば…増殖は止まる筈だ……―
―解った、ありがとうスルト!!―
─────
黒騎士は指を開き爪を立てると、大きくその両腕を振るった。
「根喰いの牙!ハアッ!!」
解き放たれた双頭の邪龍の牙が、詠唱に集中していたザイラス達に襲いかかる!!
「ぐおおおおっ!?」
「ぎゃあああっ!?」
手首を食い千切られた激痛を、その腕を抱き締めるようにして耐えるザイラスに対し、痛みに耐えきれず悶え転げるガイラス。
その二人に対し指を突き付け黒騎士は言い放った。
「大勢は決した!大人しく投降し、贖罪に努めるんだ!!」
ザイラスは痛む左手を抱き締めながら、うつ向いて奥歯が砕ける程噛み締めた。
「ふざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんなっ!!何なんだよてめえは!?もう少しんところでしゃしゃり出てきて邪魔しやがって!!許さねえ!!絶対許さねえ!!」
先程とはうって変わって口汚く叫んだザイラスは、目を血走らせながら腰のナイフを抜き放つと、悶え苦しんでいるガイラスの背中に突き刺した!
「グハッ!?ザイ…ラス……!?」
ザイラスはそのままガイラスの心臓を抉り出すと、続けて自分の胸をナイフで貫いた!
「牢獄なんて入って堪るか!あんな所にまた入るなら死んだ方がマシだ!だがお前も道連れにしてやる!この命を贄としても絶対にぶっ殺してやる!!ククククク……アーーーッハハハハハハッ………」
ザイラスは自分とガイラスの命を触媒にし外法の魔術を使ったようだ。
ザイラスの足元から大量のゾンビとゴーレムが沸きだし、ガイラスの骸とザイラスに纏わり付いてその体を飲み込んでゆく。
そして死肉はぐちゃりぐちゃりと気持ちの悪い音をたて一つになり、石の鎧を身に纏い、四本の腕に石の棍棒を携えた、6mを超える巨大なアンデッドに姿を変えた。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
既に理性など失われているであろうその姿に、黒騎士は悲し気に首を振って対峙した。
「ルオオオオオオオオオッ!!」
アンデッドザイラスが大振りに振り下ろした棍棒を黒騎士はひらりとかわす。
棍棒が叩き付けられた大地は弾け飛び、小さなクレーターを生む。当たれば一溜りも無いであろうその攻撃を、アンデッドザイラスはただ闇雲に振り回し続ける。
そして黒騎士はその攻撃を舞を舞うかのようにひらりひらりとかわし続ける。
「セアッ!」
黒騎士は振り下ろされたその右腕を風車蹴りで蹴り砕く!そして飛び上がり、いま振り下ろさんとしていた左腕をローリングソバットで蹴り砕く!
着地した黒騎士にアンデッドザイラスは二本の腕を同時に振り下ろす!!
「フンッ!」
黒騎士はその両腕を真正面から両の手で受け止めた。そして右手で受け止めた腕の肘を回し蹴りで蹴り砕く!
「うおおおおおおおっ!!」
黒騎士は最後の腕を両手で掴み、大きく振り回し始めた。
アンデッドザイラスの巨体が浮き上がり、竜巻のように回転し始める。
「でやあっ!!」
十分に勢い付いたところで黒騎士はアンデッドザイラスを空に投げ放った。
そして自らもそれを追うように跳び上がる。
「オオオオオオオオ……」
空中で完全に死に体となり無様にもがくアンデッドザイラスを追い越し、黒騎士の体が太陽に吸い込まれてゆく。
「獄炎の剣!!!」
黒騎士の声が轟き渡り、太陽の欠片が落ちて来る───否!それは黒騎士が姿を変えた炎の剣!!
「ハァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!」
流星の如き一撃がアンデッドザイラスの体を貫いた!!!
「ルオオオオオオオオオォォォォォォッ!!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
断末魔の叫びを上げ、アンデッドザイラスは空に爆散した。
慎太郎達が大歓声を上げる中、黒騎士はゆっくりと立ち上がる。
そして爆風にたなびくマントを振り払うと、ただ静かに天を仰いだ。
その姿は、たとえ咎人といえど、人の命を殺めるしか無かった事を嘆いているかの様だった。
─────
以前戦った人狼はまだ魔物と思うことが出来た。しかし今回は完全に人間だった。
和人は初めて人を殺した罪悪感に苛まれる
―小僧…気にするな…あ奴等は既に死んでいた…それにいずれ…お前は魔族と戦う事になる…人を殺すのは…早いか遅いかの問題だ……―
―うん……そうかもね……―
─────
「黒騎士様!!」
嬉しそうな声を上げながら駆け寄る遥に、天を仰いでいた黒騎士は優しげな声を返す。
「やあ、また会ったね。大丈夫だったかい?」
「あ、あの!ありがとうございました!!あの…えっと……」
あれ程話したかった事が沢山あった筈なのに、憧れの人を目の前にした遥は全てが飛んでしまい、ただひたすらもじもじしている。
「先日は申し訳なかった、君が起きるまで付いていてあげられなくて……」
「いえ!そんなことありません!私の方こそちゃんとお礼も出来なくて……」
お礼を言いたかった相手がふいに頭を下げてきたので、遥はあわてて大声を上げた。
「その声……サークで歌っていたのは君だったんだね?とても素敵な歌だった、おかげで心が癒されたよ。」
「そんな……私こそ、ありがとうございます……」
歌声を誉められたことと、その歌がしっかりと届いていたことに嬉しくなり、遥は頬を染めてうつ向いた。
そして再び自分の纏ったマントが目に入る。
「そうだ!これお返しします。今までありが……」
そう言いながらマントを脱ごうとした遥の手に、黒騎士の手が添えられ止められた。
遥の顔が更に赤くなり、胸の高鳴りが激しくなる。
「良ければそれはそのまま君が使って欲しい、素敵な歌のお礼にね。見ての通り私は同じ物を持っているし、それに──」
遥はゆっくりと黒騎士の顔を見上げた。
「君に良く似合っているよ。」
その一言で遥の思考がショートした。
爆発寸前のような赤い顔で、完全に停止した。
黒騎士はくすりと笑ったような素振りを見せると、慎太郎達に向き直った。
「初めまして、君達が異世界から来た勇者達だね?噂は聞いているよ。」
「あ、はい。助けて貰ってありがとうございました。」
遥に遠慮するように見ていた慎太郎達は、そこでやっと口々にお礼を述べた。
「少し気持ち悪いかも知れないが、これは君達が貰ってくれないか?残った魔力が討伐証明になる。」
そう言って黒騎士はザイラスとガイラスの手首を差し出した。
「えっ!?でもこれ金貨120枚……!!??」
いきなり大金になるものを軽く手渡された慎太郎は狼狽えるが、黒騎士は意にも介さず口笛を吹いた。
何処からともなく見事な体躯の赤毛の馬が現れ、黒騎士に寄り添った。
「私には必要ないからね、君達の旅も物入りだろう?要らないなら困っている人や町に使って欲しい。」
そう言って黒騎士はひらりと馬に飛び乗った。
「ああ、済まない、忘れるところだった。」
黒騎士はいまだ硬直している遥の前に馬を進めた。
「次に会ったら名乗る約束だったね。私の名はイオ、そう覚えておいて欲しい。」
「私遥です!!あ、あの!また会えますよね!?」
「ああ、きっとね?」
そう言ってイオは、額に指を二本当て軽く降ると、王都方面へ向かって馬を走らせて行った。
遥はその遠くなってゆくイオの背中を、いつまでも見送り続けていた。
今まで5000字前後でまとめようという縛りでやって来ましたが、もう無理するのは止めようと決めました。
自分的にも読む側にも、何も特がないと自分で読み返してそう思ったので。
これから長かったり短かったり、学校の怪談のように途中で切れたりするかも知れません。
解りやすく言うと、バトルパートは長かったり、繋ぎの話は短かったりしますが御容赦下さい。