港町サーク 物凄く見てる!!
漁に出ていた船が意気揚々と帰って来る。
威勢の良い男達が魚が一杯に詰まった箱を次々と下ろしてゆく。
下ろされた魚はこの街で消費される物、魔法により冷凍され遠方へ出荷される物、加工される物と仕え分けされる。
そして加工用の魚を受け取った女達は笑顔で捌いてゆく。
遥と人魚達が壮大なステージを披露した当日から、サークの港は連日大漁続きだ。
当の遥は港の片隅にある岩場で、町の子供達と人魚に囲まれながら歌っている。
遥の歌うゴー○イジャーのテーマを心地よく聞きながら、和人と慎太郎はサークの港を散歩していた。
「平和だねぇ……」
「ああ、この平和に俺達の力が関わる事ができたって考えると、やっぱり誇らしい物があるよな。」
道行く人達が二人に気が付くと笑顔を向けてくる。
沖の魔物を倒し、聖獣人魚を呼んだ聖女の仲間達として、和人達はちょっとした英雄扱いだ。
あてもなくぶらぶら歩き、見えてきた砂浜には羽を休めている渡りペンギン達がぼへーっとしている。
その中心で、葵が汗だくになりながら子ペンギンを抱き締めて頬擦りしていた。
その姿を見た二人はつい吹き出してしまった。
「よっぽど好きなんだな。」
「うん、でも凄く似合ってるよね。」
二人は暫くの間、その微笑ましい光景を遠目に見ていた。
「そろそろ帰るか……王都に。」
「そうだね……慎太郎もいい加減ロレインさんに会いたいだろうしね?」
和人は少しだけ意地の悪い返しをしたが、慎太郎はそれを真っ向から受け止め、逆にのろけで返した。
「ああ、俺の会いたいゲージはもう振り切れる寸前だよ。これから会うロレインは、おそらく世界中のどんな花や宝石よりも美しい筈さ。」
思わぬ返しにあった和人は目を丸くした後に苦笑した。
「本当、そう言うことがすらっと言えるから慎太郎ぅて凄いよ。」
「何なら真似てもいいんだぞ?」
したり顔を浮かべる慎太郎に和人は困った顔を返した。
「僕には出来そうにないよ。それに、それが通じる相手でも無いしね。」
「それもそうか。」
二人は大声で笑った。
「それじゃ明日の朝にこの町を出ることにしよう、そこの変態二人もそれで良いか?」
「「ご馳走さまでした。」」
ずっと二人の後を付きまとい、時には港の逞しい男達に目を向け、妄想の限りを尽くしていたエイミとゆかりが手を合わせた。
その時、突如港から甲高い警鐘がけたたましく響く。和人達は顔を見合わせると港に向かって走り始めた。
港では丁度担架に乗せられた男が二人降ろされているところだった。一人は右肩の肉が、もう一人は右太腿の肉が何かに食い千切られた様に抉り取られ、おびただしい程の血がどくどくと溢れ出している。
「大変だ!!」
「私達に任せて下サイ!!」
咄嗟に和人とエイミが男達に駆け寄り回復魔法をかけ始める。
男達の血が止まり、傷口が塞がり、呼吸が安定してゆく。しかし、抉り取られた肉が戻る事はなかった。
和人とエイミは心から歯噛みした。
「すみません……僕らの力が足りないばかりに……」
「いや、あのままでは血を失って死んでたかもしれん。感謝こそすれ、責める気はないよ。ありがとう。」
怪我人の乗っていた船の船長が和人達に頭を下げる。
「しかし何があったんですか?一昨日俺達が海に出た時は危険な魔物はいなかった筈ですが?」
「トビザメの群れだよ。豊富な餌場を求めて回遊してきたんだろう。」
慎太郎の問に船長は苦い顔で答える。
「トビザメ?」
「その名の通り海上を飛ぶサメさ。体長2m位で翼のようなヒレがあり、40匹位の群れで行動する。最大飛行距離は200mにもなるって話だ。」
和人達は額を押さえ、全員同じ一人の女を思い浮かべていた。
空飛ぶサメの群れ、そんなB級サメ映画のような存在に大喜びするに違いないアイツを。
「俺達に任せて下さい、そのサメの群れは必ず討伐します。」
───────────
「そんな素晴らしいサメがいるんですか!?ぜひ行きましょう今行きましょうすぐ行きましょう!!!」
案の定、話を聞いた美空は喜色満面の顔で興奮しまくっている。
「とりあえず落ち着け!ナギ、頼むぞ。」
「あいよ。」
今にも飛び出しそうな美空の襟首を掴み、慎太郎は人選を始める。
凪晴は絶対に必要なメンバーだ、そしていつもの四人。
「私は船酔いするからパスね。」
「すみまセン、私も船酔いしやスイのでパスしマス。」
「エイミが行かないなら私も残るわ。」
理亜、エイミ、ゆかりが辞退を申し出る。歌鈴は食べ歩きに出ていて、葵はペンギンに夢中でこの事態に気付いていなかった。
「ああ、構わない。今回男手の方が重要だ。みんな良いな?」
『おう!』
むさ苦しい野郎達に囲まれ決意を固める和人を見て、エイミがステキな笑顔で鼻血を垂らした。この旅の終わる頃、残念美少女ランキングは変わっているかも知れない。
──────────
凪晴が舵を取る船に揺られ目的の海域を目指す和人達。
「さあ!!遂にコレの出番ですね!!」
美空が鼻息荒くまいるーむから甲板にぶちまけた物、それは───
『何でチェーンソー???』
大量の大小様々なチェーンソーの数々。
「これが最もサメに有効な武器だからです!ましてや空飛ぶサメならコレ以外考えられません!!」
『聞いたこと無えよ!!!』
いつぞやの会話が繰り返される。
「まあ細かい事はいいじゃないか。」
「そうそう、殺傷力は解ってるんだし。」
「そもそも美空を理解しようとするのが間違ってんのよ。」
慎太郎、和人、遥はそれぞれ自分の手に馴染むチェーンソーを探し始めた。
釈然としないまま野郎達はチェーンソーを手に取り始めたが、この旅が始まってからほとんどその存在を感じさせなかった龍馬が手を挙げた。
「なあ美空、俺かなり使える武器制限されんだけどそれ大丈夫か?」
「そういやそうだな、形で言えばこれ剣だろ?俺の武器槍だぜ?」
悟がそれに同調したが、美空は力強く胸の前で拳を握り締めた。
「大丈夫です!!これは大工道具!!子供から大人までお手軽に武器にもできるだけの大工道具です!!」
「「えらく雑な認識だなオイ!?」」
「ついたぞー。」
凪晴の間延びした声を聞いた美空は、海に向かってまいるーむから豚野郎の血をぶちまけ始めた。
「いいから使って下さい!!構える!廻す!ぶった切る!それだけです!!さあ、いきますよ!!!」
美空邪悪な笑みを浮かべて海に向かいチェーンソーを構えた。
それに応えるかのように、一匹のトビザメが水飛沫をあげて水飛沫美空に喰らいかかる!
「おりゃああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ヂュイイイイィィィィィィィィィィイィィィッ
ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチッ
生々しい湿った音を音をたててトビザメは真っ二つに切り裂かれた!
「ほらこの通り!ちなみに私の適性武器は片手剣、ナイフ、杖です!!」
真っ赤な血を浴びた美空は大型のチェーンソーを肩に担ぎ、悟と龍馬をしたり顔で見据えた。
その三○亭○楽のような顔にイラッときた二人は、煽られるように大型のチェーンソーを手に取る。
「面白れぇ!やったろうじゃねえか!!」
「俺が一番ぶった切ってやる!!」
熱くなった悟の眼の目の前て水飛沫が上がった。
「うおおおおぉぉぉぉぉッ!」
「クエェェェェェェェェェッ!」
しかしそれはトビザメに追われ逃げ場を求めた渡りペンギン。
「気を付けて下さい!!ペンギンさん切ったら葵さんに物凄く嫌われますよ!!!!」
悟のチェーンソーがあり得ない軌道を描いてペンギンから外れた。
悟と英一は葵に気があるので当然だが、このチームの良心的存在であり、料理の上手い葵に嫌われる事は他の男達も避けたいところだった。
そんな中、心優しい元ヤンはナチュラルにペンギンを回避しながら二匹目のトビザメをぶった切る。
「ヤベエ……スッゲエ気持ちいいぞコレ……」
真っ赤な血を浴びた残忍な笑顔は子供が見たら夢に出そうだ。
「サメは新鮮なうちに適切な処理をすればお刺身でも食べれます!それに何よりこのデカいフカヒレ!!今夜はお祭りですよ!!」
美空も二匹目のトビザメをぶった切り、その半身から翼のようなヒレを持ち上げてヨダレを巻き散らしながら叫んだ。
『フカヒレ!?』
突然飛び出した高級食材の名に男達が色めき立つ。みんな15、6歳の子供なのだ、もちろんちゃんとした物は誰も食べたことが無い。
食欲に満ちた視線がその歌鈴の身長と同じ位のデカいフカヒレに注がれる。
そして美空は悟と英一に近寄ると小さな声で呟いた。
「フカヒレってコラーゲンの塊なんですよねぇ……コラーゲン……なんとも女子力に響く言葉だと思いませんか……?」
「狩り尽くすぞ英一!!」
「おう!町の平和のためにも一匹残らずな!!」
燃え上がる二人の間を通り抜け、美空は遥の隣に立った。
「あんた本当に黒いわね……」
「やる気があるのは良いことです。」
そんなやり取りがあったことなど露知らず、一度サメをチェーンソーでぶった切った者はその快感に魅了され、時には人を押し退け、時には合体技の様に協力し、フ○ン・シェ○ードも真っ青な勢いでトビザメをぶった切った。
「もう大分片付きましたかねぇ。」
和人と遥によって処理された山のように積まれたサメを見上げ、美空は満足そうに血と汗を拭う。
その時、頼雅が遠くから飛来するトビザメの背中に乗る極彩色の物体を発見した。
「何だあれ……イワトビペンギンか?」
「え?イワトビ……?」
美空は双眼鏡を取り出し覗き込む。
「そんな……嘘……」
双眼鏡でそれを確認する美空は小刻みに震え始め、その表情が絶望に染まってゆく。
「ナギ君!すぐ船を出して!!遥!ゴー○イジャー!!風魔法が使える人は全員全力で帆に風を送って!!」
いつになく余裕の無い美空を見て慎太郎と頼雅が顔を見合わせた。
「どうした美空、とりあえず落ちつけよ?」
「落ち着いていられるか!!あれは賞金首ジャック・ザ・クリッパー!!今まで二百人以上殺してる金貨五千枚の超大物だ!!今の私達では束になっても勝てない!!」
「い、いや……つってもたかがペンギンだろ?」
その首にかけられた多額の賞金に驚きながらも、ペンギンの姿に頼雅は恐怖を感じる事が出来ない。
「たかがな物か!!対人一対一の隊長と同格の存在が全力で殺しにかかって来ると思え!!捕まれば間違いなく全滅だ!!」
デスマス口調の抜けた美空が激しい剣幕で言ったその言葉が信じられずもう一度ペンギンを見ると、喰らいかかって来たトビザメがペンギンの蹴りで爆散したところだった。
全員が事の深刻さを理解し一気に血の気を引かせる。
「に…逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
遥の歌で凪晴のスキルレベルが底上げされ、操舵技術と船の耐久性が上がる。全力の風魔法が帆に叩き付けられ、某国のスパイ漁船のような速さで船が走り出した!
しかしトビザメの飛行速度はかなりのもので、船との距離をじわりじわりと詰めてくる!
美空が銃をスナイプモードに切り替え狙撃を試みるが、ジャック・ザ・クリッパーは巧みにトビザメを操りその銃撃を難なく回避し、ただ一点を見据え猛追してくる!!
―ねえスルト!?あのペンギン物凄く僕を見てる気がするんだけど!?―
―あの者……修羅の気を纏っている……強者との闘いに飢えておるな……もしや……我の存在を感じ取っているのやも知れん……―
―魔王に喧嘩売るペンギンて何!?―
みんなの前で変身するわけにもいかない和人は泣きそうになりながら全力で風魔法を送り続ける。
その時、ジャック・ザ・クリッパーの周りに尋常では無い量の水弾が浮かび上がった!
「魔法まで使うのかよ!?」
「くそッ!俺達で止めるぞ!!」
風魔法の使えない悟と英一が盾を構えて並び立った。英一に盾適性は無いので気休めではあるが無いよりはマシである。
「クエエエエエェェェェェッ!!!」
ジャック・ザ・クリッパーの鳴き声と共に隼の様な勢いで水弾が放たれた!
「「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
バルカン斉射を受ける様な衝撃に二人は必死に耐えるが、ジュラルミンの盾がみるみるうちに形を変えてゆく!そして歪んだ盾の隙間を縫い一発の水弾が無防備な和人の背中に直撃した!
「ぐぶぉっ!?」
浮き上がった和人は血を吐きながら甲板に叩き付けられ、凄まじい勢いで転がり縁にぶつかって動かなくなった。
「嫌ああぁぁぁぁぁぁぁっ!?和人おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
「山崎頼む!!歌を止めないでくれ!!舵が鈍る!!!」
涙を浮かべながら悲痛な叫びを上げる遥に、誰もが初めて見るシリアスな表情の凪晴が懇願する様に叫ぶ!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?和人君!?和人くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!???」
狂った様な叫びを上げながら美空が和人に駆け寄りその安否を確かめる。脈と呼吸を確認し気を失っているだけだと確認すると、安心する間も無くチェーンソーをかき集めた。
「死にたくない…死にたくない…死にたくない!!!」
ぐねぐねとチェーンソーは混じり合い姿を変え、巨大なモータースクリューに形を変える。
そして美空はそれを船尾に取り付け全力で電流を流し始めた。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」
推進力を増した船はトビザメとの距離を少しずつ離し始める。
そこでトビザメの飛行距離が限界を向かえたのか、ジャック・ザ・クリッパーと共に海中へと姿を沈めた。
生存への分岐点、慎太郎は思考を巡らせサメの山に目を向ける。
「悟、英一、そのサメを捨ててくれ!少しでも船体を軽くするんだ!!」
「そんな!私のまいるーむに……」
サメの山に向かおうとする美空を慎太郎は怒鳴り付けた。
「モーターを止めるな!!このままじゃ引き離せないまま魔力切れだ!!海上であれを撒かないと和人の治療も出来ないし帰港もできない!!」
美空は愕然とした顔で和人を見ると、ぼろぼろと泣きながらへたり込み、モーターに電気を流し続けた。
そして再びトビザメとジャック・ザ・クリッパーが海上に姿を現す。
その姿を見た英一は、奥歯を噛み締めサメの山の前に立った。
「英一……」
「諦めよう悟、生きてればフカヒレなんてそのうち食えるさ……」
「クソッタレが……!!」
二人は葵に食べて貰う筈だったサメを次々と海に投げ捨て始めた。
その甲斐あってか、少しずつ船はペンギンを離し始める。
「畜生……!!」
美空は泣いた。夕飯になる筈だったフカヒレの極上の食感を想像して。
「「畜生……!!」」
悟と英一は泣いた。美味しそうにフカヒレを食べる葵の愛らしい笑顔を思い浮かべて。
「「「畜生!!!」」」
今だ意識を取り戻さぬ和人を見て、三人は大粒の涙を溢れさせた。
そして最後のサメを投げ捨てた時、船は大きくペンギンを突き放し始めた。
「「「いつか絶対ぶっ殺してやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」」」
三人は小さくなってゆく殺人ペンギンの姿に復讐を誓い叫んだ。
三人の流した涙の重さは、きっと船を逃がす助けになったに違いない…………
──────────
「兄ちゃん達大丈夫か!?サ!一体何があったんだ?」
帰港した慎太郎達を出迎えた先程の船長は、サメの血塗れでぐったりしている一同とぼろぼろになった船を見て大声をあげた。
「いえ……サメはほぼ駆除したんですが。でもジャック・ザ・クリッパーに遭遇してしまって……」
その名を聞いた船長の顔が一瞬で青ざめる。
「何だって!?兄ちゃん達よく誰も死ななかったな……」
「みんな大丈夫っ!?」
船長の言葉を遮り姿を現したのは、サメ話を聞いて駆けつけたペンギン大好き葵ちゃん。
「声をかけてくれれば私も行ったのに………!?和人君どうしたのしっかりして!!」
葵は今だ意識を取り戻さぬ和人に気付き駆け寄った。回復魔法は使えないがそれでも意識の無い和人に呼び掛ける葵の姿を見て、慎太郎達は心から思った。
今回、たった一つだけ救いがあるとすれば、ペンギンが大好きな彼女が、あの凶悪な殺人ペンギンの存在を知らずに済んだ事かも知れないと。
「野口……エイミを呼んできてくれ。俺達は動けそうに無い……」
「解ったわ!!すぐ戻るから!!」
駆け出した葵の遠くなって行く背中を見て、慎太郎は大の字に倒れながら呟いた。
「あのペンギン……禁句な………」
『了解………』