港街サーク あの人を探して
美空はショートカットです。
学生にありがちななんの変哲もないショートカットです。
和人が宿屋に戻ると、海に出ていた慎太郎達が既に帰って来ていた。
「おはようみんな、海釣りはどうだった?」
笑顔で近づく和人に全員から心配そうな視線が集まる。頼雅が和人の両肩を掴みその顔を覗き込んだ。
「大丈夫か和人。昨日の事覚えてるか?」
和人はいい加減うんざりしてきた。
「またそれ?何か美空達もそんな事言ってたけど、僕は戦いが終わると同時に疲れて倒れたんじゃないの?」
男達は目元を覆い、首を横に振った。
頼雅は肩を掴んだまま和人の目を強く見つめ続ける。
「いいか和人、何があっても心を強く持て。一瞬でも気を抜けば殺られるぞ!」
頼雅の言葉に続き、男達は一斉に和人を取り囲み話始めた。
「和人、お前もオタクなら遥の様に広い心を持て。」
「ああ、拒絶ではなく受け入れろ。そうしないとお前の心が死ぬ。」
「辛い時はおっぱいを見ろ。中身がどうしようもなく腐っていてもあのおっぱいは素晴らしい。」
「ああ、あれを枕にできたら俺は死んでもいい!」
「お前ら少し黙れ。」
「とにかく頑張れ、それしか言えん。」
「あらあら、コレは何のご褒美デスか?」
男達は額に汗を滲ませながら振り返る。
「あぁ……和人君が大勢の野郎達ニ囲まレテいマス……誰か……誰かゴハンを下サイ!!」
そこには【茶道部の御令嬢】から【茶道部の貴腐人】へとクラスチェンジを果たしたエイミが目にハートを浮かべ、だらしない顔でよだれを垂らして立っていた。
和人の記憶がフラッシュバックされ甦る。
そして思い出そうとしたエイミの顔が塗り潰されていた意味を知る。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
和人は思わず後ずさった。
「どうしまシタか?和人君。」
エイミは和人にいつも通りの優しい笑顔を向けるが、和人には歪な笑顔にしか見えない。
「ひいぃぃぃッ!き…貴腐人が喋った!!」
「何で人外扱いなんデスか……」
怯える和人をエイミが悲しそうに見詰める。
「コレは荒療治しかありマセンね。皆さん手を出さないで下サイ。ハァ…ハァ…」
そう言ってエイミは手をわきわきしながら和人に向かって歩き出した。
「いやぁッ!来ないで…来ないでぇぇぇぇッ!!」
「あぁッ!!そんな事言わナイで下サイ!!萌えてしまいマス!!」
噛み合っているのかいないのかよく解らない二人の会話に、みんなが苦笑いを浮かべる。
「サア、痛くナイデスよ~、怖くナイデスよ~、ちょこっとチクっとするだけデスからネ~~?」
そう言いながらエイミはじりじりと和人に近付く。
「どこの変態医者よ……」
相変わらず簡潔な葵の突っ込みを余所に、エイミはじりじりと和人との距離を詰める。
「ああ…誰か助けてぇ……」
部屋の隅まで追い詰められた和人は思わず固く目を瞑った。
「ワタシ遥がいなければ和人君のお嫁サンに立候補してたンデスよ?だからそんな風にされるト本当ニ悲しいデス……」
和人の耳元でエイミの声がささやかに聞こえ、柔らかい物が頬に触れた。
「ふえっ!?」
驚いた和人が目を開けると、そこにはいつも通りの美しいエイミの顔があった。
「あ…うん……ごめん………」
男とは現金な物で、例え心に決めた人がいても、見目麗しい女子にその気があると言われれば悪い気がしないのだ。
「まぁそんな事はありえ無いンでしょうケド、気が変わっタラいつデモ言って下サイね?」
そう言ってエイミはぺろりと舌を出してウインクした。
「凄いわねエイミ、あんなに怯えていたのに……一体何を言ったの?」
「すみまセン、乙女の秘密デス。」
「え~~、教えてよぉ~?」
すっかり仲良くなったゆかりとエイミがじゃれあっているが、和人の状態か正常に戻ったのを確認した慎太郎は海賊討伐へ向かう意思を固めた。
「よし!みんな覚悟はいいか?海賊討伐に行くぞ!!」
『おうっ!!!』
―ククク……とんだ茶番だな……―
―そんな事言わないでよ。みんな本気なんだから。―
決意新にする慎太郎達をスルトが嘲笑った。
そう、この二人は既に海賊が討伐されている事を知っているからだ。
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「は!?今朝討伐された!?」
「はい…つい先程…」
あわただしい動きを見せる冒険者ギルドの中、昨日慎太郎を相手にスマートな対応を見せた受付嬢がほんのり顔を赤く染め、何処か上の空な感じに答えた。
―ギリギリだったもんなぁ……―
和人はつい先程のことを思い出した。
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「済まないが罪人の引き渡しをお願いしたい。」
そう言って和人…騎士は縛り付けたモーガンを受付嬢に見せた。
「この顔…海賊モーガン!?」
「海賊団も一人残らず動けなくしてあります。申し訳無いがギルド職員の手を借り受けたい。私一人では運べないし、所用でもう行かなければならないのでね。」
そう言って仮面の騎士はモーガンを静かに横たえらせた。
「了承しました。それではお名前と所属パーティー、ギルドカードの提示をお願いします。」
受付嬢は驚きを隠しながらもいつも通りの対応をする。
「私の連れは愛馬のみだ。ギルドにも所属していない。」
「え!?」
受付嬢は信じられない言葉を耳にし、騎士を見直した。
「この者達が街の平和を…安らかな人々の暮らしを脅かしていた…だから退治したまでです。賞金も要りません、街の復興に役立てて下さい。」
そう言うと騎士は背を向けた。
「待って下さい!!せめてお名前を!!」
「名乗る程の者ではございません。それでは……」
そう言って騎士はギルドを出て行った。
扉を閉めた騎士…和人は全力で駆け出した!
―ヤバいヤバいヤバい!!次回予告がおわっちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!―
時計の無い世界で和人がどうやって30分計っているか、それは和人の特殊能力染みた特技、ニチ朝の特撮をCM込みで脳内再生しているのだ。
普通のテレビ番組には開始前に2分程の余白が存在するが、ニチ朝の特撮は丁度に始まる。30分計るには打ってつけなのだ。
今回海賊の根城が少し遠かったため変身して移動し、ワラジーとクックにその姿を見せるため歩いた結果、時間ギリギリになってしまったのである。
風のように走る赤マントの黒騎士は街ゆく人々の注目を集めたが、誰もその速さを追う事も出来ず、何とか和人は誰に見られず変身を解く事が出来たのだった。
──────────
「モーガン海賊団って60~70人いた筈ですよ……?」
「それを一人で制圧って……」
美空と慎太郎が引き吊った笑みを見合わせているが、遥には一人だけ思い当たる人物があった。
「あの……それってどんな人でしたか?」
「とても素敵な方でした……丁度あなたと同じ様な赤いマントを纏った仮面の……」
受付嬢の言葉を聞き終える前に遥は駆け出しギルドを飛び出した。
―あの人がこの街にいるかもしれない!!―
遥は走った。命の恩人である初恋の相手を、名も知れぬ黒騎士を探して。
沖の魔物が倒され、モーガン海賊団が壊滅した事で賑わいが戻って来た街の中を、急ぎながらも注意深く見渡しながら駆け抜けた。
そして歌う人魚亭に飛び込むと主人に喰らい付く様に詰め寄った。
「おじさん!!この宿に私と同じ赤マントの仮面の黒騎士様は泊まってない!?」
「い…いや、うちの客は君達だけだよ?」
凄まじい剣幕に少し怯える主人の言葉に、目に見えて遥は落胆する。
「そうですか……」
「何やら事情があるみたいだね?この街には宿屋はあと3つあるからそこも訪ねるといいよ。」
そう言って主人は簡単な地図を書いてくれた。
「ありがとう!おじさん!!」
「ああ、会える事を祈ってるよ。」
再び走り出した遥は地図に記された3つの宿屋を目指した。
──────────
「いや、うちには泊まってないね。」
──────────
「残念だけどうちにゃあいないよ。」
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「ごめんねぇ、そんな人がいれば覚えてるんだけどねぇ。」
教えて貰った全ての宿屋にも黒騎士はいなかった。しかし遥は諦めなかった。
街中を駆け回り、人々に聞き込みを続け、件の人らしき人物が港に向かって物凄い勢いで走って行ったという証言を多く手に入れた。
そして遥は港の隅から隅まで探し回り、全ての船を一隻一隻見て回ったが、とうとう意中の人を見つける事は出来なかった。
―何で…どうして何処にもいないの……会いたい…会いたいよ……―
遥は港の突き出た桟橋の先で途方に暮れていた。
生まれて初めての感覚が遥を包む。
切なさで胸が苦しくなる。胸の苦しさで涙が滲む。
―あなたに改めてお礼が言いたい…あなたの事を色々聞きたい…あなたにこの気持ちを伝えたい…あなたに…会いたい……―
遥は立っていられなくなり、うずくまって泣いていた。
しかし幼い頃から特撮ヒーローに心を強く鍛えられた特オタ女子は、いつまでも泣いている自分を許さなかった。
遥は立ち上がり涙を拭う。
―もしこの街にいるのなら……―
遥はギターを構え全力で魔力を込めた。
―届いて……私の歌……―
そして遥は目を閉じ全ての思いを込めて歌い始めた。
「君にも─聞こえるか─大空─の歌─」
まあやっぱり特ソンなのだが。
それはさておき、その歌は街中に響き渡り、そして海の奥深くまで響いていった………
少しの間目を閉じて歌っていた遥だったが、何かの視線を感じ目を開けてみると、目の前の海から一人の美女が顔を出し、キラキラした目で遥を見詰めていた。
遥が驚いていると一人、また一人と美女が海の中から顔を出し、リズムを取るように体を揺らし始めた。
―もしかして人魚!?―
遥は驚いて演奏を止めそうになるが、せっかく人魚が興味を持ってくれたのだからと歌い続けた。
いつの間にか遥の顔から憂いは消え、笑顔になっていた。
そして───
「ぼくらは もぉと つぅよくなる♪」
『ララララ ラララ ラーララララ♪』
「いまかぜーのなーかでー♪」
『ララララーララーララー♪』
何と人魚達が一斉に歌い出した。
初めて聞く異世界の特ソンの筈なのに、人魚達はまるで元から 知っていたかの様に、淀み無くぴったりと遥に付いて歌う。
いつしか遥は、切なさに押し潰されそうだった胸の痛みを忘れ、次々と集まって来る人魚達との不思議な時間を楽しんでいた………
その歌声は港に程近いマルベスの元へと届いていた。
「この声はまさか……?」
その時マルベスの家の扉が乱暴に叩かれた。
「町長!町長!!」
マルベスが扉を開けると一人の男が息を切らせていた。
「デニス、この声は聖獣様が歌っているのか!?」
「ああ、そうなんだがそれだけじゃないんだ!!とにかく来てくれ!!見ないと一生後悔するぞ!!」
デニスと呼ばれた男はマルベスの腕を掴んで走り始めた。
「ま、待てデニス!?年寄りに無茶をさせないでくれ!!」
「うるせえ!!文句なら後でいくらでも聞くから今は走れ!!」
港に近付くにつれ歌声はどんどん大きくなり、それに混じって規則的な手拍子が聞こえてくる。
マルベスは何度も躓きそうになりながら必死に走った。港には既に大勢の人だかりが出来ている。
「すまん!通してくれ!!町長を前に出してくれ!!」
デニスが人混みをかき分けマルベスはその後をついて行く。
そして人混みが開け、マルベスの目の前に広がった光景、それは────
人魚達は踊っていた
港一面を覆い尽くす程の大勢の人魚達が楽しそうに歌いながら踊っている姿だった!!
「ゆめへと つきーすーすむとき♪」
『ララララ ララーラーララララ♪』
「うまれてーくエーナジー♪」
『ララララーララーララー♪』
人魚達は歌う。
見慣れぬ楽器を奏でながら楽しそうに歌う少女に合わせて。
人魚達は踊る。
手を叩き、円を描き、尾びれを揺らし、一糸乱れぬ動きで楽しそうに踊り続ける。
マルベスの両目から自然と涙が溢れ出していた。エルフを祖父に持ち、サークに生まれておよそ180年生きてきた中でも初めて見る光景だった。
「奇跡…奇跡じゃ……!!」
周囲の人々も涙を流し美しく幻想的な人魚達の踊りを眺めていた。そして確信した。
この街の海に本当の平和が戻って来た事を───
歌い終えた遥を海と陸からの盛大な拍手喝采が包み込む。
振り返った遥が港に出来た人だかりを見て照れ笑いを浮かべていると、一番最初からいた人魚が遥に近寄り手を差し出した。
その掌の上には夜光貝の様な光を放つ鱗が五枚乗っていた。
「え?くれるの?」
遥が尋ねると人魚は笑顔で頷いた。
「ありがとっ、また一緒に歌おうね?」
遥が人魚の鱗をありがたく受け取った時、遥の耳にありがたく無い言葉が飛び込んだ。
「聖女様じゃ!歌の聖女様じゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「え"!?」
あまりの事に遥が石化する。しかしそうしている間にも辺りからは聖女様コールが上がり続ける。
「やぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇぇてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」
恥ずかしくなった遥は、聖女様コールから身を守る様にマントを被り動かなくなってしまった。
結局和人達が迎えに行き、アイドルの出待ちの様な人混みをかき分け宿に帰るまで、遥は連行される犯罪者の様にマントを被ったままだった。
ひと心地ついた遥は就寝前に何となく日課にしているステータスチェックをした時、その内容を見て愕然とした。
称号 【歌の聖女】:大勢の人々と人魚をその歌で感動させ、人魚の加護を受けた女性に贈られる称号。歌唱の効果、水属性攻撃、及び耐性が大幅にアップする。
ステータスを閉じた遥は一つ大きくため息をつくと、気絶するように眠りに落ちた。
忍◯戦隊ハリ◯ンジャーed、今風の中で。
作者が大好きな名曲です。
問題があるとすればラストのコーラス部分のバックで盛り上がる影山さんの声でしょうか。
オーイェイとかベイベーとか、そんなノリの曲じゃないでしょうに……