混ぜるな危険
アイアンクロウの唐揚げ、竜田揚げ、フライドクロウはとても美味しかった。
むっちりとした弾力のある噛み堪えに、脂身の無い奥深い肉の旨味。
肉だけでも十分に旨いのに、それが脂と共に食感の良い衣を纏っているのだ。不味い訳がない。
この日の夕飯も大いに盛り上がり、結局歌鈴の胃の中には一羽分のアイアンクロウが収まった。
就寝前に慎太郎は見張り番及び明日の小隊編成をする。
様々なパターンでの連携意識を高めるためだ。
「え………?」
その編成を聞いた英一の顔から血の気が引いてゆく。
英一を小隊長として、和人、遥、理亜、美空。
ジークンドーをベースに拳銃格闘を構成した我流格闘術で戦う美空は、もはや前中衛で考えられている。
しかしこの編成は小隊を任される人間には不安しかない。
「頼む慎太郎!せめて美空と神戸を離してくれ!!」
全力で慎太郎に懇願する英一だが、慎太郎は決して目を合わそうとしなかった。
「すまない英一……色々なケースを試すようにと先生に頼まれているんだ。それにお前を狙った訳じゃない。厳正な抽選の結果なんだよ。」
そう言って慎太郎は、あみだくじを書いた紙を英一に見せた。
「どこが厳正だ!ただのあみだくじじゃねえかよ!?せめて自分で場所選ばせろよ!!おい!誰か慎太郎に何か言ってくれ!!」
英一は前衛組に問い掛けるが、誰も目を合わそうとしない。
悟と頼雅に至っては、完全に背中を向けていた。
「畜生……この世界には神様はいないのかよ……」
「残念ながら封印されてるよ、まあ最終的な責任は俺が持つから頑張ってくれ。」
そう言いながら慎太郎は、英一の肩に手を置いた。
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
英一の悲痛な叫びが夜空に響き渡った。
三交代の見張り役は一番ゆっくり眠れない中番だった。
生活リズムの不規則なオタクは一度寝ると中々起きない。深夜、交代のために起きた英一は比較的起きやすいであろう和人と遥をなんとか起こす。
「ぉぉぉぉぉ……」
「ぁぁぁぁぁぁ………」
「バイオハザードかよ………」
英一は未だ眠そうにふらふらしながら、謎の唸り声を発し続ける二人を見て呟いた。
しかし本題はここからなのだ。
祐司は埋葬されたファラオの様に、手を胸の前で組み微動だにしない理亜を見る。
「近寄りたくねぇ…呪われそうだ……」
英一は遥に起こして貰おうと思い振り返る。
「ぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁ……………」
「ぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁ……………」
「………もう既に呪われてんじゃねえか?」
遥はあてになりそうにない、英一は腹を括り、気合いを入れて理亜に向き直った。
「何に呪われるの?」
振り返った英一の息がかかるほど目の前に、素の目を見開いた理亜の顔があった。
「ギャ…」
思わず叫びそうになった英一の口を素早く理亜は塞ぐ。
「大きな声を出さないでくれる?みんなが起きちゃうじゃない。」
そう言葉を続ける理亜だが、口を押さえた手の下で英一は全てを吐き出す勢いで叫んでいた。
「~~~~~~~~~~~ッ!?!?!?!?」
理亜は呆れた目で祐司を見る。
「どこに叫ぶ要素があったのよ?運動部の癖に根性が無いわね。」
涙目で息を調えた英一は開き直る。
「この暗がりで目の前に人の顔があったら驚くわ!!てか10秒前まで寝てたよな!?」
「ああ、生活として染み付いてるのよ。この時間心霊番組やってるから。」
オタクの習性、リアタイ視聴。
どんなに疲れていても、その番組が放送されている時間には、よっぽどで無い限り起きてしまう。
人体の神秘、体内時計の成せる技だ。
「ああ…また起きちゃった……」
「雷音丸春で終わったのに……」
和人と遥も完全に覚醒する。
さっきまでバイオハザードだったのが嘘のようだ。
「もうやだよ……日本に帰りてぇよ……」
ぼこっ
頭を抱えてうずくまる英一の目の前の地面から、突如として人間の腕が生えてきた。
「ああ、また寝ながら錬金術使って埋まっちゃったのね。」
「セミじゃ無いんだから、本当にこれどうにかしたいよね。」
そう言いながら土魔法で美空を掘り起こす和人と遥の傍らで、英一は白目を剥いて気を失っていた。
「あら?みんな起きたのに今度は英一君が寝ちゃったわ。」
「おはようごじゃいまひゅ……何ですか?この私でさえ起きたというのに。」
大きなあくびをしながら美空は英一の隣に屈み込んだ。
「皆さんにどんな人間でも必ず起こせる裏技を教えましょう。耳元で蚊の羽音の真似をするんです。」
そう言って美空は英一の耳元に顔を近付ける。
プゥ~~~~~~~~ン……
プゥ~~~~~~~~~~~~~~ン……
「ぬあぁぁぁぁぁ……鬱陶しいぃぃぃぃぃ………」
英一が物凄く嫌そうに顔をしかめて覚醒する。
「でもこれで起こされた人は、必ず不快指数マキシマムになるので私にはやらないで下さいね。」
「そんな技俺に使うんじゃねえ!!」
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見張り時間は三時間、英一は砂時計を返して溜め息をついた。
「恨むぜ慎太郎…お前起こす時、絶対さっき美空にやられたのやってやる……」
そう呟くと、英一は静かに眠る後番の慎太郎を睨んだ。
遥に火の番を任せて英一と理亜、和人と美空の組になり野営地の周りをゆっくり歩く。
「なあ神戸、結界とかって張れないのか?そうすりゃこんな見張りも要らんだろうに。」
英一はたっぷり眠りたい事もあるが、何より美空と理亜が一緒になった時の危険性が怖かった。
これから三時間、たとえ何も起こらなかったとしても、英一の精神は削り続けられる事だろう。
「まあ張れない事もないけど、野営地全体を一晩中は無理ね。結界維持にも魔力を使うから。魔法陣で結界を張る方法もあるけど、かなり強力な触媒が必要よ。昨日倒したハイオーク程度の魔石なら一晩で10個は必要ね。」
英一はがっくりと項垂れた。
「なあ神戸、あの渓谷の崖に付けたような罠仕掛ければ少しは見張り楽にならないか?」
「私は確実性の無い罠は仕掛けたくないの、あそこは一本道だから仕掛けたのよ。まあ、あなたが触媒をくれるならやってもいいけど?」
「でも俺生け贄も魔石も出せねえよ。魔法陣でどうにかならねえの?」
「魔法陣も事細かく精密に書き込めばほぼノーコストだけど、そこまでの陣はまだ私には使えないわ。ある程度の書き込みで効果を発動させるには、そこそこの銀が必要になるのよ。要は金払えって事。」
英一は暫しの間本気で悩んだ。
「解った、なら10mの直線に罠を張るといくらだ?」
「銀貨150枚ってとこね。」
「結構な額だな…時間も半分過ぎたし、東側だけ頼む。」
そう言って英一は理亜に銀貨150枚を渡した。
「OK、じゃあ始めるわ。」
そう言って理亜は野営地の東側に渓谷と同じ魔法陣を書き込み始めた。ちなみに渓谷のはあらかじめ用意していた巻物である。
「暗いから発動条件を陣を踏んだらにしたから気を付けなさい。」
「サンキュー、これで少しは楽出来るな。」
英一がそう言った時、美空の銃撃の音が聞こえた。
「敵だよ!オーク2、ゴブリン3、トカゲ3!」
焚き火の薄明かりの奥から和人の声が届いた。
「みんな起こす程じゃ無いな、いくぞ!」
英一と理亜は和人の声の方へ駆け出した。
そんなこんなで見張り時間が終わる頃……
「東側だけ魔物来ないってどういう事だよ!!」
英一は地面を蹴りながら、何かに向かってキレていた。
「まあそんな日もあるわよ。」
そんな英一を理亜が慰めているのか適当にあしらっているのか解らない口調でなだめている。多分後者だ。
「まあ仕方ないか…じゃ、さっき美空にやられた方法で……」
英一が悪どい顔でそう呟いた時、突然けたたましいラッパの音が鳴り響いた。
「敵襲!敵襲!色々合わせて30以上の団体様の到着ですよーーーーーッ!!!!」
慎太郎達が一斉に起き出し、素早く戦闘準備整えた。
「あなたツイて無いわね。」
「畜生……神様なんていねぇんだ……」
「まあ封印されてるからね。私達も行くわよ。」
嘆く英一を見て少し艶っぽさを滲ませた笑みを浮かべた理亜は、彼の背中を叩いて駆け出した。
「ふぅ……思ったより楽に片付いたな。丁度いい時間だし、このまま見張り交代しよう。」
数分後、魔物の群を殲滅した後、慎太郎は英一の所に引き継ぎのためにやって来た。
「あぁ……後頼むわ……あ、東側10m位神戸の罠張ってあるから……」
「それはありがたいけど、どうした?ずいぶん暗いな?」
「眠いだけだよ、おやすみ。」
「あぁ、ゆっくり休んでくれ?」
英一は不貞腐れる様に毛布にくるまり、泥のように眠りについた。
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翌朝、昨晩の見張り時の報告のため、前衛組が集まり食事を取っていた。
ガッツリ系の多い美空の料理ではあり得ない、葵の作ったトカゲ肉と麦のレモンリゾットの優しい味わいが、英一のすり減った心に染み渡りその傷口を癒してゆく。
「このパーティーに野口がいてくれて、本当に良かった……」
涙を滲ませた英一の口からすり抜けるように出た言葉に、慎太郎と悟がしみじみと頷いている。
この旅が始まってから葵の株がうなぎ登りだ。ただ常識人だというだけなのに。
「で、どうだったよ?あいつら組ませた結果は?」
頼雅が遥か後方にいる美空と理亜を親指で指しながら言った。
当の二人は眠気が抜けきらないのか、開いてるのか開いてないのか解らない目を太陽に向けて、二人並んで歯を磨いている。
「解らん、並べた時どんな化学反応起こすか解ったもんじゃ無いから、一晩中離してた。」
英一の言葉を聞いた一同は、大きく溜め息を吐きながら天を仰いだ。
「まあそうなるよな……」
「俺もあいつら並べる勇気は無ぇわ……」
悟と頼雅が口々に言った。
「そもそもただ寝てるだけでもうダメなんだよ。特オタ夫婦はバイオハザードだし、神戸は近づいたら呪われそうだし、美空は埋まってるし……」
「なんだよそれ、オタクって生き物その物が怪現象なのか?特に最後のなんだよ?普通に怖ええよ。」
英一のぼやきに正洋が顔を青くする。
「とは言え、あの二人並べた結果も知りたいんだがな……」
慎太郎が呟くと全員が声を揃えて言った。
『ならお前やれ、俺は絶対に嫌だ。』
慎太郎だってやりたくない。しかしやらないと真琴に言われた課題が達成出来ない。
暫し本気で悩んだ慎太郎が腹を括った時だった。
「みんな敵だよ!パッと見50以上!!!」
『なッ!!!???』
和人が指差した方向、丁度美空と理亜がいるほうだ。
太陽を背にした魔物の大隊がゆっくりとこちらに向かって来るのが確認できた。
「全員戦闘準備!!」
さすがの数に全員に緊張感が走る。
しかし美空と理亜は相変わらず細い目でその方向を見ていた。
「ん………」
眠そうに歯を磨いていた理亜は、袖の中から金属管のような物を取り出し美空に差し出した。
「ん………」
美空はそれを受けとるとバイ○ソードの先に装着し、魔物の群に山なりに打ち込んだ。
ドゴオォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
轟音と共に炎の波が魔物の群を呑み込む。魔物達は必死にその火から逃れようとのたうち回るが、べったりとまとわり付くその火は決して消えることは無い。
それはさながら死の舞踏会。
その様子を見ながら美空は深く息を吸い込む。
「成る程、確かに朝のナパームは格別ですね。」
息を吐き出した美空は爽やかな顔で微笑んだ。
「ええ…これでこそ気持ちよく目覚める事が出来ると言うものよね。」
理亜は業火の中で躍り狂う魔物達を眺め、頬を染めながら妖しげな笑みを浮かべていた。
暫しの沈黙が場を支配する。
「結果出たな………」
「あぁ……あの二人を並べるのはもうやめよう………英一、すまなかった。今すぐ理亜は別の小隊にする。」
慎太郎の言葉に安心した英一は、気が緩んだのか尿意に襲われた。
「俺ちょっと小便してくるわ。」
立ち上がり歩き出した英一を見て、慎太郎は慌ててそれを引き止めようとした。
「待て英一!そっちは……」
突然の巨大なゲンコツが英一を襲う!!
どごんっ!!
昨晩自分が金を払って理亜に張って貰った罠にかかり、車田正美の漫画のように吹っ飛ぶ英一。
佐藤英一、どこにでもいる名前、どこにでもいる顔。
そんな彼の運は、同レベル冒険者の平均の半分以下である。