あの歌が聞こえる
和人は眠れずに、窓から空を見上げていた。特に理由は無い、夜型なだけだ。
「マンゲツ……視たかったな………」
これからの異世界生活を心配するよりも、視れなかった特撮に思いを馳せる。ブレ無い、オタ故に。
召喚者には個室が与えられている。机と椅子とベッド、それに姿見の鏡だけだ。娯楽など当然無い。これからは早寝早起きに努めねばいけないだろう。
「健康的になりそうだな……」
誰にともなく苦笑する、その時部屋のドアが静かに叩かれた。
「和人、起きてる?」
遥の声だ、和人と同じ理由で眠れないのだろう。ドアを開けると、遥は燭台を片手に親指をくいくいと横にやりながら、
「探検しよーぜ!!」
と、男前な顔で誘って来た。どうせまだ眠れそうに無い和人は二つ返事でOKした。
王族区画に入らなければ自由にして良いと言われているので、昼見て回っても良いのだが、夜だから良いのだ。知らない場所を夜探検することで、ドキドキは2倍にも3倍にもなる。
闇に包まれた王城を、燭台の灯りを頼りに二人で探検する。見回りの兵士達を無意味にかわしながら、いろんな場所を見て回った。
そして、遥が目的としていた場所にたどり着く。
「ここ、大聖堂!昼来たときね、美空が何かありそうって言ってたのよ。天才が言うんだから間違いない!」
「じゃあ何で美空を誘わないで僕なのさ?」
何か特別な意味を少し期待してしまう。
「あの子7時には寝てたわ…」
「あ、そう…」
解っていたが少し残念に思う和人。
「それに私の相棒は昔から和人だしね。」
少し照れ臭そうに遥は言った。不意討ちの言葉にドキドキを隠しながら、和人は尋ねる。
「それで、探すアテはあるの?」
「ふっふ~ん、そこでコレが役に立つのだよ。」
遥は得意気な顔で燭台を掲げた。
「え?それただの燭台じゃなかったの?マジックアイテムか何か?」
和人は驚いて燭台を見直した。
「うんにゃ、ただの燭台だよ。」
「えー…」
大聖堂に入り扉を閉める、がらんと広い空間には、何かありそうな気配は感じられない。
「見てて、これで探すんだよ。」
遥が閉めた扉の隙間に燭台を近づけると、その隙間から漏れる風で火が揺らめいた。
「前に美空と視た映画でこんなシーンがあったんだ。」
「あー、イン○ィ・ジョー○ズ。」
「そ、では行こうか!」
二人は壁づたいに歩き始めた。途中高さを変えたりしながら、入念にあるかどうかも解らない何かを探した。
別に二人とも、本当に何かがあるとは思っていない。小さい頃によくやったごっこ遊び、眠くなるまでの暇潰しのつもりだった。
しかし、この国の建国史を表したらしいレリーフの前で燭台の火が目に見えて揺らいだ。二人は驚きの顔を向き合わせる。
「マジっすか…?」
「マジっすよ…!」
眠ってなどいられるものか、二人はがむしゃらになって仕掛けを探した。
やっとのことで見つけた仕掛けを解除すると、低い音をたててレリーフの壁が沈みスライドした。その中には下に向かう階段が延びている。
向かい合ってガッツポーズする二人、しかし、本番はここからだ。目の前に現れた階段を二人はワクワクしながら降りて行った。
ビル二階分ほど降りただろうか、その終着点である部屋にたどり着いた。
15m四方の部屋は壁、床、天井に至るまで大小様々な魔方陣が細かに書かれており、その中央には1mほどの高さの台座、その上には燃えるような輝きを放つ深紅の宝珠が鎮座していた。
どう見ても面白半分に手を出して良い代物ではない。
「うわー、こりゃダメだ。戻ろ?和人。」
しかし、遥の声が聞こえていないのか、和人は何かに引かれるように、宝珠に向かって歩き出した。
「ちょっとぉ、下手な冗談はよしてよ。」
遥がジト目で和人を見るが、和人はそのふらふらとした歩みを止めない。
「おい!いい加減にしないと怒るぞ!!」
宝珠はもう目の前だ、和人は宝珠に手を伸ばす。さすがに冗談では無いと感じた遥が駆け寄り、その腕を引いて叫んだ。
「和人!?和人ぉぉぉッ!!!」
遥の必死な声に和人は意識を取り戻したが、それと同時に、その指先は宝珠に触れていた。刹那、部屋全体が爆炎に包まれた。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
「きゃぁぁぁぁっ!!!」
恐る恐る目を開けるが、何も変わった所は無かった。二人はお互いを確認するが何ともない。
「何だったんだよ…今の……」
「和人、怖いよここ…早く戻ろ?」
「うん、あれは本気ででヤバイよ…」
青ざめた顔で二人はその部屋を後にした。
もしここで、ステータスを開いて確認していれば、和人はその異変に気付いただろう。スキル:霊媒が燃えるように赤く染まっていたことに……
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暖かな光が和人の顔に差し掛かる。結局和人が寝ついたのは日本時間の午前4時過ぎだ。
猛烈にお腹が空いている。いつもなら深夜特撮や円盤を見ながらカップ麺を啜っているから、寝起きは胃がもたれているくらいだ。
しかし、昨晩は何も食べずに歩き回っていたのだ。お腹が空いて当然だ。
スマホを取りだし時間を見る、朝8時半くらいだ。
「食堂行けば何か貰えるかな…」
寝癖を手櫛でどうにかしようと頑張りながら、和人は食堂へ向かった。合わせた訳でもなく遥が合流する。
「おはよー…和人、良く寝られた?」
寝癖の髪を無理やり三つ編みにしているが、所々ほつれており、つむじ回りは跳ねまくっている。これを気にせず公衆の前に出れる16才残念美少女。
「多分遥と同じくらいだよ…美空は?」
「まだ寝てたわ…」
「どんだけ寝るんだよ……」
あえて昨晩の事を話すのは避けていた。あの一瞬の爆炎、自分たちがやらかしでしまったかもしれない事実から目を反らすためだ。
特に内容の無い会話をしながら食堂を目指していると、練兵場の方から歌が聞こえてきた。米国軍人が走り込みをする時歌うあの歌だ。
もちろん真琴の声がリードし、その後大勢の野太い声が復唱している。
二人は額を抑えため息を吐いた。あの人はたった1日で何をしたのだろう、空腹なのに胃がもたれそうだった。