遠征開始と残念なお知らせ
「絶対に…絶対に無事に帰って来て下さいね?」
「もちろんだよロレイン…例えまた、こことは違う世界に飛ばされても、俺は君に会うために絶対帰って来る。」
遠征前日、朝からロレインと目一杯遊んだ一同。そろそろ帰ろうとなった所で、慎太郎とロレインがキラキラ空間を造り出す。
和人達は、そんな二人に背を向けて遠くを見ている。
別に気を使っている訳ではない。
見ていると甘ったるすぎて、胃もたれしそうだからだ。
「切ないです…明日から二週間もの間、あなたに会えないなんて…」
ロレインが涙目で俯く。
「そうかな?俺は少し楽しみなんだ。」
慎太郎の言葉にとうとう涙を流してしまうロレイン。
「どうして!?私はこんなに寂しくて切ないのに!!」
そんなロレインに優しく微笑みかける慎太郎。
「当然俺だって寂しいよ。でも、二週間分の会いたいを我慢して、次に君に会った時、君はどれ程愛しく見えるんだろうって、少し楽しみなんだ。」
「「「うえぷ…」」」
慎太郎の歯の浮くようなセリフに、胸焼けする三人。
本気で言ってるからタチが悪い。
慎太郎の言葉で笑顔を取り戻したロレインは、その考えに同意する。
「そうですね…私も貴方への思いを育てる事にします。二週間後の貴方は、今よりずっと素敵な筈だから…」
「ロレイン…」
「慎太郎…」
二人は軽く見詰め会うと、イタリア人並の熱いキスをする。最早和人達など見えていない。
しかし、慎太郎達が気にしなくても、和人達は背中越しにそれを感じている。既にoverkillダメージだ。
もう放っておいて帰ろうという気持ちを、二人の友人のために我慢して、愛の劇場が終わるのを待つ。
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「「「長いよ!!!」」」
「あ…ごめん。」
「あ…すみません。」
あまりの長さに思わず振り返って突っ込む三人に、我に返り真っ赤な顔で謝る慎太郎とロレイン。
「じ、じゃあ俺達は行くよ。」
「二週間後また来るから、元気でね。」
「ほいじゃまたねー。」
「お土産期待しててくださいねー。」
まるで観光旅行にでも行くような雰囲気の四人に、ロレインは少し吹き出してしまった。
「ぷふっ、じゃあ期待して待ってますね?皆さんお気を付けて!」
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次の日の朝、朝食を終えたクラス全員が練兵場に集まった。
意外にも美空がちゃんといる。前もって真琴に叩き起こされたらしい。
全員の顔を確認して、真琴がブリーフィングを始める。
「この世界に来ておおよそ40日、常識的な事は知っていると思うが、そうでは無い者も居る様なので、確認から始めるとする。」
そう言って真琴は、その鋭い視線で和人と遥を貫いた。
―ゴメンナサイ…―
二人は目に涙を溜めながら、心の中で謝り、視線だけを反らす。
「この世界は大きく分けて、七つの大陸で構成される。私達がいるのは北東の大陸だ。」
―ハジメテシリマシタ…―
更なるプレッシャーが二人を襲う。
「この大陸には、小さな集落を省くと、町は三つある。」
最早涙を流すしか出来ない二人に対し、真琴は抑揚の無い声で最後通告をする。
「……二人はこの後話がある。幾島達にはここより東南東にある港町、サークへ行って貰い……」
二人はその後の言葉が入って来なかった。
特に名指しはされていないが、この場に居る全員が、その二人とは、特オタ夫婦であることを察していた。
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真琴の愛のあるデコピンを受けた二人が、腫れた額を押さえ、涙を滲ませながら、慎太郎中隊に戻る。
たかがデコピンと思うかも知れないが、真琴のデコピンは、束ねた割り箸三膳を破壊する立派な攻撃だ。
「これを機に、少しは周りに興味を持て。」
「今回ばかりは何も言えません。」
慎太郎と美空を始め、中隊全員の残念な物を見る目が辛い。
そんな第一中隊のメンバーは、隊長である慎太郎と和人、遥、美空のいつもの四人の他
秋山ゆかり 新体操部 ダンサー 双剣
植野歌鈴 ラクロス部 軽戦士 短槍
鹿島祐司 野球部 守護戦士 大盾と棍棒
神戸理亜 オカ研 魔術師 杖
佐藤英一 剣道部 剣士 長剣又は大剣
玉置龍馬 少林寺道場所属 モンク 籠手 爪 棍 片手剣
千葉悟 柔道部 重戦士 大盾と重槍
津村正洋 テニス部 軽戦士 小盾と片手剣又は長剣
中澤凪晴 帰宅部 実家漁師 海賊 曲刀と片手斧
野口葵 弓道部 弓兵 弓と短刀
兵藤・エクランド・詠美 茶道部 神官 杖
三田頼雅 元ヤン(真琴の手で更正された) 喧嘩師 あらゆる武器をある程度使用可能
珍しい所では、中澤凪晴の海賊。
スキル:航海術 船の耐久性、操舵技術にプラス補正。長期航海を可能にする。
スキル:海上戦闘 海上での戦闘において、全ステータスに大幅なプラス補正
スキル:強奪 攻撃時、対象の所持品又は素材を奪う。成功率、レア度は運に依存する。
そして三田頼雅の喧嘩師。
スキル:先手必勝 先制攻撃率が高くなり、初撃クリティカル率にプラス補正。
スキル:悪逆非道 持てる物ならば全て、武器として使用可能。ただし、習熟度はA+までとなる。急所攻撃の精度と威力にプラス補正。
ちなみに、その名はプロレス好きの母親に付けられたもので、本人も気に入っている。
「さて、どうせこの二人は聞こえて無かったろうから、任務のおさらいからだ。」
「「本当に申し訳無い…」」
慎太郎の言葉に深く頭を下げる二人。
「仕方無えよ。先生のデコピンは下手すりゃ記憶飛ぶからな。」
そんなに二人の肩を叩き、頼雅が慰めの言葉をかけた。
「ありがとう、三田君…」
「本当に三田君は情に厚いね…」
そう言う二人に、頼雅は少し悲し気な目をする。
「やっぱりお前らは、ライガって呼んでくれないんだな…」
「ごめん!!三田君が嫌いな訳じゃ無いけど、それだけは出来ないんだ!!!」
「特オタとして譲れない矜持があるの!!本当に…本当にごめんなさい!!!」
二人はケルベライガーを愛する余り、クラスメイトをライガと呼ぶ事が出来なかった。他のライガーを認める事が出来なかった。
ちなみに、元祖を呼ぶ時は獣神だ。
そんな二人を、悟り切った目で見ていた慎太郎が話を続ける。
「俺達は南のクレイグキャニオンを越えて、東南東の先にある、港町サークを目指す。目的は滞っている海運の調査と解放だ。ナギ、お前はその為に編成されたと言っても過言じゃ無いぞ?」
慎太郎の言葉に、凪晴は頭の後ろで手を組んでぼんやりと答える。
「海は一見穏やかに見えても、実際は海流がうねってたりするもんだ。期待に応えられるかなんて、船出してみねえと判んねえよ。」
その言葉は、十六歳だというのに既にベテラン漁師の風格すら感じる。
そんな彼の姿に、慎太郎は安心して言葉を続ける。
「遠征の予定は二週間だけど、早く任務を達成出来ればその分早く帰れる。みんな頑張ろう!」
慎太郎の放った激に対し、ジト目をした植野歌鈴がヤジを飛ばす。
「そーよね。早く終わればその分、早く彼女さんに逢えるもんね?」
慎太郎に恋人ができたという噂はとっくに拡がっている。
歌鈴と数名の慎太郎ファンが、慎太郎を尾行し、
「なんだよあれ……完璧かよ……」
と泣きながら帰って来た。
全員の目がジト目に変わり慎太郎を見る。
「さー、準備してさっさと出発するぞー。」
慎太郎は流した。
「なあ植野、慎太郎の彼女って可愛いのか?」
噂は拡がっているが、姿を見た者はその数名だけだ。
改めて気になった千葉悟が歌鈴に聞く。
「自分の中でかぐや姫を最高に可愛く美しく想像して。」
「爆発しろ。」
悟の口から無意識に言葉が漏れ、一部の男子から慎太郎に怒りが向けられる、
「………その十倍は下らないわ。」
『滅びろ!!!』
和人を除く全男子から殺意が放たれる。
冷や汗を流す慎太郎だが、それらを軽く上回る殺意の波動が場を支配した。
「貴様等、さっさと準備して出発しろ…………」
真琴の低い声が響き渡り、全員大人しくなった。
見ると第二中隊は既に準備を終えている。
「あれ?先生、何でそっち荷馬車四台もあるんですか?」
第一中隊に荷馬車は無い。
不思議に思った野口葵に真琴か答える。
「そっちには渡辺がいるだろう。このくらいの差は出る。これでもそっちより荷物は少ないだろうがな。」
「なるほど、文字通り私を馬車馬の様にコキ使う訳ですね?」
そう言って美空は、良い答えを出した自信がある時の、三○亭好○の様な表情をする。
あの顔を生理的に受け付けない真琴は、美空の顔面を鷲掴みにして吊し上げた。
「馬はそんな顔をしないし、減らず口を叩かん分、よっぽどマシだ!!」
ぎりぎりと締め上げられる美空。
「うきゃああっ!?この感じ、久し振りでひゅ!!」
何故か割と嬉しそうだった。
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かくして遠征は始まった。
とはいえ、王都近辺の魔物などたかが知れているので、一行は遠足気分で南へ進む。
しかし、遥は居心地が悪かった。
時々、秋山ゆかりが睨み付ける様な視線を向けてくるのだ。
ほとんど話した事も無く、接点も無い彼女に睨まれる理由など、遥には覚えが無い。
「ねえ美空、私、秋山さんに何かしたっけ?」
考えても何も浮かばなかった遥は、親友を頼る事にした。
「私の知る限りでは何もしてません。ただ、遥と和人君の話が盛り上がってる時、睨んでる事が多い気がしますね。」
「それって和人の事が好きってことかな?」
「う~ん……それとも違う気がするんですよね……」
二人で悩んでいると、ゴブリンとグレイハウンドの、お馴染みの群れが現れる。
「あ~、ちょっと八つ当たりしてくるわ。」
そう言うと遥は、背負った音○弦のネックを両手で握り締め駆け出した。
美空からこれをプレゼントされてから、遥はダガーを使っていない。
前衛に混じってギターを振り回し、ゴブリンの顔面を砕き、グレイハウンドの腹を切り裂いてゆくその姿は、かなりのロックだ。
「どうしよう美空。遥がどんどんバイオレンスになっていくよ…」
和人が悲しい顔で愛する幼なじみを見つめる。
「仕方無いんじゃないですか?今の遥には目標がありますから。」
あの人の支えになりたい、あの人の隣で戦いたい。
そんな気持ちが遥をロックにしていた。
そこに初めて見る魔物が五体現れた。
青っぽい筋骨隆々の体に、殺した冒険者から奪ったであろう、武器や防具を身に付けた、2mを超える髭の生えた人型の魔物。
ゴブリン・ロードにも似ているが、それほどの知性は無いようだ。
その姿を見た遥は、かつての絶望の記憶を思いだし、大きく距離を取る。
「遥!そのまま後で支援頼む!多分見た目通りパワータイプだ!」
慎太郎から気遣いの込められた指示が出される。
「わ、わかった。アバレ!アバレ!あぁばれぇまぁくぅれぇGETUP!!アバレ!アバレ!つぅきすぅすぅめぇぇぇぇぇっ!!!」
遥の歌唱が響き渡り、全員の攻撃力と防御力が向上する。
『特ソンかよ!?』
仲間からの突っ込みの中、遥の耳に微かに舌打ちの音が聞こえた。
音の方に目を向けると、魔物に立ち向かって行くゆかりの姿があった。
―もしかして、特撮が嫌いなのかな……―
和人と盛り上がる話など特撮しかない。そして今、特ソンを聞いた上での舌打ち。
遥は、自分の大切な物を否定された気持ちになり、悲しくなったが、みんなの為に歌い続けた。
魔物の見た目通りのパワーの乗った重い一撃を、祐司が盾で受け止め、こめかみを殴り付ける。教科書通りの攻撃、だからこそ知性の低い魔物に強い。
《基本こそ最強に限り無く近いと知れ。基本が自然になった後、自分を加えてゆくんだ。》
真琴の教えはクラス全員に浸透している。
よろめいた魔物にゆかりが飛びかかる。
一撃こそ致命傷には至らないが、手数と身の軽さで翻弄し、確実にその自由を奪ってゆく。
似たような戦闘が各所行われ、全ての魔物が息絶えた時、慎太郎が振り向く。
「サンキュー、遥。本当に助かっ……」
言いかけた時、orzになっている美空に気付いた。
「おい、美空どうしたんだ?」
「残念なお知らせがあります……」
美空は今倒されたゴツい魔物を指差した。
「それがオークです……」
『え!?』
全員が、今倒したゴブリンぽいおっさんを見た。
「食肉を期待していたオークですが、この世界のオークは、豚野郎ではありません……指輪物語のオークです。………」
広く知られたオークは、豚獣人のオークだが、指輪物語のオークはひげ面のゴツいおっさんだ。
「ちなみに鑑定では、食用可能です。」
『こんなもん食いたくねえよ!!!!』