和人と美空の暇潰し
和人はドアをノックされる音で目が覚めた。
スマホの電池なんてとっくの昔に切れている。
朝日の高さから今の時間を推測する、七時過ぎ、八時未満といったところか。
「ふあ~い、誰ぇ~?」
目を擦りながらドアを開けると、そこには信じられない光景があった。
「おはようございます、和人君。」
これは夢なのだろうか?
それとも時間の推測が大きく外れたのだろうか?
または、彼女の姿をした魔物か何かか?
そこには完全に身なりを整えた美空が立っていた!
和人はあまりにも信じられない事態に、真顔で固まってしまっている。
「ふむ。」
美空は和人の顔を両手で掴むと、無造作におでこにちゅーした。
「うわあぁ!?」
真っ赤になって後退り、尻餅をつく和人。
「やっと動きましたね。失礼ですよ?まるで海中でジャミラでも見たような顔して。」
「日に13、4時間寝る人が、約束も無しに朝早く起きてたら、そりゃびっくりするよ!?てか、何でちゅーしたの?もっと大事にしなよ!?」
いきなりのちゅーに動揺する和人に、美空はへらへらと笑いながら軽く言う。
「私だって年に二回くらいは早く起きますよ。ちゅーなんか海外では挨拶です。」
落ち着きを取り戻した和人は立ち上がる。
「年に二回程度なんだ…で、どうしたの?」
美空は両手を後ろで組み、頭を下げて、上目使いになる、なんともあざといポーズをとった。
「デートしましょう?」
信治なら二つ返事でOKだろう。
キラキラした上目使いで見上げてくる美空を、和人はジト目で見詰め返す。
「年に二回程度なんだ…で、どうしたの?」
美空はあざといポーズの上目遣いで微笑んだまま、涙を流した。
「……無かった事にしてやり直さないで下さい、さすがに少し傷付きます。とりあえず待ってますから着替えて下さい。ごはんにいきましょう。」
朝食はカオマンガイ。美空がこの世界で完全再現した渾身の品だ。それにザワークラウト、サーモンのミルクスープ、そして相変わらず大量の粉ふき芋だ。
やはり米の料理はテンションが上がる。
「まあ、デートと言うのもあながち間違って無いんですよ。あの日中の遥は危険ですし、慎太郎君の邪魔はしたくありません。ロレインさんの所には遠征前日に行くとして、とりあえず今日と明日は二人で色々しませんか?」
美空はザワークラウトと鶏肉とごはんを一緒に口に入れる。さっぱりと食べられそうだ。
「確かに危険だね、この世界来て遥も強くなってるから。昨日大輝君が一撃で沈められたらしいし。」
和人はチリソースで辛くなった口を、ミルクスープで休ませる。
「伊達さん並の見事なハートブレイクショットだったそうです。吟遊詩人は後衛でも力強めですからね。」
美空はごはんをひと匙、スープに浸してサーモンと一緒に食べる。ドリア風になりそうだ。
「まあ、僕も暇だし、そういう事なら付き合うよ。」
面倒臭くなった和人は、ザワークラウトとソースをカオマンガイと混ぜ、タコライス風にし始めた。
「マヨネーズありますよ?」
美空がまいるーむから小瓶を出し、和人に薦める。
「ありがとう、でも食堂でマヨネーズ出たこと無いよね?」
和人はマヨネーズを足してさらに混ぜる。
見ると、美空も同じ事を始めた。
「結局火を通してない卵ですから、どうしても無理だって人が多いんです。美味しいんですけどねぇ。」
マヨネーズの価値が認められない事が、美空は悲しい様だ。
「生魚が好評だったんだし、そのうち広まるよ。美味しいんだから。」
二人は残りのごはんを掻き込んだ。
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二人は王都を出て街道沿いの草原に来た。
「まずはこれを実験しましょう。」
美空がまいるーむから、トランシーバーの様な物を二つ取り出した。
「開発中の魔導通信機です。個人の魔力を登録して、その波長を受信し、声に変換します。この魔石に魔力を流して下さい。それで登録出来ます。」
和人は言われるがままにする。
「私の魔力は登録済みです、これ持ってここにいて下さいね。私は少し離れますから。」
そう言って美空は走り出した。
「さすが遅刻王、早いなぁ。」
和人がぼやいてる内に、あっという間に美空は三百m程離れて手を振った。
そして、魔導通信機からノイズが走り始める。
「隊長より鴉、隊長より鴉、こちらトラウトマン大佐。ジョン、聴こえるか?」
和人は頭を押さえた。付き合わないと納得しないだろう。
「ベイカーチームこれより点呼を取る。」
「みんな死にました…」
通信機の向こうの美空の声が嬉しそうになる。
「ラ○ボー、大丈夫か?」
「ベイカーチームは全滅です…」
「デルメア・ベリ…」
「ねえ、全部やるつもりなの?」
「駄目ですか?」
「とりあえず成功でしょ?これ以上は色々危ないよ。」
そう、色々と危ない。
「仕方ありませんね…」
走って戻って来た美空に和人は尋ねた。
「まさか、これやりたくて作ったんじゃ無いよね?」
ジト目を向ける和人に、美空は晴れやかな顔を向ける。
「七割そうです!!三割はちゃんと考えてますよ!!」
「せめて比率逆にしなよ…」
素敵な笑顔でサムズアップした美空に、和人は仕方なくサムズアップして拳を合わせた。
「何だかんだ言って付き合ってくれる和人君、大好きですよ。」
「そりゃどうも。」
和人の素っ気無い態度に、美空は口を尖らせる。
「大好きって言ってるのに~。」
「はいはい、嬉しいよ。で、次は何するの?」
美空は納得のいかない顔のまま、
「次は以前にも話した魔術○の赤です。魔力は足りてる筈なのですが発動しないのです、何でだと思います?」
天才に解らないことが解る訳が無いと、内心思いながらも和人は考える。
「試しに一度やってみてくれる?」
とりあえず見てみないと解らないので美空に頼んだ。
「魔術○の赤!」
美空は手を前に翳し叫んだ。確かに魔力が集まる感じはあるが、発動はしない。
和人は色々な可能性を考え、一つの答えを出した。
「ポージング…じゃないかな?この世界の魔法でも、上位魔法は印を結ぶ…振りが付くらしいし。」
それを聞いた美空が目を輝かせた。
「なるほど!それは盲点でした。あの作品のポイントですもんね!」
そして美空は、左手で腰を抱き、右肘を胸の前に置き、手の平で顔を覆う。仕上げに腰をクイッと捻り、
「魔術○の赤!!」
発動しないがもう一息といった感じだ。
「何でですかぁ~…」
涙目で両手をぶんぶんする美空、信治がいたら鼻血を出すだろう。
「ポーズが違うよ。僕の印象だと、こう。」
和人は斜めに構え、掌を下に向け左手を軽く前に出す。右肘を水平に人差し指を立て左手の平の横へ……なんか本当に魔法の印の動きっぽい、折角なので叫んでみる。
「魔術○の赤!!!!!!!」
ドオオオオォォォォォォォンッッッッ!!!!!!
二人の目が点になる。
発動してしまった………
魔術○の赤が腕を組み和人に寄り添う。
美空が羨ましそうに見ている。
気まずい……………
「ま、まあ、条件さえ解れば私にも出来ますね?魔術○の赤!!!!!」
…………………………
何も起こらない、魔力が集まる感じすらしない。
「何で…………?」
美空が完全に泣いている。
和人が脂汗を滲ませながらステータスを確認すると、
魔術○の赤: ユニークスキル 召還獣 魔術○の赤を召還する。召還時、魔力と体力を消費し、行動に応じて魔力を消費する。実体を伴い物理的な攻撃力も備える。
「ごめん美空…これ僕だけのスキルになっちゃったみたい………」
その言葉を聞いた美空の顔が絶望に染まる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!和人君のバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
美空が泣きながら和人をぽくぽく叩く。しかし、実際叩れているのは魔術○の赤だ。
和人はこれ便利かも、と思いながら、どんだけ魔術○の赤が良かったんだよと思った。
「いや…美空。幽○紋は他にもあるし…」
「魔術○の赤が良かったんです!チ○ン・ジョ○ジみたいでカッコいいじゃないですか!!!」
「それカッコいいの!?美空は土魔法あるんだし、愚○じゃ駄目なの?」
「犬はポージングしないし、喋りません!!」
和人は色々考えたが良い案が浮かばない。クラ○シュなら、見た目サメだから美空は好きそうだが、美空に水適性は無い。
―スキルは譲渡が可能だ…―
久し振りにスルトが話しかけてきた。
―そうなの?でも、手放すには惜しいよ、便利そうだし。―
―我が似た様な物をくれてやる…喧しくて叶わんから…それはその娘にくれてやれ…―
相変わらずサービス精神が強い魔王だ。
―どうすれば良いの?―
―手を繋ぎ、魔力を交わせ…譲渡スキル名…相手が受諾スキル名…それだけだ…―
―ありがとう、やってみるよ。―
「美空、スキルって譲渡出来るの知ってる?」
「くれるんですか!?」
美空は知っていたようだ。涙と鼻水まみれの顔を輝かせ、和人に向ける。
「そんなに欲しかったんならあげるよ。とりあえず顔拭いて。」
和人はハンカチを差し出すが、美空はそれを受け取らず、和人に抱きついた。
「ありがとうございます!和人君、やっぱり大好きです!!」
「うわぁ!?汚い!顔拭いてって!!」
「女の子に汚いなんて酷いです!もっとデリカシーを持って下さい!!」
「人にデリカシーを問うなら鼻水くらい拭いてよ!!」
和人は美空を引き剥がし、その顔にハンカチを押し当てた。
「う~…和人君、私の扱いが雑すぎませんか?」
美空はやっとハンカチを手に取り、涙と鼻水を拭いて、思い切り鼻をかむ。何故か一度開いて中を確認し、内側に畳んで和人に差し出す。
和人はそれを両手でそっと拒んだ。
「それだけ気を許してるって事だよ。じゃあ始めようか?」
和人の差し出した手を美空がニヤニヤしながら握る。よっぽど嬉しいらしい。
互いの魔力が交わりじんわりと熱くなる。
「譲渡、スキル魔術○の赤」
「受諾、スキル魔術○の赤」
和人は体から何かが抜け出て行くのを感じると、ステータスを開き、魔術○の赤が消え、代わりにスルトがくれたスキルがあるのを確認する。
焔の尖兵:ユニークスキル ムスペルヘイムの兵士を召還する。召還時、魔力を消費するが、その後の消耗は無い。複数召還可能、高度な擬態能力を持ち、高い攻撃力を備える。
スルトの言うように、似てはいるのだが、こちらの方がずいぶんとハイスペックだ。
「魔術○の赤!!!!!」
バアアアアアァァァァァァァァァンッ!!!!!!
早速美空が発動させて確認している。
「扱いは召還獣なんですね、これから宜しくです、マギーさん♪」
美空は嬉しそうに魔術○の赤に挨拶し、召還獣だからか名前を付けた。
しかし、その名前のせいか、魔術師としての格がぐんと下がった気がする。
「それで、次は何するの?」
マギーさんに抱きついてキャッキャしている美空に和人が聞く。
「もちろんマギーさんの検証です!色々やりますよ!!」
その後、美空は最大行動範囲、最大射程距離、飛行、物理的攻撃力、CFHS使用時の魔力消費量等、色々検証した。
「お腹も空きましたし、今日はここまでにして帰りましょう。午後は料理教室の約束なんです。ではマギーさん、戻って下さい。」
するとマギーさんは美空に重なる様に消えた。
それを見た和人が不思議に思う。
「ねえ美空、もうポージング無しで普通にマギーさん呼べるんじゃない?」
「え?マギーさん出て下さい。」
美空の体からふわりとマギーさんが出て来る。
「……戻って下さい。」
マギーさんがすうっと消える。
美空は今度はポーズを取って、
「魔術○の赤!!!!!」
ギュウゥゥゥゥーーーーーーーーーーンッッッッ!!!!!!
…………………
「この差は何の意味があるんだろう………」
「まあ、気分に合わせて使い分けますよ……明日も付き合って下さいね?まだまだ試したい事が沢山ありますから、明日は1日中です!」
「はいはい、付き合いますよ。」
「だから雑ですってばぁ~~。」
マギーさんに対する何かよく分からない気持ちを残して、二人は昼ごはんを食べに王城へ帰って行った。