その頃みんなは
主役が単体行動をしていた時、メインメンバーは何をしていたか?
よくある話ですね。
しかし、作者の好みは王道です。
ベタじゃ無い!王道だ!!
午前九9時半 和人が町の散策を始めた頃
慎太郎はいつも通り、ロレインの家の扉を叩いていた。
いつも通り、笑顔のロレインが扉を開ける。
「おはよう、ロレイン。」
「おはようございます。あら?今日は慎太郎一人ですか?」
ここ数日で、慎太郎に対するロレインの態度も大分砕けている。
「ああ、今日はみんな用事があるんだってさ。俺一人じゃ迷惑かな?」
「そんな事無いです!ただ…」
ロレインは顔を赤らめ、もじもじする。
「皆さん大事なお友達ですけど…慎太郎と二人だと聞いて、いつもより少し嬉しく思ってしまったのが申し訳無くて…」
その言葉を聞いた慎太郎は真っ赤になり、照れ笑いを浮かべるが、心の中では、
『異世界に来て良かったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』
と、大絶叫している。
お互いに真っ赤になりながら、目を合わせず、もじもじすること三分。初々しい。
先に声を発したのは慎太郎だ。
「じ、じゃあ、今日は何をしようか?」
「あ、はい、今日は少し遠出しようと思ってるんです。付き合って貰えますか?」
『今の言葉の後半部分だけを言って欲しい!』
慎太郎は内心そんな事を思いながら、
「もちろん!ロレインの頼みなら何にだって付き合うさ。」
それを聞いてロレインはまた少し赤くなってしまう。
照れを隠す様に小走りに物置部屋に駆け込むと、二つの背負い籠を持って現れた。
「では、行きましょう♪」
「え?あ、うん。」
そして二人は、湖の対岸側の森を目指して歩いて行った。
その後、慎太郎は思いも寄らぬトレーニングをすることになる。
午前10時
遥は痛くてダルくて重くて熱っぽい体を起こした。
今回のは特に酷い、食欲は無いが無理矢理にでも何か食べないと後でもっと辛くなる。
「あ~…油断してた…」
いつもは前日、前々日に来そうな感じがあるのだがそれが無かった。残りの休日は潰れそうだ。
もう三つ編みも面倒臭い、無造作に髪を束にしてバレッタで止める。
「うう~…特撮視てれば気が紛れるのにぃ~…」
せっかく良くなった見た目も散々な有り様なので、すれ違うクラスメイト達が皆心配してくるが、中にはデリカシーの無いバカもいる。
「どうした山崎、生理か?」
笑顔の大輝が冗談めかして言ってきた。
「噴ッ!!!!!」
「かふぁッ!?」
遥の腰の捻りと手首から肩まで見事な回転の効いたコークスクリューブローが、中学空手全国出場者の心臓を打ち抜いた。
「そうよ、悪い?」
崩れ落ちた大輝を見下ろしながら、遥は低い声で言った。
「おま…全国…狙え…るぜ……」
それが彼の最後の言葉だった。
遥はゴミを放置して、再び幽鬼の様に歩き出した。
「さっさと何か食って、も一回寝よ……」
食堂への道すがら、練兵場を見ると、真琴が十人相手に組手をしていた。
「元気だな…あの人…」
10時半
慎太郎とロレインは、目的の場所にいた。
「あれを取りに来たんです!」
ロレインが指差した先には、パンパンに膨らんだ巨大な植物の実の様な物があった。
「あれは何なんだ?」
「砲戦華の実です、種が沢山詰まっていて、その種から良い油が作れるんですよ。」
ほうせんか、聞くだけでは字面は解らない筈なのに、慎太郎は嫌な予感がした。
ロレインは笑顔でそれに向けて水弾を放った。
着弾と同時に破裂音が響き渡り、握り拳程の種が散弾銃の様に飛び散った。
「ぬおわッ!?ストーンウォール!!」
連続した重い着弾音が響く。
散弾の雨の中、ロレインは平然と立っていた。
音が止み、慎太郎が辺りを見ると、砲戦華の種は地面や木の幹、ストーンウォールにもめり込んでいた。
「慎太郎は魔力障壁は使えないのですか?」
ロレインが不思議そうに慎太郎を見る。
「何それ?聞いた事無いよ?」
「ん~、魔法ではなく魔力その物で身を守る膜を張る感じですね。魔法より燃費が良いし、属性が無いから相性も考える必要が無いんです。」
光魔法は燃費が悪い。慎太郎は思わぬ所で自己強化の機会を得た。
「ロレイン、それ教えてくれ!」
午前11時
真琴は朝の鍛練を終え、水浴びをし、身なりを整えた。
〔常に心と体を鍛え続けろ、限界とは己がそう思ったその時だ。〕
真琴の武道の師、小学生の頃、家族旅行で行った北海道で遭難した真琴を護り、素手でヒグマを倒した武闘家の教えだ。
それ以来、真琴は十歳から毎日の鍛練を欠かした事が無いが、いまだに師匠に追い付けた気がしない。
しかし、それは真琴が未熟なのでは無く、その教えを守り続けているが故だった。
師匠に追い付いた、追い越したと思えば、そこから限界が近付く。
無意識にそう思っているから、そう思わないのだ。
実の所、彼女は素手でヒグマに挑み、勝利している。それはあの頃の師匠に並んだだけで、今尚強くなり続ける師匠には及ぶ物では無い。
〔常に心に余裕を持て、武道に限らず、心に余裕の無い者は良い結果を出す事は出来ない。〕
師匠の二つ目の教えだ。
「さてと、たまには外で食事にするか。」
一つ伸びをすると、真琴は何でもない時間を楽しむ為に、町へと繰り出した。
午前11時半 和人、クラリスに遭遇
「ちがいまふよ~…じょーはまくれーんれわなく…はれんべっくれふ…」
美空はまだ寝ていた。
寝相が悪くベッドから落ちる彼女は、床に布団派だ。
掛け布団はとっくに蹴り飛ばし、敷き布団に対して体は横だ。
右手をパジャマの中に入れ、腹をわしわしと掻いている。
中々起きない美空の顔に、お腹を空かせた公太郎さんがよじ登り、魅惑のお腹で鼻と口を塞ぐ。
美空の顔がどんどん赤くなり…
「いなごっ!?」
勢いよく覚醒し半身を起こす。いったいどんな夢を見ていたのだろうか?
一度浮いた公太郎さんの尻が美空の腹に落ちる。
「もきゅ!?」
「ぼひゅ!?」
朝から(もう昼だが)重いボディーブローが空きっ腹に響く。
「おはようございます、公太郎さん。お腹空きましたね…」
公太郎さんをむにむにし、よだれを拭きながら、やっと立ち上がった。
一応美空は身だしなみは気にする方だ。髪を透き、着替えて食堂へ向かう。
途中すれ違う人達が、皆笑うか引いている。
「おはようございます、レーベンさん。朝ごはん下さい。」
レーベン、料理長はそんな美空を呆れた目で見る。
「美空、もう昼だ。それに何度も言ってるだろう。姿見を使え。」
美空は制服のブレザーの上にいつものノースリーブコートを羽織り、下はパジャマで裸足、頭の上に公太郎さんを乗せていた。
「いったいどうするとそうなるんだよ…」
「解りません…とりあえず、公太郎さんにごはんお願いします。私は着替え直して来ます。」
そう言って公太郎さんを降ろすと、美空は戻って行った。
「あんなすっとぼけた娘が、俺より美味い物作るんだから嫌になるわ…」
正午
真琴は屋台で買ったケバブサンドの様な料理を食べながら、町を歩いていた。
アーミーブーツにアーミーパンツ、タンクトップの上にパーカーを羽織り、腰に届きそうな髪をポニーテールに纏めたラフな格好。
この世界では異質な姿だが、その見目と合わさって視線を集め、さっきから男女問わずナンパが引っ切り無い。
面倒になった真琴は、虫除けに軽く殺気を出しながら歩く事にした。
お陰でナンパは無くなったが、一瞬だけ殺気を返してきた者がいた。
その男は、暖かい陽気の中、不自然にロングコートを着ており、その裾は不自然に揺れている。
何か重い物を内側に仕込んでいる揺れ方だ。
真琴は今度は逆に気配を殺し、その男を追跡した。
大通りから反れる、細い路地が見えた時、その男が懐に手を入れた。
真琴は音もなく距離を詰める。
その男が近くの女性に斬りかかろうと、取り出したナイフを振り上げたその瞬間、真琴の銃弾はそのナイフを撃ち抜いた。
驚き振り替えった男の顔に見覚えがあった。
「お前…賞金首だな?」
午後12時15分 クラリス誘拐 和人、真琴と合流
「慎太郎!そのくらいにして下さい!貴方の体が持ちません!」
ロレインが涙目で訴えるが、慎太郎から諦める意思を感じられない。
「もう少しで出来そうなんだ…砲戦華も後五つ残ってる。」
当の昔に二人の背負い籠は山盛りになっている。
慎太郎は砲戦華の種を一つ拾いながら、ぼろぼろの体で立ち上がった。
何度も何度も回復魔法で治した体からは、乾いた血がぽろぽろと剥がれ落ち、打撲の後が消えきらずに残ってしまっている。
手に持った種を実に向かって投げつける。
甲高い破裂音と共に散弾の雨が降る。
慎太郎が魔力を集中させると、半球状の薄赤く光る膜が出来る。
しかし、散弾はその膜を突き破り、慎太郎の体を打ち付けた。
「ぐあぁぁぁぁぁッ!」
倒れる慎太郎にロレインが駆け寄り回復魔法をかける。
「お願い!もう止めて!?貴方が傷付くのを見てるのがとても辛いの!!」
ロレインに膝枕された慎太郎の顔に涙が落ちる。
「ごめんロレイン。君の頼みなら何でも聞いてあげたいけど、勇者の俺は別なんだ。俺は少しでも早く強くなりたい…!」
そう言って、慎太郎は再び身を起こした。
「やっと解った…弾くんじゃなくて、受け流すんだな?」
そう呟くと、慎太郎は再び種を投げた。
砲戦華が弾け、散弾が降り注ぐ。
「はあッ!」
降り注いだ砲戦華の種は、慎太郎を包む魔力の膜を滑るように勢いを失い、その足元にぼとぼとと落ちた。
「はは…やっと出来た…」
膝から崩れ落ちる慎太郎に、ロレインは駆け寄り抱きしめた。
「ばか…ばかぁぁぁぁぁっ!!!」
慎太郎は泣き崩れるロレインの髪を優しく撫でながら、
「なあロレイン…いつか魔王を倒して、この世界が平和になったら、一緒に俺の世界に行かないか?君と見たい物が沢山あるんだ。」
ロレインは泣きじゃくりながら顔を上げる。
「無理よ…そんなの聞いた事無いわ…」
その言葉を聞いて、慎太郎は微笑んだ。
「魔王を倒せば女神様も少しはわがまま聞いてくれるって。もし無理でも、生まれ変わって何度でもやり直せばいいさ?」
「生まれ…変わる…?」
ロレインは泣きながら慎太郎を見詰める。
「たとえ何度生まれ変わっても必ず君を見付けて見せる…愛してるよ、ロレイン…」
ロレインの涙が、悲しみから喜びに変わった時、二人は唇を重ねた…
午後1時 和人、貧民街に突入
コックコートに着替えた美空が調理場にいた。
「今日は魚料理を重点的に教えます。まず、私の故郷では一般的な生食です。」
調理場にどよめきが起こる。
「美空、いくらお前の話でも、それは無理だ。絶対腹壊すぞ?」
レーベンが言うが美空はそれを軽く笑い飛ばす。
「大丈夫ですよ、鑑定で生食可能な物しか食べませんから。それに、もしお腹壊しても一日二日下痢するだけですって。」
見目麗しくうら若き乙女が、下痢するだけだと笑う。
調理場の全員が引き吊った笑いを浮かべる。
「まずここに、釣ったその場で締めて血抜きをし、氷温熟成したお魚があります。」
美空はまいるーむから90㎝程のキングサーモン風の魚を取り出した。
『この娘にまともに付き合うだけ無駄だ…』
皆がそう思い、料理に集中した。
美空は手際良く三枚に卸し、背の身を刺身にすると、ワサビ醤油を添えて皆に薦めた。
腹身はもちろん自分用で、醤油も調理場のものだ。
全員恐がって食べないので、まず自分でたべる。
「ふむぅ~…♪♪♪♪」
誰から見ても美味しそうな顔でじたばたする美空。それを見たレーベンが意を決して一口にたべる。
「何だこれは…柔らかくトロリとして、ねっとり絡み付く脂の旨味…煮たり焼いたりでは味わえない美味さだ…」
「ただ締めた魚をすぐに食べても、こうはなりません。凍るか凍らないかを維持して保存し、ゆっくりと熟成させ、死後硬直が解ける寸前が一番美味しいのです。」
それを聞いた弟子達が次々と手を伸ばし、その味に驚く。
「でも醤油がある分しか無いんですよねぇ…カルパッチョ作るにも、基本みんな獣脂ですし…菜種油では香りが無さすぎます…」
腕を組んで悩み始めた時、
「こんにちは、料理長さん」
「おお、勇者の兄ちゃん。どうした、ぼろぼろじゃ無いか。」
背負い籠一杯の砲戦華の種を持った慎太郎が帰って来た。
「これ、友人からいい油が作れるって聞いて、使えますか?」
「砲戦華の種か!癖の無くて香りの良い油が出来るんだ。ありがとうよ、大変だったろう?」
それを聞いた美空が目を輝かせた。
「ナイスタイミングです!慎太郎君!今夜はカルパッチョに決定です!!」
そこへ朝食が重かったのか、げんなりした顔の遥が夕食のリクエストにやって来た。
「美空ぁ~…晩ごはん、出来たらさっぱりして血になるのがいい~…」
それを聞いた美空は、訝しげな顔をする。
「どこかで聞いていて出のタイミング計ってました?今夜はサーモンのカルパッチョです。」
遥は少しだけ笑顔になる。
「最高ぉ~…」
「女の子の日ですか…遥には薬膳スープ付けますね。」
「助かるぅ~…」
午後1時40分
そこにクラリスを送り届け、アリバイ工作を終えた和人がやって来た。
「美空ぁ~…何か軽く摘まめる物無い?」
色々疲れた一日だった。夕飯まで持たないが、町に出る元気も既に無い。
「あれ?みんなどうして集まってるの?」
「いや、別にぐうぜ……」
「慎太郎君が大人の階段を登った報告会です。」
慎太郎の言葉を遮り、美空がさらりと言った。
―怖い!天才怖い!!―
慎太郎が驚きの表情を浮かべ、青い顔で美空に振り替えると、例の猫の様な表情で薄ら笑いを浮かべていた。
「ちゅー、したんですよね?」
その言葉を聞いた和人と遥も同じ表情になる。
「さすが勇者、キメてくれるねぇ?」
「まさに会心の一撃?出会って四日の早業だよ?」
慎太郎は顔色を青から赤に変え、脱兎の如く駆け出して行った。
「本当、良かった良かった。」
三人はその背中を、ちゃんとした友人の笑顔で見送った。