右と左
真琴の手に力が込められ、皆が、
『本日の美空は終了しました。』
そう思った時、救いの神が現れた。
すっかり美空になつき、結局付いてきてしまったヌートラット(公太郎さん)だ。名前を縦に書くと軽く危ない。
今まで荷車の陰に居たのだが、今何故か真琴の脚によじ登ろうとしている。
「なッ!?」
真琴と公太郎さんの目が合う。
「もきゅ!?」
公太郎さんはびっくりしたのか、尻から落ちて仰向けに倒れた。
起き上がれないのか、そのまま手足をわたわたさせている。
「ふわぁぁぁ……」
真琴の表情が一瞬で緩んだ。
その顔は、美空がツインソードモードを披露した時の、特オタ二人の顔にそっくりだ。
「かわいい~~~~っ♪♪♪」
真琴の目にはもう公太郎さんしか見えていないらしく、思い切り抱きしめ頬擦りしている。
「もきゅ~…」
公太郎さんが少し苦しそうだか、ここは我慢して貰おう。
真琴はその後、我を忘れ、なでなでして、すりすりして、むにむにして、もふもふして、たっぷり十五分経った時、やっと我に返った。
いかにも、やってしまったという表情で、仮○ラ○ダー○3並みに真っ赤な顔で振り替えると、もんのすごい暖かく優しい目で、その全てを見ていた五人の生徒がいた。
真琴の目に涙が滲む。
「あ…う…いや…これは…だな…」
上手く声が出せなくなってしまった真琴に、美空が優しく声を掛ける。
「私がペットとして飼うことにした、ヌートラットの公太郎さんです。基本部屋飼いですから、いつでも遊びに来てくれて良いですよ?」
その言葉に真琴の表情が一瞬だけぱあっとなる。
しかし、その鉄の精神がいつもの真琴の表情に戻した。
「今回だけは不問にしよう、今回だけだぞ!」
「Yes,ma'am 隊長殿。」
その言葉に、美空は抱き抱えた公太郎さんを敬礼させて応える。
それを見た真琴の顔がまた一瞬緩み、いつもの表情に戻ると、名残惜しそうに去って行った。
「凄いよ、公太郎さん!!」
「あの先生を攻撃もせずに退けるなんて!」
「かわいいは正義って本当だったんだ…」
「てか、隊長が可愛いかったな…」
皆が公太郎さんを称賛する中、信治は真琴の普段見せない表情が印象深かったようだ。
「ありがとうございます、公太郎さん。助けてくれたんですね。」
「もきゅ~」
お礼を言いながら、美空は公太郎さんに頬擦りした。それを見た信治が鼻の下を伸ばしている。やはり惚れた女の方が上らしい。
「さてと、それじゃ解体を始めるか!」
慎太郎が手始めに、大雑把な作業をしようと剣を抜いた。
「あ、待って慎太郎。少し試したい事があるんだ。」
和人はヘッジホッグ・レインメイカーの前に立つと、イメージを練り始めた。
「皮って茹でると剥ぎやすいらしいんだよね。僕はせっかく四属性の適性があるんだから、複合魔法って出来ないかなって、考えてたんだ。」
火魔法と水魔法をぶつけ高温の水蒸気を作り、風魔法でドームを作り閉じ込め、対流させる。
イメージは固まった。後は名前を付けるだけだ。
美空に呪文詠唱の話を聞いてからは、皆は自作魔法に名前を付けている。そうすることで、次回から言葉を発するだけで発動するからだ。
「スチーム!」
安易な名前かも知れないが、だからこそイメージと結び付くのだ。あまり凝った名前を付ける付けると、瞬時にイメージに結び付かなかったり、名前を忘れたりする。
蒸気のドームがヘッジホッグ・レインメイカーを包み込む。
「うわぁぁぁぁっ!?めっちゃ魔力持ってかれるぅぅぅぅぅっ!?」
思い付きでやってみた和人だが、その魔力消費に驚いている。
当たり前だ、結果3つも魔法を同時発動させているのだ。
「美空!鑑定で状態解る!?」
「鑑定、いけます。もう少し頑張って下さい。」
「ふおぉぉぉぉぉぉ!?」
最新式ダ○ソンに吸われる様な勢いで抜けていく魔力。
自分からやっときながら途中でやめるなんて、カッコ悪くて出来る訳がない。
「ぐぬぬぬ…」
和人の心の中でカラータイマーが高速で点滅を始める。魔力切れで倒れるのもカッコ悪い。
「はい、OKです。お疲れ様でした。」
「ぶはぁッ!」
和人が大きく息を吐き出し、大の字に倒れ込むと同時に、和人の心の中のウ○トラ○ンは、両手を腰に当て、満足そうに大きく頷くと、大空へ向かって飛び去って行った。
「ありがとう…」
和人が達成感と共にその後ろ姿を見送っていると、
「お疲れ~。大丈夫か~?そこにウル○ラ○ンは居ないぞ~。」
遥が傍らに屈み込み、顔を覗き込んできた。
どうやら和人の頭の中などお見通しのようだ。
和人は何とか体を起こす。
「まあ、ギリギリかな…戦闘中に試さなくて良かったよ。」
遥相手に強がりを見せたところで見透かされるだけなので、和人は素直に答えた。
見ると慎太郎と信治が解体を始めていた。
「サンキュー和人。凄く剥ぎやすいよ。」
既に大雑把な作業を終え、解体用ナイフに持ち代え、右半分の皮を剥いでいる。
「皮を綺麗に剥ぐのが一番手間掛かるもんな。これなら早く終りそうだ。」
左半分の皮を剥ぎながら、信治が嬉しそうに言った。
皮は大きく一枚で剥ぎ取れた方が高く売れる。
千切れたり、穴が開いたりすると半額以下まで落ちる事もあるのだ。
二人がてきぱきと皮を剥いでいる中、美空が切断された筈の尻尾の前に屈み込んで何かしている。
遥が覗いてみると、切断面から血が滲み出ては消えていくという、なんとも奇妙な光景があった。
「カッコ良く言えばブラッドスティール。まあ、血抜きの魔法です。思い付きで切断面に真空の別空間を当ててみたんですが、意外といけますね。」
「でもその血どうすんの?」
「ブーダン・ノワールって知ってますか?」
「あ、食べる気なんだ…」
ブーダン・ノワールは豚の血のソーセージだ。
新鮮な血に、スパイスやハーブ、調味料を入れ、豚の腸に詰めて茹でた物である。
その味は好みが別れるが、例えるなら、濃厚で滑らかなレバーみたいな感じで、好きな人には堪らないモノがある。
地面に面した背中の皮を残し、一度肉の切り出しに入る。
肉を減らしてから背中を剥いだ方が楽だろうと美空が提案したからだ。
肉の状態を早く確認したいという美空の欲もあったかもしれないが、二人もそれに同意する。
信治が四肢の切断を担当し、慎太郎が腹を割き始めた。
「内臓傷付けないで下さいね、特に大腸と胆嚢は取り返しが付かなくなります。」
「やっぱり食べる気なんだ…」
遥が呆れた声を出していると、慎太郎のナイフが骨とは違う硬い物に当たり、鈍い音をあげた。
「何だこれ?」
慎太郎は胃と心臓の間辺りから、赤ん坊の頭くらいの塊を取り出した。
「おぉ!魔石ですよ、それ。やはりこれくらいの個体になると、あるのですね!」
美空はそのトパーズのような輝きを放つ塊を受け取りながら、魔石の説明を始めた。
「魔力とは中国で言う気なんですよ。五行、木火土金水に当たるのが属性で、その気が巡る血管に値する物が径絡です。径絡を巡った気、魔力が、その保有量や生年月から、体内に蓄積し、結晶化したのが魔石な訳です。」
美空は魔石を日にかざしながら説明するが、和人の一言で台無しにされる。
「それって、血栓とか結石だよね。」
その言葉に一同が言葉を無くしてしまう。
言ってしまえば、魔石は胆石や尿路結石の様な物なのだ。
魔物の不健康の証が最高級の素材になる。
慎太郎が硬い笑顔で空気を変えようとする。
「ま…まあ、これは胸から出てきたんだし…」
「大動脈瘤?」
「「「「やめろ。」」」」
和人は皆に怒られた。
解体が終わり、今五人の前には焚き火と5本の串肉が突き立てられている。
調理場はすぐ近くなのに、待ちきれなかった美空が解体の途中から焼き始めたのだ。
肉の色は軍鶏の様な赤の強いピンク色で、鶏肉の様に繊維がしっかりしているが、豚の様に脂の層がある。
『めっちゃ美味そう…』
皆同じ思いだった。
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「上手に焼けましたぁー!」
美空の掛け声で一斉に手を伸ばした。
「うまっ!?なっ?うまっ!?」
信治、語彙力が暴落する。
「美空!もう一本焼いてくれ!頼む!」
慎太郎、5秒で食べきる。
「はあぁぁぁぁぁ…」
遥、トリップ。
「そうか…美味しくて泣く事もあるんだ…」
和人、感涙。
「肉の旨味がとにかく強いですね。豚肉みたいな噛み応えがあるのに、鶏肉みたいにほろほろと解れます。そこにほとばしる脂の甘味、物凄い美味しいお肉です!夕飯前ですがもう一本焼きましょう…」
美空は追加で5本焼き始めた。
「しかし、これだけ美味いと普通のヌートラットの味も気になるな…」
肉の焼け具合を見守る中、信治がそう呟いた瞬間、美空の銃口が股間に向けられた。
「総合的に潰すと言った筈です。手始めに貴方の男を潰しましょう。右と左、どちらからにしますか?」
感情の無い美空の瞳が信治を見据え、抑揚無く淡々と言った。この女はきっとやる。
すぐさま土下座して謝った信治は、焼きたての肉を冷まさずに口に突っ込まれ、大腸を食べられるくらいまで洗う。要はウ○コ掃除をする事で許された。