隠し事
一休みした五人は、倒したヘッジホッグ・レインメイカーを前にして悩んでいた。
ひとまず討伐証明になる爪、前歯、尻尾は切り取ったのだが、問題は本体だ。
皮や針は素材として有用そうだし、棄てて行くのはもったいない。
諦めて棄てて行くにしても、これだけの個体になると、アンデット化の恐れもある。
「美空、空間魔法に入らないか?」
慎太郎が問いかけるも美空は首を横に降る。
「すみません、この大きさでは今の私の魔力量では無理です。」
美空のまいるーむのキャパシティは魔力量に比例するらしい。
「なら、皮だけ剥いで燃やすか。」
信治の提案が現実的かも知れないが、美空がそれを却下する。
「駄目です!お肉がもったいありません!!」
よだれを垂らしている美空に、全員が疑問の視線を向ける。
「え?食べられるの、これ?」
「あんたそんな事一言も言って無かったじゃない?」
和人と遥の言葉に、美空が苦い顔で明後日の方向を見つめる。
その顔にピンときた、勘の良い慎太郎は、まさかと思いつつ美空に尋ねた。
「まさか、ヌートラットって食えるのか?」
その言葉に、美空は大きく溜め息をつくと、すっかりなついて、足下にすり寄っているヌートラットを抱き抱え、皆の前に差し出した。
「鑑定では食用可です。食べたいですか?」
「「「「うっ!?」」」」
ヌートラットは、自分が食われる、食われないの話をされてるなど知りはしないだろう。
「もきゅ~?」
つぶらな瞳が四人を見つめる。
「殺してまで食べたいですか!?」
美空が涙を流し強く言う。
「もきゅ?」
ヌートラットはつぶらな瞳を反らさぬまま首を傾げる。
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
遥が顔を覆い泣き始めた。
「俺には無理だッ!」
「こんなに可愛いのに、殺せる訳無いよ!!」
「畜生!たかが食い物で外道になれるか!!」
皆が涙を流し諦めた。
その言葉を聞き、美空は安心した表情でヌートラットを抱き、撫でながら、
「良かったです。もし、それでも殺して食べると言う方がいたら、私は全力でその人を、総合的に潰すつもりでした。」
その言葉に皆が震え上がる。ステータスでは慎太郎の方が強いが、美空の強さはその外にあるのだ。
予測不能な全力など、防げる物ではない。
しかも総合的に潰す…肉体的に、精神的に、社会的に潰すと言っている。怖すぎる。
「仕方ない、大分面倒だけど、荷車でも作って運ぶか。美空、大工道具とか作れるか?」
「ありますよ。」
慎太郎の言葉に頷いた美空が取り出した物は…
「…何でチェーンソー?」
渡された慎太郎が素直な疑問を投げる。
「もしかしたら、神や鮫と戦うかも知れないじゃ無いですか。」
「いや、意味が解らん。」
同じ物を渡された信治も理解が出来ない。
「神や鮫に最も有効な武器はチェーンソーなんですよ?」
「「聞いたこと無えよ。」」
二人がハモる。
「美空を理解しようとすんのが間違ってるのよ。」
「普通のノコギリやオノ使うより格段に楽なんだから、早いとこ始めようよ。」
和人と遥はどこか割り切った顔で林へ向かった。
慎太郎と信治は、まだ何か納得いかない顔でその後に付いていった。
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黙々と作業を続け、形になったものを、美空が錬金術で仕上げの補強をしている。
まだ日も十分に高い。日暮れまでには帰れそうだ。
土魔法でヘッジホッグ・レインメイカーを地面ごと高くして、荷台の上へ転がして乗せる。
それだけでも大仕事だった。
しかし、美空が何か細工をしたのか、かなり重い筈の荷車は意外にもすいすい動く。
「しかし、これ倒したの、実質後衛組だもんな。腕っぷしだけじゃ駄目だと思い知らされたわ。」
荷車を引きながら、信治が今回の戦いを思い返した。彼は剣道の有段者であるが、今回あまり活躍していない。
ルールに添って、人間を相手に戦っていた感覚が未だ抜けない節があるのだ。
「魔法も体術も、もっと鍛えねえとな。」
決意を改める様に自分に言い聞かせる。
それに慎太郎が同調の意を示す。
「そうだな。それに、戦略や駆け引き、状況分析。先生に教わることはまだまだあるな。」
「元々良い先生だと思ってたけどよ、隊長って、この異世界って状況で、これ以上無い程頼もしいな。」
その言葉に全員が頷いた。
「でも最近、元自衛官てのが疑わしく思えるよね…」
遥のその言葉にも、皆が頷いた。
真琴は実は、グリーンベレーとかコマンドーだったのではないのかと、まことしやかに噂されている。
中にはミス・アンチェインとか言ってるアホもいる。
「そういえば、先生も鑑定使えるよ?これ持ってったら、ヌートラット食べられるってバレるんじゃない?」
和人が心配するが、美空はそれを笑い飛ばした。
「それなら大丈夫ですよ。隊長ああ見えて、可愛い物大好きですから。」
「「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」」
意外な情報に一同が驚愕した。
「え?何でそんな事知ってんのよ?」
遥が美空に問い質す。
「見てしまったんです。隊長が車乗るとき、キーホルダーに3つも(あわねこ)が付いていたのを。」
(あわねこ)とは、和人達の世界の女子中高生に人気のマスコットキャラクターだ。
二頭身の猫が目を×や涙目にし、両手を口元に置いて、あわあわしている、とても愛らしいキャラクターである。
ちなみに今まで明記していなかったが、真琴の年齢は28歳だ。
「…甥っ子姪っ子に貰ったでは、済まない数だね…」
和人の顔がどう見ても引き吊っている。笑いを堪えているようにしか見えない。実際そうだ。
「ちなみに、パンツのワンポイント、男子にはリボンの位置と言えば解りやすいでしょうか?お風呂入るときにそんなの穿いてたのも確認済みです。」
「「「ぶふォッ!」」」
男子三人が吹いた。もはや嫌らしさを感じない。
真琴が可愛いキャラクターのパンツを穿いているなどギャグでしかない。
想像して欲しい、薄暗い部屋の中、カッコいい女性が、タンクトップにショーツの出で立ちで、銃の照準を合わせている。そのショーツには可愛らしい猫のワンポイント…
「ちょっと…先生だって女の子なんだよ?ぶふッ!そんなに笑ったら可哀想じゃない…」
遥が涙目で言うが、まるっきり説得力が無い。
「でもよ、隊長の車ハマーだぜ?それにあわねこって…ぶッ!」
信治が完全にツボにはまっている。
「しかし美空、これ話しても大丈夫なのか?どう考えても、先生のトップシークレットだと思うんだが…」
「あ……」
持ち直した慎太郎か、涙を拭きながら言った言葉に美空が立ち止まった。そしてみるみると青冷め、汗を滲ませ目を泳がせ始める。
「……ここだけの話と言うことで、ご内密に御願いします。」
その後一行は、数回の戦闘をこなしながら王都にたどり着いた。
この地域の主的存在であった賞金首討伐の報せに町中が沸き立ち、その姿を一目見ようと道には人が溢れ返っている。
慎太郎は信治と荷車を引きながら、微妙な笑顔で周囲からの歓声に応えていた。
「勇者には名声も必要だよ。」
という和人の意見で、説明が面倒な一同は慎太郎の手柄にすることにしたからだ。
ギルドにたどり着き、依頼達成と賞金首討伐の報告をすると、ギルマスから直々に賞金を渡された。
「いやあ、さすが勇者様だな。この世界に来て一月もしない内に、こんな大物討伐するとはな。この調子で魔王も倒しちまってくれよ!」
ギルマスは期待のこもった顔で慎太郎の肩を叩いた。
慎太郎はやはり微妙な笑顔でそれに応えている。
「で、解体はどうする?うちでやるか?」
「いえ、場所も取りますし、練習がてら城の練兵場でやろうと思います。」
ギルドに頼むと、肉を返してもらう言い訳が面倒だ。
「そうか、素材はうちに卸してくれ。良い値段で買い取るからな。」
「はい、宜しくお願いします。」
慎太郎はずしりと重たい賞金を受け取った。
山分けされた金貨を受け取った信治が呟いた。
「これ一枚で屋台の串焼き千本分か…すげえな。」
基準が安い。
「遥!これ一枚で新品の円盤ワンシリーズ買えちゃうよ!」
「凄いわ!映画盤、特別盤、新旧協力盤、全部揃えても余裕じゃない!」
基準がおかしい。
「金貨ですか、とあるクソゲーを思い出しますね。では、金のコインを十枚貰おうか。」
もはや異次元。
慎太郎が頭を痛くしながら王城の練兵場に行くと、話を聞き付けた真琴が出迎えてくれた。
「おかえり、お前達、お手柄だったそうじゃないか。」
真琴の労いを受けた一同だが、その表情が固くなる。何かを堪えるように。
「そうか、これが賞金首か。ずいぶんとデカいな。中々の相手だったようだな。」
「…はい、かなりの強敵でした…」
慎太郎が絞り出す様に言う。
「ぷふっ…」
頑張って耐えていた一同だが、信治が真琴の下半身を見て吹いてしまった。
それを見逃す真琴ではない。表情は変わらぬまま、少し赤くなる。
「渡辺。」
今まさに逃げ出そうとしていた美空が呼び止められる。
表情こそ変えていないが、真琴を取り巻く空気の密度が異常に濃くなる。
「何かやり残した事はあるか?」
真琴は美空の頭に手を添えた。
「………辞世の句を詠ませて下さい………」