VS 賞金首 ヌートラット変異種!!
―小僧…起きんか!小僧!!―
「うぇ!?」
スルトの呼ぶ声で和人は目を覚ました。
辺りを見回すと皆眠りこけている。太陽も少し移動していた。
―魔物の気配が無いとはいえ…見張りも立てずに寝るとは…少し緊張感を持て!!…―
「あ…ごめん…ヌートラットのお腹があまりにも気持ち良くって…」
ストイックな魔王は緊張感が無いことに大変ご立腹だ。
とは言え、特に眠気も無かったのに、心地好い眠りへ誘ったヌートラットのお腹の恐ろしさよ。
「これ、枕で再現できたら売れそうだな…」
不眠症にも効果抜群だろう。そんな事を考えていたらスルトにまた怒られた。
―馬鹿な事を考えてないで…他の者も叩き起こせ!…賞金首を倒すのだろう…決めた事は実行しろ!…―
「スルトって、計画表作ってその通りに生活してそうだよね…」
―お前が無精なだけだ!…―
遥と慎太郎を起こし、慎太郎が信治を起こす間に、美空を起こそうと近づいたが、
「うへ、うへへ…もう食べれません…」
「うわぁ、ベタな寝言吐いてる…」
「ねぇ、遥…これ、女の子の寝顔としてどうなの?」
思い切り抱きしめたヌートラットに、頭をてしてし叩かれながら、半目を開けて眠りこけている。にやけて半開きの口から溢れ出たよだれがヌートラットのお腹を汚していた。
美空の寝顔を見ようと信治が近寄ろうとするが遥が手で止める。
「やめときな、百年の恋も冷めるよ。」
信治が足を止める。
「そんなに酷いか?」
「「酷い…」」
「うくぺっ?」
妙な声と共に美空が覚醒した。よだれを拭きながら体を起こし、
「お腹空きました…お弁当にしましょう。」
寝言と真逆のことを言いながら、弁当を並べ始めた。
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皆で昼食を食べ、しばし食休みを取る。スルトに怒られたばかりだが、緊張感の欠片も無い。完全にピクニック気分だ。
「しかし、ここに来てから二時間以上経つけど、それらしい魔物は居ないな。」
慎太郎がぼやいた。
「うーん、活動時間帯があるんですかねぇ…」
美空が困った顔で答える。膝の上にヌートラットを乗せ、まだむにむにしている。
「もきゅ~…」
気持ち良さげな声を出すヌートラットを、信治が羨ましそうに見詰めている。
暇を持て余したのか、遥がおもむろにギターを弾き始めた。
その曲を聞いた和人が苦笑いを浮かべる。
「まったく遥は、またそんな悪ふざけを…」
「えへへ…探すのめんどいし、どうせなら呼べないかな~、なんて。」
その会話を聞いていた信治が不思議がる。
「何が悪ふざけなんだ?ノリの良い曲じゃないか。」
「これね、戦車に乗って戦うRPGがあるんだけど、それの賞金首ボスモンスターの戦闘BGMなんだよ。」
和人の答えを聞いた信治は、豪快に笑い飛ばした。
「いいじゃねえか!山崎、せっかくだから賞金首に聴こえるように効果範囲広げようぜ!」
「あいよ!」
遥はノリノリで効果範囲を広げた。
そんな三人のやり取りを苦笑して見ていた慎太郎が、今更な事を美空に聞く。
「そういや、賞金首ってどんなモンスターなんだ?」
美空はヌートラットをむにりながら、
「ヌートラットさんの変異種です。名前はヘッジホ…」
そう言い欠けた時、遠くから地鳴りのような音が響いて来た。
皆が音の方を見ると、何かが地面を抉りながら、遥のギターに引き寄せられる様に、物凄い勢いで転がって来る!
「鑑定!間違いありません!賞金首、ヘッジホッグ・レインメイカーです!」
美空の言葉に遥が青冷める。
「マジっすかー…」
ヘッジホッグ・レインメイカーはひとつ大きく跳ね上がると、地響きを上げて着地し、一同の前に立ち塞がった!
「「「「でけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」」」」
幅2.5m体高2m体長4m、全身が鈍色の針で包まれた巨大な針ネズミ!!背中には、その回転に巻き込まれた哀れなゴブリンやグレイハウンドが串刺しになり、血塗れで痙攣している!
ヴラド・ツェペシュが如き地獄絵図だ!
堪らす慎太郎が抗議の声を上げる。
「どこがヌートラットだ!面影なんて一つも無いぞ!?」
その慎太郎の声に答えたのか、ヘッジホッグ・レインメイカーが鳴き声を上げる。
「もきゅ~?」
「鳴き声可愛いな!?確かにヌートラットだよ畜生!!」
信治が剣を構えつつ、疑問をぶつける!
「なんだよ!?レインメイカーってオ○ダカズ○カみたいな名前は!?」
「あの針ばら蒔いて攻撃するそうです!!」
和人が抗議の声を上げる。
「テンプレな攻撃だけど!先に言っといてよ!!」
「聞かれなかったので!」
その時、ヘッジホッグ・レインメイカーが高く飛び上がり回転しだした!
「もういい!来るよ!ウィンドシールド!!」
遥が風魔法で防御を張る!
ヘッジホッグ・レインメイカーから、鋭い針が辺りに撒き散らされる!
先んじて遥が張ったシールドのおかげで、その針は受け流されたが、共に射出されたゴブリンやグレイハウンドはそうはいかない!
「ぬおりゃあぁぁぁぁッ!!!」
信治が剣の鞘と拳で強引に叩き落とした!
「おぉ!カッコいいですよ、信治君。」
美空の言葉を聞いた信治が、得意気な顔で美空に向かって、肩越しに親指を立てる。
「どーよ?惚れても良いんだぜ?」
「いえ、それはありません。」
速すぎる美空の否定に目に見えてへこむ信治。
「頼む美空!士気を下げるような事はしないでくれ!」
慎太郎が懇願する声を出す。
「正直は美徳だ。」
「あんたも本当にブレ無いわね!」
遥は今の言葉が、美空に何度も見せられた、ラ○トボーイス○ウトのセリフだと気付く。
ヘッジホッグ・レインメイカーが着地し、回転したまま突進してきた!
「「「「ぬわあぁぁぁぁぁぁぁッ!?」」」」
皆が一斉に逃げ出した!同じ方向に…
「何でマンガみたいな事になってんだよ!?」
信治が迫り来るヘッジホッグ・レインメイカーを確認しながら叫ぶ。
あの回転に巻き込まれたら、さっきのゴブリンやグレイハウンドの仲間入りだ!
しかし、冷静な美空が指示を出す。
「ならばこのままマンガで行きましょう。あの木に向かって走り、直前で二手に別れますよ。」
皆が美空の言葉に従い全力で走る!少しずつ近付く地面を抉る音が心を焦らせる!
「今だ!」
慎太郎の掛け声で二手に別れる!
ヘッジホッグ・レインメイカーは木に衝突し跳ね返ると綺麗に着地した!
「行くぞ信治!!」
「おうよ!」
二人が同時に斬りかかった!しかし、その硬い針に阻まれ、二人の剣は甲高い残響音をあげて弾かれてしまった!
「――ッ!硬ぇ!」
美空特性のダマスカスの剣が弾かれた事に驚愕を隠せない!
「ならば魔法ならどうだッ!!」
和人と遥の魔法、美空の銃撃が同時に放たれる!
「もきゅ!」
ヘッジホッグ・レインメイカーは、アルマジロの様に丸くなるとその全てを防いだ!
「魔法を防いでる間は動かないみたいだ!僕らで動きを止めるから何か考えて!」
慎太郎と信治、そして余裕のある美空が思案を巡らせる。そして信治は、美空がむにってたのを思い出した。
「腹…腹ならいけるんじゃないか!?」
慎太郎と美空が頷く。問題はどうやって腹をさらさせるかだ。
「一度散開してみましょう。敵意が一人に向いていなければ、立ち上がるかもしれません!」
「よし!散開!!」
慎太郎の号令で一斉に散開する!
「もきゅ~?」
美空の狙い通り、ヘッジホッグ・レインメイカーは立ち上がって皆を見回した。予想通り、腹には針が一本も無い。
「今度こそぶった斬ってやる!」
慎太郎と信治が、がら空きの腹に斬りかかった!確かに刃は通ったが、あまり手応えを感じられない!
「くそ!腹は脂肪が厚いな!」
「もきゅ~!!!」
ヘッジホッグ・レインメイカーが再び回転を始める、狙いを信治に定めたようだ。
「ちょ、ま、来んなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
信治が全力で逃げ出した!
信治が注意を引き付けている間に、和人は作戦を考え、手に持った音○棒と遥の音○弦を見る。
「美空、この二つがあるのなら、当然あれもあるよね?」
「当然です、抜かりありませんよ。」
美空は、まいるーむから音○鼓を取り出し和人に渡すと、続いて音○菅を取り出した。
和人は遥と美空に作戦を伝える。
「なるほど、外が駄目なら内側からですね?」
「美空と私の属性が逆なら完璧なんだけどね。」
「信治君!こっち来て!」
信治が必死の表情で和人の方へ走った!
「横に飛んで!」
その言葉と同時に、和人は土魔法でスロープを作り出した。
ヘッジホッグ・レインメイカーが大空高く打ち出される!空中で体制を建て直そうとするのを、遥が風魔法で阻害し、背中から落とす!
「錬金術ってのはこうゆう事も出来るんですよ!摩擦係数50倍!!」
美空が造り出した高摩擦地帯に刺さったヘッジホッグ・レインメイカーは、起き上がれずにわたわたしている。
和人と遥が仰向けの腹に飛び乗った!和人が音○鼓を叩き付け、遥が音○弦を突き刺し、美空が弾丸を撃ち込む!
「「「三鬼○奏○撃!!!」」」
和人が音○鼓を打ち付け、遥が音○弦を掻き鳴らし、美空か音○菅を響かせる!
三人の魔力が一斉に流し込まれる!!
「もきゅうぅぅぅぅぅぅぅッ!?」
ヘッジホッグ・レインメイカーは、断末魔?の鳴き声を上げ動かなくなった…
「終わったぁ~……」
皆がぐったりと倒れ込む中で、遥が賞金首戦勝利のメロディを奏でた……