魔物食と世界の状況
一匹のグレイハウンドを血抜きのために木に吊るし、残りの解体を始める。全部はやってられないので、血抜きが終わるまでだ。
女子が討伐証明である右前足を切断し、男達で出来る限りの解体をしていった。
「そろそろ良さそうですね。」
美空はほとんど血の垂れなくなったグレイハウンドを撫でて言った。
「では、皮を剥いで部位を切り分けて下さい。私は焼く準備をしますので。」
そう言って美空は薪になる木を拾い始めた。
「ちょっと美空。ここで食べるつもりなの?」
和人が辺りを見回しながら言う。
血生臭い、死屍累々の光景。グレイハウンドの骸の山だ。
「あー、確かに。これでは他の魔物に食事を邪魔されるかもですね。」
微妙に和人の心配とは外れているが、美空は辺りを見回して少し気にしたようだ。
「では、少し片付けましょう。土魔法、ビー○シャ○ク。」
美空が適当に言うと、土の中から鮫の群れが現れ、グレイハウンドの骸と血溜まりを瞬く間に飲み込んだ。
唖然としている一同に、美空が答えを言う。
「人間確固たるイメージが有ると、その言葉だけで、無意識にそれをイメージするんです。言葉によるトリガー、それが呪文や詠唱の正体なんですよ。」
「だからって、何で鮫?」
遥が呆れ気味に尋ねる。
「鮫とB級映画は切り離せませんからね。」
美空は洋画オタと言ったが少し違う。古いアクションやB級パニック、B級ホラーを好むのだ。
〔名作なんかいつでも見れます〕が持論の美空は、とにかく奇をてらう鮫映画が大好きだ。
「さっきコレ使えばもっと楽だったんじゃないのか?」
慎太郎が美空に問いかける。
「見た目の派手さと魔力消費量って、比例するみたいなんですよね。けっこう疲れるんですよ。慎太郎君の【波】だってそうでしょう?」
「あー、かなり持ってかれるな、あれ。」
慎太郎は納得したようだ。威力が高く、見た目も派手な【波】は、慎太郎の魔力の3割使う。
「ちなみに、イメージが出来てても魔力量が足りないと、発動しないみたいなんですよね。」
美空が口を尖らせ、残念そうに言う。
「一体何を試したんだ?」
部位の切り分けが終わった信治が、美空に肉を渡しつつ聞いた。
「魔○師の赤です。火魔法でいけそうなんですよね。」
全員が、『その手があったか!』という顔をする。
「ま、その辺はLvが上がってから試していきましょう。うん、いい感じのお肉ですね。」
グレイハウンドは中々に綺麗な赤身肉だ。
ちなみに中国では、犬肉は割りと普通に食材にされる。チャウチャウに至ってはそもそも食用犬なのだ。グレイハウンドは狼だが、そこまで差は無いだろう。
「腿は固そうですし、今回はバラ肉を使いましょう。素材の味を知るためなので、味付けは塩のみです。」
美空は手際よくバラ肉を一口大よりも少し小さめにカットし、金串に刺してゆく。焚き火は火加減が難しいので、生焼けを防ぐためだ。
まんべんなく塩を降り、出来上がった5本の串を焚き火の前に突き立てる。
「空間魔法って便利だな…」
何もない空間から次々と調理器具を取り出す美空を見て、信治が呟いた。
「俺、美空や先生見てると、勇者の自信無くなるよ…」
慎太郎が遠い目で呟いた。真琴と美空は勇者である慎太郎よりも、スペックが高過ぎる。
「隊長は別次元の生き物だ。比べるのが間違ってる。」
信治も真琴に鼻を折られた一人だ。
真琴と一対一で対峙した時の、城塞を前にしたような威圧感は、もはや別次元としか言いようがない。
「まあそんな事は置いといて。この世界、食糧難の兆候が見えて始めているんですよ。」
慎太郎達の話を勝手に置いて、美空が話始めた。
「時の魔王には強い特徴があるらしくて、過去の魔王は火災や水害だったそうです。今回の魔王の特徴が、食糧難に関係するみたいですね。」
和人はスルトに聞いて知っていたが、皆は美空の話を興味深く聞いている。
「王都近郊ではまだ影響は見えませんが、辺境では土地を捨てる人達も出ているそうです。そこで私は考えた訳です。なら、魔王の影響で活性化し、数も増える魔物を食べられたら少しはマシなんじゃないかと。」
男達は少し感心した、割りと真面目に考えていたんだなと。
しかし、遥はそうは思わなかった。
「本音は?」
「半分は只の好奇心です。」
男達は、だよねー、とばかりに苦笑いをして、ため息を吐いた。
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「上手に焼けましたぁー!」
突然美空が串を手に取り、天高く掲げ立ち上がった。
いきなりの事に、皆がビクッとする。
美空は焼き過ぎないように、串肉を皿に盛ると、まだじゅうじゅういってる一本に、唇が付きそうなほど近くでふうふうして、左手を添えて信治に差し出した。
「はい、あ~ん♪」
とびきりの笑顔も忘れていない。解ってやってるのが、この娘の恐ろしい所だ。
信治の顔はもうでれでれだ。他三人の感情の無い視線に気付きもしない。
2切れ分口に入れしっかりと咀嚼する。
美空に食べさせてもらっている時点で、信治にとっては、海原○山でも生み出せない至高の一品なのだが、今求められているのはそんな事では無い事は理解しているので、しっかりと味わう。
「……普通に美味いぞ、これ。」
「え?マジで?」
慎太郎が目を丸くする。
「マジでマジで。噛むとしっかりした旨味のある肉汁が出て、さっぱりとした脂のコクもある。独特の香りは好みが別れるかも知れんが、安い牛肉よりは全然アリだな、俺は。」
それを聞いた一同は、一斉に串肉に手を伸ばした。
ちなみにあ~んはここまでだ。残りの肉を押し付けられた信治が少し悲しそうだ。
「あ、本当だ。かなり美味しい。」
遥が口元を隠しながら言う。
「うん、ラム肉っぽい感じだね。僕も好きだなコレ。」
和人が笑顔で肉を噛み締める。
「確かに美味い、これならあと5・6本は食えるな!」
慎太郎は大層気に入ったようだ。
「ん~♪かなりのポテンシャルがあるお肉ですね。これから何を作るか、夢が広がります♪」
頬に手を当て体を揺らす美空は、すでに頭の中で色々な料理を考えているようだ。
「これから食える魔物探していくのもいいかもな。」
肉を食い終えた信治が、金串を楊枝代わりにしながら言った。
「異世界モノではオークなんか定番だよね。あとコカトリスなんかの鳥系。」
和人が前に読んだラノベを思い出しながら言う。
「でも定番だからって、この世界でもそうかは解んないじゃない?」
遥の言うことはもっともだ。この世界のオークが毒持ちである可能性はゼロではない。
「やっぱ鑑定スキル欲しいな…美空、取得条件解るか?」
慎太郎が美空に尋ねる。
「さぁ?本読み漁っていたらいつの間にか付いたので…」
首を傾げる美空に、和人が提案する。
「ステータス欄のスキル:鑑定を鑑定してみたら?」
「なるほど、試してみましょう。」
美空は巻物を取り出すと、鑑定を鑑定した。
「えっとですね、知力500以上でそれに見合った量の知識を得ることだそうです。」
全員が額を押さえ俯いた。遠い、あまりにも遠い。
今のところ、鑑定が取得出来るのは真琴だけだ。
「本当に何なんだよ、この二人…」
慎太郎の心の声が、思わず口からこぼれる。
いい加減、真琴と美空は慎太郎の心を砕くために居るとしか思えない。
「慎太郎、真のヒーローは、己の弱さを認めないとなれないんだよ?」
和人が慎太郎を慰める。激○戦隊カーレ○ジャーから言葉を借りた。
そこに、焼き肉の臭いを嗅ぎ付けたのか、4匹のグレイハウンドが現れた。
「そういえば、あと7匹で依頼3回分達成だったよな…」
丁度良い八つ当たり相手が出来た、慎太郎がゆらりと立ち上がる。
それに釣られて皆が立ち上がった。
一同の目には、もはやグレイハウンドが美味しい肉にしか見えていない。
「半殺しです、次は完璧な血抜きを目指しますよ?」
美空の言葉に頷くと、皆が一斉にグレイハウンドに飛び掛かって行った…