誕生
和人は眠れずにいた。
月明かりが差し込む自室で、スルトに貰った魔笛を取り出すと、布団の中に潜り込み、音が漏れないよう、そーっと吹いた。
そして、変身した姿で姿見の前に立ち、かれこれ10分以上色々とポージングしている。
「あぁぁぁぁぁ…カッコいいなぁ…」
腕を組み、踵を揃え、斜に構える。
―小僧…―
背を向けて、肩越しに振り返る。
―おい、小僧…―
獄炎の剣のポーズを拘ってみる。
―小僧!!いい加減にしろ!!―
「ふえ!?」
和人はやっとスルトの声に気づく。
―こんな事で三十分過ぎたら空しくて仕方ないわ!!―
「スルトって魔王とは思えない程、ストイックだよね…」
和人は素直な感想を口にした。
―魔王にも色々居る…お前の中に在るのが我であることに感謝せよ…無法を好む魔王の方が…圧倒的に多いのだからな…―
その言葉に和人は首を傾げる。
「魔王ってそんなに何人も居るの?」
その言葉にスルトが答える。
―魔王とは災厄の象徴…云うなれば実体を伴った現象だ…その時に合わせた魔王が存在する…解りやすく云えば…我は炎…火災の象徴だ…風なら台風…土なら地震…水なら水害…今の魔王は…飢饉だな…―
それを聞いた和人は、最悪の可能性に気が付いた。
「だとすると、一度に複数の魔王が顕現する事もあるって事?」
スルトが楽しそうな声を出す。
―察しが良いな…過去に我と土が同時に顕現した時は…世界中の火山が噴火し…大地が割れ火を吹いた…風と水が同時に顕現した時は…世界中が吹雪に閉ざされ…溢れ出した川や海が全て凍てついたと聞くな…―
和人は今更ながら、自分が内包したものが、とんでも無い物だと言う事を自覚した。
「もし、僕がスルトに乗っ取られたら?」
少し間を置いてスルトが答える。
―まず、飢饉の魔王は…魔王としての力は我に及ぶ者では無い…しかし、その分…人間にもたらす影響力は随一だ…食い物を奪い…大地を弱らせ…疫病を運ぶ…人間の体力も気力も奪うのだ…そんな中…我で無くとも…他の魔王が顕現すれば…云うまでも無かろう?…―
和人は青ざめた。間違いなく、その時は人類は滅ぶ。
―まあ現魔王も…然程被害を広めておらぬ様子…せいぜいそう成らぬよう…頑張るのだな…それよりも…いつまでその姿でいる気だ?…―
和人は時計を見た、
「うわ!?もう20分過ぎてる!!」
―もう一度云うが…我に空しい思いをさせるなよ?…―
和人は本来の目的である、この姿でのステータスチェックをする。
―駿河和人―
暗黒英雄
Lv5
筋力:18742
体力:16645
俊敏:17036
知力:71
魔力:19884
運 :14520
スキル:魔闘術 英雄の領域 騎馬召還 ミーミルの瞳
アビリティ:火魔法(SSS) 火属性吸収 水属性半減 土属性無効 風属性無効 全状態異常無効
魔闘術:通常とは異なる、魔王の力を込めた戦闘術。秘められた力は、様々な条件で解放される。
英雄の領域:パッシブスキル・敵からのヘイトを一身に受け止める。代わりに場の流れを掌握する。敵の強さは変わらないので注意。
騎馬召還:ムスペルヘイムの馬を召還する。普通の馬の6倍速い、快適な乗り心地。
ミーミルの瞳:全てを見通す最高位の探知スキル 反応速度に絶大なプラス補正
和人は変身を解き、まず一番気になった事を尋ねた。
「……何で知力は据え置きなの……?」
スルトから馬鹿にしたような声が返ってくる。
―戦う力は貸してやるのだ…考えるくらいは自分でしろ…―
どこまでもストイックな魔王である。
「騎馬って…何か名前無いの?僕馬なんか乗った事無いよ?何、快適な乗り心地って?この説明だと400キロくらい出るんでしょ?」
スルトが面倒くさ気な声を出す。
―馬など乗れれば良かろう…揺れなどほぼ無い…高度な探知能力があり知能も高い…最大速で森の中を駆けても問題無いだろう…我と同調した姿でなら乗りこなせる筈だ…―
和人は夕陽を背に、マントをはためかせながら、遥をお姫様抱っこして、馬で疾走する変身した自分を妄想する…
「よしッ!」
―何がだ…―
拳を握りしめ声を上げる和人に、スルトから素早い突っ込みが入るが、和人はスルーして質問を続けた。
「結局、この英雄の領域って何?全てのヘイトを一身に受け止めるって、得を感じないんだけど?」
スルトが呆れた声を出す。
―それこそお前の望む物だろう…砕いて云えば場のノリがお前好みになるという事だ…それに…それのお陰であの娘は…ゴブリン共の意識から反れたのだぞ?…―
和人は納得した。おそらくあの時、ナイフを投げた瞬間から、遥や仲間達からゴブリン達の意識が反れ、それ以上の危害が無かったのだろう。
「そう考えると、凄く便利かも…」
そもそも和人は、遥を守る為にスルトの力を借りたのだ。
その遥の危険が減り、攻撃対象となる自分は、よっぽどで無い限り負けない力がある。かなり有効なスキルである。
そして戦闘で思い出した。
「あの魂のボルテージって何?」
一番の謎演出、戦うと共にゲージが上がり、最高になると必殺技が使えるって、格ゲーか?
―我には理解出来んのだが…お前の記憶の中の英雄達は非効率ながらも…初手から大技を出そうとしないだろう?…それには魂の昂りが関わっていると判断した…それでお前の記憶にあった…格闘げえむとやらを参考にしたのだ…―
中々にサービス精神のある魔王である。方向キーによるコマンド入力で無くて本当に良かった。
「正直、凄くテンション上がったよ。でも、レーヴァテインって何で剣じゃ無いの?」
素朴な疑問だ。神話やゲームでスルトを知っていれば、レーヴァテインは剣だという認識が強い。
―確かに剣だが…そちらの方が好みか?…―
「ううん、蹴りでいい。いや、蹴りがいい!」
昨今、剣で戦うヒーローも多いが、やはり王道は蹴りである!
戦隊系ヒーローは、割りと昔から剣で戦うし、仮面○イダーブ○ックRX辺りからラ○ダーも剣を使い始めた。しかし、そこはそれ!RXだって〆は大体蹴りなのだ!ク○ガもフ○イズも最高だ!○鬼の〆は蹴りでは無いが素晴らしかった!エ○ゼ○ドは認めない!なにあの目?SDガ○ダムか!フ○ーゼ辺りからデザインおかしい!!ジ○ウはなんで顔面で自己紹介してんの!?最近のラ○ダーはオモチャに寄りすぎだ!もっと蹴りを大事にするべきだ!!シ○アだって蹴りは重要視してたんだ!ジオ○グが負けたのは足が無かったせいだ!!
―おい…どうした小僧?…―
「はっ!?」
和人は一瞬闇に堕ち欠けた。あくまでも和人がである。作者ではない。
「そ、そういえば、マント遥にあげたのに、またあるんだね。」
和人はごまかす様に言う。
―我の魔力を具現化させた物だ…無くなりはしない…かといって人に配る様な事はするなよ?…―
「しないよ、そんな事…」
聞きたい事は大体聞いた。
「後は名前だな……」
そう、とても重要な事だ。
和人はベッドに腰掛け虚空を見詰める。
名は体を表す。その言葉通り、ヒーローにはそのモチーフを表し、尚且つ覚えやすくカッコいい名前が必要だ。
和人は昔調べた北欧神話を思い出す。
スルト…世界の終焉に、ムスペルヘイムより炎の軍勢を従え、全てを焼き尽くす為に現れる、黒い体に炎を纏った巨人…
「確か…木星の衛星に、スルトの名前が付いた火山があったっけ…」
衛星イオ……
「いいかも知れない…」
遥と言う星を守る為に、その内に宿したスルトの力で戦う自分と言う衛星……
「決めた!イオにしよう!!」
こうして、異世界ヒーロー・イオが誕生した。
和人は本当は聖戦士とか付けたかったが、なにぶん魔王の力なので止めておいた。