閑話 -MISORA- 怒りの飯テロ
二日目の日の、割愛された話です。
正午、召喚者全員が玉座の間に集められた。各々自らの決断を国王と、傍らにいる真琴に伝えていく。
46名中12名は戦う事を選ばなかった。勇気や自信の無い者もいたが、単純に適正が生産職の者も当然いた。召喚者46名が全員戦闘職など都合の良い話だろう。
しかし、46名?一人足りない。そう、アイツは当たり前の様に遅刻する。
例え相手が一国の王であってもだ。全員が心底呆れていると、玉座の間の扉が勢い良く開け放たれ――
「ハァァァァンスッ!!!」
大声一喝、皆の視線を一身に受け、満ち足りた表情の美空が立っていた。きっと一度やってみたかったのだろう。
傍らには青ざめた顔で『陛下相手に何してんだこいつは!』という心情がありありと伝わる料理長が、料理を乗せたワゴンを押している。
そんな場の空気など何処吹く風と、美空は真っ直ぐ国王の前に歩み寄り、片膝をついた。
「国王陛下、この私、渡辺美空も戦う事を選択します。しかし、これから戦闘や魔法の訓練が始まると思うのですが、勝手ながらその時間の一部を、この国の料理改革に当てさせて戴けないでしょうか?」
どうやら天才は、三時間余りで満足のいく結果を出したようだ。扉が開け放たれた所から思考が追い付いてない国王に向かって、美空は一気に畳み掛ける。
「差し当たりましては、こちらをお召し上がり頂きたく思います。」
王の前に料理が並べられる、誰も止めない、真琴すら止めない、皆美味しいもの食べたいから。
「花捲、ヴィシソワーズ、オムレツ・ムスリム人参ソースがけ、デザートに野菜のコンポート、ゼリー寄せです。」
王は目の前に並べられた見たことも無い料理に困惑した。
しかしその鼻腔を擽る香りが本能を刺激する、この料理は美味しいと。
王は先ずパンを手に取った、それだけで驚愕した。
「軽い!?まるで雲のようだ!!」
王は花捲をちぎり、その口に運ぶ、軽く炙られたそれは、さくりと小気味良い食感と共に、まるで空に浮かぶ雲を口に入れたかの如き柔らかな食感を残しつつ、確かな弾力がある。
「何故だ!?たかがパンがここまで…!?」
「小麦粉、塩、酵母、砂糖、水をしっかりと練り込み、発酵させた後一度蒸してから軽く焼いてあります。卵とミルクは使用しておりません。」
続いて王はヴィシソワーズにスプーンを入れた。温度を感じられない、毒味のため、王は冷めた料理に慣れていた。
その匙を口に運ぶ。その瞬間、王の舌の上を優しさが撫でて行った。
「おぉ……」
あまりの感激に王は声を漏らす。
冷めているのではない、冷やされているのだ。
少し薄味に仕立てられた冷たいスープは、その優しいとろみのおかげでしっかりと舌に絡み付き、優しい塩味と微かな甘味、豊かなコクを残して、喉の奥へと滑り降りて行った。
「数種類の香味野菜を弱火で甘味が出るまで炒め、じゃがいもと共にスープストックで柔らかくなるまで煮込み、すりつぶした物を丁寧に裏漉してミルクで伸ばし冷しました。」
パンもスープも極上の美味だ。次の料理に向かう期待が、胃袋を嫌が応にも昂らせる。
王は少し急いた感じでオムレツにスプーンを入れ、再び驚愕した。先ほどのパンが雲ならこれはなんだ!?天使の翼からこぼれ落ちた羽毛か!?王は驚愕を隠しきれない表情で、その匙を口に運ぶ。
「ふおぉぉぉッ!?」
ふわふわとした天上の食感、舌に乗せる度に雪の様に溶けて行く。そこに夕焼けの様な彩りを添えるソースは、嫌味の無い甘さがあり、爽やかな香りを纏わせる。確かな食べ応えを与えるコクがあるが、それは決して軽やかなオムレツを重くするものでは無かった。
「卵白を空気を含ませる様にしっかりと泡立てから、卵黄とほんの少しの酢を合わせ焼き上げました。ソースは人参、玉葱をすりおろし、微塵切りにしたハムと共に炒め、スープストックと数種類のハーブを入れて煮詰め、バターで濃度を付けました。ちなみにソースの塩分はハムから出たもののみです。」
王はこのまま生を終えても悔いは無いとまで思いつつあった。だがまだあるのだ、デザートが。
王は最早恐怖すら抱きながらそのデザートに手を伸ばす。先程までとは違った柔らかさ、その弾力はスプーンを少し拒むが、すぐにその身に受け入れた。小さくなったそのふるふると震える宝石の様なデザートを、王はその口へ滑らせた。
「うおあァァッ!!?」
アンブロシアとはこれではないだろうか?舌の上を極上の甘味が支配した。柔らかく、甘く煮詰められた野菜達を、微かな酸味と甘さで包み込む透明な物は、口の熱で融けてゆき、それら全てを一つに纏め、喉の奥へと消えて行った。
「賽の目に切った人参、玉葱、キャベツの芯を、暫く流水に晒し、柔らかくなるまで砂糖と赤ワインと共に煮詰めました。そしてスープストックを作る鶏ガラの中から手羽と脚を選んで、そこから抽出したゼラチンにレモン、ハーブ、砂糖と固さを調節する程度の水を加え、煮込んだ野菜と共に冷やし固めました。」
王は涙を流しながらひたすら掻き込む。美味い!それしか言えない!そこに美空が更なる爆弾を投下した。
「尚、それら全て、赤ワイン以外は、私達が今朝食べた物しか使っておりません。」
王は尻から魂が抜ける程驚いた。ただ腹を満たすだけの食事が、極上の味に為りえるのだと。
「頼む…そなた、この城の料…」
「お断りします、私には魔王討伐の使命がありますので。」
美空は王を言葉途中で切り捨てた。
そう、これは美空の仕返しなのだ。
訳もわからずこの世界に召喚され、戦う事を余儀なくされた仕返し。本当は一発ぶん殴ってやりたい所だが、さすがにそれは首が飛ぶだろう。
そこで料理なのだ、美味しいものは例え異世界でも共通だ。美空はわざとこの世界の文化レベルを凌駕する料理を王に食べさせ、まだまだ自分の引き出しはこんな物では無いよとチラつかせながら、あなたは何のために私をこの世界に呼んだんだっけ?とばかりに、魔王討伐を盾にして王の誘いを切り捨てたのだ。
がっくりと項垂れる王を見て、大分気の晴れた美空は言葉を続けた。
「先も言った通り、私は戦う道を選びました。料理の基本や道具の使い方は教えますが、これより先は、料理長次第です。」
―そこで全部丸投げかよ!?―
料理長はとても顔に出やすかった。