起立、礼、転移
発投稿です。まあ読めるなと思えたなら、生暖かい目で見守って下さい。
空は晴れ、空気も澄んだ爽やかな朝。家から一歩踏み出した少年は、朝日を遮るように額に手を当て、恨みがましそうに空を見上げる。
この物語の主人公、駿河和人、16才、高校一年、小柄で女の子と間違いそうな可愛い顔をしているが、いかんせんコンディションが悪い。
カサカサな肌、パサパサな髪、目の下にはクマがある。
ほぼ同時に、 隣の家から、一人の少女がほぼ同じ動きで出てくる。
幼なじみの山崎遥。ちゃんとしていればかなりの美少女だが、こちらも輪をかけてコンディションが悪い。
ガサガサでそばかすだらけの肌、バサバサな髪を無理やり三つ編みにまとめ、黒渕眼鏡の下のクマは沈着寸前だ。
二人には共通の趣味がある。
「おはよー、遥。やっぱリアタイ視聴も外せないよね!」
「あたぼーよ!」
いい笑顔で親指を立てる遥。二人は病的な特撮オタクだった。
そして前日の深夜特撮の感想をぶつけ合いながら登校する、それが日常だった。
教室に着いても特撮談義は続く、『今度のてれ○くんの全プレDVDはどんな方向で本筋から外してくるか予想』で熱くなっていると、
「よう、特オタ夫婦。昨日はお楽しみでしたね?(笑)」
一年生でバスケ部レギュラーの座を勝ち取っている爽やかイケメン、親友の幾島慎太郎だ。
彼の言葉に悪意は無い。二人が昨晩深夜特撮を視聴し、下手をすれば見落とした伏線を確認するため、録画を見直して寝不足になっていると察しているからだ。
「まあお楽しみだったのは事実だけど、変な言い方はよしてよね。」
「そうよ、それに私は身も心もケルベライガー様に捧げてるって何度も言ってるじゃない。」
拗らせ特オタと爽やかスポーツマンに接点は無さそうだが、入学式の日に、遥の素材の良さにいち早く気付いた慎太郎が、仲良くなろうとLINEの申請を持ちかけたことに始まる。
快くOKした遥がスマホを取り出そうと持ち上げた鞄には、大量のカプセルトイのスイングがじゃらじゃらとぶら下がり、特撮仕様にデコられ待受がケルベライガーの痛いスマホ、更には下敷き、筆入れ、その中身に至るまで子供向けヒーロー戦隊の物であり、ドン引きした慎太郎はそこでリタイアしたのだ。LINEの登録は一応した。
「ごめんね幾島君、遥は昔からこんなだから。」
何故か謝ってしまった和人だが、その鏡写しのような装備を見て、勘の良い慎太郎は全てを察すると、和人の肩に手を置き、
「頑張れよ、多分お前しか無理だ。」
と、優しく微笑んだ。切欠はともかく、高校初トモという事もあり、良好な関係が続いている。
「お前ら席に付け、ホームルームを始めるぞ。」
8:30ジャストに担任の犬飼真琴が到着する。
180㎝を超える長身で、目付きが鋭めの健康的に日焼けした美人だが、元自衛官という異色の経歴を持ち、彼女に従わない生徒はこの学校にほぼ居ない。ちなみにあだ名は隊長。
真琴は教壇から教室を見渡すと溜め息をひとつ吐き、ホームルームを始めずに入口の横の壁に背をもたれる。
遠くから慌ただしい足音が近付き、勢いよく戸が開けられた。
「…ッ!セー…」
「アウトォォォッ!!!」
遅刻者の顔面にアイアンクローがめりこみ、そのまま右手だけで持ち上げた。
「渡辺ェッ!出席順最後ならその分余裕あるとでも思ってんのかァァァツ!!」
遅刻王、渡辺美空。
真琴に従わない生徒はほぼ居ない。のほぼに該当する、入学式当日から7月現在まで、毎日欠かさず単位に関係無い範囲で遅刻をし続けるつわものだ。
中肉中背、間違いなく可愛いのだが、どこが?と聞かれると少し悩んでしまう、それ程に見た目に可愛いしか際立った特徴が無い。しかしそのキャラクターは過ぎる程に濃い、
「にきゃあぁぁぁッ!?いひゃい!いひゃいっ!思ってまひぇんッ!」
真琴の腕を掴みじたばたする美空。
「ホームルーム開始時刻と現時刻を言ってみろッ!」
美空は宙吊りのまま、背筋を伸ばしビシッと敬礼をして、
「作戦開始予定時刻マルハチサンマル、現時刻マルハチサンゴーでありますッ!」
『こいつまだまだ余裕あるよな。』
周囲は一斉に思った。
その美空の言葉に真琴の手に込める力が少し上がる。
「貴様、入学してから何回遅刻した?」
言葉に怒気が含まれていることに気付かないのか、美空は欧米人のように両手の平を上に向け、かたをすくめ答える。
「HAHAHAー、数えるまでもありません!毎日デスッ!!」
「そうか、祈れ、貴様に出来ることはそれだけだ。」
真琴の握力が一気に上がる。
「みきゃぁぁぁぁぁッッ!?許してくだひゃい!隊長殿っ!滅ぶッ!滅んじゃうぅぅゥゥッ!!!」
美空の願い空しく、真琴は美空の頭骨からミシミシと音が聞こえるほど力を込めた。
だらりと力を失った美空を席に置き、真琴は教壇に戻る。美空の席は遥の隣だ。
口から魂を吐いている美空に遥は小声で囁きかける、
「ジョー、すまん、魔が差したんだ。」
美空は瞬時に蘇生して続けた。
「魔が差した、あぁ解ってるさ、言ってみりゃ事故だ。誰にでも起こり得る事だ、躓いた拍子にワイフに…」
美空は洋画オタだ、中でもブ○ース・ウ○ルスを強く押す。
小芝居を続ける美空を無視して、真琴は今度こそホームルームを始める。
「秋山ゆかり!飯島康史!」
出席確認と言うより点呼だ、
「渡辺美空!以上47名欠席者無し!今日もよろしくお願います!」
真琴に合わせ全員で起立、礼、
『よろしくお願いします!』
顔を上げると、そこは見知らぬ
場所だった。