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そのとき、悪役令嬢になりました

 ニコールはポーチを大事そうに抱えて街を歩いていた。

 すると、物乞いをしている盲目の老婆が座っていることに気付く。


 ニコールはしばし考えると、ポーチからパンパンに膨らんでいるかわいいお財布を出して、銅貨一枚を老婆の前に置かれていた木の皿に入れる。


「このときは、お金いっぱい持ってきたから大丈夫だと思っていたでちゅ。あっ、これはニコールの気持ちでちゅね」


 ニコールは老婆のもとから離れると、さらに路地を進んで、楽器屋さんに入って行く。


 そして、バイオリンを指さすと、それを店員さんにとってもらい、パンパンのお財布を取り出して、中身を全部出す。


 しかし、店員さんは首を横に振る。


「銅貨1枚分、足りなかったでちゅ」


 ニコールはお願い、お願いと頭を下げている。今のニコールには考えられない行動だ。


 店員さんが困っていると、当時のニコールと同じく、9歳か10歳くらいの女の子が、執事と一緒に店に入って来る。

 その女の子は、ニコールが買おうとしていたバイオリンを奪うように手に取り、代金を執事に支払わせる。

 この執事、どこかで見たことがあるような……。


 店員さんはニコールに申し訳なさそうにしながら、後から来た女の子の執事から代金を受け取る。


 そして、その女の子は勝ち誇ったような顔をニコールに見せると、バイオリンを持って執事と店から出て行った。


 ニコールの目からは大粒の涙があふれ出ていた。



 ニコールはしょんぼりした様子で楽器店を出ると、うつむいて歩き、通行人とぶつかってしまう。


「どこ見て歩いているのでちゅ! ちゃんと前を見て歩きなでちゅ! クソガキっちゅ!」


 万年魔女が会話を再現してくれる。なんだか、かわいくなってしまっている気もするが、まあ音声がないよりは助かる。


「す、すみまチュチュ……」


 ニコールは立ち上がって謝ろうとすると、驚きのあまり言葉を失ってしまう。


 それはそうだ。ニコールがぶつかった相手は、先ほど銅貨1枚をめぐんでやった老婆だった。


「騙したのでちゅね。酷いでちゅ。その銅貨があれば、あのバイオリン買えていたでちゅ。約束していたバイオリン買えたでちゅ……」


 ニコールが老婆の服の袖を引っ張って訴えかけるが、老婆は力尽くで払いのける。その拍子に、ニコールは転んでしまう。


「痛いでちゅ」


「なーに、甘いこといっているのでちゅ。騙されるほうが悪いに決まっているでちゅ。おバカなお嬢ちゃんでちゅ。チュチュチュチュッ。チュチュチュチュッ」


「ゆ、許さないでちゅ。絶対に許さないでちゅ」


 ニコールの目つきが変わる。せっかく透き通るほどキレイなブルーの瞳なのに、瞳の奥が凍っている。今のニコールの瞳は、この時凍ってしまっていたのか。


 それにしても、万年魔女の一人二役、なかなか見事だ。



 鏡に映っている映像が場面転換する。


 家だ。ニコールが怒り、悲しみ、悔しさが入り混じった涙を流しながら走って帰って来る。


 門のところで、ニコールと同じくらいの年の男の子が待っている。


 ニコールの表情が曇る。


「ねえ、バイオリンはどこでちゅ。僕の誕生日にくれるって約束していたバイオリンでちゅ」


 男の子は目をキラッキラさせている。


「……か、買えなかったでちゅ。お、お婆ちゃんに騙されてでちゅ……」


「そ、そんなーでちゅ!! 僕、楽しみにしていたでちゅ!! この大嘘つき、大嫌いでちゅ!!」


 男の子が走り去っていこうとすると、先ほど楽器屋でバイオリンを買った女の子が姿を現す。


 執事の姿はない。自分だけの力で買ったことにしたかったのだろう。


 女の子はバイオリンを男の子に渡す。


「お誕生日、おめでとうでちゅ」


「あ、ありがとうでちゅ!!」


 男の子はバイオリンを抱きしめて大喜びしている。


 女の子はまたしても勝ち誇った様子で、ニコールを見ている。


 ニコールは逃げないでその様子をしっかりと胸に刻んでいる。たった2ヶ月でも、ニコールの父親になっているからか、それがわかる。


 そして、その様子を妻のメアリーヌが2階の寝室の窓からタバコを吸いながら見ていた。


 映像が消えて、普通の鏡に戻る。



「これが、ニコールが冷徹で卑怯な人間になってしまった出来事でちゅ」


 やっぱり、こういう辛い体験をしていたのか……。


「用件はこれだけでいいでちゅか? これだけで古代の杖をもらうのもちょっと悪い気がするでちゅよ」


 頼みたいことはもう一つあった。その出来事がなかったことにしてほしい、ということだ。でも、本当にそれでいいのだろうか? なかったことにしても、また違うで出来事に襲われて、ニコールは冷徹で非情な人間になってしまうのではないだろうか?


 まして俺のような目的のためなら手段を択ばない父親に育てられているのだ。普通の子供たちよりも、道をそれてしまいやすい。


 やっぱり過去を変えてもダメだ。今を変えなければ、未来は変わらない。


「今すぐ俺を、ウイリアムとエマの結婚式場に飛ばしてほしいのだが、できるか?」


「チュチュチュ。古代の杖を手にした今のワタちゅには容易いことでちゅ! チュチュイのチューイ!」


「ウォ、ウォ、ウォォーーー」


 次の瞬間、俺はこの街で最も格式の高い教会の前にいた。


 ウイリアムとエマの結婚式場だ。


 そこでは、騎士団長のトム率いる騎士団と、ニコール率いる傭兵の軍団が、激しい戦闘を繰り広げていた。


 よかった。間に合った。


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