悪役令嬢を助けたい
もちろん、ニコールは反撃に出て、街中の人にエマを無視させ、エマの両親が経営する靴屋で何も買わないように強制した。
だが、エマも両親も、ニコールの報復に屈しなかった。流れ上、俺もウイリアムの父であり騎士団長のトムに圧力をかけたが、頑固な男で「息子の恋路に口出しはできません」と聞く耳を持たなかった。
「旦那様、ご朝食のご用意ができております」
執事のロバートが姿を現す。俺に緊張感が走る。最も苦手な相手だ。
クリストファー・ラーマン伯爵が寡黙な人物で助かった。俺は無言で朝食を食べる。
執事のロバートが近くで待機している。
ロバートはいつ俺に呼ばれてもいいようにそうしているのだろうが、俺からしたら見張られている感じがして気を抜くことができない。
ある朝(ニコールが婚約破棄された翌日)、目が覚めたとき、俺はクリストファー・ラーマン伯爵と入れ替わっていた。
英語が読めて助かった。
何か情報を得ようと新聞を読むと、『今月3人目のなりすまし犯捕まる』という見出しがあり、人格が入れ替わったままなりすまして暮らしている者が増えており、見つけた場合はすみやかに通報してほしいと書かれていた。
過去の新聞も読んでみると、なりすまし犯は問答無用で処刑されていた。どうして入れ替わるのか原因不明のため、他の者にうつらないように処刑しているようだった。無茶苦茶な話だ。
つまり、絶対的な権力を持つ、クリストファー・ラーマン伯爵といえど、入れ替わっていることがバレたらアウトだ。権力をつかってもみ消すことはできない。なりすまし犯として処刑されてしまうのだ。
クリストファー・ラーマン伯爵と入れ替わったから英語が読めるのか、それとも俺はもともと英語に長けているのかわからない。
なぜなら、俺には入れ替わる前の記憶がないからだ。
ただはっきりしているのは、俺はクリストファー・ラーマン伯爵ではなく、違う人物だったということだけだ。
いつの時代で、どこの国で暮らしていて、何歳だったのか、まったくわからない。
無意識に自分のことを俺と称しているので、性別は男だったのだろう。
とにかく情報が必要だったので、この状況になってしまった日、
「伯爵たる者、もっと己を知り、世の役に立たねばならぬ」
と理由をつけ、ロバートにクリストファー・ラーマン伯爵のことを庶民がどう思っているのか調べさせた。
もちろん、この方法にはリスクもあった。
急な指示をうけたロバートは、俺がクリストファー・ラーマン伯爵になりすましているのではないかと疑ってきた。
「旦那様、なりすまし犯と誤解されるような言動にはご注意ください」
と言ってきて、俺はあやうく、「わかっている。心配ない」と返事をしそうになった。
立場上、俺を問い詰めることができない、ロバートがさり気なくかまをかけてきたのだ。
もし、あのとき、俺が「わかっている」もしくは「心配ない」のどちらかの言葉をつかっていたら、なりすまし犯としてロバートは通報していただろう。
もちろん、「わかっている」は文字通り、自分がなりすまし犯であることを認めることになる。
「心配ない」もダメだ。人格が入れ替わる原因はわかっていない。それなのに「心配ない」という人物は、すでに人格が入れ替わっているなりすまし犯か、何も考えていないアホだ。
クリストファー・ラーマン伯爵はそんな愚かな人物ではなかっただろうから、「心配ない」も死亡フラグが立つ危険なワードだったのだ。
「敵は常にいるものだ。誰にでもな。警戒を怠ることはない」
と俺は返事をした。無難だったと思う。まあ、俺が一番警戒しているのは、ロバートなのだが。
ともあれ、リスクを冒してリサーチをした結果、クリストファー・ラーマン伯爵は寡黙で、成功のためには手段を択ばず、誰も信用せず、お酒も飲まないようにしていた、非情で用心深い自分物であることがわかった。
つまり、ニコールそっくりだったのだ。いや、逆か。クリストファー・ラーマン伯爵に……、俺にニコールはそっくりなのだ。当たり前のことだけど、親子なのだ。
朝食を食べ終えると、娘のニコールを助けるために、万年魔女に会いに行くことにした。
本来なら予約で187日と6時間待ちの超人気魔女だが、ラーマン一族に代々伝わる“古代の杖”をくれるのなら、至急時間をつくってくれるとアシスタントの魔女が言ってくれた。
古代の杖は、ラーマン家の当主しか、封印の箱から出すことができなかった。
俺は“古代の杖”の価値はわからないし、娘より大切なものはないと判断したので、万年魔女にあげることにした。
そして、今日アポイントをとることができたのだ。
今なら、まだ間に合う。ニコールを助けることができる。




