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お題小説  作者: もっちもち
4/4

冬、雪、人

 初雪を手のひらで捕まえることが出来たら願いが叶うという言い伝えがある。


 普段の俺ならそんなわけがないと鼻で笑い、否定していただろう。……いや、あの時も信じていなかったと思う。


 あの日、初雪が降った。赤、黄色、緑と色鮮やかに染まっていた葉は北風にさらわれてしまい、子を失った親のように寂しく街路樹たちは並ぶ。そんな木々を慰めるかのようにイルミネーションが飾り付けられ、色鮮やかに輝き街全体をライトアップしていた。雪たちは光に当てられて七色に輝き、ひらひらと舞い落ちる姿はまるで虹からこぼれた欠片のようだった。


 俺はそんな普段とは違う街の風景をベンチに座りながら眺めていた。無意識に右手が前に伸びる。願いが叶うなんて信じていないけど、もしかしたらと考えるとやらずにはいられなかった。


 そんな俺の気持ちを否定するかのように、雪たちはひらひらと俺の手のひらをかわし続ける。頭にはたくさん雪がのっていくのに……


 ほおに流れるのは、とけた雪なのか涙なのかわからない。ただひたすら待ち続けた。やがてかわすことを諦めたのか一欠片の雪が手のひらに落ちる。それを握りしめ願った。


 彼女にもう一度……


 **********



 あれから三年たった十二月二十四日。


 十二月二十四日といえばクリスマスイブ。クリスマスイブといえばゲームイベント。


 イベントの周回や、ガチャ爆死後の未練タラタラの石回収。この時期になるとやることが多すぎてゲーム三昧の生活になる人が続出する。例に漏れず、俺も課金の誘惑に負けそうになりながらも周回していた。


 気づいた時には時計は午後二時を回っていた。


 「あーあ、また徹夜してしまった」


 学校の授業はあんなに長く感じるのに、ゲームをしていると時間が経つのはあっという間だ。これが逆ならいいのにと願ってしまう自分がいる。来年から受験生なのにみっともない。


 人をダメにすることで有名なコタツから脱出し、自分のベットにダイブする。ベットの人をダメにする力はコタツ以上だと思う。一度飛び込んでしまったら最後、しばらくは出れなくなってしまう。


 「イベント期間はまだまだあるし寝るか」

 独り言を言う。きっと休むための口実が欲しかったのだ。つらいなら辞めればいいのに辞めれないのがゲームの恐ろしいところだ。


 ……ゲームをしている時と寝ている時は嫌なことを忘れられる。


 重力に逆らうことをやめた(まぶた)は目の視力を奪う。俺の意識はやがて深い眠りに落ちていった。


 ******


 そこは駅の近くにある偉人の像が立てたれた場所だった。いつの間に着替えたのか、黒と白のいつもの冬用の服。自分で言うのもなんだが凄くダサい。普段なら服装など気にしないのだが、周りにオシャレな服で着飾ったリア充どもがいるものだから、つい自分の姿と見比べてしまう。


 徹夜した俺はベットに飛び込み、そのまま寝てしまったはずなのに何で俺はこんなところにいるのだろうか。そういえばストレスを溜め込み過ぎると、寝ている時に勝手に身体が動いて、家事をしたりする病気があるとテレビで見たことがある。もしかして俺もその病気なのだろうか。……違うと信じたい。


 病気でないとすれば、これは夢なのだろうか?右手で頬をつねってみる。普通に痛い。ジャンプしてみる。周りの視線が痛い。


「……帰るか」

 ここにずっといても仕方ない。夢ならそのうち覚めるだろうし、夢じゃないのなら……まあ帰ってから考えよう。圧倒的に後者の方が確率が高いということは、今は考えないことにする。


 塗装された綺麗な道をのろのろ歩いていると大通りに出る。大通りにはたくさんの街路樹が道に沿って等間隔で並んでる。春には綺麗な桜を咲かせ、秋にはカラフルに葉を染め観光客を楽しませる木々も、冬になると全ての葉が落ちてしまい寂しそうだ。


「久しぶりに来たけど、三年前と全然変わってないな」

 ここの大通りは学校とは反対方向にあるため、彼女のお見舞いに行く必要がなくなってから来ることはなかった。


 目から溢れそうになるものをグッと堪える。ここには楽しい思い出、悲しい思い出にあふれてる。普段ここに来ない理由は彼女のことを思い出してしまうからだ。彼女は忘れないで欲しいって言ってたけど俺は早く忘れてしまいたい記憶だ。彼女のことを思い出したびに胸が苦しくなる。


 だから必死に忘れようとした。ゲームをするようになったのもそれが理由だ。


「えー、だいぶ変わったと思うけどなー」


「いやいや、全然変わってないって。どこが変わったって言うん……だ?……え?」


「ここににあったコンビニがなくなってるし、あそこにあったラーメン屋さんがカレー屋さんになってます!」


「……なんでお前がここに……え?ど、どういうことだ」

 後ろを振り返って見ると一歩ほど離れた場所に女性が腕を後ろに組みながら立っていた。

 陽光を滑らかに反射した少々癖っ毛なら亜麻色のショートヘア。服越しからでも分かる華奢(きやしや)で小柄な体つき。


「あれれ?どうしたんですか先輩。まるで幽霊を見つけた時のような顔になってますよ」

 そう言って彼女は楽しそうに笑う。昔と変わらないいたずらっ子な笑顔に胸の鼓動が加速する。


「なんで……死んだはずじゃあ……」

 ありえないことだった。

 彼女は三年前に心臓病で死んだ。だから生きてるはずがなかった。

 世界から音が消え、頭の中が真っ白になっていくように感覚に襲われる。


「おかしな先輩。生きてるからここにいるに決まってるじゃいですか。……って本当にどうしたんですか!?なんで泣いているんですか!」

 彼女は慌ててポケットをあさり、ハンカチを渡してきた。それを受け取る。どうやら俺は泣いていたらしい。でもそんなことどうでも良かった。死んだはずの彼女が目の前にいる、生きていたんだ。きっと彼女が死んだと思ってたのが全部夢だったんだ。


 決壊したダムみたいにハンカチで拭いても拭いても涙が止まらない。泣いたのは三年ぶりだ。でもこの涙は悲し涙ではない、これはうれし……


「チェイサー!」


「ぐへっ!……何するんだよ!」

 彼女にいきなり蹴られたり。しかも男にとって大切な金的な部分を。


「ばっちゃんに教わった泣き虫な男を泣き止ませる方法です。人の顔を見て泣き出すなんて失礼です」

 彼女は悪びれた様子もなく、それどころか少し怒った声で言った。もしかしたら今の行為も彼女の優しさだったかもしれない。肉体的には全く優しくなかったけど……。


「そんなお婆ちゃんの知恵袋聞いたことないぞ。痛すぎてさっきより泣きそうだよ」


「まさに泣き面に蜂ですね」


「じゃあ君は女王蜂ってことだな」

 上手いこと言ったと思った俺は少しドヤ顔をしてみる。彼女のおかげというのは癪だがたしかに涙は止まった。


「先輩、上手いこと言った見た顔しないでください。全然上手くないですから」

 彼女はほっぺをリスのように膨らませて言う。ただその言葉には怒りなどの感情はなく、むしろ楽しそうだった。


 突然彼女は俺の服の袖をつまみ歩き出した。


「せっかくのクリスマスイブなんですから、遊びましょう先輩。あ、もちろん先輩おごりで」


「……今日だけだぞ?奢るのは」



 ******

 時刻は四時頃

 斜陽が街全体をオレンジ色に染める。


 大通りにある歩道は道幅が広く、2、3mほどある。紅葉のシーズンが終わった十二月、普段は人通りは少ないのだが、クリスマスイブになるとイルミネーション目当てでくるカップルなどが増え賑わいを見せる。それに合わせて商店街のように並ぶ店でも色んなキャンペーンが行われていた。


 例えばカップルで訪れると十%引きになったり、カップル専用の料理だったり。


 俺たちはもちろんカップルサービスがあるお店……ではなく普通の喫茶店に来ていた。彼女曰く、カップルじゃないのにサービスを受けるのは嫌らしい。……複雑な気持ちだ。


「やっぱりイチゴパフェは美味しいですね」

 そう言いながら彼女はイチゴを美味しそうに頬張る。そんな彼女を見て、軽いため息を吐きながら、


「それはようごさいましたね、女王さま」

 目の前にあるコーヒーをすする。本当は彼女と同じようにパフェを頼みたかったが、ここに来る前にいろんな店に寄ったため財布の中身は虫の息だった。とはいえ何も頼まないのは店に悪いと思いこの店で一番安いコーヒーを注文した。


「先輩次はどこに行きましょうか?」

 そんな俺の経済状況を知ってか知らずか彼女は追い討ちをかけてきた。


「女王さま勘弁してください。もう財布が限界です」


「わかりました、次で最後にします……私あそこに行きたいです。この街全体を一望出来るあの場所に」

 さっきまで明るく喋っていた彼女の声が少し暗くなった。彼女の最後という言葉に言いようもない不安に襲われる。


 彼女が行きたい場所というのは俺が教えた穴場のような場所で、近くにある小さな山の頂上の少し下の方にある。昔、彼女と花火大会を見るために行った場所だ。


「最後……か、たしかにあそこなら街の夜景が見えていいかもな」


「でしょ!やっぱり私って天才ですね」

 彼女の一瞬落ちた声は普段通りの明るい声に戻っていた。


「あの場所教えたの俺だけどな」


 ******


 その場所は100メートルほど登ったところにある。標高こそ低いものの夜景を楽しむには充分な高さだった。山登りと聞くときついイメージがあるかもしれないが、この山は道が整備されているため誰でも簡単に登ることができる。


「はぁー、こんなに動いたの久しぶりかも。でも頑張ったかいがありましたね先輩」


「そうだな」

 目的の場所についた時にはすでに夜の帳が下りていた。街は暗闇に染まることを拒むかのようにビルやイルミネーションできらびやかに輝いてた。


「先輩、この場所であったこと覚えてますか?」


「……なんのことだ?さっぱりわからん」


「とぼけちゃって、先輩可愛いですね。ここは先輩が私に愛の告白した場所ですよ?」

 彼女はクスッと笑いながら言った。もちろん覚えてる。つらい思い出だ。


「振った超本人が言うことじゃないと思うけどな」


「ほら覚えてた。先輩が悪いんですからね?あんなタイミングで告白されたら断るしかないじゃないですか。それにそのせいで未練が出来ちゃったし……」

 俺が告白したのは彼女がなくなる約半年前の夏だった。病院に許可をもらいここで花火大会を見たあと告白した。もうすぐ死ぬ人に告白するなんて最低ですって言われて振られたことを今でも覚えてる。


「未練?」


「先輩は夢を見たことがありますか?寝ている時に見るやつです」

 そういうと夜景を見ていた彼女は俺の方を振り向いた。その顔は真剣そのものだった。


「……時々見るよ。そして今も……これはすべて夢なんだろ?」


「やっぱり気づいてたんですね。先輩ずっと悲しそうな顔で私を見ていましたし……」


「なんで今さらこんな夢みるんだろうな。それにこんなリアル夢初めてだよ」


「きっとそれは私のせいです」

 そう言って彼女は顔をうつむかせた。俺は黙って彼女の言葉の続きを待った。


「私が死んだ日、雪が降ったことを覚えてますか?」


「ああ、覚えてる。初雪だったしな」


「私、薄れいく意識の中でお母さんに雪を捕まえてきてって頼んだんだ。なんでだと思いますか?」


「叶えたい願いでもあったのか?」

 俺の言葉を聞き彼女は手で丸を作りピンポーンと言った。初雪を捕まえられたら願いが叶うと教えてくれたのは彼女だ。


「ふふふ、よくわかりましたね先輩」


「その願いは叶ったのか?」

 願った内容は教えてくれないと思った。だから叶ったかどうかだけ聞くことにした。


「うん、叶いましたよ」

 彼女は顔を縦に振り頷いた。俺は心の中でよかったと喜ぶ。


「俺も……俺もあの日一つお願い事した」


「意外ですね。その願いは叶ったんですか?」


「ああ、叶った」

 俺があの日願ったこと、それは彼女ともう一度会うことそして……


「今ままでありがとうな」

 彼女に言うことのできなかったお礼を言うことだ。


「急にどうしたんですか、気持ち悪いですよ」

 そう言いながら彼女は俺から少し距離を離した。


「君がいなかったら俺はずっと外に出れなかったと思う。それに君にはいろんなことを教えてもらった。でもそのお礼を伝える前に君は旅立ってしまった。それがずっと悔い残りだった」

 俺が彼女と出会う前、俺は学校でいじめられていた。それがつらくて、耐えられなくて家に引きこもるようになった。そんな俺を彼女は無理やり外に連れ出してくれた。


「いろいろツッコミたいところですけど、とりあえずはどういたしましてと言っておきます」

 そう言いながら彼女はさっき離した距離を縮めた。


「……今日あったこと、ここで話したことって目が覚めたらなかったことになるのかな?すべて俺の妄想で……」


「チェイサー!」

 と言う掛け声と共に彼女の足が半回転し俺のお尻に直撃した。いわゆるタイキックだ。


「なにするんだよ急に……」


「確かに今日あったことは全部先輩の夢の中での出来事かもしれません。でも先輩と今日過ごした楽しいって気持ちを、先輩にまた会いたいって願いが叶って嬉しいって気持ちを先輩の妄想だなんて思われたくないです」

 珍しく本気で怒った声だった。俺の顔を真剣に見つめる彼女の瞳には一筋の涙が流れていた。


「……ごめん」


「そろそろお別れの時間のようですね」

 そう言いながら彼女はハンカチを渡してきた。それを受け取り、いつのまにか流れ始めたのかわからない涙を拭った。


「そう、だな」

 俺の意識がぼんやりとし始めたのだ。それはつまり夢から覚める前触れということ。


「今日も含めて、今までの私との思い出忘れないでくださいね」


「いや、忘れるよ。そうすれば君はまた俺に会いにきてくれかもしれないから」


「む、ひどい先輩ですね。そんな先輩にはこうです!」

 えいっと可愛らしい掛け声とともに、ほおに柔らかくて暖かい感触が襲う。


「な!?」


「これで忘れたくても忘れられないですよね?」


 ******


 目が覚めるとそこにあったのはいつもの天井だった。ベットから起き上がり、周りを見渡す。そんなことしなくても分かっていたが自分の部屋だ。


 右手を見る。当然ながら彼女にもらったハンカチはない。

 蹴られたお尻を触った。当然ながら痛みはない。

 唯一夢の世界から持ち帰れたものは自分の涙だけだった。

 部屋の窓から外を眺めるとあの日と同じように雪が舞っていた。窓を開けて外に手を伸ばし雪を捕まえる。


 そしてまたひとつのお願いごとをするのだった。

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