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前世の記憶 受け継ぐ者

ーーーー熱い 

全身が焦げ付くように内側から燃えている。

気を失うことさえ許されぬ圧倒的エネルギーが心臓を貫き、痛み等という言葉では言い尽くせぬ激痛に息する事さえ出来ない。


一瞬か永遠か。時間の感覚もなくなった時、戻って来た視界に写ったのは仲間達の屍。


覚悟はしていたとはいえあまりにもな光景に絶句する。


神の石は選抜された100名が飲んだ。

それなのに動いて居るのは自分1人ーーー

ハッとして隣に倒れる騎士にすがる。


「マド!マド!」


「……ユ、リ……」


「ああマドーニ!」


ユリは安堵で全身の力が抜けた。

大勢の逝った仲間達に囲まれて不謹慎ながらも、マドーニが生きていた事を神に感謝した。


「やはりユリ殿……よう生還された」

二人が視線を上げると、神殿天井近くのバルコニーから国王が見下ろしていた。

よろめきながら膝をつく。マドーニはまだ起き上がれない。


「重騎士第2分団副団長ユリ・オレアス・スフォルツ、ここに見参致しました。陛下におかれましては……」


「よい。形式的な口上は不要。それに昨日譲位した。我は国王ではない。総帥」


ユリは腹に力を入れ、ふらつきを押さえながら前王の隣に立つ総帥を見やる。

昨日?石を飲んで一日気を失っていたのか。


「貴殿はスフォルツ男爵家の成り立ちについてご存じか」

一瞬質問の真意を測りかね口ごもるが、この非常時うろたえる訳にはいかない。


「私の父、アレクサンドが先代王に叙任賜りました」


20年前、隣国と戦争に突入した時代があった。

人質同然に留学していた王女を密かに逃がすため組まれた騎士団は任務に失敗。全滅という報告に絶望視されていたが、王女と侍女が隣国の騎士の手によって保護、冬山を越えるという困難を克服し生還を果たした。


隣国の騎士は王女が留学して6年間、側に使えていた見張り役を兼ねた護衛だった。平民ながら若くして重騎士師団長を務める実力者で、それ故山越えの知識や力量があった。


敵国に協力したとあっては帰る事は出来ない。褒美として彼が望んだのは移住と侍女との結婚だった。


国王は認めたが、これに異を唱えたのは侍女の家、ヴァロア伯爵家であった。


最も古い伯爵家の一つで、王女のご学友として娘を人質同然の留学へ差し出したのは、近世代にさしたる功績が無かった故だ。ゆくゆくは王家との縁を狙っての事。それがたかだか平民の騎士とは、いくら王命であっても認めるわけにはいかない。


断固たる反対の姿勢を取る伯爵家へ王が出した答えは、断絶されていたスフォルツ領のスフォルツ男爵に叙任するという事だった。


位が低いとはいえ貴族。辺境の町で、紛争の際には最前線となるがそれでも多くの人口を抱える良質な鉱山がある豊かな領地。

平民に褒美を与える場合用いる一代限りの准男爵を飛び越え、異例の叙勲だ。

そこまでされては伯爵家もこれ以上も反対できず、スフォルツ男爵家は誕生した。


しかし貴族社会では異端扱い。成り上がり者と影で笑う者も居た。特に男爵夫人となったルクレツァの母ミュリネー伯爵夫人はアレクサンドを嫌い、傭兵上がりと陰に日向に罵っていた。少々お転婆であったユリにもことさら厳しくあたった。平民の血のせいで淑女たる気品が全くないと。

父アレクサンドはすぐにニレディアン国の王国騎士団に入り、武勲を上げ続け重騎士師団の分団長になった。他国出身者でこれまた異例中の異例である。


母ルクレツァは領地経営で頭角を現した。元から才女の呼び声高く、戦時下に他国に留学まで経験しているのだ。王女の伝手で集めた中央官僚を上手に使い、短期間で領地は飛躍的に躍進した。


外野の声さえ気にしなければ男爵家が一番幸せだった時代である。


「マードー」

ててててポスン、と背中に飛び乗る。


「ユリ様。いつも言ってますでしょ。お淑やかになさってくださいまし」

世話役の女性がマドーニに飛び乗ったユリを優しくいなす。


「ナビーまでお婆様みたいな事いわないでー!もう嫌になっちゃう」


ユリは丘の上に敷かれたシーツの上でごろんと大の字に寝転がった。

「ほら元気だして。ユリの好きな卵サンドを作ってきたよ」


「やったーマドーニの卵サンド大好きー!お婆様が滞在中は小さく分けた沢山の料理をちまちま刻んで食べるから食べた気がしないもの」

ユリは満面の笑みでサンドイッチにかぶりつく。


5歳年下の弟が1歳になったとき近隣の貴族にお披露目するパーティーが開かれた。娘の結婚式にもユリの洗礼式にもまったく来なかった伯爵家も次期当主のお披露目とあってしぶしぶ王都から訪れた。


王都から馬車で2週間かかるため、60を目前とした伯爵夫人には体調を整える期間が必要とされた。

ユリも解ってはいるが、社交シーズンに王都で年に2,3回嫌みを我慢すればいいだけとは訳が違う。四六時中小言をいわれいいかげんうんざりしていた。


父は遠征で家を空けることも多く、1年に何度も留守をした。

母は毎日遅くまで政務に明け暮れ、自然とユリは子供達の集まる孤児院を併設した領の小さな神殿で過ごす。

辺境の地は孤児も多いが、十分な支援が行われているため悲壮感はない。

むしろユリが入り浸ることから、街の人々も気を遣い、快適に過ごせるように掃除も行き届き、花も咲き乱れた憩いの空間となっていた。


スフォルツ領に貴族など領主一家以外いない。父もユリも気安いので住民は分け隔て無く暮らしていた。


「マドはお料理も上手だし、計算も速いし、魔法も使えるから将来はユリのお婿さんになって男爵家を手伝ってね」


「僕は孤児だから男爵家と結婚なんて無理だよ。ユリを助けるのはやぶさかで無いけれど」


「そんなの関係ないもん。今時貴族なんて忙しいだけで平民とかわらないよ」


マドーニは9歳でユリの2歳上。孤児達のリーダー的存在で子供達の勉強や生活を面倒みていた。

平民は使えないはずの生活魔法レベルの魔力があることから、父親が戦死した貴族だというのも案外本当かもしれない。辺境では生き急ぐ若い騎士が村娘と恋仲になることも珍しくないが、帰還後迎えに来ることはほとんど無い。マドーニの母も待ち続けていたが苦労がたたって亡くなってしまった。


「ユリにはかなわないな」

マドーニが苦笑しながらユリの頬を拭う。

その時火の付いた塊がかけてきた。


「なに!」

慌ててユリが水魔法で水球をぶつける。


そこには瀕死のヌララゴスフォックが横たわっていた。

「ひどい!誰がこんな……」


フォックは小型の野生動物でふかふかのしっぽがペットとしても人気がある。


「あーあ燃えちゃったか」

振り返ると馬に乗って伯爵夫人と6歳年上の従兄弟のイアソンがやってきた。


「フォックは弱すぎて使えない こんな田舎狩猟以外にする事も無いのに」


「むやみな殺生は辞めて下さい!」

ユリは立ち上がって非難した。


「あん?ユリか。貴族のたしなみも解らぬ平民もどきめ。地べたで餌の時間とはまったく下品ここに極まれりだ」

イアソンが馬を引いてユリ達を蹴散らそうとしたが、馬は言うことを聞かない。


「くそ!この駄馬め」

顔を真っ赤にしてムチを振るう


「辞めて!家の子達がそんな馬鹿げた命令を聞くわけないじゃない。さっさと戻って!」


「目障りなゴミどもめ!」

激高したイアソンが馬から下りユリにムチを振り下ろしたが、とっさにマドーニがユリをかばい背中をムチで打たれた。


「なんて事するの!」

ユリがキッとイアソンを睨み付けた。


「お黙りなさいユリ」

成り行きを見ていた伯爵夫人が口を挟んだ。


「淑女らしからぬ振る舞いをしているのは貴女です。イアソンにわびなさい」


「彼らに暴力を振るっているのはイアソンです!」


「平民をどう扱おうが問題ないのです」


「生まれがなんになるの?マドーニの方が勉強もできるし魔法も使えるし中身は上よ!」


「それがどうしたというのです。平民は神が貴族に与えし家畜。すこし出来たからってなんにもなりはしない。貴族は神の声を聞き、神の力を授かり、世界を守る尊き存在。守られるだけの家畜に価値はないのです」


「人間は家畜じゃない!」


「同じ事。この国を命がけで守っているのは貴族です。お前の父親も仮にも貴族と名乗っているのだから知っているのでしょう。平民は守られている間に、命を含めその労力すべてを差し出すために飼われているのです」


たかだか6歳のユリに伯爵夫人を言い負かす術はない。ユリの正論は貴族の信じる正論に太刀打ちできない。


「マドーニは大人になったら家を支える臣下になるもの!」


「笑止。たかだか孤児風情が。炭鉱で這いつくばって手押し車を押すのがお似合いよ」

10歳になると孤児院を出なければならない。大抵この街の孤児は炭鉱で働くのが常だった。


「マドーニは優秀だから上級学校に行けるもの!」


「それこそ孤児が誰のお金で王都の学校へ行くというの?まさが男爵にださせるとでも。この寄生虫ども」


「伯爵夫人様。私がいたらないのがいけないのでございます。申しわけございません」

緊迫した二人の間にナビーが伏して間に入った


「貴女の代わりはいくらでも居てよ。気分が悪くなりました、行きますよイアソン」


悔しい。誰よりもそう思っていたのはユリではなく、マドーニだったのであろう。

ユリをムチから守る事は出来ても、貴族社会から守る事は出来ないのだ。

伯爵夫人の言葉は間違っていない。今マドーニが優秀でも、来年は炭鉱へ行くしかないのだ。


それからしばらくして、マドーニは迎えに来た公爵家に引き取られていった。

息子の遺品がオークションで見つかり、二人の写真と裏に妊娠中の我が子を案じるメッセージが書いてあったのだ。高価な懐中時計だったのが災いして、戦場から持ち去られ転々と売られた後、偶然にも公爵家に戻ったのだった。物語のような奇跡だと話題になった。


「どうして何も言わずに行ってしまったの?」

ナビーは泣き止まぬユリを抱きしめて慰めた。


「別れが辛かったのでしょう。きっと立派になって戻って来ますよ」


「無理よ。家より格上の公爵家の跡取りならお婿さんに来てくれない」


「生まれを問うて何になると言ったのはユリ様ですよ。マドーニは自分の力でユリ様に並べられるようになるため巣立って行ったのです」


「貴族なんて嫌い。ナビーみたいに子供達に囲まれて暮らしたい」


「あらあら。かわいらしいユリ様がこんなおばさんになりたがってはだめですよ。ユリ様にはユリ様のなすべき道があるはずです」


マドーニが居なくなって、子供達に勉強を教えるのはユリの役目になった。

元気な子供達に振り回され、少しずつさみしさを癒やしていった。






ーーーーそんな日々も13歳にして転機が訪れる。

母ルクレツァと弟キリエルが、流行病で亡くなってしまったのだ。

継承者がいなければお家は断絶。伯爵夫人は伯爵家のおかげで得た爵位を断絶させる事も、伯爵家に関係ない血筋に継がすことも反対だと、母の姉で寡婦になっていたイアソンの母を後添えにするよう強要してきた。言いがかりも甚だしいが一歩も引かぬ構え。


ーーーー冗談じゃない。母や臣下が苦労してきた事がすべて台無しになってしまう。

ましてや祖母やイアソンの事だ。あれほど見下していた態度を取っていたくせに、全てを奪うつもりなのだ。名ばかりで存在感を失いつつある伯爵家の為に利用するつもりなのだ。

ユリは決断した。彼らの好きになんぞさせない。


「父上」

ユリは執務室に入り、父の前に跪いた。


「なんだ」

疲労を隠せない顔色の父。


「私を騎士団へ推挙してください。無事刀礼を済ませましたら、叙爵状の承認規定に特別規定追加を議会に定義願います。初代の娘とその直系男子に継承権をと」


「ユリ……それは……」

困惑の表情の父の前にユリはスッと立ち上がると、素早く腰の剣を抜き、ひと思いに自分の髪を切り捨てた。


「なっ」

あまりのことに父も居合わせた臣下も動揺を隠せない。


この時代、女性は髪を伸ばし、社交界デビューの年齢になると髪を結い、一人前の証とした。

ようするに短い髪などありえないのだ。


「騎士として男爵家を継ぎます」

女性に継承権はない。この世の常識だ。しかし過去に10名ほど叙任された例はある。

女性の騎士もまれにはいたが、女王の近衛騎士として務めている程度だ。

全ては異例の考え、決断である。


「見習いから刀礼まで最低でも3年はかかる。それも学校を卒業した年上の猛男に揉まれながらだ。それらを追い抜き、役職へ付き、手柄を挙げ世間に次期当主と認められるまで10年は掛かろう。認められるとも限らぬ」


貴族の子弟は13歳から3年間王都の上級学校へ通うのが慣わしだ。

その後騎士団へゆく者、官僚の道を歩む者等専門分野に分かれていく。

ユリは上級学校で学ぶ学問や儀礼程度ならもうとっくに済ませてある。

不穏な情勢を考え、より上位な縁を求めに学校へ行く予定だったにすぎない。


「それでも可能性はゼロではないかぎり私は戦います」


「ユリ……楽な道ではないぞ」


「全て承知の上です。この地に必要なのは強き誇り高き騎士。愚かで腑抜けなスフォルツ男爵などありえません」


全てを覚悟した娘の固い決意に、これ以上反対の言葉をかけられようか。

その日が騎士として歩み出した日になった。


あれから7年。口では言い表せぬ苦労をしたが、父譲りの槍裁きと母譲りの才覚で頭角を表し、無事刀礼を果たした。今や重騎士師団、第二分団の副団長である。先に騎士となっていたマドー二と再会し、色々助けてくれ支えてくれたのも大きかった。議会に定義し続けた、授爵状の追加承認規定も承認されたばかりだ。

スフォルツ男爵家はユリの代まで問題はなくなったのだ。


過去を振り返っても、今この場でそれが何の意味があるのか見当も付かない。


「うむ……ではこれを見よ」


総帥が右手を挙げると、後ろに控えていた宰相が恭しく布を取り払った絵画。


「こっ、これは!」

そこに描かれていた人物を見て、ユリは驚きのあまり目を見開いた。








またしても現代に戻れなかったぁぁぁぁ

検索ジャンルのラブコメ抜きました。

おかしいコメディ書いていたはずだったのに……なぜだ……


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