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「ユリ!!ユリ!!ユリー!!!」


「マドッ!落ち着け!」


「待ってくれ!ユリ!!行くな!ユリ!!」


「どうした!」


「クッソ!どけ!止めろ!下ろせ!下ろしてくれぇ!!!」


 車内に悲痛な叫び声が響き渡った。






「ほら」

 桐太が缶コーヒーを円に差し出した。

 乗車口の前から動こうとしない円は、黙って外を眺めたままだ。


「何があった」

 それでも桐太が円の手を取り、缶を握らせた。


「……ユリがいた。」

 円がぽつりと呟いた。


「冷静なお前らしくないな。俺は見かけなかったぞ」


「俺がユリを間違える訳がない」


「お前にぶつかって、コートのボタンに髪の毛が絡まったお嬢さんしか見てないぞ」

 桐太が思い出しながら問いかける。


「あの時、荷物棚からカバンを下ろそうと立ち上がったタイミングで奥に乗り込もうとした人にぶつかったんだ。手袋をはめていたせいかすぐに外せなくて、通路にはみ出しながらもたもたしていたら、横を通ったんだ」


「それって制服着た高校生みたいなお孫さんとお婆さんだったよな。まさかあの高校生?違うと思う……」


「違う!おばあちゃんと呼ばれていた方だ」

 桐太の言葉を遮るように円が言い切った。


「バカな……」


「間違いない。お孫さんがおばあちゃんこっちと言ったから、少し身体をひねったんだ。会釈しながら通り抜けようとした彼女からユリのオーラを感じた」


「まさか……」

 桐太が疑いのまなざしで円を見た。


「俺も驚きすぎて数秒止まってしまったが、すぐ確かめようとしたんだ。でも目の前の女性がまだ絡まっていて……」


「いきなりコート無理矢理脱ぎ捨てるから驚いていたぜ。痛いって悲鳴上げていたじゃないか。お前は叫びながら走り出すし。長谷川さんにお願いしてフォロー任せたんだぞ。あやまっとけよ」


「悪かった。でも、間に合わなかった。聞こえなかったんだろうか。補聴器みたいな物が耳に入っていたし」


「車両中の人には俺たちってばれたけどな。撮影が押して自由席しか取れなかったのが良かったのか悪かったのか」

 桐太が振り返ると、大勢の客がドア越しにデッキで佇む二人の様子を窺っている。


「信じてないんだな」


「まあな、俺は2列前の通路から離れた窓側だったし、お前が叫び出してから立ち上がって振り返ったから、その二人はかすかに横目に見た程度だから解らなかった。それに……仮にユリだとしたら、信じたくない」


「何故!」


「もしもユリだったなら俺達より50年近く前に産まれた上に、別の誰かと結婚して孫まで居たって事になる」


「……俺達は物心が付いた時からお互いがいたが、仮にユリが一人なら前世を信じないのはしかたがないかもしれない」


「お前悔しくないのか。ユリが他人に……」


「言うな!言うな……今日までユリだけを探してきたんだ……言わないでくれ……」


「円……」


 桐太は円ほど取り乱しては居なかった。ユリを探したいのは同じだが、前世でもユリの心は円にあったのを知っていたから。それでも生まれ変わればチャンスがあるかとわずかな望みに掛けていただけだったから。


「魔力のないこの世界で、オーラなんて当てになる物か。最近思い詰めていたせいさ」


「ふん 俺たちがそれを言うか。最後の時生まれ変わって巡り会おうと、全ての魔力を込めてユリの魂に刻みこんだんだ。自分が生まれ変わった事実が、ユリがこの世界にいると告げている。たとえ魔力がなくても」


「もしもそれが本当ならどうするんだ。孫に手を引かれて歩いているお年寄りは、幸せに決まっている。俺たちはユリの人生に必要ないって事だ」


「探す!探すに決まっている。もし仮にユリが俺の手を必要としないのなら、ユリに直接確かめたい。おまえは簡単に諦めるというのか!お前の気持ちはそんなちっぽけな物だったのか!」


「俺は、英雄の丘で眠るお前達を眺めて生きていたんだ。10年、10年だ。お前にだってあの気持ちは理解できるわけがない。一番大切な物達が俺を守って死んでいったのを。絶望と孤独の中で生きる気持ちが解るか?解ってたまるか!」

 吐き捨てるように桐太が言った。


「キリー……」

 漸く円が桐太を見た。


「悪い。八つ当たりだ。これだけは言わないつもりだった。でも残された方だって辛かったんだ。簡単にあきらめるわけじゃない。その覚悟を持っているだけだ」


「あの時はお前や民を守る生き方しか出来なかった。神託で選ばれた宿命だったから。守られたお前の気持ちまでは解ってやれなかったんだな」


「ま、今さら深刻になるな。俺の柄じゃないし。これからが勝負、なんだろう?」

 桐太がおどけたように肩をすくめた。


「今の俺はお前に救われているよ」


「せいぜいありがたがれ 兄貴」


 二人は黙って流れゆく景色を見ていた。



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