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リフレイン

作者: マシマ真

 もう何度目の春だろう。


 私はずっと同じ春を繰り返し、過ごしている。いや、春だけでない。夏も、秋も、冬も、何度も同じく過ごしている。もう何十年も・・・。


 私はずっと歳を取らない。歳を取ることを許されない。


 若さを永遠に持続できるのならば、それは喜ぶことなのかもしれないが、私の場合、流行のアンチエイジングとは違う。私はただ同じ年を繰り返し生きているだけなのだ。


 私には息子がいる。やっと自分の意思を人に伝えることが出来るようになった小さな子だ。親ならば、子の成長を喜ぶものだが、私にはそれは許されない。息子はいつまでたっても成長しない。同じ年を私と共に生き続けている哀れな存在になっている。


しかし、私はまだいい方なのかもしれない。私のいとこはもっと小さな子がいる。まだ会話も出来ず、片言だけ発するくらいの小さな子が。彼らはもしかしたら私の影響で同じような境遇に置かれた被害者なのかもしれない。私と接することがなければ、子供の成長を喜ぶことが出来ただろう。


世間はちゃんと40年近く、時が流れている。私たちが停滞している間にしっかりと時は流れている。私たちが共有出来るのは季節感のみ、時代の流れは私たち家族とその周囲を置き去りにしている。


40年前には珍しくもなかった親、子、孫の大家族が食卓を囲んでいるのが我が家だ。それを羨む人もいるだろう。しかし、私はそれが苦痛だった。何度、この状況から逃げ出そうと思ったことだろう。しかし、それを許されぬ約束事が私たちの家族を縛る。


夫は居心地が悪い中、私の家族と一緒に生活をしている。同居する父母だけでなく、弟や妹にも気を遣い、肩身は狭いだろう。夫は優しい人なので、特に愚痴を言ったりすることはないのだが、私のせいで自分の置かれた環境が変わらないことに気づいているはずだ。


夫だけでない、父も哀れだ。定年間近なのに、さらに40年近くも働いている。歳を取らないので、続けることが出来るのだろうが、精神的にはかなり参っているのかもしれない。私は結婚し、子供を儲けることができたが、弟と妹はまだ小学生だ。親として子の成長を見られないことは辛いに違いない。


しかし、夫や父だけでないのかもしれない。弟たちは将来の夢を抱いたまま、ずっと大人になれずにいるのだ。辛いに違いない。それに私の夫や弟たちが通う会社や学校の知人、ご近所の方々も巻き込まれて、同じ時間を生きている。彼らも当然辛いはずだ。


しかし、私たちだけではないらしい。私を中心としたコミュニティだけが、同じ時を繰り返しているわけではない。似たような状況に置かれている人たちは意外に多いようだ。しかも、私以上に悲惨な目に合っているケースが多い。


例えば、ある高校生の男の子。彼は謎の組織に襲われ、薬で小学生にされている。そのまま彼は大人になることも出来ず、身分を隠しながら、ほぼ毎週、殺人事件に関わっている。彼の傍にはいつも幼馴染の少女がいるのだが、その正体を明かせぬまま、10数年の歳月を過ごしている。普通ならば、元の歳に戻っているはずなのに、実に哀れだ。


また、ある小学生の男の子は、悲惨な自分の未来を変えるために彼の子孫が送り込んだロボットで未来を変えようとする。その結果なのかどうかは分からないが、彼の時間は停滞し、30年以上の歳月が過ぎた。もしかしたら、これはある種のタイムパラドックスに陥ったのかもしれない。そして、現在、彼の元に送り込まれたロボットの誕生まで100年を切ったという。そのうち、その差はどんどん短くなって行き、いつしか、ロボットは旧式のロボットになってしまうかもしれない。


それを思えば、私はまだ、ましな方かもしれない。私の身の回りで起きるのは取るに足らない日常の出来事である。何も憂えることはないのだ。


ニャー。


物思いにふける私の背後で猫が鳴いた。うちの飼い猫だ。今、外から帰ってきたのだろう。白い毛におおわれた体を頻りに掻いている。この子も猫ながら、私の影響で40年近く生きている。しかし、本人はそんなことを気にすることなく、私の顔を見て、ニャーオと鳴いた。お腹がすいているのだろう。そう言えば、もう夕飯時だ。


「夕飯時・・・、それに、今日は日曜・・・・」


 私は眉を寄せる。家族のために夕飯の支度をするのは私の仕事だが、それ以上に、私を憂鬱にさせるモノがあった。日曜の夕方6時。それが私にとって魔の刻であった。これは私という人間を縛り付ける呪いのようなものだ。私はその時刻になると、いくら落ち込んでいても陽気で元気にならなければいけない。おまけにかなり粗忽な性格であることを義務付けられている。


「私だって、いつまでも、そそっかしい主婦じゃ、嫌なのよ!」


 私は叫んだ。成長しないのは子供たちだけじゃない。私も人として成長が足りないように描かれている。私はいつまでも、財布を忘れて買い物に行きたくはない。お魚くわえたドラ猫を追いかけて、裸足で駆けて行ったりはしない。そんな私を見て、みんなが笑っている。お日様も笑っている。私はいつまでも笑いもので、いたくはないのだ。


「ただいま」


 玄関が開く音と共に家族が一斉に帰ってきた。日曜だから、みんなでお出かけをしてきた。しかし、私たちは日曜のこの時刻になると必ず、家族で愉しい夕餉を取ることになっている。それは約束事なのだ。


 私は立ち上がり、明るい声で「お帰りなさい」と言う。もう私の気持ちはお構いなしに自然に出てしまう。私はテレビの画面に向かって微笑む。そして、目一杯の明るい声で毎週、必ず発する言葉を口にした。


「サ○エで、ございますっ!」

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