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巨大港湾の街。オッカム

 山を越えると風が俄かに強くなり、街道には時々砂埃が舞っていた。半日ほど歩いたら、舗装された道のように岩が剥き出しとなって、微かに潮の香りを感じることが出来た。

 地面の岩はトラバーチンで、大小様々な穴が開いた多孔な石灰質の堆積岩だった。穴の中には粗目の砂粒が詰まっていて、それらは風が吹くとコロコロと転がり、また別の穴の中へ落っこちていった。


 オッカムの場所は、かつて見た大陸図の記憶では、矩の手状になった陸地の北側と西側の分岐路的な位置にあったはずだ。地形が少し特徴的で、スプーンで削り取られたような楕円形の巨大な湾があり、それは旅客運送や物流だけで無く、漁業にも使われている大規模な港湾のようだ。

 オッカムの港湾から西に連なった海岸線は断崖で出来ており、岸壁から切り出した石は建材なんかにも使われている。北の海岸線は溺れ谷が連続した複雑な地形になっているため、多種多様な魚介が捕れ、また養殖なんかも盛んに行われているらしかった。


 オッカムに近付くにつれ、北西から吹く風が強くなり、風が運んで来る潮の匂いも随分ときつくなってくる。

 我々は、と言っても僕とアネモネのふたりだけれど、本当に別段なんの目的も無く、もちろんこれと言ってやりたいことも無く、正真正銘に旅気分と言う心持だ。強い風が吹く度に仮面がカパカパと動いて、その度に具合の良い位置へ調整するシャキリとは対照的に、僕らの表情も足取りも軽いものだった。

 けれど、シャキリはスッテプを踏むように歩いていた僕とアネモネに対して、向う脛を引っかけるみたい「お金が無いと旅が出来ないな」と至って冷静に言い放った。

 彼は本当に悪気が無い風に言ったので、僕らは怒るに怒れず、ただ重くなった足をひこずりながら歩く他なかった。


 シャキリが直ぐに傭兵ギルドを探すと言ったので、とりわけ用事が無かった僕とアネモネは、特に何の断りも無くシャキリにくっ付いて歩いた。

 街は僕が思っていた以上に活気に満ちていて、みんな溌剌とした表情で闊歩している。男のヒトも女のヒトも隔てなく髪が短く健康的な印象だ。薄い青色の空を飛んでいる海鳥でさえも、ピョーピョーピョー、と澄みきった声で鳴いたので、大したもんだ、と僕は思った。

 北西からは引っ切り無しに風が吹いて、僕もアネモネも靡いた髪を押さえながら歩く。シャキリはやはり仮面をパコパコと揺らし、面倒くさそうに「うぅむ」と言って、両手で押さえながら歩いていた。


 オッカムの街並みは殆んど白一色で多孔質のトラバーチンをくり抜いて、住居や店舗にしているようだった。それらが横へ縦へと至る所と連なって、重なり合いながらひとつの巨大港湾の街となっている。

 住居店舗の性格は様々で、屋根にブルーの粘板岩が葺かれていたり、トラバーチンの壁が緑灰、青灰色のチャートで化粧されていたり、トラバーチンの穴をモルタルで塞いでいたり、塞いだ穴が砕いたチャートやトラバイトなんかで装飾されていたりする。

 街全体がさわやかで清潔で、一つ一つ細かい趣向が異なってはいるけれど、街並みを通して見れば美しく、そして統一感があった。

 僕は「どうもどうも」と独り言ちて、いつか見た辺鄙な村を思い出したりなんかした。それから、少し嫌な気分になって長い溜息を吐いた。


 僕らは傭兵ギルドを探して歩き、それでもなかなか見つからないものだから、淡い黄色のワンピースドレスを着こなした女のヒトに場所を聞くことにした。

 女のヒトは、声を掛けた時に少し怪訝な顔をしたのだけれど、僕が傭兵ギルドの場所を聞くと納得したような表情で「ごきげんよう」と丁寧なお辞儀をし、至極親切丁寧に道を教えてくれた。

 僕は女のヒトに「ありがとう」と言い、アネモネは「どうも」と言い、シャキリは「うむ」と言った。女のヒトはにこやかに微笑んで「どういたしまして」と言って「ごめんあそばせ」と去って行った。


 僕は自分の服装を見て、アネモネとシャキリの服装を見た。まるで田舎者のようで、もちろん田舎者であるのだけれど、我々の服装は見たまんま、山を這いずり回る為の格好で、オッカムの街からは幾らか浮いているようだ。

 我々は全員示し合わせたように、明るい茶系の半袖を着ている。アネモネだけはその上から、小汚い黒いベストを羽織っていた。

 ズボンも似たようなもので、僕は濃い茶色のズボン。シャキリはポケットが沢山ついた酸化したような血の色のズボン。アネモネは腿の部分がゆったりして、脹脛の部分がキュッと締まっている黒いズボン。そしてみんな代り映えの無い革のブーツを履いている。

 さらにおまけに、僕はそんなことは無いのだけれど、アネモネは背中から黒くて大きい変な羽が生えているし、シャキリは刺激的な原色で塗装された変な仮面を被っているし、それらの修飾はよりチグハグで、まるであの辺鄙な村のようだった。

 僕らはこの街に於いて明らかに異物で、そして美しい街の景観を損ねるのに一役買ってしまっている。


 アネモネは愉快そうに「みんな赤ん坊みたいな格好して、おっかしいわよ」と笑った。シャキリは「うむ」と言い、カバンを地面に下ろしていつものように上半身をカバンの中に入れた。次に出てきた時には仮面のデザインが変わっていて、炎のような鬣を持った獅子になっていた。


 女のヒトに教わった通りにオッカムの街を歩いて、トラバーチンの建物の上や、脇の階段を昇り降りしながら進んだ。オッカムの街は全体を見ればスッキリとしていたけれど、いざ歩いてみれば少々複雑だった。途中何人かのヒトに道を聞きながら右往左往し、ようやく辿り着いてみれば、僕らが元居た道は頭上の遥か上にあった。


 街の雰囲気は変わらずとも、人種が圧倒的に違う。みんな揃って筋骨逞しく、肌も浅黒い。服装も我々と良く似ていたり、可笑しな鎧、良く言えばとてもユニークな鎧を着ていたりする。 

 他にも大きな鈍器を背中に負ぶったヒトや、腰に剣をぶら提げているヒト、体に無数のダガーを巻き付けているヒトも居た。小柄なサルのヒトも居るし、二本足で歩くトカゲのヒトも居て、アネモネ風に言うと、かなりねちゃごちゃとしている。


「もう一度ヒトに聞くか?」


「うぅむ。おっかない奴らばかりだ。聞くヒトは選ぼう、一番まともそうなヒトが良い」


 水平線には黄色い太陽があって、嫌に眩しかった。海面には白い塔のような太陽光が反射している。沖に貨物船が浮いてあって、空にも大型のガレー船が浮かんでいる。

 僕らが居る位置から、また一段下がったところに荷受けターミナルがあって、大きい襟の服を着ている沖仲士たちが、怒号を飛ばしながらせっせと働いていた。

 沖に停泊している貨物船に向かってバージがずらり並んでいて、沖仲士たちは受けた荷物を肩に担いだり、受荷を乗せた浮遊するバージを引っ張ったりしながら駆け回っていた。

 荷受けターミナルの遥か北の方には、小型の浮船がふわふわと浮かんでいる。赤ん坊が着るような豪奢な服に身を包んだお金持ちらしきヒトたちが、行儀良く列をつくり浮船の順番を待っていた。


 そんな景色を眺めていると、シャキリは僕の腕を揺さぶって「おい、あいつがいないぞ」と言った。


「奴さん直ぐに自分勝手をしやがるんだ、迷子になっても僕は知らないぞ」


「身包み剥がされる前に見つけてやろう」


 僕とシャキリはアネモネを探し始める。僕は大変な探しモノになるな、と少し腹を括っていたのだけれど、ほんの卵を二、三個割る程度の時間で、特徴的な背中を見付けて安堵する。


「道を聞いているぞ!」シャキリは大声を出して言った。


 僕は耳を塞ぐ。なにをそんなに大声で叫ぶ必要があったのか、アネモネの背中の向こうに見えたヒトを目視して、その理由が理解出来た。

 アネモネは、黒い髪を山のように立ち上げて、顔面に数十個の銀色の棘を暴力的に飾った大男に道を尋ねていた。棘飾り大男はモクをやりながら壁に凭れ、灰を傍らの壺の中に落とした。そして壺の縁に腰かけてモクを吸い、耳の穴と鼻の穴から煙を出した。

 僕とシャキリは軽い身震いを起こして、彼女らにゆっくり近付いた。


「おう、嬢ちゃん! そこはかとなくキュートなフォルムじゃねえか。八十点満点!」


「ありがとう。あなたもそこはかとなくクレイジーな飾りね」


 そんな会話が聞こえてきて僕は胸を撫で下ろした。足取りも随分と軽くなり、彼女らの元に近付いて行った。シャキリは「うぅむうぅむ……」と言って、僕の後ろに隠れた。


「本当にナイスな羽だぜ! 俺もそんな羽を持って生まれたかったぜ、チクショウめ!」


 棘飾り大男は、帯刀していたブロードの剣を抜き、切先をアネモネに向ける。

 僕はそれを目の当たりにして、肝っ玉が縮み上がってしまった。どうすることも出来ず口をパクパクとさせた。凡そシャキリも同じような反応だった。


「おっかない!」アネモネが言った。


 大男はブロードの剣を舌で舐め回して怒声を上げる。「その芸術的な羽を切り取ってやるぜッ!」


 辺りを見回して木の棒を探した。もちろん落ちている訳も無く、縋るようにシャキリへ視線を送る。シャキリは大きいカバンの中に上半身を突っ込んでもぞもぞと動いている。

 僕は、さては奴さん逃げる気だな薄情なヤツめ、と思い、カバンの中に入って行くシャキリの足を引っ張った。シャキリは「こら! 離せ!」と僕の顔を蹴り上げる。僕はうつ伏せに倒れる。


 次の瞬間、出産中の牛のような悶絶の声が上がった。棘飾り大男は冷や汗を流しながら股間を押さえ、やがて膝から崩れ落ちた。

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