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リス・ジェラルドは会いにいく

「なんだって? どう言う意味さ? それに何でのこのこと入って来た? 僕はヤヌザイのところへ行けって言ったはずだぞ」


 彼女は肩に乗せていたリスを地面に下ろして、自らも床に腰を下ろした。首を左右に捻り、目頭を揉む。黒革のブーツを脱いで中に入った塵をパラパラと床に撒いた。


「あなたはなんにもわかっていないのよ」


「なんだってんだよ?」


「こんなに可愛らしい小動物があたしを殺すはずなんてないのよ」


 大きなリスは彼女に同意するように飛び回る。他のリスもそれに同調するように飛び始めた。


「動物の言葉なんてわかるはずないだろ、きみもそうだろ」


「あたしにはわかるのよ、もちろん全部じゃないけれど」


「そんなの嘘だね、きみはデタラメ言ってるだけさ」


「ほんとうよ。 ねえ、スコット」


 彼女は肩に乗せて来たリスに言った。彼は、ビィビィ、と返事をして、ふさふさの尻尾を揺らした。


 動物と話すなんてそんなことあり得ない、と僕は思った。今までヒトが動物と言葉を交わしたという現実の例なんて聞いたことが無いし、もちろんこの山を使役するヤヌザイだって動物とは話ないのだから。

 過去にヤヌザイが話してくれた、クレヴァリー大陸創世記の中に出てくる、動物と話せるエヴァアとアダムスとか言う名前の白い女のヒトと黒い女のヒトは知っている。けどそれは、クレヴァリーとか言う学者のおじいさんがでっち上げたインチキだとヤヌザイも言っていた。

 他にもクレヴァリーが書いた動物創生記には白と黒の彼女らが創造したとされている、あらゆる言葉を操ることが出来る、七色の羽を持ったレコラインコと言う鳥がいるけれど、僕もヤヌザイもそんな鳥のことなんて信じちゃいない。


「スコットだぁ? デタラメな名前を付けるんじゃあないぞ! じゃあそうだ、そこの大きなリスの名前を言ってみろよ」


 大きなリスは、ギギッ、と言う。彼女は何度か頷いて「いい名前ね」と彼に言った。


「そのリスの名前はフィッツよ。 いい名前だと思わない?」


 僕はフィッツと言われる大きなリスに目をやった。彼は心なしか胸を張りながら首肯する。

 しかし、どっちにしたって僕には本当のところがわからない。彼らの言葉が理解出来ない以上は、やはり事実として受け入れるには時間が掛かる。


 これは僕の悪い癖だけれど、いつもそうだった。ヘイグに山の動植物のことについて教わると、僕は直ぐにヤヌザイに確認する。ヘイグが言っていたことは概ね事実だったが、それでも僕は誰かに確認し無いではいられない質なんだ。

 ヤヌザイや親方だったり、圧倒的な知識や権威を持っているヒトたちしか信用出来ないでいる。七年間奴隷として暮して来たことの弊害なのか、僕の奴隷根性の中には深い猜疑心が刻まれている。

 僕を買いたいと言った貴族は、僕が如何に思慮深い子供なのか僕や親方に説明していた。仮に僕が彼らに買われていたとしても、彼ら自身や彼らの言葉はいくら時を経ても信用に足るモノにはならなかったろう、と僕は思う。なぜなら、貴族が持っている権威なんて僕には知ったことではないし、ヒトを見る目が無い、つまり僕を見誤ったことが一番の理由だ。僕は思慮深くなんて無い、単に疑り深いんだ。


「それでこれからヤヌザイのところへ行くのね?」彼女は黒革のブーツを履きながら言った。


「そうだなあ、ひとつやることが増えただけだ、なんにも問題は無いだろう?」


 彼女は「ええ」と返事をする。長い髪を指で梳くと細かい木片がボロボロと落ちた。

 僕も頭をばさばさと払ってみたけれど、落ちてくるものは何も無かった。


「きみはどれだけ頭をぶつけたんだ?」


「ぶつけていないわ、こすったのよ」


 僕は「へえ」と言うに留めた。


「リス・ジェラルドを連れていきましょう、ハンス。 彼のお腹のあたりが…… こう…… ぐちゃぐちゃになっていてダメよ。 このままでは死んでしまうのよ」


 フィッツはリス・ジェラルドに顔を寄せる。リス・ジェラルドの反応は無い、彼は死んでいるように眠っていた。


「ふん、一刻の猶予も無さそうね。 たぶんだけども。 ねちゃごちゃとしている暇はないわよ、ハンス」


「わかったよ、直ぐにヤヌザイのところへ行こう。 リス・ジェラルドを預かるよ」


 僕がそう言ってリス・ジェラルドを抱こうとした時、フィッツは彼女の元に駆け寄り、ギギッギギッ、と何かを言った。なにか説明をしている風だ。


「なるほど、そうなのね。 わかりました、行きましょうハンス」


「なにがわかりました。だ、この! 僕はまったくわかりゃあしないぞ!」


「あなたはあたしを信じないんでしょう? 信じないなら言ってもムダよ」


「こういう時は認識を共有するのが大事なんだ!」


 彼女は言葉を纏めるように顎に手を充て、面倒臭そうに話を始めた。「リスたちとサルたちは対立しているらしいのだけど、あたしがこの山に入ってからはサルたちが優先する攻撃対象があたしに変わったらしいのよ。 だからリス・ジェラルドがあたしたちと行動するのは危険だと彼は言っているのよ」


「じゃあどうするのさ?」


「リス・ジェラルドは彼らで連れて行く、あたしたちは別の道を行ってサル共を引き付ける」


「引き付ける? 空を飛んで行けないってことか?」


「そうね。 どっちにしたってもう飛べやしないわ。 それにね、ハンス。 彼らはほんとうにあたしを殺そうなんて思っていなかったのよ。 ほんとうよ?」


 僕は返事をしなかった。今となってはどちらでもいいと思う。彼女が動物と話せることは、まだ完全に信じたわけでは無いけれど、彼女を疑う気持ちも薄れてきている。それに彼女がそう言うのなら僕に言えることはもう何も無い。

 リスたちとヒヒたちが対立していて、彼女がこの山に入ったことでヒヒたちの攻撃対象が彼女に変わったと言うのなら、彼女はリスたちにとって敵では無いのだろうし、それなら彼らが彼女を殺そうとする理由も無いだろう。


「よし、そろそろ行こうか」


「ええ、そうね。 ねえフィッツ、いいかしら? あたしたちにそんなに期待をしたらダメよ? いざとなったらあなたたちだけでやるのよ?」


 フィッツは他のリスたちに、ジェラルドを抱えるよう支持を出した。スコットは敬礼のように、ふさふさの尻尾をビッと伸ばす。


「外に出たら直ぐ武器になりそうな棒を探しましょうよ、ハンス」


「なんだきみ、奴らと戦う気なのか?」


「ちがうわよ。 でも、持っていたら叩くのに便利よ、そうでしょ?」


 僕は「ちがいない」と答える。


 抱えられたリス・ジェラルドは目を覚ました。彼は浅い呼吸を繰り返しながら、自分を抱えたリスの耳元で囁く。指示を受けたリスは尻尾をビッと伸ばし、リス・ジェラルドの艶を失った尻尾から緑色の鉱石を外した。鉱石を外したリスはフィッツの後ろに回り込んで、彼の尻尾に爛々と輝く緑色の宝石を飾る。

 リス・ジェラルドはフィッツに向かって、ギーギーギー、と叫んだ。フィッツは他のリスたちが行うそれとは違った、美しい敬礼を見せる。

 これよりフィッツは新しいリス・ジェラルドとなった。


「ふん、色々すんだようね。 いくわよ、あなたたち」


 僕たちは彼女の言葉に思い思いの掛け声を上げた。

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