太っちょのポンちゃん ※『太っちょのポンちゃん まとめ』収録済
『ポンダ』というのが、彼のあだ名だった。
本名は『本田』。
見た目がパンダ見たいにずんぐりむっくりしているため、本名とかけ合わせたその呼び方が、いつからか定番になっていた。
私は何となく心の中で『ポンちゃん』と呼んでいる。彼の優しいおもちみたいな雰囲気には、その呼び方がしっくりくる気がしたから。でも恥ずかしいから、本人と話すときは『本田君』と呼んでいる。
『将来の夢はお相撲さん』と言えばすんなり頷けるくらい小学6年生にしては大きく、ふくよかな躰。
無口な彼は、走るのが早い黛君とその仲間によくからかわれていた。けれども反論らしい反論などせず、いつもニヘラっと笑っていた。
そのうち女子のリーダー北上さんも、口数の少ない彼に「はっきり話しなさいよ」などと厳しい言葉を浴びせるようになった。もしかすると黛君に対するアピールだったのかもしれない。彼女は黛君のファンだったから。
確かに『ポンちゃん』は大人しいかもしれない。
でも、掃除中にチャンバラごっこに夢中になって、廊下に飛び出して行く男子より、黙々と机を運ぶ『ポンちゃん』は真面目で優しい人だな、と好ましく思っていた。
と言っても特に好きだという訳でもない。
それに話しかける訳でもない。
でも特に『ポンちゃん』と話すのが苦手だという訳でも無い。
単に仲の良いひろちゃん以外の人と、あまり話さないってだけ。
話をするスピードが遅いので、元気にポンポン言葉を放てる人とうまく遣り取りが出来ない。だから仲良しのひろちゃんと話す以外は、クラスで騒いでいる元気な人達を眺めるだけ。その話題に入って行くなんてとんでもない事だった。男の子に自分から話しかけるなんて、めっそうも無い。
黛君に話しかけられても、オドオドしちゃって上手く返せない。だから相手の言っている意味もよく把握できないまま、ニヤニヤ笑ってごまかすだけだった。
私が理解できていないのが伝わるのか、黛君は私が笑っているのを見ると表情を強張らせる。気まずい空気が流れるが、そこに良いタイミングでいつも黛君ファンの北上さんが入って来てくれる。するといつの間にか黛君と北上さんが二人で話をする流れになり、私はソロソロと後ずさりしてフェイドアウトする……というのがいつものパターンだった。
話がちょっと逸れました。
とにかく『ポンちゃん』は、あまり自分から話をするタイプでは無く、ふくふくした大きな体を揺らして、誰かにからかわれればニヘラっと笑っている。そんな人だった。
お相撲さんみたいってよく言われているけれど、特に運動好きには見えなかった。体育の授業では、いつも面倒臭そうに皆の一番最後を汗を掻きながらゆっくり走っていたから。
勉強もそんなに熱心じゃない。
だから『ポンちゃん』がクラスで目立つのは、黛君や北上さんにからかわれる時だけだった。
あ、そういえばお家がお金持ちだって誰かが言っていたな。
そうだよね、あの体を維持するのに食費がかかりそうだなーって密かに思っていたから、そう聞いた時はなるほど、と思ったっけ。
夏休みに黛君が言い出しっぺになって、クラスで肝試しをやる事になった。私は実は物凄く怖がりなんだ。だから行くつもりなんかサラサラ無かった。だけど黛君が、私とひろちゃんに「お前らも行くよな」と言って、こっちが首を振る前に『参加者募集!』のメモに私達の名前を書いてしまった。特に用事が無かったので断れない。ひろちゃんはホラーとかオカルトが大好きなんだ。私だけ行けないって今更言えない雰囲気。あーあ。気が重いなぁ……。
くじを引いたら、黛君とペアになった。
早口の黛君の話は聞き取り辛い。北上さんも一緒だったら、黛君と上手く言葉のキャッチボールをしてくれて、横で笑っているだけで良いのになぁ。暗い墓地の中を黙って歩くなんて怖すぎるから、何か話はしたい。でももし私が聞き取れない話に曖昧に笑ってごまかしたら、黛君また強張った顔で押し黙っちゃうんだろうなぁ。……あー不安だ。本当はひろちゃんとペアになりたかったのに。
夜の墓場、怖い。
夜の墓場、嫌い。
本当に勘弁してほしい。私は本当の本当に、お化けも幽霊も大っ嫌いなのだ。
懐中電灯を持って二人で道を歩いていると、後ろの繁みから何かが飛び出してきた。
私は「ギャー!」と叫んで、走り出した。後ろで黛君が「おいっ」って言ったような気がしたけど、パニックになってしまった私には、ただ必死で逃げる事しか頭に無かった。
かなり走った処で、ぽよんっと柔らかい壁にぶつかった。
私は反動で尻餅をついた。
「鹿島さん」
ポンちゃんだった。
「大丈夫?」
「あ、あの……」
立てなかった。足に力が入らなくて。
ポンちゃんは、私の手を引いてくれた。途端にぐんっと体が持ち上がった。
スゴイ力だ。
ポンちゃんはふくよかなだけじゃなくて、背丈も大きい。だから力も強いのかもしれない。
だけどポンちゃんがそれを周りに自慢する所を見たことは無い。そういう性格じゃないからかな?だからそんなに力持ちだって思ってなくて、本当にビックリした。
「立てないの?」
そう言うと、ポンちゃんは跪いて私に背を向けた。
「乗って?」
「え……重いよ」
「平気」
ポンちゃんはさっと私を背負ってくれた。
本当にスゴイ力だ。
そういえば人数が奇数で、ポンちゃんが一人になるって買って出てくれたんだ。だから私達の前を一人で歩いていたのか、と思い到った。
「ポンちゃん、ありがと」
ポンちゃんの背中があったかくて、背負われているうちに心臓のドキドキが収まってきた。私はお礼を言っていない事に気付いて、慌てて背中から声を掛けた。
「……『ポンちゃん』?」
「あっ」
いつも『本田君』って呼んでいるのに、つい心の中と同じ呼び方をしてしまった。
「ごめん、私勝手に呼んじゃって……」
「……大丈夫」
しばらくして黛君が後ろから追い付いて来た。
飛び出してきたのはただの野良猫だったらしい。黛君はそう言って引き留めたけど、恐怖に我を忘れた私の耳には入らなかったようだ。黛君にも謝った。ポンちゃんの背中から。黛君は「ケガが無くて良かったね」と笑ってくれた。
墓場の出口まで、私はポンちゃんの背中に揺られて二人の会話を聞いていた。黛君は相変わらずの乱暴な口調でポンちゃんに話しかけ、ポンちゃんは笑っていた。
あれ?
近くで聞くと、黛君のからかいの交じった言葉は、意外と親し気に聞こえる。口数は少ないけれどもポンちゃんの声は落ち着いていて。別に苛められている訳では無かったんだな、と思った。よくよく聞くと、二人は幼馴染で小さい時からお互いの家を行き来する仲らしい。黛君の乱暴な物言いも早口と一緒で、単なる癖だった。悪気なんて無かったのだ。
肝試しが終わった後、夏休みの間、私はときどきポンちゃんの柔らかな背中を思い出した。
あの手触り、温かさ……ずっと触っていたかったなあ。
なんて事をひろちゃんに言ったら彼女は目をまん丸くして驚いた。
「ゆいちゃんって、ポンダの事、好きなの?」
「え!……えっと……」
言われて気が付いた。
私はポンちゃんを好きになっていたのだ……!
夏休みが終わって新学期が始まった。
ポンちゃんを好きだと自覚した私は、彼を意識するようになってしまった。日直で一緒になった時なんて、ドキドキして顔をまともに見ることもできなかった。
だけど離れている時は逆に、ポンちゃんの大きなふくよかな体を自然と目が追ってしまう。
そうすると、ポンちゃんの笑顔とか、北上さんにキツク当たられてもニッコリいなしてしまう頼もしさとか、人が嫌がる事もサラリとこなしてしまう懐の深い処とか、ポンちゃんの良い処ばかり目に入ってくる。
北上さんが意地悪なコトを言ってポンちゃんを突き飛ばす(が、ポンちゃんの体格の抜群の安定感が、その手の勢いを吸収していた)処を見て「ポンちゃんの柔らかい体に障って、北上さんズルい!」と羨ましがっていたら、ひろちゃんに残念な物を見るような目で見られた。
給食当番になった日。
私は揚げパンの入った大きな容器を持とうとした。するとポンちゃんが「重いから俺が持つよ」と言ってくれた。ポンちゃんが私を気遣ってくれて、すっごく嬉しかった。嬉し過ぎて浮かれ、ついポンちゃんにいいところを見せたくなった。「これくらい大丈夫!」そう言って、勢いをつけて容器を持ち上げた。が、勢いがつきすぎてバランスを崩してしまい、なんとクラス全員分の揚げパンを廊下にぶちまけてしまった。
「あー!なにしてんの!」
「揚げパンどーすんだよ!」
と、北上さんと、黛君の取り巻きの久留米君が叫んだ。
揚げパンは人気メニューだ。
私は真っ青になって、へたり込んでしまった。
どうしよう……
ちょうど先生が、用事で職員室に戻っている時のことだった。
ショックで動けなくなっていると、ポンちゃんがすっと横にしゃがんで、落ちている揚げパンを拾い集め始めた。ひろちゃんと黛君もそれに倣って拾ってくれた。それを見て私もハッと自分を取り戻し、散らばった揚げパンをやっと拾い始めることができた。
拾いながら「あの……ゴメン」と絞り出すように何とか口にすると、ポンちゃんが私の肩を叩いてニカっと笑って言ったのだ。
「どんまい」
その時『どんまい』の意味を知らなかったので、内心『?』だったけれども、その口調と声音から、慰めてくれているんだという事は伝わって来た。あとでひろちゃんに聞いたら『Don't mind』=『気にするな』って意味だって。
周りの給食当番の子たちも、気を取り直して他の料理の配膳をスタートしだした。
でも皆が楽しみにしていた揚げパンが無くなっちゃった。
どうしたらいいの?
拾い集めて揚げパンでいっぱいになった容器を見て途方に暮れていると、ポンちゃんが容器をひょいと持ち上げて歩き出した。
「給食室に持って行く」
「ポンちゃん!」
それは落とした私の役割だと言うと、ポンちゃんは首を振って私に配膳に戻るように言った。配膳係は忙しそうに走り回っている。私は周りを見ていない自分に気付かされた。それで大人しく配膳の仕事に戻った。
しばらくしてポンちゃんが再び容器を持って現れた。
容器には揚げパンがクラスの人数分入っていた。
給食のおばさんに相談したのだという。おばさん達は残っているパンをかき集めてくれて、更に足りない分は大人たちに配る分から融通してもらったらしい。
何と言う行動力。
無口で、女の子のからかいにも反論しないポンちゃんは、気が弱いのだと思っている人が多い。だけど、そうではないのだ。彼は私達より一歩大人なんだ。
ポンちゃんの包容力に、改めてガーンと胸を撃たれた。
見た目だけじゃない。
ポンちゃんの体は、人の心まで包み込むような柔らかさを持っているんだと、思い知った。
** ** **
それからの私は。
恥ずかしくて顔が赤くなってしまっても、ポンちゃんと毎日話をするように努力した。
そしてバレンタインデーに手作りチョコを作って、とうとうポンちゃんに告白した。
ホワイトデーにお返しを貰い、なんと!!
見事付き合えることになったのだ。
やった。
ポンちゃんの柔らかい背中もお腹も触り放題になった。
その二年後。
中学校でバスケ部に入ったポンちゃんは、みるみる痩せ始めた。
身長もグングン伸びて、肉に埋まっていた目鼻が現れるようになった。
どうやら遺伝的に、ポンちゃんの家の男の子は、小学校の頃ぽっちゃりしていて、中学校から痩せてくる体質らしい。
ポンちゃんは実はイケメンだったのだ。
背丈も高く、均整がとれた体は素晴らしい。
肉が削ぎ落されて精悍な顔が露わになると、陰で「王子」と呼ばれるくらい人気が出始めた。
バレンタインには私と言う彼女がいるにもかかわらず、義理・本命のチョコレートを山ほど押し付けられるようになった。普段もしょっちゅう呼び出されて告白される。ポンちゃんをからかっていた北上さんでさえ、ポンちゃんの目の前に来るとモジモジして高い声で話すようになった。
もとから性格も振る舞いも―――イケメンだったのになぁ。
抱き着くと何だか硬い。
モフモフで柔らかかったあの頃のポンちゃんが懐かしい。
そう言うと、ポンちゃんが私の頭に手を置いて髪を撫でながら「ごめんね」と言った。
「五十歳くらいになったら、お腹出てくる予定だから。それまで待っててね」
と変わらぬ柔らかい笑顔で私を包み込むように微笑んだ。
体は硬くなってしまったけれども。
その笑顔と気持ちの柔らかさがあれば、五十歳まで待ってもいいかな。
私は彼の引き締まった胸に顔を埋めて、コクリと頷いたのだった。
ネタバレになるので削除しましたが、キーワードに『醜いアヒルの子的な』と入れるか迷いました。拙作ですが楽しんでいただけると嬉しいです。
お読みいただき、ありがとうございました!