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無能ニートを追放せよ

作者: 浅咲夏茶

 東京の旧国名にちなんだ高さの電波塔が建設されてから、およそ五十年が経過した年のことです。女性は、今日もいつもと同じように東京近郊の住宅地をうろうろしていました。肩には、かわいいロボットが座っています。女性は、このロボットの指示でインターホンを押す住宅を決定しました。


「ここね」


 女性はそう言うと、ポケットに忍び込ませていた小さな拳銃を一度手に取って目を瞑りました。撃てるように銃に課していた規制を解くと、今度は目を開けて、小さな拳銃を後ろに構えます。


 準備が整ったところで、女性はインターホンを押しました。


「はい、どちらさ――」

「警視庁無能追放課の者です。あなたの息子さんが無能に認定されましたので、こちらのお宅に正義を執行するべく参りました」


 無能追放課は、警視庁と警察庁に設置された機関です。無能と認定された人の追放――もとい、処刑を行います。


「帰ってください!」

「では、強制的に取り調べを始めさせていただきます」


 女性はそう言うと、インターホンの画面の向こうに居る女に、司法官憲から出されたことが明記された令状を見せつけました。もちろん、息子の身内である女は悔しそうにします。泣き顔を見せようとします。でも、女性には効きません。無能追放課の警官に、慈悲の心は不要です。



 玄関に入ると、先ほどの女が嫌そうに悔しそうに言いました。


「……なぜ、私の息子が殺されなければいけないのですか?」

「現状を打破する前には無能を追放しなければなりません。あなたの息子の年齢でも、女性ならまだ性処理に使うことができますが、三十を越えてセックスすらしたことのないニート男の使い道はありません」

「まだ、チャンスはあるはずでしょう!」

「それはありません」


 小さな銃を持った女性は、女にそれを向けながら冷淡に返します。そして、母の心を踏みにじりました。母は息子が殺される現実を今一度知って、ついには大泣きしてしまいまいました。


「あなたが女の子を産んでいれば良かったんです。そうすれば楽にお金が稼げたのに。たとえ《無能》であっても閉経までは殺されなかったのに……」


 女性はにっこりと微笑みました。そして、そこがまるで道路であるかのように、土足で廊下を進みます。その際女性は、歩きながら、居間や寝室などの《無能》が居ると思しき場所を片っ端から調べ上げました。そして、ついに見つけました。


「ここですね」


 そのとき、母が泣き叫びました。


「やめてください! なんでもします! なんでもしますから!」

「子どもを産めない老婆は、この国の財政のために、食糧危機を回避するために、さっさとお亡くなりになってください」

「じゃあ、私が死ねば、息子は――」

「あなたの息子が追放される現実は変わりません」


 女性の一言で母の表情が変わりました。これ以上の説得が無駄だと分かった顔を見せます。


「では、追放作業に入ります」


 女性は、《無能》の部屋に入りました。




 女性は《無能》の部屋に入ると、すぐさま、ノーセックスとノージョブを掲げ、パソコンの前に半日以上居座っていた男に小さな銃を向けました。そして、男の母からの抵抗を防止することを目的として、男の部屋の扉の鍵を掛けます。


「無能追放課です。あなたを追放しに参りました」

「久しぶりだね」

「――え?」


 男は振り返りました。女性はその男の顔を見て、はっと気付きます。


「幼なじみ……」


 目の前に居たのは幼なじみでした。中学校時代に他県に転居したせいで、もう女性は幼なじみの男と十五年近く会っていませんでしたが、顔立ちはその当時とそっくりでした。その頃は女性のほうが高い身長だったのですが、今では、二十センチも差をつけられています。


「僕は、君と再会したかったんだ。だから、高校に行かなかった。こうして《無能》になれば、《有能》な君と再会できると思ってね。いつもいつも、事あるごとに君のことを思って、君が僕の家に来ることを心待ちにしていたんだ」


 男は笑顔で言いました。一方、女性は、小さな銃を置きたい気持ちでいっぱいになります。


「君には家族が居るのに、僕は君にこんなにも執着してる。……とても気持ち悪いだろ? だから、さっさと殺してほしいんだ。もしも君に殺されるなら、僕はこの人生を満足な気持ちで終えられる」

「……」

「大丈夫。僕の心臓を狙って、ただ、その銃の引き金を引くだけじゃないか」


 男は笑顔で言いますが、女性は男の言葉を聞くたびに耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいになりました。もちろん、男の顔を見ることなんて出来ません。かつての親友が自分の死を希望して笑っているだなんて、信じたくありませんでした。


 しかし、処刑しないことを選択することはできません。そんなことをしたら、女性は警視庁から追放されてしまいます。そして何より、心を持たない電子機巧の存在が女性の選択肢を一つに絞りました。


「血税でご飯を食べているのに、どうして、君はやるべき仕事をしないんだい? 《無能》を殺すことなんて五秒あれば十分なのに、どうして君は銃の引き金すら引けないんだい?」

「そんなこと言われても――」

「もしこのまま君が仕事をしないのなら、君の悪行を課長に伝えるよ?」


 電子機巧の言葉は、女性の心の深いところまで攻撃しました。

 同じ頃、ドアの向こうから奇声が聞こえました。


「息子を返せ! 返せ! 殺してやる! お前なんか殺してやる!」


 その声の主は、女性の幼なじみの父親でした。しかも、彼は、包丁をドアに突き刺しています。


「ほら。早く僕を殺さないと、《有能》なはずの君まで死んじゃうよ」

「だったら、だったら、私も一緒に死ぬ!」

「だめだよ。そんなことをしたら、警視庁無能追放課に史上最大の汚点がつく。それに、《有能》な君の旦那さんや子どもが悲しんじゃう。だから、君には《無能》な僕だけを殺してほしいな」


 女性は自分の良心に従って幼なじみの殺害を拒もうとしましたが、それでも、幼なじみの言葉には逆らえませんでした。


「やっと、その気になったんだね」


 女性は頷けませんでした。しかし、顔を左右に振ることもできません。その理由は単純でした。幼なじみの殺害をすぐ目の前に控えていた女性に、精神的余裕など残っていなかったのです。引き金を引くか引かないかは、男がどんな発言をするかにかかっていました。


「最後に君の姿を見れて、僕はとっても幸せだよ」


 男は、にっこりと微笑んで言ったのを最後に、何も話さなくなりました。

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