肉食男子の目覚め
俺の名前はレイエス・スタークス。公爵家の嫡男だ。
五つ下には弟のクリストファーがいる。素直で可愛い弟だ。
弟は俺を超人だとでも思ってるのか、俺に出来ない事はないと本気で信じている。そんな訳ないのにね。
それでも、そんな弟をガッカリさせたくない俺は、死にもの狂いで努力した。後継ぎとしての勉強も魔法も剣術も。
得意な事はもっと得意に。苦手な事もそれなりに出来るようになった。
そのお陰で自信もついたし、今も弟にとって誇れる兄でいられてるのだろう。
父は宰相で、母は王妹でスタークス公爵家に降嫁してきた。
政略結婚だったらしいが、対外的には恋愛結婚だと思われている。
美男美女だからだろう。その方が、貴族にも民衆にも受けがいいから。
両親はそれなりに仲良くやっているが、母には外に愛人が何人かいるらしい。
父はその事に気付いているようだけど、気にしていないのか何も言わない。
正直俺は、幼い頃から母が好きじゃなかった。愛人がいる事を知ってからは嫌悪しか感じなくなったけれど。
母は確かに美しいのだろう。
歳を重ねても若い頃と変わらず、笑顔と話術で男達を魅了する。
母に似た艶のある漆黒の髪に、透き通った翡翠色の瞳。真っ直ぐに通った鼻と少し薄めの唇をした俺は、どうやら女に好かれる容姿らしい。
勿論、家柄目当てもいるのだろう。
夜会で群がる女達は、俺を見つめては頬を赤く染め、最終的にその瞳には欲しか残らない。
正直、馬鹿みたいだと思う。
所詮、女はこんなのしかいないのかと、自分の心が冷たくなっていくのが分かった。
今では触れられるのも嫌な程、立派な女嫌いだ。笑える。
父には、婚約者は自分で選ぶと宣言しているから、まだ女に煩わされる事もない。
しかし、そんな俺にも気になる女が現れた。と言ってもただの興味だが。
今年で十七になり、魔法学園も二年目。
学園騎士団に選ばれ、入学式に出席しなければいけなくなった。
学園騎士団は、全てにおいて成績優秀な者しか選ばれないらしい。正直、面倒だが選ばれたなら仕方ないと早々に諦めた。
入学式の準備に舞台での挨拶、そして新入生達の監視や、記録が主な仕事だ。
表面上では、公爵家としての顔を見せていたが、内心つまらなくて欠伸が出そうだった。
俺は魔力測定をやる講堂ではなく、隣の広い部屋、普段は闘技場である場所での監視が担当だった。
徐々に魔力測定を終えた新入生が入ってきて、一人ずつ攻撃魔法を放つ。どれもありきたりだし、平均的でパッとしない。
だが、魔道具で魔力測定の結果も同時に伝わっていて、驚いた事に今年は四万超えが二人もいたらしい。
二人の名前は、マリア・ドノヴァン男爵令嬢に、アンジェリーナ・ヴィッセル伯爵令嬢。
一人はアルの女か。もう一人も凄いとは思うが、女だと知ってすぐに興味を失ってしまった。悪い癖だが仕方ない。
次々と攻撃魔法を放つ新入生を、ぼんやり眺めていると、研ぎ澄まされた魔力に一瞬、身体が震えた。
その新入生を見れば、腰まである白金の髪がサラリと揺れた。
華奢な女だ。眦の下がった大きな菫色の瞳は、真っ直ぐ人形を見つめていて。
儚げで、か弱い女にしか見えないのに、意志の強い煌く瞳はどこか力強さを感じた。
彼女の魔法は見事としか表現出来なかった。
二属性を同時に発動し、無駄な魔力は一切使わず正確に操る。威力も凄まじい。
鎧を纏った人形の心臓が簡単に貫かれ、爆発する。
もし、これが本物の人間なら一瞬で絶命だ。肉の残骸しか残らないだろう。
辺りが静寂に包まれ、誰一人、声を発せなかった。
それなのに彼女はこの沈黙の意味が分からないのか、ほんの一瞬眉を顰めた。しかし、すぐに微笑み退室の挨拶をして、さっさと出て行った。
彼女は、どれだけ凄い魔法を放ったのか気付いてないのだろうか。俺やアルでもあそこまで正確な魔法は放てないだろう。
俺は彼女の名前が気になり、隣に居る学園騎士団のファリスに訊いた。
アンジェリーナ・ヴィッセル伯爵令嬢。
それが、彼女の名前だった。確か魔力測定で四万超えだったか。
それから俺は、彼女の事を調べた。
ヴィッセル伯爵家当主は、本人が化け物並に強く、しかも沢山の魔道具を開発していて有名だ。
だが、妹のアンジェリーナ嬢の情報は驚くほど少ない。
夜会などに全く参加しないお陰で、幻の令嬢と言われたり、見た目が儚げだからか、病弱だと思われてたり。
そんな中身のない情報だけだった。
学園騎士団は、新入生が慣れるまで結構関わりが多い。
彼女は魔術騎士学科を専攻したらしく、闘技場へ見に行けば丁度、彼女の模擬戦が始まった。
菫色の瞳は静謐さを湛えていて、細い腕で振るわれる一閃は苛烈だ。
相手の男の方が上背があり、膂力も明らかに男の方に軍配が挙がるのに、危なげなくそれを受け流す。
卓越した剣技は、軽やかに、舞うように相手を翻弄する。
彼女の刃は鋭く、速く、正確に急所を狙っている。
大振りな動作はなく、最小限の動作で必要なだけの威力を出している為か、殆ど息の乱れもない。
彼女に欠点はないのか。
完全無欠。そんな言葉が頭に浮かんだ。
いや、まさか。完全無欠の人間なんて居る訳がない。
俺は益々彼女に興味を惹かれ、そして、彼女の事がどうしても知りたくなった。
アルの女が彼女と友人になったようだし、呼んで貰えばいい。
彼女と直接話せる。そう考えただけで、抑えきれない高揚感が身体を駆け巡る。
「……ああ、楽しみだ」
自分の呟きが心底愉しそうに聴こえて、笑った。
次の日、初めて彼女と昼休みを過ごした。
邪魔者も居たが仕方ない。まだ、友人ですらないのだから。
真っ直ぐ相手を見る煌めく菫色の瞳には、女達に騒がれる美貌にも、全く見惚れる様子はない。
それが何故か嬉しかった。
けれど、最初から彼女は、見た目や家柄に興味は無いだろうとも思っていた。ただの願望だったのかもしれないが。
俺の図々しい言葉にも、彼女は全く表情を変えない。
彼女が何を思って、何を考えているのか、今は図る事も出来ないのが悔しい。
とりあえずアンジーと呼べるようになったし、これから徐々に距離を詰めていこう。逃げ出さないようにゆっくりと。まあ、絶対に逃がさないけど。
アンジーは、最初は畏まっていたが、少しずつ表情も態度も柔らかくなってきた。
主にアンジーの兄の話で。どうやら兄が大好きらしい。表情を見れば誰でも分かる。
自然と綻んだ笑顔は、見惚れる程に美しかった。
この表情が、俺を想って、俺だけに向けられたらいいのに。そう思ってしまった自分に困惑する。
ああ、そうか。とすぐに納得した。
どうやら俺は彼女に好意を抱いてるようだ。
普段は完璧な微笑みを浮かべてるが、魔法を発動する時、剣を握った時、アンジーは素の顔になっていた。
もっと、色んな表情が見たい。俺に見せて欲しい。
まだ出逢ったばかりだ。これから知っていけばいい。アンジーの全てを。
今更だけど。
もしかしたら、一目惚れだったのかもしれない。
女嫌いの俺がだ。
だから、絶対に手に入れるよ、アンジー。