攻略対象者とのランチ
次の日、運悪く雲ひとつない快晴でした。
朝から憂鬱な気分で過ごしてると、いつの間にか午前の授業が終わってしまった。
「アンジェリーナ様、お昼ご一緒いたしましょう」
優雅に私の元へ、マリアという名の悪魔がやってきた。
とりあえず、嫌です。と言いたい。切実に!
「ええ、では行きましょうか」
心とは裏腹に優しく微笑む私。令嬢って辛い。
メアリ作のお弁当を持って二人でクラスを出る。クラスの人達から視線を感じるが、気にしない。
が、歩いてると何故か至る所から視線を感じる。凄く煩わしい。
「マリア様。何故か凄く見られてるのですが、理由はわかりまして?」
微笑しながら、声を落として問い掛けると、マリアも小さく返す。
「私達が並ぶと目立つようですわ。一応、私達美少女ですから」
『美少女』の言葉は更に小さい声で言うマリア。
確かに人には聞かれたくない言葉だ。
いつまでも視線に晒されたくないので、出来るだけ足早に人気のない庭へ向かう。
庭に着けば、既に攻略対象者達が揃っていた。
庭には、白く丸いテーブルに、イスも五脚用意されている。
座っていた三人は、私達を目にして優雅に立ち上がった。
三人とも背が高く、引き締まった身体をしている。多分、兄と同じくらいだろうか。さすが攻略対象者だなと感心する。
ああ、私の理想は兄ですから。ブラコンですが何か?
「マリア。来たか。お隣のご令嬢は初めましてかな。私はアルベルト・アーヴィング。以後お見知りおきを」
私達が近付いてから、この国の第二王子が自己紹介した。
金髪碧眼の正統派のイケメンな王子様だった。整った顔立ちに、柔らかい物腰は相手に警戒心を抱かせない。
「私はレイエス・スタークス。これから宜しくね」
次は公爵家嫡男か。
艶やかな黒髪に、切れ長の目と翡翠色の瞳は、どことなく色気のある美しい顔立ちだ。
これから宜しくって意味不明だから。今日だけだし、私は宜しくしたくないんです。
「エイデン・ノリスだ」
簡潔な自己紹介をした人は侯爵家嫡男。
燃えるような赤い髪に、濃い緑の瞳はどこか冷めている。
男らしい精悍な顔立ちをした人だ。
洗練された動きは育ちの良さを感じさせ、美貌と相俟って相手を萎縮させるだろう。
まあ、私には効きませんが。
「私はアンジェリーナ・ヴィッセルと申します。本日はご一緒させて頂き有り難うございます」
全く有り難くないけどね。でも、そんな事言えないし。疲れる。
「うん。それじゃあ自己紹介も終わったし、二人共こっちに座って」
王子、意外にフレンドリーで吃驚なんですが。
私とマリアがイスに座れば、王子付きの使用人が人数分の紅茶を置いて、さっと後ろに控える。執事かな。なら名前はやっぱりセバスチャンだよね。なかなか出来る執事だ。今も気配が全くない。
お弁当を広げて食べ始めれば、ポツポツと会話が聴こえる。
主にご飯の話でした。あまり貴族らしさがないよね。何でかな、育ち盛りだからかな。
食事が終わり、優雅に紅茶を飲んでると、王子が話し掛けてきた。
「アンジェリーナ嬢は、マリアと同じ位の魔力量があるんだってね。私達も驚いたよ」
キラキラを振り撒いてイケメンオーラを出す王子に、カップを置いてから答える。
「そのようです。正確には分かりませんが」
「魔力量も凄いけど、アンジェリーナ嬢は攻撃魔法と剣術も凄いよね。あ、アンジェリーナって呼んだら失礼かな」
今日初めて話しましたよね。公爵子息様。まあ、名前くらいどうでも良いけどね。
「アンジェリーナでも、アンジーでもお好きなようにお呼び下さい」
「では、アンジーと。私の事はレイエスと呼んでくれると嬉しいな。後、アンジーはもっと口調とか崩していいよ。ここでは皆気にしないから。ね、アル」
レイエスはにっこりと私に微笑んでから、王子に話を振る。
「勿論。畏まる必要はないよ。私もアンジーと呼ばせて貰おうかな。私の事はアルで。エイデンも呼び捨てでいいよね?」
「別に何でもいい」
今度は侯爵子息に飛びました。
何だか軽い感じで、逆に疲れるかも。
「それで、アンジーは剣術も出来るの? って、レイエスは何で知ってるのさ」
王子の言葉に、レイエスは艶然と微笑んだ。
うわ、色気半端ないわ。
「昨日は、魔術騎士学科の授業見に行ったんだよ。その時丁度アンジーが模擬戦やっててね。相手の男もなかなかだったけど、アンジーの方が強かったよ」
ああ、確かに居ましたね。模擬戦を見てたのは知らなかったけど。
「そうなんだ。凄いね。私とエイデンは魔術士学科に行ってたからね。マリアの下手な攻撃魔法を見たくらいかな」
王子がにこやかに毒を吐いた。まあ、ただの揶揄いだけど。
さっきまで微笑んでいたマリアは、一瞬で拗ねた表情になる。
「アル酷い」
「はは、冗談だよ。攻撃魔法以外は凄いよ」
冗談と言いつつ、やはり攻撃魔法は褒める所がないようだ。
拗ねてるマリアに、笑う王子。
うん。微笑ましいわ。
「アル様とマリアは仲が良いんですね。付き合いは長いんですか?」
マリアの恋心は知ってるけど、王子はどうなのかなと思いながら訊いてみる。
「そうだね。四年前に知り合ってからの付き合いだからね。レイエスと、エイデンとは幼馴染みだし。私は良い友人に恵まれてるよ」
あれ……マリアも友人枠?
チラリとマリアを窺うと、沈んでるのが分かる。
表情に出し過ぎだよマリア。
王子はそれを見て愉しそうに笑ってる。確信犯か。王子ってSっ気あったんだね。
何だ両想いか。ご馳走様。
良かったねマリア。まだ気付いてないけど、そのうち実るよ。
勿論、私は何も言わないけどね。王子の気持ちを私が教える訳にはいかないから、ゴメンね。
そんな事を考えていると、レイエスがククっと笑い、エイデンは呆れ顔だ。
気付かないのはマリアだけ。鈍感娘か、と突っ込みたい。
「アンジーはいつから魔法と剣術を習ったの?」
話を変えるように、レイエスが私を見る。
「五歳からですね。師匠も兄も化け物なので。少しでも追いつきたいけど、まだまだです」
「ああ、ヴィッセル伯爵か。私も何度か会った事があるよ。魔術騎士団に何度も熱心に誘われてるらしいね。それでも絶対に頷かない強者だって有名だよ」
レイエスの言葉に私は首を傾げる。
兄は優秀だから誘われてたのは知ってるけど、既に諦めていると思ってた。
「今もまだ魔術騎士団から誘われているんですか?」
「うん。団長が諦めの悪い人でね。余程気に入ってるんじゃないかな」
レイエスと顔を合わせて話してるが、そういえば女嫌いはどうしたんだろうと、今更ながら思い出す。
マリアは冷めた目で見られると言ってたけれど、そんな感じは全くない。
逆に優しいような? まあ、いいか。
「兄は領地から出る気がないですからね」
兄の事を考えると、自然と顔が綻んだ。
一応、王都にも屋敷はあるが、人任せに出来ない兄はなかなか領地を離れない。
部下や使用人を、信頼してない訳ではないからね。
あ、でも、学園の長期休みの時は王都に来るらしい。リーリア様と一緒に。楽しみだ。
私がレイエスと話してると、王子とマリアも仲良く話していた。
エイデンは眠そうにボーッとしてるけど。
そんな感じで、昼休みは終わりを告げた。
明日の昼の約束を取り付けられて。
笑顔で拒否出来たら良いのにね。ははは。