王都出発
今日これから、やっと王都に向かう事が出来る。
領地から王都まで、馬車で大体三日位かかるが、ヴィッセル伯爵領で開発し製造している魔動車ならば、一日半で到着出来る筈だ。
魔動車には、独自の魔法陣を魔石に込めて至る所に設置してあり、車体は前世の記憶にあったワゴン車をイメージして作ってある。
この魔動車は私と兄の合作で作り上げた物で、なかなか良い収入源になっている商品だ。
買い手はやはり貴族や商人が多く、今ではカイン・ヴィッセル伯爵という名を国内で知らない者はいないだろう位に有名になった。
心配性の兄は私が誘拐されたら困るからと、出来るだけ私の名前は周知しないようにしてたみたいだが。
屋敷の外に出て、兄と向き合うように立てば、後ろには使用人が総出で並んでいた。
私は兄と視線を合わせるように見上げる。
陽に当たってキラキラと輝くウェーブのかかった金髪に、切れ長の眼とすっと通った鼻筋、口角の上がった唇は、家族の欲目なしに誰が見ても見惚れるだろうと思う。
そんな私と同じ菫色の瞳を潤ませた兄、カインの手をそっと離しながら、私はニッコリと微笑んだ。
「アンジー。本当に行くのかい? もう少しゆっくりでも──」
「いいえ、お兄様」
兄の言葉に被せるようにして、きっぱりと首を横に振る。
「入学式は三日後なの。もう大半の生徒は寮に入って準備をしているのに。私は入学式に間に合うかもギリギリなんだから」
本当はもっと余裕を持って出発する筈だったのだが、兄によって遅らされていたのだ。
風邪を引いたから看病してだの、私がいないと食事も喉を通らないだの。恋人か! と突っ込みたくなるけど、本当に辛そうに言うのだから質が悪い。
それでも、流石にそろそろ行かせないとやばいと気付いたのか。
涙目になりながらも無理矢理引き止めるつもりはないようだ。
「はあ……私の可愛いアンジーと毎日会えなくなるなんて。学園なんて崩壊すればいいのに……それにアンジーに色目を使う輩は絶対に許さないよ……ああ、可愛いアンジー。準備の方は全て整っているから心配しなくていい」
呪詛の言葉を吐いた後に、優しく微笑む兄に呆れればいいのか、感謝すればいいのか迷ってしまうのは仕方ないだろうと思う。
学園で必要な教材や制服、ドレスやその他諸々は全て、既に寮の部屋に用意されている。
だからこそ、こんなにゆっくり出来たのだけれども。
「ありがとう、お兄様。長期休みの時は、お兄様の元に帰ってくるから。あまり心配しないで」
微笑んで言えば、感極まった兄は私をきつく抱き締めた。
頭ひとつ分高い兄に抱き締められ、硬く引き締まった胸に頬を寄せる。
兄に抱き締められるのは心地良くて昔から好きだった。
最低な父親からの愛情などなくても、兄が居たから寂しくなかったし、愛されていると安心出来た。
「待ってるよ。だから早く帰っておいで。いや、やはり長期休みの時は私が王都に行くよ。リーリアと一緒にね。もし何かあったら遠慮なく言うんだよ」
「うん。リーリア様と一緒に王都の屋敷で待っててね」
グランド侯爵家の次女のリーリア様は、最近出来た兄の婚約者で、姉御肌の綺麗な女性だ。
私にも優しく、身分に驕らない賢い人で、兄にお似合いの女性で私も嬉しかった。
兄への縁談は絶え間なく来ていたにも拘わらず、全て断っていて周りに心配かけていたのだが、いきなりの婚約に皆が驚いた。
それでも、やっと兄に春が来た、と私も含め使用人一同、心から喜んだものだ。
「そうだね。リーリアもアンジーに会いたがっていたからね。手紙を出してあげるとリーリアも喜ぶよ。勿論私もね」
私を離しながら言う兄に苦笑しながらも、しっかりと頷いた。
サラサラした白金の髪が風に煽られて、私の視界を覆う。
その真っ直ぐな長い私の髪を、兄の手が優しく後ろに撫でつけて、蕩ける様な笑顔を見せた。
「私の可愛いアンジー。気を付けて行くんだよ」
「はい、お兄様。行ってきます」
私は満面の笑みで兄に答えて、後ろに勢揃いした使用人達にも手を振った。
ヴィッセル伯爵家に普通の使用人は殆どいない。隠密に長けていたり、戦闘に長けていたりと様々だ。
私に付いてくる侍女のメアリも、侍女兼護衛で頼りにしている。
勿論私自身、魔法も剣術も実戦慣れしている。襲われても大抵は何とかする自信はあるのだが。
私は兄にもう一度微笑んでから、魔動車に乗り込んだ。
走り出す魔動車の窓を開けて、兄と使用人達に手を振れば、笑顔で手を振り返してくれる。
それに心がほっこりして、笑み崩れたのは仕方ない。
記憶を思い出した幼い頃は、本当に焦ったけれども。
兄に過保護な程に愛情を与えられ、信頼出来る使用人達に囲まれて。
この上なく幸せなんだと実感している。この幸せが壊れないように。壊されないように。
これから起こるだろう乙女ゲームのシナリオに、巻き込まれないよう気を付けなければ。と、ほんの少しだけ気を引き締めた。