番外編。レイエスとカイン。
レイエス視点です。
ついにこの日がやってきた。
現在、ヴィッセル伯爵が王都の屋敷に居る。
これから、アンジーと一緒に挨拶に行く所だ。
俺の家には既に伝えて、先週の休みに一緒に挨拶も済ませた。
アンジーは緊張していたが、両親は最初から、ヴィッセル伯爵家との縁談を喜んでいたから心配してなかった。
それはいい。本題はアンジーのお兄さんだ。
ヴィッセル伯爵がアンジーをどれだけ溺愛してるかは、話を聞けば誰だってわかる。
反対されるだろうとは思うが、俺だって諦めるつもりはない。
「レイエス、緊張してる?」
アンジーの声に、目を瞬かせた。
「まあ、少しね」
俺は苦笑して返す。
今は馬車に乗って、ヴィッセル伯爵の屋敷へ向かっている。
「だよね。兄が失礼な事言ったらゴメンね」
困ったように眉尻を下げるアンジーに、優しく微笑んだ。
「それは覚悟してるから、大丈夫だよ」
大事なアンジーを貰うんだから、ヴィッセル伯爵が怒っても仕方ないだろう。
だから、何を言われても受け止めるつもりだ。
屋敷に到着して俺が先に降り、アンジーに手を差し出す。
華奢な手が重なり、それだけで胸が熱くなった。
アンジーと恋人になってから、更に想いが深くなっている。
多分、これからもずっと、際限なくアンジーを愛していくんだろう。
それは、とても幸せな事だと思うから。
微笑むアンジーをエスコートすれば、屋敷の中からアンジーと同じ色の瞳をした男性が現れた。金の髪が陽に当たって輝いている。
「可愛いアンジー、おかえり。会いたかったよ」
「お兄様」
両腕を広げて微笑むヴィッセル伯爵に、アンジーは小走りで駆け寄って、その胸に飛び込んで抱き付いた。
ヴィッセル伯爵は嬉しそうに笑って、アンジーを抱き締める。
普通に考えれば心温まる光景なんだろう。久しぶりの家族の再会だ。
だけど、俺にはそうは思えない。
俺から手を離して駆け寄るアンジーに、少しだけ苛立つ。
家族にすら嫉妬してしまう俺は、相当心が狭いなと自嘲する。
そんな俺の心がわかったのか、ヴィッセル伯爵は俺にも微笑みかけてきた。意外にも嫌な笑みではない。
ヴィッセル伯爵には何度か会った事はあるが、あまり話した記憶はない。挨拶程度だろう。
二人は抱擁を解いて、アンジーが俺を紹介した。
「お久しぶりです。ヴィッセル伯爵。本日はお招き頂き有り難うございます」
俺が挨拶すれば、ヴィッセル伯爵は柔らかく微笑んだ。
「久しぶりだね。そんなに堅苦しくしなくていいよ。これから家族になるのだから」
その言葉に内心驚愕したが、表情には出さずに済んだ。
反対されると思っていたのに、結婚の許可のような言葉に喜んでいいのか、疑えばいいのか迷う。
「アンジー。今日はリーリアも来ているよ。中で待っているから先に行っておいで」
ヴィッセル伯爵がアンジーに言えば、アンジーは俺の方を向いた。
二人きりにしていいのか、迷ってるんだろう。
でも、それは必要な事だから。
俺はアンジーに微笑んで頷いた。
「それじゃあ、先に入ってるね」
アンジーは嬉しそうに屋敷の中に入っていく。
「レイエス君、と呼んでいいかな?」
アンジーが見えなくなってから、ヴィッセル伯爵が俺に視線を向けて問い掛けた。それに是と返せば、二人で話がしたいと、庭に案内された。
「それで、レイエス君。君はアンジーを幸せに出来るのかな」
庭師によって綺麗に手入れがされた庭で、イスに座って向き合えば、ヴィッセル伯爵が口を開いた。
声は柔らかいが、目は真剣だ。
「勿論。幸せにする自信はあります。それに、二人で一緒に幸せになりますから」
どちらかだけが幸せでは意味がないから。
「なるほどね。アンジーは闘う事が好きなんだけど、もし結婚したらそれはどうするのかな?」
「一緒に魔物狩りに行きますよ。我慢はさせたくないですから」
アンジーが戦闘狂なのは見れば分かるし、本人からも聞いてるから。一緒に森に入って狩るのも楽しそうだ。
「そう。そういえば、レイエス君は女嫌いだったと聞いたのだけど」
何故それを? 知ってるのは友人達くらいだ。アンジーが態々言うとは思えないし。
それだけ情報収集能力があるという事か。
「ええ、今でもアンジー以外の女性は好きではありません」
アンジー以外に興味はないし、やっぱり嫌いなままだ。
「アンジーは特別って事なのかな」
「はい」
勿論だ。アンジーと出逢った瞬間から、世界でたった一人の特別な女性だ。それは一生変わらない事実だから。
「へえ。私はね、反対する気はないんだよ。アンジーが君を望んでいるからね。でも、もしアンジーを泣かせたら……私は、君を殺すよ」
さっきまでの柔らかさが一瞬で消えて、鋭い殺気が放たれた。
ヴィッセル伯爵の本気さがよくわかる。もし俺が裏切れば、この人は躊躇いなくやるだろう。
それに対して、俺も真剣に答えた。
「俺はアンジーを絶対に裏切らないし、泣かせたりしません」
俺の瞳をじっと見つめてから、ヴィッセル伯爵は頷いた。
「うん。信じるよ。今はね」
そう言ってから、ヴィッセル伯爵はアンジーの思い出話を始めた。
アンジーの小さな頃の話や、アンジーがどれだけ可愛くて、どれだけ優しくて、どれだけ賢いのか。殆ど自慢話だった。
それを俺は静かに聞いていた。
そして、ふと思い出したような表情で俺を見る。
「そうだ。学園では年に二回、闘技大会があるよね。レイエス君にはその二回とも優勝して欲しい。アンジーは君に強さを求めたりはしないけれど、私は違うからね。大切なアンジーを守る力があるのか示して欲しいんだ。出来るかな?」
それくらい出来て当たり前だ、とでも言いたそうな言葉に、俺はヴィッセル伯爵の瞳をしっかりと見て微笑んだ。
「勿論です。必ず優勝します」
俺の迷いのない宣言に、ヴィッセル伯爵も綺麗に微笑む。
「有言実行を期待しているよ。それじゃあ、そろそろ愛しい人の所へ戻ろうか」
そして、俺達は屋敷の中に入って、愛しい人の笑顔に迎えられた。
その後、すぐに俺とアンジーの婚約の儀は執り行われた。
ヴィッセル伯爵は闘技大会で優勝しなければ、婚約や結婚を許さないと言っていた訳ではないようで。
多分、俺の本気さや覚悟を確かめたかったんだろうと思う。
婚約した後も、度々王都にやって来ては何度も呼び出され、強さを証明させられた事もある。
いや、強さの証明とかは大した理由じゃない。
実際はただの嫌がらせだ。
呼び出されるお陰で、アンジーとの二人の時間が少なくなったりして、本気で苛ついて喧嘩した事もあるけど。
何だかんだで、ヴィッセル伯爵とは上手くやっている。
『義兄さん』とは出来るだけ呼びたくないけどね。
ああ、勿論、二度の闘技大会は完全優勝だ。
当たり前だけど。
兄はアンジーの惚気報告(手紙)と幸せそうな笑顔に、反対するのは諦めてます。アンジーの幸せが一番なので。
アンジーに怒られない程度に、地味に嫌がらせをしながらレイエスとは仲良くやっていきます。




