彼の真剣な想い
とうとうやって来ました。王都観光。
はい、観光です。断じてダブルデートではない!
服も髪もお化粧も、やり過ぎないナチュラルな感じです。
流石ですメアリ。ありがとう。
待ち合わせ場所は、学園の門を出た所。
既に馬車が停まってるらしい。
女子寮の前でマリアと合流して、緑豊かな広場を歩き出す。
メアリは、目に付かない離れた所から私を護衛する予定だ。
「……ねえ、アンジー。レイエスの事、どうするの?」
可愛らしい装いをしたマリアが、周りに人が居ないのを確認してから、小声で訊いてきた。
どうするって、どうしたらいいんだろうね。やっぱりレイエスは本気なんだよね。
「うーん。わからない。そういえば、乙女ゲームでヒロインに選ばれなかった攻略対象者はどうなるの?」
逆ハールートは元々ないし、マリアはアル一筋だ。
「んー? 確か攻略本には、選ばれなかった攻略対象者は、婚約者がいる人は婚約者と。いない人はこれから出逢って恋をするって書いてあったよ」
視線を上に向けて考えながら話すマリアに、私は、へえと気のない返事をする。
「これから出逢って、ってアンジーの事だね。運命だよ」
にへら、と笑うマリアに眉を顰めてしまう。
「運命って……一応、私、ゲームでは婚約者居たから関係ないんじゃない?」
「いやいや、現実では居ないでしょ。出逢う相手の名前は書いてなかったし。それがアンジーでもおかしくないよ。ってか既に狙われてるから、もう諦めなよ」
きっぱりと否定され、つい遠い目をしてしまう。
そんな事を話してると、馬車に着いた。
アルもレイエスも既に向かい合って座っていて、マリアは迷わずアルの隣に座る。
私はレイエスの隣らしい。だよね。
「二人ともおはよう。今日は良い天気だね」
「おはよう。本当、雨降らなくて良かった」
アルが爽やかに微笑んで、マリアも嬉しそうに笑う。
私も二人に挨拶すれば、レイエスは何故か私を凝視していた。
「レイエス? どうしたの」
「ああ、おはよう。アンジーの私服は初めて見たから。凄く可愛いよ」
いつも通りでした。そのうち糖分過多で胸焼けしそう。
「本当に二人ともいつにも増して可愛いから、変な男に攫われないように私達から離れちゃ駄目だからね」
アルの忠告には素直に頷いておく。
返り討ちに出来るけど、無駄な騒ぎは起こしたくないしね。
馬車はゆっくり進んでいく。
街にどんなものがあるのか、アルとレイエスの街での思い出話など、話題は尽きる事がなかった。
いつの間にか到着したようで、馬車が止まった。
先にレイエスとアルが降りて、私もレイエスに差し出された手を取って降りる。
マリアも降りれば、すぐに目的の場所へ移動した。
まずは、若い女性に人気の可愛い雑貨屋にやって来ました。
男性の入りにくそうな可愛らしいお店だが、流石というか。二人は堂々と店内に入る。
「わあ。可愛いお店だね、アンジー」
笑顔のマリアに、そうだね、と返す。
広い店内には結構な人が居る。
女性達は店に入ってきたアルとレイエスを見て目を輝かせてから、一緒に居る私達を睨みつけた。
いやいや、嫉妬される意味が分からないんだけど。鬼の形相になってますよ。一応レディでしょ。
マリアは特に気にせず、店内を見回しては顔を綻ばせて、はしゃいでいた。
ちょろちょろするマリアの後を、アルが苦笑してついて行く。
私も内心ウキウキしながら、店内を見ていく。
アクセサリーや香水に小物等、可愛い物が綺麗に陳列されていた。所々、控えめに花とレースが飾られて、商品を引き立てている。
自分用とリーリア様用に何か買って行こうかなと、考えていると、見惚れるくらい綺麗な細工の髪留めを発見した。
一目で気に入った私は、二つ購入して綺麗に包んでもらった。
迷ってたら誰かに取られちゃうかもしれないからね。
「気に入った物が買えた?」
隣にレイエスが寄ってきて、私は笑顔で頷いた。
「そっか。良かったね」
そう言って優しく微笑むレイエスに、少しだけドキリとした。
いや、気のせいだから。うん。
マリアも漸く満足したようで、店内を出る。
街は人で溢れかえってるけど、私達四人で歩いてると、人が勝手に分かれていく。
目立つのはわかるし、楽だけどさ。皆こっち見過ぎだよね。
まあ、いいかと開き直ればあら不思議。全く気になりません。ははは。
「あれ……アルとマリアは?」
そんな事を考えてると、いつの間にか二人の姿が見えない事に気付いて、周りを見渡す。
「うん? 迷子じゃないかな」
愉しそうなレイエスを、私はじと目で見つめる。
計画的に別れましたね。
でもマリアは喜んでるだろうなあ、と思っていると、自然な動作で左手を取られた。
「レイエス。どうして手を繋いでるの」
これじゃあ本当にデートみたいじゃない。
「人多いし、アンジーまで迷子になったら大変だから?」
何故に疑問系ですか、手を繋ぐ為の口実だよね。本当に油断ならない男だよね。
繋がれた温かい手は私の小さな手とは違って、男らしい大きな手で。指も長くて私好みの手だった。
あれ、私って手フェチだったっけ?
「アンジー、顔赤いよ」
「……気のせいよ」
ニヤニヤしてるレイエスを軽く睨む。
わざわざ言わなくてもいいよね。デリカシーない男は嫌われるよ、と言いたい。
「そういえば、アルはどうしてマリアに気持ちを伝えないの?」
何でもいいから話を変えたくて、消えた二人の話題を出す。
「ああ、あの二人ね。アルは今、根回し中だよ」
「根回し?」
「うん。マリアの家は男爵でしょ。だから周りに邪魔されないようにね」
恋愛結婚を推奨していても、身分差があると煩く口を出す貴族もいるようで。
ま、本音はアルに自分の娘を、と思ってる人だろうけど。
「そうなの。ふふ、良かった」
それでも、お互い想い合ってると聞かされれば、やっぱり嬉しくなる。
アルなら、しっかりやるだろうし安心だよね。
「嬉しそうだね。その笑顔が俺の事を考えてなら、俺も嬉しいんだけどね」
「……いきなり何言ってるのよ」
呆れた表情で見上げれば、レイエスは首を傾げた。
艶のある漆黒の髪がさらりと揺れる。
「うーん。いきなりかな……ちょっとこっち来て」
繋いでる手を引いて、レイエスは歩き出す。
「どこに行くの?」
どんどん人気のない裏通りに進んでいくレイエスに、焦りを覚えるが大人しくついて行く。
少しして止まったレイエスは、私を壁際に寄せて、囲い込むように顔の横に手をついた。
これは、いわゆる壁ドンでしょうか。ドンよりトンって感じだけど。
どうでもいい事を考えて現実逃避していると、レイエスは屈み込んで、逃げを許さない強い視線で私の瞳を見つめる。
「アンジー。俺はアンジーが好きだよ。女が嫌いな俺が初めて惹かれて、唯一惚れたのがアンジーなんだ」
駆け引きなんかない、真っ直ぐな想いと言葉に心が震える。
なんて答えればいいんだろう。わからない。熱を持ったレイエスの瞳から視線を外せない。
「俺は本気だから。逃げないで、もっと俺の事を見て、真剣に考えて。それから答えを出して欲しい……返事は?」
レイエスと私が出逢って、まだそんなに経ってないのに、どうしてそこまで。とも思う。
けど、その真剣さは痛い程伝わってきて、心臓が破裂しそうだった。
「……わかった。ちゃんと考える」
頷いて返せば、レイエスは嬉しそうに破顔した。
こんな表情も出来るんだな、とつい見惚れる。
「良かった。アンジー、少しは俺の告白にドキドキしてくれた?」
レイエスの言葉にハッとして目を瞬かせた。
見惚れてた自分に気付いて、頬が赤くなるのがわかった。
「……しない訳ないじゃない」
「そっか。嬉しいな。これからもっとドキドキさせるから、覚悟して」
蕩ける様な甘い微笑みに、また見惚れそうになり、咄嗟に視線を逸らした。




