逃げ道は、ない。
攻略対象者達との邂逅から二ヶ月、ほぼ毎日昼休みを一緒に過ごしている。
雨の日は学園騎士団専用の部屋で。
学園騎士団には、それとは別に一人一人に個室が与えられてるみたいで。羨ましいよね。
そんなに広くはないらしいけど、ソファに机に本棚、それだけあれば充分でしょ。
既にアルとマリア、私とレイエスが話す図が確立されつつある今日この頃。
エイデン? 彼はいつも眠そうにして、たまに訊かれた事に答える位かな。やる気も気力もゼロです。
授業は本格的で、なかなか楽しい時間を過ごしてます。
でも、実戦がないのは少し不満かな。もう少し皆の実力がついたら、森に行って魔物とも闘えるらしいけど。
それに友人も増えた。
治癒学科の可憐なユエラ嬢や、クール美人なセシル嬢。後はナイジェルの友人で魔道具学科のドミニク。
皆同じSクラスで、マリアとも仲が良いのでよく一緒にいる。
そして、今日も庭にやって来ました。
いつも通り彼等は既に居ます。
授業ちゃんと受けてるのか心配になるけど。
まあ、彼等はかなり優秀なので心配する事自体、烏滸がましいと言われそうだが。
「アンジー、今日もいつも通り美しいね」
私の隣に座るレイエス。色気たっぷりの美貌と美声での攻撃。
ここ最近ずっとこの調子で、常に攻めの姿勢です。勘弁してください。
そういえば、女嫌いはどこいったんでしょうね。
まあ、既に友人になってるんだから、女嫌いも何もないか。
これで実は嫌われてたり、女だと認識されてなかったりしてたら、殺るね。確実に。
「ありがとう。レイエスもいつも通り色気たっぷりよ」
揶揄いか本気か迷いながらも、軽く流しておく。
私の返しにレイエスは愉しそうに笑った。
「色気たっぷりって、初めて言われたよ」
「そうなの? いつも色気垂れ流してるのに。ねえ、マリア」
不思議に思いながら、マリアに話を振れば重々しく頷いた。
「うん。色気ダダ漏れ。特にアンジーには」
こら、変な事言うなマリア。
レイエスが乗ってきたら面倒でしょ。人選間違えたわ。
案の定、レイエスは艶然と微笑んだ。だから色気垂れ流すなって目に毒だから。
「それならいいかな。アンジーは俺にとって特別だからね」
特別って何。もしかして、私本気で狙われてたりする?
「うわあ。凄い素直な言葉。良かったね、アンジー」
にこにこ顔で、私を見るマリア。
いや、良くないよ。逆に素直過ぎて疑ってしまうよね。
社交辞令か揶揄いか何か。とりあえず聞き流していいかな。
これが、二人きりで真剣に言われたら流石に信じるけど。
「アンジーは全く信じてないけど」
アルは、愉快だと言わんばかりの笑顔で突っ込む。
愉快犯なアルも、乙女ゲームのキャラと違い過ぎじゃない?
ああ、こっちはマリアのせいか。納得。
「いいけどね、まだ。そのうち信じさせるから」
え? 怖いんですが。レイエスさん。眼が光ってますよ。
「意味が分からないけど、とりあえず逃げていいかな」
分かりたくない、が本音だけどね。
何か本気っぽいよね。どうしようか。
外堀埋められたら逃げるよ。ってか、兄がいる限り埋められないだろうけどね。
「まさか。逃がさないよ。大丈夫、無理矢理に外堀埋めたりしないから。そこは安心して」
にっこりイイ笑顔のレイエス。
やっぱり逃げたい。切実に。
私の考えてた事を言われてちょっと驚いた。でも卑怯な手は使わないようで、そこだけは安心かも。って、それだけ私を落とす自信があると?
「兄がいる限り、そこは心配してないから」
とりあえず、そう返しておく。
だって、他に何が言える?
「……やっぱり最大のライバルは、アンジーのお兄さんか」
憂いを帯びた表情で言うレイエスに、アルとマリアが笑った。
「アンジーのお兄さん、アンジーの事を溺愛してるからね。それに、他にもライバルはいるよー。本人は気付いてないけど、信奉者たくさんいるから」
何言ってるのマリア。兄の溺愛は否定しないけどさ。
「その程度の男なら速攻で潰すよ。ま、アンジーは歯牙にもかけてないから見逃してるけど……でも、アンジー。あまり他の男に笑いかけたりしないでね。その男の人生が終わったら可哀想でしょ?」
レイエスの言葉に眉を顰めた。
人生終わったらって、あなたが終わらす気ですか。殺る気ですか。冗談でも恐いわ!
「笑顔で恐い事言わないでよ」
潰すとか、見逃してるとか。話についていけないんだけど。どうしたらいいですか。
「レイエスのこんな姿が見られるなんて愉しいね。女嫌いだったのに不思議だよ」
アルの言葉に首を傾げた。やっぱり女嫌いの設定だったのか。
じゃあ何故? 考えた所で分かる訳ないけど。
「レイエス、女嫌いなの?」
「うん、嫌いだよ。アンジー以外ね。ああ、マリアはアルの物だから大丈夫だけど。エイデンも二人なら大丈夫でしょ?」
マリアの「アルの物って、そんなっ」と一人照れてるのを無視して、エイデンに訊けば、微かに頷いた。
いや、アルは無視しないであげて。可哀想だから。
「二人ならな。他は関わりたくない」
エイデンが眠そうながらも、しっかり答える。
その言葉に安堵した。ほぼ毎日昼休みに一緒に居るのに、嫌われてたら悲しいからね。
とりあえず、さっきの物騒な話は流れたよね。良かった良かった。心の安寧の為に忘れていいかな。うん、忘れよう。
「そうなの。なら良かった。ところで、アル。マリアをどうにかしてあげて」
マリアを見れば、未だに頬を赤く染めて、一人の世界に旅立っている。どんな妄想してるんでしょうね。
いつまで放置ですか。早く回収して。
アルは噴き出しながらも、マリアに話し掛ける。何とか帰還したようですね。おかえりなさい。
「もう昼休み終わるね。明日は休みだから、皆で出掛けようか」
アルの誘いに真っ先に是と答えるマリア。
「そうだね。まだ二人とも王都に慣れてないだろうし。案内するよ」
レイエスも乗り気だ。
確かに、二ヶ月経ったのに未だに観光してないので、私も了承する。
「俺は無理。家に呼び出された」
エイデンは実家に行くようで、四人で出掛ける事に決まった。
何かダブルデートみたいだよね。
「アンジー。明日は楽しみだね。あ、さっきのは本気だよ。だから気を付けて」
にっこり笑顔のレイエス。
さっきのって……人生終わらす的な話の事ですか。いや、それは本気じゃ駄目だと思うよ?
とりあえず、逃げ道を確保させて下さい。




